「……あなたは何者でもない」
何者でもなければその器は無いに等しい。無ければ残るのは中身だけだ。
爆発するように溢れた中身は空間を割り、ミフユを呑み込む。
それでも、ミフユの笑みは消えなかった。求めていたものがそこにある。これがあれば、他はもう何もいらないとさえ思う。
高鳴る心は魔眼と連動し、アズールブルーが淡く輝く。
魔力逆流。擬人定着。接続開始――。
「――夜は私。あなたが星。星は夜がなければ輝けない。あなたが星である限り、私がなければ輝けない。闇夜に身を委ね、存分に輝きなさい」
「吾輩……は…………」
「私とあなたで星空です。共に世界を握り潰しましょう」
「…………〝私〟を星とするならば、それ相応の覚悟があるのだろうな?」
* * * *
――タタリガミは消え去った。空間に漂う魔力も安定してきたのか、光の粒子が雪のように降ってくる。それは沙花叉の肩に粒が当たると、パッと弾けて消えてしまう。なかなか幻想的な光景だ。
「こんなファンタジーを生で見れるなんて思わなかったな〜」
などと呑気なことを呟きながら、沙花叉は天井を見上げて降り注ぐ粒を眺める。
そして……沙花叉は思いもよらぬことに唖然として立ち尽くす。
「奥に通路がある……他に道はないし、ひとまずそこを進もう」
「……って……」
「先頭は風真が行くでござる。いつ敵の襲撃があるかわからないし、あんな化け物も出た故、ここからはより一層気を引き締めて……」
「待って! ……アレ、なに……?」
沙花叉は声を張り上げる。天に指をさし、四人はそれに釣られて見上げた。
――ああ、きっと……何もかもが遅かったのだろう。彼女達は天井にぶら下がる〝闇色の
糸がコンクリートの柱に巻き付き、大人がひとり入れるほどの大きさの繭を支えている。しかし、繭は見た目より軽いのか揺れていた。
「おい……もう羽化してるぞ、アレ……」
繭は既に破られ、中身がない。ドス黒い
タタリガミはフェイク。単なる時間稼ぎであり、〝彼女〟の羽化が済めば用はない。
だがそれは
――不意に、背後で足音が聞こえた。
同時に背筋をナイフで優しくなぞられたように、魂を指で撫でられたように……だが、不思議と安心感さえあった。そう、まるで長く共にいた仲間のような安心感が――……
「まだ日は昇らないが、おはよう諸君。待ちくたびれたぞ」
聞き覚えのある声。
感じたことのある雰囲気。
しかし、それでも重くのしかかるプレッシャー。
鷹嶺の肩にそっと手が置かれた。耳に息がかかるくらい近付かれている。
「なぁ、ルイ。お前はすぐ気付いてくれると、私は思っていたんだぞ? 寂しいじゃないか」
「――なんで……なんでもう、封印が解かれてるの……ラプラスっ」
ホークアイで背後を取っている総帥を睨む。
角を抜きにしても鷹嶺より背が高くなっているラプラス・ダークネス。一人称の変化は力が解き放たれたからだろうか、首や手足の枷はなく、その目はぐちゃぐちゃになって地の底へ堕ちているようだった。
たった一日でラプラスの封印を解くなど出来るはずがない。それは洗脳の魔眼を持ってしても、もっと期間は必要なはずだ。
「先の戦い、実に心が躍るバトルだったな。私とも一戦頼むよ」
「総帥ともあろう者がどうして……!」
「いやなに、私とて多少の抵抗はしたさ。しかしなルイ。あれは相当なやり手だぞ? 力の使い方をよくわかっている。封印を解くのに一日も掛からなかった。……ただ一日という時間を掛けたのは、私という存在を駒にするためだ」
鷹嶺は右手を下ろし、太ももに付けていた鞭に手をかける。
洗脳とは厄介なものだ。
ラプラスの封印は外部からのものではなく、内部から――つまり、自分自身で枷をかけていた。故に、洗脳という方法は最適解の中に含まれる。自分で解かせてしまえば良いのだ。
ラプラスがこの星に降り立った時、その環境の違いが生んだ魔力暴走。
……と、魔力・魔法と言いはするものの、ラプラスの力の本質は魔というよりは神のそれに近い。
現代では神秘、エーテル体が極端に低く、神性寄りであるラプラスの力は効果を発揮しづらい。これまでは魔法を使用し力を定期消費していたが、ラプラス・ダークネスという湯水の如く湧き続ける惑星級の魔力生産機は扉が狂い、決壊。そのエネルギー量は超新星に匹敵した。
それ故、暴発する魔力を抑えるために枷をかけた。反動でその時の記憶は消し飛んでしまうことも考慮し、防衛としてカラスを用意していたが、それも今では意味をなさない。
(……でも、解放されたにしては弱い……大半を持っていかれたのか)
鷹嶺は悟られぬよう、ホークアイをラプラスの目と重ねる。
ラプラスは鷹嶺の背後を取りながら、その視線は風真、そしてナツメ、沙花叉、博衣の順で映っていく。危険視してる者から確認しているようだった。
(タタリガミとの戦闘を見られていたなら当然か。ラプラスに打点があるのはこの中じゃいろはだけだし、転移も敵にしたら厄介極まりないのは私自身よくわかってる……)
それでも鷹嶺ルイという存在にまず近付いたのは、共に過ごした時間が一番長いからだろう。誰でも司令塔から潰したがるものだ。
鷹嶺は覚悟を決める。しかし、死の覚悟なんかでは決してない。死ぬ気なんて毛頭ない。
「どうしたルイ。見下ろされるのは慣れないか? 体が強ばっているぞ」
「…………いいや、違う。ラプの封印が解かれて、どんな姿になったとしても……私は変わらずラプに着いていくよ。でも、今のラプラスは違う。意志が変わったでもなく、暴走したでもない。ただ敵に染められた偽物だ」
「……ほう。こちらの私が本当の私で、洗脳などされていないという可能性も捨てきれぬと思うが?」
「そんなものはとっくに捨ててるよ。……ラプラス、
そう告げ、鞭を振るって自身を中心に渦を作る。
舌打ちと共に後方へ飛び退いたラプラスは、ホークアイ越しに見なくてもわかるほど、敵対心剥き出しの目で睨んでいた。
「ラプラス・ダークネス! holoX幹部として、総帥であるあなたに、最後に一つ問おう!」
「……なんだ」
「あなたの夢は、なに?」
その問いに、ラプラスは一瞬固まったかと思えば、プッと息を吹き出して笑った。反響する狂笑の後に、ラプラスは笑い涙を指で拭いながらその黒い眼で鷹嶺の目を見る。
「そんなものない――ミフユが望むままに、世界を壊すだけだ」
「そう……やっぱり今のあなたは、私達の総帥にふさわしくない」
征服しようとしていた世界を壊すなど、彼女が考えるはずなかった。
鷹嶺の覚悟は揺らがない。何があろうと、絶対に――――
「今ここで、目を覚まさせてやる。――holoXッ! 我らが総帥を……あのバカラプラスを、ぶっ飛ばすよッ!」
「「「了解ッ!」」」
誰かの手中に収まった総帥など、誰も着いていかない。
だから仲間として、この手で総帥を叩き起すのだ。