封印が解かれ、全知全能にも匹敵する彼女だが、神秘性が薄れたこの地球上ではその
現在、鷹嶺達の前に立ちはだかるラプラスは、およそ30%程度しか実力を出せない。勝機はそこにある……と、普通は思うだろう。
封印時のラプラスを0.1%とすると、30%というのは凄まじく大きなパワーアップだ。容易に攻略は出来ない。
対してこちらはどうだ。
戦力はたったの五人。しかも直前までタタリガミと激闘していたため、疲労はかなり蓄積されている。
転移の魔眼を酷使したナツメは、これ以上多用すると失明の恐れもあるだろう。
鷹嶺や沙花叉が持つ拳銃も、弾数は残り僅か。博衣のドローンはタタリガミに数機壊され、攻撃手段などもはやない。
まだ戦えるだけの体力は残してある風真だが、タタリガミを斬り祓ったような一閃は、出来てあと二回ほどだろう。
そして当然のことながら、正気ではないラプラスは容赦なく襲ってくる。holoXの四人でも今までに見たことがないくらい俊敏で、無駄のない動き。油断してはすぐに首を掻っ切られるスピードだ。
「まずはお前だ。風真いろは」
「――ッ! 総帥! 正気に戻るでござる!」
手を鉤爪にして腕を振り払ったラプラスに、思わず刀で受け止めてしまった風真だったが、刃に触れても傷一つ付かない手に驚愕する。刃を引いてないとはいえ、押し返されそうなほどの力。薄く傷が付くくらいはしそうなものだが、斬れる気配が全くない。
こんな相手にどう戦えばいいのかと一瞬思考を巡らせた直後。風真の背後にあったコンクリートの柱はまるで竜に引っ掻かれたように三本線の傷が生まれた。
風真もまた、浅いが三本ほど傷を負う。
(こんなの、常識破りでござるっ)
何らかの魔法で身体強化をしているのだろう。物理的だが、風真の刃が通らないのは致命的だった。
そんな風真とラプラスの攻防を見て、鷹嶺は焦りを押し込むように唾を飲み込む。
「こより! 今のラプラスに出来そうなことをわかるだけ調べて!」
「もうやってるよー!」
博衣の小型ドローンはラプラスを取り囲み、体の隅から隅まで調べあげる。
「……待つと思うか?」
「ひゃっ!? 瞬間移動!?」
博衣の前に出現したラプラスは、博衣の頭を鷲掴みにすると軽々と持ち上げた。
先程までラプラスが居たはずの場所をちらりと見れば、六機あったはずのドローンも今や全て破壊されている。
「うあ……っ!」
ミシミシと、頭蓋骨が割れそうなほどの握力で掴まれ、博衣は必死にもがいて抵抗する。
だが、力量差がありすぎる。ラプラスは呆れたようにため息を吐くと、空き缶でも捨てるかのように博衣をポイッと後ろへ投げ捨てた。
「……このッ!!」
「弾丸如きで私が殺せるものか」
続く沙花叉の銃撃も、一発目を受けるとあとの二発目、三発目を容易に避ける。
「こんなものか、holoXは。私はもっと期待していたんだぞ? 天から地へ落とされたようだ。なぁ、わかるか?」
こちらを睨み、右手を突き出す。紫色の光が集束し始め、絶望の光となって五人を照らした。
――勝てるはずがなかった。
いつもはラプラスにちょっかいを掛けている沙花叉でさえ、今のラプラスには恐怖さえ覚える。
「くそっ……」
鷹嶺は奥歯で苦虫を噛み潰したような顔で言葉を零す。
「今のラプは単騎で軍隊を蹂躙できるほど強い……たった五人じゃ、どうしようもないのか……」
こんなこと、ラプラスのすることじゃない。これは違う。何かの間違いだ。だから早く、目を覚まさせなくてはならないのに――……
助けたかった。かつて助けられた恩を返したかった。
だが、何もかもの差がありすぎる。その差を今埋めることは決して出来ない。当然、漫画のヒーローのように土壇場で覚醒など出来るはずがない。
これはただの悪い夢。目覚めればきっと――などという甘い夢は存在しないのだろう。
それでも甘い夢に期待し、溺れて、寝過ごした。
(その結果が、これなのか)
もっと早く助けに来れたならと、鷹嶺の後悔が蓄積されていく。
「おい、お前ら……どうしたんだよ! さっきまでの勢いはどうした!? 立て……立てよ沙花叉! 刀の構えろ風真! お前達の総帥なんだろ?! 起こしてやれよ!!」
「……無茶言うな。私達の誰も、封印が解かれたラプに勝てない。誰が挑んでも負ける未来しか見えない……!」
気が落ちていく。どんどん奈落へ、絶望していく。
