舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第98話 創作活動はロンリネス

 廊下で走ると危険なのは言うまでもないこと。

 それにしても、カレー一つで走れるというのは一種の才能だと私は思う。

 

「ねぇ聞いた? 今日『やまづき』カレーだって!」

「やった! アタリじゃん!」

 

 今にも飛び上がりそうな勢いで駆けていく二人の駆逐艦を、秋雲は手を振って制止させる。

 

「あーほらお二人さん、危ない危ない」

 私と違って、秋雲は基地内のみんなに顔が利く。これは私の想像だけれど、きっと皆には、明るくて行動的な秋雲が好意的に見えるのだろう。

 駆け足から急ぎ歩きに変わった二人を眺めていると、秋雲は急に私の方を振り返った。

 

「あれ、それで何の話してたんだっけ」

「……いや、だから。次のコミマの話でしょ?」

「あーそうそう。そうなんだよ」

 

 秋雲は困ったように肩を竦める。私たちの部隊はオセアニアに浮かぶ島々を守る第七護衛隊群。そしてここは日本から遙か四五〇〇キロ南に位置するショートランド島。片道だけでも下手すれば三日かかる。

 

「前回は比較的小規模なオンリーだからよかったけど、今回はなぁ……」

 

 食堂の受け取り口に並ぶ間も、秋雲はうんうんと唸っている。唸りながら配膳トレーをくるくる回す。

 

「なんで? 本土に売り子さん居るんでしょ? この前みたいに任せればいいじゃない」

 

 私は昼食を受け取る。金曜日のメニューはカレーで、これが土日(やすみ)の始まる合図になるのだ。

 

「そうもいかなくてね。売り子さんは別ジャンルなんだけど、今回どっちも一日目でさ」

「あー……被っちゃったかぁ」

 

 食堂は指定席ではないので、好きな席は早い者勝ちということになる。ちなみに一番人気はテレビが見やすい場所。私たちは適当に離れた場所に座る。

 

「だからまあ、なんとかして行きたいんだけどねー。休みとれるかな?」

「うーん。どうだろう」

 

 コミマには文字通り全国から創作家(クリエイター)たちが集まる創作の祭典。なるべく多くの人が参加出来るようにとの配慮から開催は長期休暇、つまりお盆や年末年始に合わせることになる。するとどうなるか。

 

「お盆はみんな帰国したがるからなあ」

 

 大規模作戦が少ないと言っても、戦時であることに変わりはない。そして国防軍はその最前線で身を張る組織。お盆だからコミマだからと、全員が休めるわけではないのである。結果として、同僚達と休暇申請を争うことになる。

 

「うぅ……コミマは欠席したくないなぁ」

「まあ休暇希望は出したんだし、あとは待つしかないでしょ。とりあえず食べよ?」

 

 頭を抱える秋雲を促して、私はカレーを口に運ぶ。カレーは護衛艦ごとに秘伝のレシピがあって、基地の食堂では各艦の主計科さんたちが手伝いに来てくれることから毎週カレーの味が変わる。今日のカレーはまろやかさ重視。辛いのがそんなに得意じゃない私としては、結構好みの味だった。

 

「うん。美味しい」

「風雲は呑気だねぇ」

 

 秋雲が呆れたように言う。そんなこと言ったって、私は今のところ不安になることはない。なにせ……。

 

休暇がない(さんかできない)なら死に物狂いで原稿(デスマーチ)しなくて済むし」

 

 その一言で、我らがオークラ先生は撃沈。

 

「うッ……心が死んじゃう」

「いやというかさ、原稿ギリギリでしたーって毎回あとがきに書いてるじゃん。なんで回避できないの?」

「脱稿できてるからセーフなの! ネタ出しでギリギリまで迷うんだから仕方がないじゃん。今回なんてヤバかったんだよ? 何十回と組み直したんだから!」

 

 一応同じように作品を創ったことがある身としては、その「少しでも良い作品を!」という気持ちは分からなくはない。分からなくはないけど。

 

「もう……私がいなかったらどうなってたのよ」

「ワザと戦傷(ケガ)を貰って休暇を取った」

 

 その言葉を聞いた私はスプーンから手を離す。両手を伸ばすと、秋雲の顎を両方から挟んだ。

 

「そんなこと、もう二度と口にしないで」

 

 怪我をすれば治療費がかかる。艦娘の治療費は税金で支払われるワケで、それは税金泥棒と一緒だろう。私の言わんとすることを分からない秋雲ではない。

 それに、ワザと怪我をしてそれが大事に至らない保証なんてどこにもない。そこまで言うと秋雲は絶対調子に乗るだろうから、それについては口を噤むけど。

 真剣さが伝わったのか、秋雲は動かない顔で頷く。

 

「……ふぁい(はい)

「よろしい」

 

