舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第97話 身分詐称とデスマーチ

 最前線ということもあって、ショートランドの防空体制は万全。通信機器以外の建物は木陰に隠され、土を被せて空襲に備えたりもしている。

 

「いやぁー。さっきは危なかったんじゃない?」

 

 そんな最前線でも本土と同じような福利厚生は実現したいのか、意外と娯楽の品は充実していたりするモノで。この場合の娯楽とはつまり、酒保(コンビニ)のこと。

 

「まあ、あの動画が流出すれば秋雲さんもあの人も情報漏洩と国防軍の威信を傷つけたってことで懲戒間違いなしだし、もう手出ししてこないと思うけどねー」

 

 冷房装置付の陳列棚に並んだそれを手に取って、レジへと向かう。会計画面に数字が躍る。財布を開くと、丁度いい具合に小銭がぴったり出てきた。

 

「あー、もしかしてお節介だったりした?」

 

 私が無言なのをいいことに、背中に向かって喋り続ける秋雲。私は振り返るとレジ袋を突き出した。

 

「これ、お礼」

「え……」

 

 相手はまさか渡されると思ってはいなかったようで、目を白黒させながら受け取った。レジ袋の中身を一瞥して、それから呆れた様子で言う。

 

「お礼がプリンって女子高生じゃあるまいし……」

「……不満なら、他の買ってきてもいいけど」

 

 まあ確かに、ヒトには好き嫌いがあるわけで。

 プリンはダメだったかとこっそり肩を落とした私。一方の相手は何故か嬉々として声の調子を上げた。

 

「あ! じゃあ秋雲さん林檎マークのカードが欲しいかなぁ……って待って待って!」

 

 欲しがったくせに、買いに行こうとする私の肩を掴んでくる秋雲。振り返ると思ったより真剣な顔で引き留めようとしているらしく、私はため息。

 

「なによ、欲しいんでしょ。買うわよそのくらい」

 

 酒保(コンビニ)でも売られているそのカードというのは、インターネットのサービスに使われる前払式(プリペイド)の仮想通貨。

 要するにお金だ。

 

「いや知らないかも知れないけどカードってプリンよりずっと高いよ?」

「知ってるわよ、そのぐらい……別にいいのよ。お金がないわけじゃないし」

 

 それに、こういう『借り』は作りたくない。それが偽らざる本音で。

 そして秋雲は、私の内心を見透かしたように嗤う(ほほえむ)

 

「いやいや、すぐ溶かすカードで貴重な『貸し』を使うとかありえないから」

 

 魂胆が見抜かれているとすれば、これほど無様なことはない。彼女の双眼に私が写っている。彼女は私のことをどう思うだろう。横領だ不正だと叫びながら自分のことになると平然と現金(わいろ)を渡す人間に見られたか。庇う価値もない人間だと見損なったか。

 でも、それが正しいの。私の告発は不完全に終わった。だから禍根だけが遺されて、それを全部私がしょい込むことになってしまった。

 

「冗談だってば、冗談」

 

 そうやって彼女はへらりと笑う。その笑いのなんて無責任なことだろう。

 

「なんで、あんなこと言ったの」

 

 今日のところは向こうも呆気に取られているかもしれないけれど、駆逐艦たちのまとめ役に喧嘩を売った事実は変わらない。明日から秋雲も標的にされる。

 そんな風に心配してしまう私のなんて無責任なことだろう。心配したところで、何かが出来るわけでもない。精々がカードを買うぐらいしか出来ない私。

 ところが秋雲は、自信を湛えた表情を崩さない。

 

「んー。それが最善手だと思ったから、かな」

 

 ああいうのって、調子崩してやると簡単には立て直せないからね。知った風の秋雲は、私の内心など知らないのだろう。だったら言っておく必要がある。

 

「善人ぶらないでよ。今日のことは感謝するよ?」

 

 でも、あなたは昨日まで黙ってた。

 同僚達はみんな敵だった。露骨に私を無視するヒト。申し訳なさそうに私の横を素通りするヒト、遠巻きに視線を送ってくるヒト。積極的か消極的かの違いはあっても、結局みんなで私に罰を下そうとした。私は裏切り者だからいいと、そんな言い訳をしながら。

 それを、今さら出てくるなんて虫が良すぎる。

 分かってはいる。巻雲だって私に手を差し伸べることは出来なかった。それだけ勇気がいることだろう。でも、だからなんだ。そっちの都合じゃないか。

 

