舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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ぎ-そう【偽装・擬装】
 ほかの物とよく似た色や形にして人目をあざむくこと。特に戦場などで敵の攻撃を避けるために用いる。
 
れん-あい【恋愛】
 お互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。


――――広辞苑第六版より一部抜粋



幕間「ギソウ・レンアイ」
第96話 徹底抗戦のエゴイスト


 

「あら……お部屋替えですか?」

 

 その報告に、同室の夕雲さんは特に不思議がる様子もなかった。私は荷物整理の手を止めてお辞儀。

 

「そういうことになります。夕雲さんのお陰で今日までやってこられました。ありがとうございました」

 

 同室の夕雲さんは、今回の件……つまり、私への風当たりに関しては中立の立場。それはつまり私を影ながら支援してくれるというわけで。

 他の人達と被らないようお風呂や洗濯機が空いたタイミングを教えてくれたり、郵便物を取ってきてくれたり、きっと夕雲さんがいたからこそ私は耐えられたのだろう。結局の所、私はその程度の存在なわけで。

 

「まあ、秋雲さんなら大丈夫だとは思うけれど……」

 

 そこで言葉を濁す夕雲さん。続く言葉は風雲さんは大丈夫なの、という問いかけだろうか。

 

「ねえ風雲さん。その……無理してないかしら」

 

 控えめに、でも確かに『無理してないか』とそう言った。夕雲さんは優しいヒトなのだろう。でも。

 

「その答えは『無理してない』しかないですよ」

 

 夕雲さんの優しさに頼り続けるのは、なんというかフェアじゃないと思うのだ。私の身勝手な自尊心なのは分かっている。ちっぽけなプライドで好意を無下にしてしまうのかもしれない。でも私は、夕雲さんに頼る自分が嫌いになってしまうから。

 

「そうね、貴女はそういうヒトだものね」

 

 少し寂しくなるわねと、夕雲さんは笑う。

 

「それじゃあ折角だし、どうして秋雲さんと付き合おうなんて思ったのか教えて貰おうかしら?」

 

 結論から言えば、私たちの『嘘』は瞬く間にショートランド分遣隊を駆け巡った。それは艦娘(じよし)の情報網の伝達の早さというのもあるし、なにより娯楽が少ないのが大きいのだと思う。裏切者だろうが色恋沙汰だろうが、とにかく話題があればいいのだろう。その意味では、秋雲の予想は見事に的中したことになる。

 夕雲さんにもその話は届いているはずだった。

 

「え……夕雲さんも聞くんですか?」

「だって気になるじゃない」

 

 結局貴女も気になるだけですか。なんて恩人には言うつもりもないけれど、さてどう説明したものか。

 

「そうですね……強いて言えば」

 

 結局、私は秋雲の言葉を借りることにする。

 

「実務上の理由、ですかね」

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 僅かな雑音の後に、無線が鳴った。

 

《こちら『きんもくせい』、貴艦を補足した》

 

 装置の異常により誘導装置は使用不可。有視界航法にて哨戒艦『きんもくせい』に接舷……それが今日の状況。私は消しゴムサイズの哨戒艦をターゲットに収めると、対象をマーキング。敵味方識別装置(IFF)は友軍であることを示す。本当ならここで自動追尾機能を使うのだけれど、今回はそういった機械に頼らずに接舷する訓練なので使わない。私は哨戒艦とお互いに向き合って、ちょうど反航戦の形で近づいていく。

 太平洋に浮かんだ灰色の城はどんどん大きくなり、いよいよ私の何倍にもなって迫ってくる。剣みたいに細く尖った艦体にペンキで刻まれた艦番号は331。

 そこに鎮座する三インチ砲がひとたび火を噴けば、駆逐イ級は木っ端微塵。垂直発射システム(VLS)に収められたミサイルは空母や戦艦といったあらゆる敵に対応出来る。艦娘にとってこれほど頼もしい存在はない。

 そして私はその右舷側を通過。ここからが難しい。

 

「風雲、収容経路へ進入します!」

 

 身体を傾ける重心移動を利用して旋回、空と海がくるりと周り、前方に哨戒艦の艦尾が見えてくる。小さく書き込まれた『きんもくせい』の文字列と艦尾の軍艦旗が私を迎える。三胴船(トリマラン)構造を採用したこの哨戒艦は、その特殊な船体構造を生かした艦娘専用のスロープがある。これは艦娘は乗組員の手を借りる事なく艦に接舷して乗り降り出来るスグレモノ。