 私たちは艦娘だ。それは人類を、世界を守る立派な職業で、それと漫画家を掛け持ちしようとする秋雲はスゴいと素直に思う。それだけに、身体を大事にして欲しいのだ。もちろん本業(かんむす)副業(どうじん)の両方において。

 

「とにかく、次はデスマーチは避けてよ?」

善処します(たぶんむり)

「こんのッ……」

 

 何でこんな計画性のない秋雲がオータムクラウドとして毎回落とさず新刊を出せるのか。頭の中でカレンダーをめくってスケジュールを心配するのは私だけなのか。秋雲は休暇の心配だけをしていた。

 

「せめて一人でも休暇が取れれば……」

 

 秋雲が祈るようにそんなことを言う。一人でも?

 

「待って。私に売り子やらせるとか言わないよね?」

「え? 言うに決まってるじゃん」

 

 なにを当たり前のことを、と言わんばかりの秋雲。

 

「待って待って。私悪いけど通販派だよ? コミマとか行ったことすらないよ?」

「大丈夫、一般参加と比べればサークル参加は余裕だから。初めてでも全然いけるって」

 

 秋雲はそんなことを言う、コミマで作品を発表するのがサークル参加で、一般参加とはその作品を求めにいくこと。イベントの性質から一般参加のほうが多くなり、十万を優に越える一般参加者の列はもはや濁流と形容する他ないという……それに比べればサークル参加は楽、という言い方は分からなくもないけれど。

 

「ダメですよ、秋雲の妄言に騙されちゃ」

 

 と、カレーを載せたトレーと共に私の隣に座る影。

 

「あ、巻雲……」

 

 かつて巻き込まないようにと、私が勝手に突き放した巻雲。最近は声もかけてくれなかったし、根に持っているに違いない。私は肩を縮こまらせる。

 そんな私を気にも掛けず、彼女は「そういえば言い忘れていましたが」と前置きして続ける。

 

「お二人とも、御成婚おめでとうございます」

「「勝手にケッコンさせないで」」

「……おや、()()でしたか」

 

 もちろん冗談なのだろうけれど、巻雲までこんな調子なのか。私はそっとため息を吐く。

 秋雲が私に提案した共犯関係(ギソウレンアイ)は、風雲(わたし)と秋雲が偽の恋愛関係を演出するというもの。その結果として私は無視されるようなこともなくなったし、巻雲ともこうして冗談を交わし合える仲に戻れたのかもしれない。

 ただそれは、秋雲の力によるもので。

 

「まあ話を戻しますけれどね、風雲は秋雲がどれくらいの本を印刷してるか知ってるんですか?」

「え……たくさん刷ってるよね? たぶん」

 

 なにせオータムクラウド先生のフォロワー数は五万である。仮にその内の一割が買いに来るとすればそれだけで五千部が必要になるということ。そこまで大袈裟に用意する必要はないかもしれないけれど……。

 

同人誌(ああいうの)って百冊積んだだけでスゴいことになるんですよ? それを一人で捌くのがどれだけ大変か」

 

 私はSNSでしか見たことのないコミマの風景を思い浮かべる。長机の上に同人誌を並べて、そこに次々と一般参加者さんが押し寄せて……なるほど、一人だけじゃ大変なことになりそうだ。そこまで考えた時、私の脳裏に浮かんだのは一つの疑問。

 

「あれ? というか巻雲は秋雲のこと知ってるの?」

 

 秋雲のことというのは、もちろん秋雲の創作(どうじん)活動についてである。てっきり隠していると思ったけれど。

 

「一応、風雲の前は同じ部屋でしたからね」

「ああ、なるほど」

 

 それは確かに隠せる物ではないと納得。巻雲はやれやれと言わんばかりの調子で肩を竦める。

 

「秋雲の相手をするのは大変でしたよホント」

 

 どうやら、巻雲も秋雲の被害者(アシスタント)らしい。私が秋雲に視線を注ぐと、泳ぐ秋雲の両眼。

 

「いや本当に……巻雲センセには感謝してます」

「感謝というか『あー推しが死ぬぅ!』って毎晩聞かされ続けた謝罪が欲しいですね私は」

「ほんッとうに、ゴメンナサイ」

 

 そうやって頭を下げる秋雲。巻雲は冷めた目で見つめてから、(こつち)に視線を投げてくる。

 

原稿の手伝い(デスマーチ)も大変ですけど、秋雲はネタ出しの時が一番面倒くさいから覚悟した方がいいですよぉ」

「そ、そうなんだ……気をつけるね」

 

 気をつけると言ったところで、一体なにに気をつければいいのだろう。そして当の秋雲といえばスプーンを噛みしめていた。

 

「違うの……秋雲サンはハッピーエンドが好きなの」

 