「なんで、いまさら助けたの」

 

 私が睨めば、顔色一つ変えない秋雲は言う。

 

「だって、風雲は助けて欲しくなかったんでしょ」

 

 さらりと放たれた言葉が、ぐさりと刺さった。

 

「そう、そうよ。助けてほしくなんか、ない」

 

 これは私の告発(ぼうそう)。だから手出しは無用。私には私の筋がある。私は後悔していない。いずれ去る嵐なんていくらでも耐えてやる。

 

「うん。だからこれは秋雲さんの自己満足」

「自己満足?」

 

 そんな言葉を、ここで聞くとは思わなかった。私たちは艦娘。故郷から遠く離れた南洋で戦う第7護衛隊群に、自己満足なんて言葉は不釣り合いなのに。

 オウム返しにその言葉を口走った私を見て彼女は、秋雲は満足そうに笑った。

 

「そ。だから今日からよろしくね。恋人さん」

「……ちょっと待って、恋人?」

 

 脳裏によぎるのは先ほどの出来事。秋雲は私のことを確かに『カノジョ』だと言い放った。

 

「いや、だってあれはその場しのぎの方便でしょ?」

 

 それはもう十二分な爆弾、相手は勿論私にも巨大な爆弾で、おかげで私たちは撤退できたのだけれど……だからって今日から恋人(カノジヨ)というのはどうなのか。

 

「そもそも、私はあなたのカノジョになった覚えはないんだけど」

「もちろん。カノジョにした覚えはないね」

 

 でも、あのヒトたちにはどうかな? 問いかけるように首を傾げて見せる秋雲。

 

「いやいや……」

 

 というか、流石にあんな会話だけで勝手に恋人認定されては困る。私の言葉に、相手は頭を振る。

 

「でもなぁ、秋雲さんそう言っちゃったしなぁ。あの様子だと多分、真に受けてると思うよ」

「なにそれ……真に受けられても困るんですけど!」

 

 さっき言っていた『最善手』とはなんだったのか。これでは最善手どころか最悪手ではないだろうか。勝手に恋人認定されたら堪ったものじゃない。裏切り者の次は恋のスキャンダルに晒されるのか。ところが秋雲ときたら、まるで他人事みたいに首を傾げるのだ。

 

「困るの?」

「普通は困るわよ! まず第一、私はアナタのこと何も知らないし……」

「知らないっていうのは心外だなぁ」

 

 そこを突かれては痛い。私は目を逸らす。

 

「……悪かったわね。こちとら、最近は仕事でしか会話してないのよ。知ってるでしょ」

 

 それでも確かに、同じ部隊の仲間のことを知らないのは不味いのかもしれない。でも私のことを無視し続けたのは向こうの方だし、私は悪くない、ハズ。

 そんな私の事を知って知らず、秋雲うーんと唸る。

 

「少なくとも、風雲には有利だと思うけれど」

「有利? どこが?」

 

 何のことを言っているのかさっぱり分からない。秋雲は人差し指を立てると、生徒に教えを施す先生のような口調で続ける。

 

「いい? 結局のところ人間っていうのは流行りに乗るだけの生き物なのよ。今日まではアンタを無視したりするのが流行りだった。裏切者ってことになってるだけに心も痛まない。じゃあ仮に私たちが『恋人』だったことが分かったらどう?」

 

 そんな風にまくし立てられても困る。

 

「どう、と言われても」

 

 秋雲は「分からない?」と言いたげに眉を寄せる。

 

「皆の刃がアンタだけじゃなく、この秋雲さんにも向いていたことに気付くわけ。相手は一人じゃなくて二人だったってことになる。集団を攻撃する度胸がある奴なんてほとんどいないわよ」

「……そう、かな?」

 

 もちろんと大仰に頷く秋雲。

 

「アンタは秋雲(わたし)と恋仲になることで、助かるって訳」

 

 本当に、そうだろうか……そんな都合のいい話が。

 

「いや、ないでしょ。流石に付き合いきれないわ」

「まってまって!」

 

 待てと言われようが知ったことじゃない。助けるってなんだ、勝手に出しゃばってくるのはいい。おかげで今日、少しだけ救われた。それでも、そんな戯言に付き合ってやるほど私は暇じゃない。

 