タタリガミの〝置き土産〟は相当に重いものだったようだ。
ずぶりと足が呑み込まれるような感覚に囚われ、光を見ることしか出来ない。
紫色の光が、大地を揺らす。
(ごめんラプラス……ごめんみんな……私はやっぱり、飛べないみたい――……)
光がより一層強く輝くと、ラプラスは腕を天に掲げて光を放つ。
天井に衝突した光は弾け、拡散し、雨の如く降り注ぐ。
見てわかる。回避など出来るはずもない、確実に仕留める一撃だ。このまま雨に貫かれ、死に絶えるのも仕方がない。
鷹嶺が顔を俯かせる。もう終わろう。
この物語に、幕が下ろされようとする。
――――その時だった。
「なに……?」
雨がいつになっても自分を濡らさぬことに、何が起きているのかと思わず顔を上げた鷹嶺は、驚愕している様子のラプラスをその目で見た。
そして、自分達の前に淡く光るホログラムの板を見た。
……いや、板などと言うには頼もしすぎる。それは傘であり盾だ。ラプラスが放った雨を遮って、鷹嶺達を守っている。
「――未来は変えられると思う?」
博衣こよりが、立ち上がった。子鹿のように足を震わせ、傷だらけになりながらも立ち上がった。
「答えは『いぇす』! この目で見てもない未来! どう進むかは私達次第。どう変わるかは、この一手次第ッ!」
雨を防ぎ切り、消えるホログラムの盾。それを自身を囲むように配置し、博衣は声を張り上げる。
たとえ総帥に投げ飛ばされようとも、諦めることは出来ないらしい。
「相手はラプちゃん。非の打ち所がないくらい、かつてないほどの強敵であることは間違いない。さすが我らの総帥だよ。実力差は一目瞭然……あちらが優勢で、こちらは体力も消耗して打つ手なし……見るからに絶望的状況だ」
盾が欠け始める。長くは持たないだろう。
しかし……それでも、博衣は立つ。
「――でも、でも……! それでも、諦め切れるはずがない! 大切な仲間を、私達の総帥を! こんな形で失いたくない! 絶望なんて、嫌だから!」
その声に、風真は歯を食いしばり刀を握る手を、その意志と共に強くする。沙花叉は立ち上がり、鷹嶺はその目に光を見た。
「こよ、バッドエンドは嫌だから――――……ねえ、知ってる? よくアニメや漫画では、こんなどうしようもない絶望的状況で、技術者や博士キャラがこう言うんだよ……!」
博衣は天に指をさし、絶望に負けぬよう、自信を持った笑顔で息を吸い込む。
全ては、総帥のために。全ては、holoXのために。
「――こんなこともあろうかと!!」
刹那、天井が崩れる。
「チッ、まだ隠し球を持っていたのか、こよりッ!」
ラプラスが砂埃に
だが、当たらない。飛行するその物体は次々と撃ち放たれるレーザーを容易く避けて、一瞬のうちにコンクリートの柱の間を縫って博衣の背後でホバリングした。
「犬が空を飛ぶとでも言うのか? だが、それでは私は超えられないぞ」
「ふっふっふ……舐めてもらっちゃ困るよラプちゃん。こんな時のために作っておいたのさ!」
その〝鉄の翼〟をバックに、博衣は腕を組む。
それはマッハでの飛行をも可能とした小型ジェット機とも言える装備だ。
変形して博衣の体を覆うと、両腕を鎧のようにカバーしてそこから薬品を注射する。
――ゾクリと心臓が跳ね上がる。感覚が研ぎ澄まされ、呼吸の音まで鮮明に聞こえ始めた。
(何があっても助けるから。安心してね、ラプちゃん)
これは博衣こよりが、こんな時のために作っておいた物。いつかラプラスの封印が解かれ、万が一にも暴走した時のために用意した物。
即ち、
『報告――魔力解析完了。周辺魔力の確保に成功しました。電力と置換。自動調合を開始します。対象の行動予測を同時進行。ディスプレイに常時伝達開始――……』
その機体から下りてきたヘッドギアを装着すると、AI音声がマスターである博衣へ報告を始める。
魔力など、未知など、未来など、holoXの科学者の前では全て思い通りであると豪語するように、決意を固め、博衣は言葉を紡ぎ出した。
「――さあさあ皆さん! 絶望に浸ってるとこ申し訳ないけど、今ここに〝希望〟を提示させてもらうよ〜!」
博衣の体がふわりと浮き上がる。塵がジェットの火で舞い散り、穴の空いた天井から差す月光に煌めく。
そうして博衣は、各ポーションがストックされたのを確認すると、ラプラスにロックオンした。