 その言葉を聞いた巻雲が私に目配せ。何がどう違うのかは私にも分からず、私は首を横に振る。

 

「だってさ。物語の世界ぐらいは完全無欠なハッピーエンドがいいじゃない。そう思わない?」

「とは言いますけれど、同人誌(うすいほん)なんて半分くらいは開いて2ページでおっぱじめるじゃないですか」

「あっ巻雲! アンタたったいま七〇億の作家を敵に回したわね! 作品に込められた魂を知りなさい!」

「いやそんなに居ないでしょ……」

 

 秋雲と巻雲がやいのやいのと楽しそうに言葉を交わしていて、私はそれを端から聞くのに徹する。

 二人はなんだかんだと、仲が良さそうだった。秋雲にとって巻雲は大切な相談相手なのだろう。

 

「じゃあ、風雲はどう思う?」

 

 ところが二人にとっては私も当事者の一人らしく、突然話を振られた私は、慌てて意識を引き戻す。

 

「え、どうと言われても……そりゃハッピーエンドの方が気持ちよく読めるかもしれないけれど、でもバッドエンドの作品だって沢山あるし……」

 

 なにもハッピーエンドばかりが作品の形ではないだろう。本を探せば主人公やヒロインが死んでしまう作品なんていくらでもあるし、需要だってある。

 

「じゃあ、風雲はどっち派なんですか」

「えぇ……そう言われても」

 

 眼鏡を輝かせて迫ってくる巻雲。私が身を引くのを見た秋雲が、ここぞとばかりに援護射撃。

 

「風雲はどっちかと言えば特撮寄りだからなぁ、なにせ『浜岡原発大決戦!守り抜け大阪サミ……」

「わー! わああああああ!」

 

 援護射撃どころか友軍誤射(とどめのいちげき)である。大慌てで誤魔化そうとする私を余所に、巻雲は首を傾げる。

 

「なんですかそのタイトル。聞いたことないです」

「しし知らなくていいから!」

 

 私がそう詰め寄ると、秋雲はえーと横槍。

 

「面白いのに」

「秋雲からかってるよね、絶対からかってるよね!」

「いやいや本心ですってばぁ」

 

 そんな風に言う秋雲。そんな昔の作品を出されても恥ずかしいだけだし、それに私は、今は描いてない。

 

「だったら、描けばいいじゃないですか」

 

 事情を大まかに察したのであろう巻雲は、私と秋雲のやり取りをひとしきり聞いてからそう言った。

 

「だって、どうせ秋雲ここから一ヶ月くらいネタ出しで動かなくなりますよ。適当に話し相手になっておくだけで勝手に感謝してくれますし」

「ちょっと巻雲、その言い方はどうなのさ」

 

 秋雲が苦笑いで突っ込むけれど巻雲は聞かぬ風。

 

「というか、風雲まで描いてるなんて知らなかったです。とりあえず既刊くださいよ!」

「え……いや、私は同人誌は描かないんで」

「紙に絵を描いて折ったらそれは本ですよ! 絵を描くと言うことは、つまり本が出るって事です!」

「いやいや……そういう話じゃなくて」

 

 そんな風に迫られても困るしかない。秋雲に助けを求めるけれど、カレーに全神経を集中してますと言わんばかりに無視されてしまった。

 

「そうは言っても……別に描きたい話なんてないし」

「えーと、じゃあホラー系とかどうです?」

 

 巻雲が両手を私の方に突き出して、余った袖を垂らして謎のポーズ。『うらめしや』とでも言いたいらしい。巻雲の趣味はそういうのなのか。

 

「……悪いけど、ホラー系(そういうの)は描かないからね?」

 

 放っておくと描く流れになってしまいそうなので私は早めに却下しておく。巻雲が抗議の声を挙げた。

 

「いいじゃないですかホラー。夏にピッタリなのに」

「夏って……そんなこといったらショートランドなんて年中夏みたいなものじゃない」

 

 珍しく秋雲が的確なツッコミ。しかし巻雲は怪談話をしたいだけのようで、眼鏡をかけ直して続ける。

 

「実はですね……7護群(ここ)って出るらしいんですよ」

「またまたあ」

 

 私はカレーに視線を落としながら返す。幽霊話なんてありきたりな話、漫画にしてもそうそう受けはしないだろう。それこそ、昔は深海棲艦だって海の幽霊とか呼ばれていたワケで。でも深海棲艦は撃てば倒せる。幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつだ。

 

「分かりませんよぉ? 友軍に誤射された艦娘の怨霊が出るとかで……なにせここは万年戦場のソロモン諸島、かつての英霊達も沈んだ鉄底海峡では……」

 

 巻雲がそんなことをつらつら喋る。それにしても。

 

「うーん……同人誌かぁ」

 

 その実、私は描きたものが思いつかないのだった。

 

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