「帰る。今日はありがと」

「まあ最後まで聞いていってよ風雲、これってば本当にウィンウィンな話だから!」

 

 それでも引き留める秋雲。私に恋人ごっこなんかをする余裕はない。勝手に一人でやってればいい。

 

「少なくとも私には利益(ウィン)がないでしょ」

 

 ところがそう踵を返した私に、秋雲(かのじよ)は言うのだ。

 

「じゃあ、このままでいいの?」

 

 なにそれ。そうやってこっちの心を見透かしたつもりなのか。読心術を自慢げにひけらかされても困る。

 

「いいよ。私は間違ってない」

 

 私は筋を通した。間違ってるのは向こうだから。

 

「だから、いつか過ちを認めて謝ってくるって?」

「……」

「ないでしょ。あの手のは認めるどころか忘れるよ。そのうちアンタの代わりを見つけて、それでアンタのことなんてキレイさっぱり忘れるでしょ」

「それでも、別に構わない」

 

 私は、不正が許せないだけだ。燃料と弾薬の横領は許せなかった。告発が間違っていたとは到底思えないし、私の働きかけで正当な監査が入ったことを願うだけ。それで私に逆風が吹くのはおかしな話だけれど、それは『そういうもの』だと割り切るしかない。

 

「もおー、どーしてそんなに堅物なんだか」

「そっちこそ、どうして食い下がるの」

 

 私はこの駆逐艦娘を、秋雲のことを何も知らない。

 何も知らないのにいきなりカノジョとか言われて、お次は恋人と来た。いくら私でも怒っていいだろう。

 ただ……腕を振り上げて抗議しても、秋雲(このひと)はピンとこないだろう。それなら私は、理由が知りたい。

 そんな私を、秋雲は笑った。

 

「そうね。強いて言えば……実務上の理由、かな」

「実務上の理由?」

 

 そう問えば、秋雲は続ける。

 

「そ。さっきウィンウィンだって言ったでしょ? 恋仲になると、秋雲さんにもステキな特典があるのよ」

 

 そう言いながら秋雲はスマホを掲げて見せる。そこにはフォロワーを三桁ほど抱えたアカウントの画面。

 

「なんだ。フォロワー5万ってのはやっぱ、り……」

 

 ちょっと待った。この画面は、この背景と(アイコン)と自己紹介文には見覚えがある。ついでに最近の投稿にも見覚えがある、というか書き込んだ記憶がある。

 

「知ってるよね。このアカウント」

「しらない」

 

 即答。大丈夫、私は即答できてる。知らないモノは知らないんだから知らないのだ。

 

「まーまーまー。ほら、ここ見てごらん」

 

 そう言って秋雲が指差したのは『フォロー中』の文字。そして添えるように『フォローされています』の文字列が続く。これはつまり、秋雲のスマホで登録されているアカウントとこの誰のモノだかさっぱり分からない謎のアカウントとは『相互フォロー』の関係。

 

「そ……それで? それがどうしたの?」

 

 時間稼ぎに記憶を探る。相互フォローというのは、SNSで繋がっている証拠。頭の中に普段コメントを送り合っているアカウントが浮かぶけど、どれも秋雲の顔とは合致しない。いやそれは当たり前の話か。アイコンと現実(リアル)の顔が同じならこの世界の大半は美女かイケメンか無機物か謎の生命体になってしまう。

 

「ほらほら。そんな垢バレしたオタクみたいな顔しないでいいから。もっと気を抜いて頂戴よ」

「しらないし。こんなヒト知らないし」

 

 誰だ、一体秋雲は『誰』なの。今すぐスマホを手にして相互フォローの人を確認したい衝動に駆られるけれど、そんなことしたら秋雲が見せるこのアカウントが私のものだと認めるようなもの。

 そんな私を知って知らず、秋雲は話を続ける。

 

「いやー私も驚いたんだよ? オタクの巣窟と言われる我が国防軍であっても、同じジャンルに棲み同じ基地の下働いている戦友がいるなんて思わないじゃん」

 

 ジャンル? オタク?

 

「知らないし。栄えある我が国防海軍は立憲日本政府を守護する誇り高き組織なんですけど」

 

 そうそう。そうに決まってる。私がオタク?