 

《距離100メートル》

 

 それゆえに、向かうスロープに人影はない。無線はレーダーで把握しているのであろう距離を伝えてくるだけで、それ以上の指示はなし。右舷側スロープが近づいてきて……靴底に軽くぶつかるような感触が伝わってくる。スロープに乗り上げたのだ。

 

「接舷、固定します」

 

 待ってましたと言わんばかりに吊るされたワイヤーを艤装に繋いで落ちないようにして、私はスロープを上る。海の上で戦闘を行う艦娘に必要な装備をすべて詰め込んだ艤装はあまりに重く、正直歩くなんて考えたくもない。一歩進むだけでも骨が折れそうだ。

 それでも、着艦支援システムが使えるだけまだマシ。スロープの半ばに待機した機械に足を差し込めば、応えるように挟みこんでくる。ここから先は機械が勝手に引き上げてくれる。

 

《接舷を確認、そちらはどうか》

 

 無線が私に確認を促してくる。実は艦が無人であっても引き揚げが可能なこのシステムは、艦娘の確認が肝心だった。私はカメラにサインを送る。

 

「引き揚げ、どうぞ」

 

 稼働中であることを知らせる単調な警報音のリズムと一緒に、私の身体が上り始める。それを聞き流しつつ海を見れば、そこには太平洋。

 昔は、海は広いな大きな、なんて無責任に歌っていた。でも一度海に出てしまえば思い知ってしまう。太平洋はその名に恥じぬ広さを持っていて……私たちは本当に、小さい。小さくて無力で、迷子になってしまいそう。だから私ははぐれないよう、こうして艤装や着艦支援システムにしがみついている訳だった。

 警報音が鳴り止む。無線が訓練終了を告げたのを聞いて、私は着艦支援システムから足を抜いた。

 その時、私は格納庫へと直接繋がる観音開きになった扉の先に構えていた僚艦の姿を見た。

 

「あ、あの……風雲」

 

 眼鏡をかけた駆逐艦娘が私に躊躇いがちに手を伸ばしてくる。その眼には怯えが宿っていて、私は嘆息。

 

「無理しないで」

「……」

 

 数秒だったか、数分だったか。彼女を無視して手摺りを掴んだ私に対し、彼女は沈黙の後に目線を逸す。

 

「その……ごめん」

 

 彼女の口から飛び出した冗談は、今じゃ私の耳の中にしか残っていない。 

 

「分かってるから。ほら、次のヒトがきちゃうよ」

 

 そう促せば、巻雲は何も言わずに格納庫から去って行く。残されたのは、艤装を背負ったままの私だけ。

 でも、これでいいんだ。

 これは私への罰だから。海の仲間は家族だともいうくらい。裏切者には罰がお似合いというわけで、それに彼女を巻き込んでしまったらそれこそ申し訳ない。

 顔にこびり付いた潮風を拭う。艤装を格納装置(キヤニスター)に預けて、作業着に着替える。艦内放送が次の艦娘の収容訓練を開始することを告げていた。

 

 大丈夫、私は後悔していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ショートランド分遣隊は、比較的小さな部隊だと思う。思うというのは、ここが私の初任地だから、他がどうなっているのか知らないということ。

 空調の効いた食堂に、整理整頓された食器たち。幼年学校でもそうだったけれど、食堂は一種の戦場。会話を弾ませながら同僚の駆逐艦娘たちが駆けていく。

 

「ねぇ聞いた? 今週は『やまづき』カレーだって」

「やった! アタリじゃん!」

 

 止める義理もないから止めないけど、あんな調子で走っていたら大目玉だろう。案の定(きよう)(どう)の艦娘に掴まった彼女たちを尻目に、私は食堂に入る。

 次の瞬間、周囲の視線が一斉にこちらを向いた。食堂に居合わせた同僚達の視線が私を射貫く。

 そっか、やっぱりまだダメなんだ。やりきれないことは沢山あるけれど、まあ、慣れたものだ。受け取り口まで歩いて、トレーを持てばいい。

 

「お願いします」

 

 ここでは食券を買うこともないし、伝票を持ってレジに並ぶこともない。ただ並んで、トレーに食器を載せてもらうだけ。こんな時代ということもあって、衣食住が保証される軍隊というのはそれだけでヒトを引き付けるのに十分な魅力がある……私がこんな仕打ちを受けてもなお軍隊(ここ)に残っているのは、そんな浅はかな理由だとでも思われているのだろうか。