 それは片腹痛いにも程がある指摘。私は違うよ。私は弾薬燃料の横領を告発するし同僚からの風当たりが強くても絶対に負けない国防軍人(かんむす)で……。

 

「あーもしかして秋雲サン、風雲の黒歴史を穿り返しちゃった? ならもう触れないけれど」

「知りもしない歴史を黒歴史なんていいません」

 

 大丈夫。きっと秋雲は私の書き込みからアカウントを推測しているだけ。それは全部が状況証拠で、否定しまくればこれ以上は立ち入れないはず。

 

「と、に、か、く。私はこんなアカウント知りもしないし一切関係ありませんから!」

 

 そう言って不退転の覚悟で秋雲を睨む。

 

「むー。ATフィールド全開って感じ?」

 

 じゃどうしようもないけどさあ。秋雲はそう言うと、やれやれと言わんばかりにため息を吐いた。

 

「あーあ。残念、同志が見つかったと思ったのに」

 

 勝手に残念がっていればいい。私は私の世界を守るだけなのだから……待った。これって私の世界が守られたことになるのだろうか。なにせ秋雲は追求を諦めただけ。秋雲の中ではこのアカウントの中のヒトと私は未だにイコールで結ばれているだろう。

 これは、まずい。ヒトは誰しも秘密の一つや二つはあるもの。ネットの書き込みを現実(リアル)の知人に知られたくはないもの。どうすればいい? 非公開アカウントに移行すれば見られずに住むだろうか。いや無理だ。このSNSの仕様だとフォロー関係にあるアカウントには見られてしまう。となると秋雲のアカウントをブロック、つまり見られないようにしなきゃいけない。

 そのためには秋雲のアカウントを突き止める必要がある。こういうのはあんまり得意じゃないのだけれど、アカウント安寧の為だ。仕方がない。

 

「ところで……さっきのアカウントと秋雲がさ、相互フォローしてるってことはさ」

 

 まずは当たり前の話から。なんとかして秋雲を罠に誘導してアカウントを特定、ブロックする。

 

「そのアカウントのヒトは『同志』なんでしょ。だったらそのヒトと語らえばいいんじゃないの?」

 

 会話を誘導するのは簡単だ。なるべく相手に気持ちよく喋って貰うこと。秋雲が思ってること、言いたがっていることを予想して喋らせてあげればいい。

 

「いやほら。文章だけじゃ語りきれないこともあるでしょ? こんな集団生活じゃ通話もままならないし」

「それはまあ、確かに。でもアニメ化されてる作品とかだったら話し相手は探せば見つかると思うけど」

 

 国防軍にオタクが多いのは事実である。それは外出に厳しい制約のある軍人にとって、アニメや漫画と言った情報媒体だけで楽しめるコンテンツは貴重だから。そういうワケでこの基地にだって秋雲以外のオタクはいるはず……という理屈。

 

「うーん。まあそうなんだけどさ」

 

 そして秋雲は()()()()()()()頭を振ってみせる。

 

「こう、なんていうかさ。秋雲サンは二次創作の住人なんだよね。公式はともかく二次創作とかって意外と界隈が狭いじゃない?」

「あー分か、じゃない……へえ、そうなんだ」

 

 危うく共感を示しそうになったけれど、なんとか知らないフリを突き通す。ここからが本番だ。

 

「ちなみに……どんなのが好きなの?」

 

 ここから秋雲の好みを聞き出していく。分かっているのは相互フォローであることだけ。ここから会話で好みや性癖を聞き出し逆算して、突き止める!

 

「そりゃまあ、いろいろあるけど……まあ、秋雲サンのイチ押しはやっぱりオータムクラウド先生かな」

「えッ! オークラ先生のこと知ってるの?」

 

 オークラ先生とは、ペンネーム『オータムクラウド』で活動しているアマチュアの漫画家さん。私の趣味領域にどストライクの作品を描く先生で、界隈の中でも結構な有名人。フォロワー数は5万人を誇る。

 

「オークラ先生はヤバイよね!」

 

 もうヤバイというか、激ヤバなのである。ところが目の前の秋雲が笑っている。というか呆れている。

 あ……あれ? おかしい、私は秋雲の好みを聞き出そうとしていたのに。私は、イマナントイッタ?