 四人掛けの机が並べられた食堂は、まだ早めの時間ということもあって半分も埋まっていない。だから誰もいない机を見つけるのは簡単だった。その中でも特に人気の少ない場所を選んで座る。

 それでも意識すれば見られているのを感じるのだから、やりきれない。見ている誰かが暇ともいう。

 ……もうよそう、こんなことばかり考えるのは。そう思って視線を無理にでもトレーの上にもっていく。そこには白米と、添えられた黄色。曜日感覚を持たせるために、金曜日のメニューはカレーと決まっている。なぜカレーなのかは謎だけれど、課業で疲れ果てた身体に呑みやすい食事はありがたい。

 

「やまづきのカレー……か」

 

 人手不足もあって、基地の食堂には停泊している護衛艦の主計科の人達が応援に来ている。だからこうして各艦のメニューが突然登場したりするのだ。特にカレーは毎回味が変わることで有名で、護衛艦『やまづき』のカレーは甘いことで評判だった。

 それにしても、ようやく金曜日。私はいわゆる地上待機組ということで、哨戒スケジュールに引っかからなければ土日は一応休み。外出届さえ出せば基地の外に遊びにいくことも出来る。

 もっとも、ショートランドには外出するような場所はないし、私も遊びに出る気はないのだけれど。

 別に私は、後悔している訳ではない。こうして肩身の狭い思いをするのだって、もう何度もあったじゃないか。私はきっと『ツイてない』のだろう。幸運の女神様とかいうのがそっぽを向いているのだろう。別にだからどうって訳じゃない。それならそれで、真面目にやっていけばいいだけのこと。

 だから、私は後悔なんてしていない。どんなに視線が刺さったって、同期が私の話を聞いてくれなくたって。甘いと評判のカレーを呑み込む。身体は資本だってあの人は言っていた。あの人ならきっと甘いカレーを甘い甘いと笑いながら食べてしまうのだろう。

 

「誰もいない? じゃあ座るわよ?」

 

 そんな時、私の視界にカレー以外の影が映った。誰もいないって、私は確かにここに座ってるはずなのだけれど。どうやら裏切者には、こういうことをしてもいいらしい。反論をする気も起きずに咀嚼を続ける。

 ところが、不思議なことに目の前に座った駆逐艦娘は口を開くと、言った。

 

「なんて辛気臭い食べ方してるのよ。身体に毒よ?」

「衛生隊が視てるんです、毒は入っていないですよ」

 

 そういえば、大きなため息。私の冗談がつまらないのは知っている。面白いことを言えた事なんてない。

 

「あのね、アンタにそんな顔で食べられちゃこっちまで不味くなるのよ。折角のカレーなのに」

 

 だったら、別の席で食べればいい。他にも空いている席はある。別の席へ行けばいい話じゃないか。無視を決め込む私をどう思ったのか、彼女はいう。

 

「ねぇ風雲ちゃん。この後時間空いてる?」

「いえ、日報を書くので」

「空いてるわよね?」

 

 空いてないと言っているのに。

 彼女は人の話を聞くという能力が欠如しているのではないだろうか。私が返事代わりにカレーをかき込むと、彼女は大きな声で言う。

 

「あーあ。せっかく密告者サンと仲良くしてあげようと思ったのになー」

 

 喉が、詰まるかと思った。

 必死に抑え込んで、どうにか呑み込む。

 

「あのさぁ風雲。こっちだって時間は限られてるの」

 

 そのくらい分かるでしょと言わんばかりの表情。知ったことじゃない、だったら私なんかのために時間を使わないで、その限りある時間とやらを有意義に使ったらいいじゃないか。そんな私の反論は、口にしたくても喉から先に進んでくれない。

 ああ、言い返せもしない私が虚しくなる。

 

「私の言いたいことは分かるでしょ?」

 

 表情を変えるな、毅然としていればいい。

 だって私は、なにも間違っていないのだから。

 

 

 戦争っていうのは、ストレスが溜まるものらしい。戦争は命と物資の大量消費と引き換えにほんの一握りの英雄サマを生み出すもので、その英雄サマとやらは戦争のストレスを一手に引き受けることになるのだろう。とはいえ、その発散に付き合わされる身としては溜まったものではない。

 