 

「あ、違うのコレはね」

「……やっぱりオタクじゃん」

 

 弁明の余地なし。この世界の風雲さんは失敗したよう。まあ次は上手くやってくれることでしょう。

 

「おーい『ふううん』現実逃避するなー」

「風雲ですっ……はっ! まさか私は二重人格!」

「そんなので誤魔化せる訳ないでしょ……」

 

 呆れた表情の秋雲。困った、今私の中では猛烈に天秤が揺れている。つまり、オータムクラウド先生について語り尽くしてしまうか、それとも国防海軍第七護衛隊群所属の艦娘としての矜恃を保つかである。

 でも、でも。オータムクラウド先生のことを知っているヒトはめったに居ない。なにせフォロワー五万人とはいっても日本一億人中の五万ではあまりに少ない。周りには先生の存在を知らないヒトが多くて……知っているヒトが、なんと目の前にいるのだ。

 

「あーもう分かったわよ、認めるわ! 私はオータムクラウド先生の大々大ファンです!」

 

 私の降伏宣言に、秋雲はガッツポーズ。

 

「やっと話が通じたってわけだ。で、どこが好き?」

「そりゃもう、絵柄から話の流れまで全部!」

 

 はっきり言って、私が語り出したら多分止まらないと思う。オークラ先生はとにかく原作の読み込みと考察が凄まじいし、そこから産み出される世界がとにかく深いのだ。しかも毎回綺麗にハッピーエンド。

 

「いやあ風雲なら食いついてくると思ったよ? だっていつも感想送ってくれるもんねぇ」

 

 そんなことも知っているのか。いや、確かに先生の本は読み次第感想を書き込んでいるけれど……。

 

「いや、だからあのアカウントは私のじゃ」

 

 私の反論を完全に無視して秋雲は続ける。

 

「それにしてもいいよねぇ。風雲はあのオークラ先生と相互フォロー関係にあるんだから」

 

 そう、そうなのだ。なんと私はオークラ先生にフォローされているのである。その時はもう驚きビックリなんのその、大慌てで送ったコメントに柔らかく対応して貰えたときの喜びは今でも覚えている。

 そんな調子で作品一つ一つを語り出したら止まらなくなりそう。とにかくオークラ先生は凄いのである。

 

「で、そんな風雲ならもちろん知ってると思うけど」

 

 そんな時、秋雲が急に表情を変える。

 

「オークラ先生……今、原稿がヤバいんだよね」

「いつものことじゃん」

 

 その言葉に秋雲は「うっ」と表情を歪める。

 

「いや。まあそうなんだけど……今回は別物でしょ」

 

 そう言われてみれば、確かに普段よりも状況は良くないのかもしれない。

 

「なんかようやく下書きとか言ってたっけ」

 

 オークラ先生の書き込みを思い出す私に、秋雲は頷く。でもまあ、先生のことだし間に合うと思うんだけれども……ところが秋雲の表情は真面目だ。

 

「今回はヤバイよ。ちょっと厳しいかもしれない」

「そうなの?」

 

 そうなのと頷く秋雲。いや待って欲しい、何故秋雲がそんなことを知っているのだろう。オークラ先生は新刊を落とした試しがない。それを厳しいだなんて断言できるだろうか。出来るはずがない。

 訝しんだ私に対し、秋雲は話を続ける。

 

「そこでさっきの『実務上の理由』になるんだけど」

「え、同志を見つけるって話じゃないの?」

 

 そう言ってから、気付く。確かに趣味仲間を探すだけだったら『実務上の理由』とは言わないはず。

 

「原稿、手伝って頂戴」

「はい?」

「原稿よ、原稿」

「ええと、うん?」

 

 原稿が何かって言うのは分かる。それは印刷物……例えば新聞とか雑誌とか、後は本とかに印刷される画像や文字のことで、要するに見せるモノ。

 理解が追いつかないというか、そもそも追いつくべき理解が存在しないというか。『とある可能性』が浮上した私はそれを沈めては浮かすの繰り返し。

 

「え、待って。え……ウソでしょ?」

 

 状況証拠がゆっくりと紡がれる。よくよく考えるとオークラ先生はSNSに原稿の進捗を書き込んだりはしていない。あとがきで「実は原稿が~(定期)」みたいな感じで冗談めかしてバラしているだけ。

 そして『はったり』で秋雲が使ったフォロワー数は5万人。オークラ先生のフォロワーは()()()()5万人。なにより……私と秋雲は相互フォローの関係。

 いやまさか。本当に? ありえない。

 

「はい、それじゃあ改めまして――」

 

 思考が空回りに入った私に秋雲は、恭しく頭を垂れる代わりにスマホを操作。画面が私を向けば、そこには私を引き()り出したアカウントが映っていた。

 

「え、え……えええ……?」

 

 オータムクラウド。私と相互フォローの関係で、私とは時折コメントを送り合う仲の作家さんで。

 

「お世話になってます! オータムクラウドです!」

 

 衝撃に打ちひしがれるのも一瞬。私のネットリテラシーが全力稼働してその可能性を潰しに来る。いや、まだ十二分に嘘である可能性はあるのだ。

 

「で、でもオークラ先生は男の人のハズだし……!」

 

 ほら、よくあるじゃないか。学校とかで有名人の中のヒトが自分だと偽って面倒なことになることとか。

 

「いや、ジャンルが男性向けに寄ってるからってそれは偏見が過ぎるでしょ? 流石に傷つくよ?」

 

 そう言いながら秋雲はスマホを操作。すぐに私のスマホに通知が来て……。

 

《というわけで、原稿を手伝ってほしいのだぜ☆》

「や、待って! 百歩譲って秋雲が本当にオークラ先生だとして……私は原稿なんて手伝えないというか、恐れ多くてそんなこと出来ないというか」

「秋雲サンはそうは思わないけどなー」

 

 そんなこと言ったって、漫画というのには技術が必要なのである。そりゃ確かに手伝ってあげたい気持ちがないわけではないけれども、だからって……。

 

「いやだって、風雲描いたことあるでしょ漫画」

 

 ところが次の瞬間、恐ろしい一言が飛び出した。

 

「ま……ままま漫画? ななななんの話?」

「いやいや。もう諦めてよ、()()

「私は先生じゃありません!」

「いやー無理無理。だって風雲、東京駅に封印した怪獣が動き出して大阪の首脳会談が襲われる漫画描いてたじゃない。なんだっけ、確か国防軍が食い止めるために浜岡原発を電源にして超電磁砲を……」

「あ――――ッ! ダメッ! 中止ッ! 違うの!」

 

 顔が沸騰して真っ赤になる。

 なんで! それを! 秋雲が知ってるの!

 

「なにが違うのさ」

「違うのッ! 別に私はそういうのじゃないの!」

 

 というか、なんでそこまで知っているのか。あり得ない。だって私はアレらを全部処分したはずだ。だから彼女がそのことを知り得るはずがない。

 

「私は好きだけどなぁ……是非その画力をウチで!」

「えっ? いや、その。ないない!」

 

 手も首も全力で振って否定の意を示す。そういう問題じゃないのだ。というか混乱しすぎてどうしたらいいのか分からない。

 

「いやだって、オークラ先生ってデジタルでしょ? 私はアナログだし、入隊してからは描いてないし」

「大丈夫、やり方は私が教える」

「というか機材が足りないんじゃ」

予備(サブ)機がある。故障に備えてこその辺境作家!」

「いやまって、そんなことして怒られないの?」

 

 そうでなくとも突っ込みたいことが山ほどある。ここは軍隊だろう。そして今は深海棲艦との戦争中だろう。その最前線で漫画なんて描いてていいのか。

 

同人活動程度(こんなささいなこと)で艦娘に辞められちゃ困るんでしょ」

「え、えぇ……」

 

 確かに無人兵器を次々と投入するくらいに国防軍の人材不足は有名で……あり得ない話ではなかった。

 

「とにかく! オークラ先生はアンタの画力を買ってるの! 私が背景苦手なのは知ってるでしょ!」

「それは、かねがねお伺いしていますけれど……」

 

 いやだからって、これはいくらなんでも急展開過ぎない? いやほら、拙速を尊ぶのが同人誌(うすいほん)とはいうけれども……後ずさりする私に、秋雲はぐいと迫る。

 

「これはお互いに利益がある(ウィンウィンな)のよ? だって原稿を手伝えば新刊が出る。読みたいでしょ新刊?」

「いやそうですけど……なら、別に恋人ごっこは」

「恋人ってことにしとけば部屋割りとか優遇してもらえるかもじゃん。つまり作業部屋が出来るのよ?」

 

 私ってば天才でしょ。そう言わんばかりの秋雲。

 

「え、えぇ……」

 

 とにもかくにも、そんな理由で。

 私たちの共犯関係(ギソウレンアイ)は始まってしまったのだ。

 

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