「第1護衛隊群の時は、それはもう凄まじいものだったわ。深海共がね、それはもう犬っころみたいにやってくるの。尻尾があったらブンブン振ってるんじゃないかってくらい」

 

 敵対的な海洋生物、そう定義される深海棲艦は、つまるところ生き物。私たちと同じ生きている命。深海棲艦の縄張りに人類が進出してしまったがために彼らは必死で抗戦しているという噂もあるのに、彼女はまるでそれが喜んで突っ込んで来るかのように言う。

 

「それに向けて撃てばもう百発百中。むしろ三沢から飛んできた航空隊の誤爆が怖いぐらいだったもの」

 

 おーい撃つなってさ、こうやって手を振るの。腕をぶんぶんと振ってみせる彼女。深海棲艦は一種の妨害電波を発する。磁場やらなんやらが狂って、無線とかが使えなくなってしまうのだ。そんな戦場では、支援砲撃が私たちの頭に降り注いだっておかしくはない。

 

「ところが空さん、私らが連中の体液まみれだったせいかこっちにまで爆弾を落としてくるのよね。撃ち返してやろうかと思ったわよ。流石にしないけど」

 

 そう言いながら彼女は笑う。作戦行動中の艦娘には敵味方識別装置(IFF)が搭載されている。見た目で誤爆したなどありえないはずだから、恐らくは誇張表現だろう。それでも、友軍機に誤爆されるんじゃないかって恐怖は理解しているつもりだ。

 

「風雲ちゃんさ、掃討作戦に参加したことは?」

 

 話題を変えるように彼女が続ける。掃討作戦なんて数年に一度あるかないかの大規模作戦でないと行われないもの。私は首を横に振るしかない。

 

「まあそれなら理解できないのかもしれないけどさ。掃討作戦って言っても向こうは結構元気なのよ?」

 

 そんなことは知っている。大規模作戦は基本的には防衛戦で、大挙して押し寄せた深海棲艦の旗艦を撃破するのが主目的となる。掃討作戦は旗艦を撃破した後に残された残党の駆除作戦なのだけれど、残党とはいえ大規模作戦に参加するような深海棲艦が相手だ。

 

「しかも向こうは旗艦(かしら)を失ったせいか狂ったように突っ込んでくるしさぁ……被弾しても精々が名誉戦傷章しかもらえないって考えると、ほんと割に合わないわよ。艦娘は」

 

 そう言いながらもリボン付きの戦傷章を揺らして見せる彼女は、結局は自慢がしたいだけなのだと思う。散々無視して次は自慢話。私は胸の中でため息。

 私たちは、深海棲艦を駆除するスペシャリストである艦娘で、深海棲艦と命のやり取りをしているわけで。正直なところ戦傷章なんてすぐに手に入る。目の前の彼女はそんな話を自慢げにしてくるのだから、なるほどよほど偉い先輩なのだろう。

 そんな先輩は、私の表情をみて何を満足したのか、口端を釣り上げる。

 

「さて、じゃあそろそろ本題に入ろっか」

「なんの話です?」

 

 なるべく早く、努めて平静に返したつもりだった。それでもダメだったようで、向こうは楽しそうに続ける。顔に出てるわよと言わんばかりに鼻を鳴らして。

 

「しらばっくれないでよ密告者サン」

 

 またその呼び名か。それは私に与えられた蔑称(よびな)で、私の罪だという。海軍は仲間意識が高い。それは軍艦(ふね)において乗組員は一蓮托生だから……だからって、正しいことをした私への報いとしてはあんまりだ。

 

「燃料と弾薬の横領があったのは事実でしょう」

「言ったでしょ。掃討作戦じゃ大量の連中を撃つの。弾薬をどうこう、燃料をどうこうなんて一々考えている余裕はないのよ」

「掃討作戦なんて最近はないじゃないですか。それに、帳簿には通常時の哨戒や出撃にすら改竄の形跡があるんです。長期間、組織的な……」

 

 彼女は手を振りながら私の主張を遮る。

 

「だーかーらー。私は横領でっち上げて本土からどんな見返りを貰うつもりだったのかを聞きたいの」

 

 見返りだなんて、なにをどう勘違いすればそういう理屈に辿り着くのだろう。

 

「風雲ちゃんさぁ……命を掛けてる戦闘中に燃料やら弾薬をキチンと数えられるワケがないでしょ」

 

 それをなに? なんで私たちが悪者みたいに言われなきゃいけないのよ。彼女の主張は、恐らくこの分遣隊の大半の艦娘が思っていることなのだろう。

 私は、資材部で燃料弾薬の管理に関わった時に発見した資材の過剰消費を報告しただけのこと。それが横領告発という話になり、そして監査が入るに至った。

 

「横領ってさぁ。風雲ちゃんは大げさ過ぎるのよ」

 

 そう彼女は首を振る。

 

「例えばほら、機関一杯で全力疾走したくなるときとかあるでしょ? とはいっても警邏(パトロール)や移動では経済速度(げんそく)で動かなきゃいけないじゃない。だから訓練でちょっちずつ消費を水増ししてあげて、後でぱーっとやるの。これ、駆逐艦の常識よ?」

「誰でもやってるんなら、それで許されると?」

「だからさぁ」

 

 そこで彼女は言葉を区切る。しっかり二秒は私のことを睨んで、それから大きなため息を吐いた。

 

「大袈裟だって言ってるの。他の泊地でだってどうせ似たようなことやってるわよ? そもそもこれは、許される許されない以前の問題だって言ってるの」

 

 大袈裟なはずがない。少なくともあの帳簿は誤差で片づけるわけにはいかなかった。一回や二回なんて話ではない。それこそ何十回、いや何百回の誤差を積み重ねることで、現実との乖離は大規模作戦の消費量ほどにも匹敵する。

 ただ、そのことは目の前の彼女は知らないのだ。多少の横領なら彼女の言う通り問題にされなかったかもしれない。しかし今回は規模が規模。

 報告した上司は大仰に頷いて、初めは今回のことを伏せるよう私に念を押した。それほどの規模で横領が行われていたということ。だから告発した。告発するしか方法がなかった……監査が入った今でも、その内実は公表されていないのだけれど。

 そのように事実が伏せられている以上、彼女にとってみれば私が彼女のちょろまかしを告発したせいで監査が入り、面倒ごとが増えたと思っているのだろう。

 

「……大袈裟なのは、そっちの方よ」

 

 私は思ってしまうのだ。裏切者やら密告者だというのは、その実ストレスを発散させたい人達の口実(いいわけ)でしかないと。どうせ目の前の彼女だって監査で困ったことなんてないだろう。ただなんとなく、告発者という叩く理由になりそうなモノを持っている私を叩いた。それだけのことなのだろう。

 だから、私は知ったことじゃない。私はこんなことで告発を後悔したりはしない。ただそれだけ。

 

「ねぇ風雲ちゃん、真面目に聞いてる?」

 

 黙りこくった私に嫌気が差したのか、彼女がそう言う。こんな平行線を演じるのも癪なので、私は話を畳むことにした。

 

「ともかく、監査が終われば自ずと分かることです」

 

 それでは。それだけ言い残して立ち去ろうとする。

 

「そ、じゃあしょうがないわね」

 

 その一言。それだけで背後に現れる複数の気配。彼女の僚艦(とりまき)たちということは見なくても分かった。

 心底、気が抜けた。

 

「……こういうことをするだけの負い目があると?」

 

 私は馬鹿者かも知れない。常識知らずで無鉄砲な駆逐艦かもしれない。それでも彼女よりはマシだと本気で思う。向こうは肩を竦めてみせた。

 

「別にぃ? 私たちは団結を乱されたくないだけよ」

 

 そうだ。彼女の言う通りなのだろう。彼女たちは本気で団結を守ろうとしている。誰か一人を切り捨てるくらいの平和が丁度いいと本気で言うのだ。なにも今日に始まったことではない。どこでだって、みんな誰かを除け者にしないと一つになれない。国防軍(このそしき)が団結を掲げるのだって、深海棲艦という除け者を排除するためな訳で、やっていることは変わりない。

 気の抜けた声が聞こえたのは、その時だった。

 

「なになに、喧嘩ぁ?」

 

 あまりにも突拍子がなくて、私は思わず身構える。

 先手を打ったのはやはりというべきか彼女だった。

 

「違うわよ、ちょっち『おはなし』してただけ」

 

 ね、そうでしょ? 同意しろと言わんばかりの眼光が私を刺す。既に観て観ぬ振りをされている私への仕打ちだ。訴えたところで相手にして貰えないだろうし、今回に至っては証拠もない。私は首を縦に振る。我が意を得たり、とばかりに笑みを深める彼女。

 

「ほらあ。別になんにもしてないでしょ? だから言いがかりだっ……て……」

 

 ところが彼女の勢いはあっという間に剥がれ落ちてしまう。私は彼女の視線の先を見て、納得。

 

「ふぅん。そんなこと言っちゃうんだ」

 

 なにせ駆逐艦娘の手には、携帯端末(スマホ)が握られていたのである。しかしその程度で引き下がるようなら彼女は取り巻きなんて連れてはいないだろう。すぐに表情を引き締めると、さも勝ったかのように口を開く。

 

「なにそれ、盗撮のつもり? 他人様の話を盗み聞くなんていい度胸じゃない」

 

 脅しは効かないとでもいうつもりなのだろう。実際問題として私は彼女に暴力を受けたわけでもないし、『おはなし』については私は認めた。十分な証拠になるかというと微妙だろう……そしてなにより、こんな小手先で解決するのならとっくに終わっている。

 

「そりゃあさ。この映像じゃ意味はないと思うよ?」

 

 それでも駆逐艦娘は一歩も引かないどころか、私の、いや彼女の方へと歩み寄っていく。

 

「なによ、だったらさっさと削除してくれない?」

「でもさ。騒ぐのが世間サマだったら?」

 

 その言葉には見当がつく。要するに、インターネットに動画を公開してやろうと言っているのだ。

 

「あははっ、なに言ってるんだか!」

 

 それを聞いた彼女は笑った。それはもう大袈裟に、腹を抱えるばかりの調子で。

 

「なに? 動画を公開して炎上させるって? どう考えても騒ぎになる前に削除されてお終いでしょ」

 

 その指摘は間違ってはいない。深海棲艦との戦いが始まって二十数年。今でもネットを騒がせる国防軍人(こまつたひと)は現れる。国防省は何度もその顔に泥を塗られてきただけに、検閲にはかなりの力を入れているのだ。

 付け加えるならここは南洋の僻地ショートランド。最前線の情報漏洩には敏感だろう。

 

「うーんそれがねぇ。出来ちゃうんだよねぇ」

 

 ところが、駆逐艦娘はそんなことを言ってのける。

 

「なにせ、こっちには5万のフォロワーがいるんで」

 

 この駆逐艦は、何を言っているのだろう。いや、単語が分からないわけではない。5万というのは数字のことで、フォロワーというのはSNSなどの用語。

 

「多分だけど削除とか入る前に拡散されちゃうんじゃないかなー。なにせ5万人が見ている訳だからなー」

「はったりにしては下手ね」

 

 そしてそれを、彼女はあっさりと切り捨てる。

 

「じゃ、試して見る?」

 

 駆逐艦娘が挑戦的に薄く笑ったのが見えた。

 

「別に動画なんか上げなくたって、このアカウントの中のヒトが艦娘ってことを発表(バラ)した上でいじめのことを言えば大騒ぎよ? 火がつけばそれで十分なの」

 

 体面を気にする国防省(おかみ)にはね。その言葉で二人は沈黙。月を隠していた雲が流れて、月明かりがその駆逐艦娘を照らす。私と同じくらいの背丈、私と同じポニーテールに黒のリボン。腕には7護群の部隊章(ワツペン)がついている。ということは同僚……のハズなのだけれど、困ったことに見覚えがない顔。

 

「いいわ。今日は譲ってあげる」

 

 沈黙を破ったのは彼女の方だった。

 

「でも。この私にはったりかますんならもうちょっち上手い嘘を使いなさい? だってその爆弾、アンタも一緒に爆発しちゃうでしょ?」

 

 そんなことも想像できない? そう言わんばかりに髪を揺らす彼女。駆逐艦娘は笑顔で応える。

 

「もちろん分かってるって。だからこそ、この映像が効いてくるワケ。今後この子に手を出さなきゃ、これは水底まで大事に抱えていくことを約束するさぁ」

 

 この子、というのは勿論私のことなのだろう。私の事を私抜きで決めようとする身勝手な二人は、契約が交わされたと言わんばかりに視線をぶつけ合う。

 

「まあ、そっちの覚悟は分かったわ……でも、分からないわね。なんで密告者サンに肩入れするんだか」

 

 彼女の問いかけに、駆逐艦娘は笑う。

 

「ん、肩入れする理由? そんなの簡単よ」

 

 そして当たり前のことをいう調子で。

 

 だって風雲(このこ)は――秋雲さんの()()()()なんだから。

 

 そんな爆弾を、破裂させた。

 

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