「どうしてなの……!」
夜砥ミフユは理解が出来なかった。
彼女達の声が響く。――うるさい。
彼女達の姿が見える。――眩しい。
「行くぞいろは!」
「ラプラスのクセに指示するなぁ!」
「今日くらい総帥らしいことしてもいいだろ?!」
「……ま、それもそうでござるなっ!」
ミフユは自身を守るように渦巻く闇を斬り解かれ、狼狽えたところでラプラスに腕を掴まれる。
「吾輩の力はここじゃ燃費が悪いんだ!」
ラプラスはぐるりとミフユを回し、空へ投げ捨てた。
時間経過だけでもラプラスの力は消耗されていく。ラプラス本人ならまだしも、ミフユに回復手段はない。既に概念支配を使い、今の出力は精々20%だろう。
「待ったかね?」
「永遠に待っていなさい!」
上空で待機していた鷹嶺に、ミフユは脳が焼き切れようと関係なく、ありったけの力を空間にぶつけて支配権を取り戻す。
「吹き飛べッ!」
空間をバネのように縮め、跳ね上げて鷹嶺との距離を離そうとした。生身で大気圏突入もありえるバウンドになるが……すぐに判断を間違えたと、足に巻き付いていた鞭を見て歯を食いしばる。
「《夜》の総帥、ご同行願います! 共に逆スカイダイビングと行きましょうか!」
「御免だわ……! 早く離しなさい! 離せ……っ!」
「それじゃあ、離してあげますよっと!」
ミフユと共に空へ跳ね上がった鷹嶺は、頭部の翼を広げ、身を翻す。
すると空中で静止し、尚も跳ね上がった勢いが消えないミフユを引っ張って振り回した。
世界が回る。
ミフユは、鷹嶺の笑みと共に下方へ投げられ、今度は沙花叉にバトンタッチされた。
「あなたであれば、今の支配でもっ!」
再度、支配の魔眼を発動して沙花叉を睨む。
だがミフユは気付いていなかった。沙花叉クロヱの〝覚醒〟に。
「ミフユちゃん! その心も、沙花叉が食べちゃうから!」
「やれるものなら――……ぁッ!?」
その時だった。おもむろに口を開いた沙花叉に気を取られたミフユは、背後から強い衝撃を喰らう。
「鷹嶺式ドロップキーック!」
ミフユを投げてから既に急降下していた鷹嶺。それは鷹が獲物を狩るが如きドロップキックで、ミフユの意識を一瞬でも吹っ飛ばす。
そして、沙花叉はその〝眼〟に雷雲のように黒い闇を見た。
「ばっくばっくばく〜ん!」
そんな闇をわたあめでも食べるように喰らい尽くすと、支配力はみるみるうちに崩されていく。
やがて地上に光が蘇り、綺麗な夜景がholoXの足元を照らした。
「驚いたろ、ねーちゃん」
「ぅぐ……ナツ、メ……!」
「何も不思議なことじゃねェ。あの時……ねーちゃんに支配され、ずっと何も出来なかった俺を叩き起してくれたのはこのシャチくせェ沙花叉って奴だ。素質は初めからあったんだよ」
「まさか、支配が……そんなものに負けるなんてあるはず……がっ」
確かに、〝そんなもの〟は支配をどうにか出来るものではないだろう。
しかし沙花叉がラプラスの力で覚醒させた洗脳の魔眼は、他者の心・脳に点在する不安や憎悪、負の感情を目で捉えることで実体化させ、捕食してキレイさっぱりお掃除してしまう優しい洗脳。
――言わば〝浄化の魔眼〟だ。
「沙花叉のお掃除はおしまい! こよりちゃん!」
「はいはーい! 待ってました! 機体修理完了、ポーションセット! 弱体ポーション、散布開始っ!」
ラプラスの力であっという間に修理してしまった鉄の翼を装着し、博衣は調合済みの弱体ポーションを霧状にしてミフユへ噴射する。
「弱体などするはず――っ、なん……体が……動か――」
「へっへーん! ただの弱体化なんてこよがすると思った? そーんなつまんないこと、するわけないんだよね〜! それにあなたに手は抜けないし、こよりスペシャル♪ 麻痺毒と凍結薬を混ぜておいたのさ!」
ミフユの手足は痺れ、それどころか体が徐々に凍りついていく。
行動を完封した博衣はにししと笑い、鉄の翼の上に立った。
もう苦しむ必要はない。歪んだ〝たのしさ〟に身を委ねる必要はない。
割れた心を繋ぎ合わせ、目を覚ます時が来た。
……だが、holoXは見誤っていた。
見誤ったのは支配の強さではない。ラプラスの力でもない。それは充分に警戒している。
彼女の、心のどこかで思っていた〝復讐心〟……その一点の真っ黒な闇が、暴走の引き金だった。
「なぜなのです! どうして、さっきまで私が優勢だったはず! 手も足も出ないほど、圧倒的な実力差があったはず! 私は、確実に勝っていた……! もう少しで復讐を遂げられたのに、あと一歩だったのに……なぜ、なぜ! ――なぜッ!!」
その一歩が遠くなっていく。
そもそも一歩を踏み出す地がないことに、ミフユは気付く。
彼女の足元を支えるものはない。下には、ただ平和に暮らす人々が居るだけだ。中には彼女を苦しませた者も混ざっているのだろう……。
「……? エネルギー量、上昇? って、なにこれ!? もう危険値突破……どこにこんな力を隠し持ってたの!?」
博衣の目前に映し出された、ミフユの状態を観察するためのパラメーター。それらが急激に伸び、パネルが赤く点滅を始める。
「どうしたっての?! これ以上何かされたら沙花叉達じゃどうしようも……!」
「まずい、まずいよこれぇ! 魔力と仮称ラプパワーが核融合的な反応出てるって!」
「吾輩にわかるように説明しろ!」
「ミフユちゃん全回復! あと力が分裂を始めてる!」
「つまりどういうことだ?」
「地下で戦ったタタリガミみたいなやつが量産されてるんだよ現在進行形でってかもう産まれてるよぉ!」
ミフユから伸びた闇が形となって、一滴の水のように地上へ落ちる。
それは地面に染み込むと独りでに成長を始め、人型を形成していった。
「――っあ、ごめんなさいっ。スマホ見て……て……」
通りすがった女性はぶつかった闇を見て硬直する。
全身は靄がかかっており、形がボヤけているが人の形をしていることがようやくわかるほど。顔はなく、代わりに手が大量に生えている。
腕は、手から手が生えるようにして連なって構成され、背中からはハリネズミのように多くの腕が生えて街ゆく人達に手を伸ばそうとしていた。
「ひっ……あ……」
その異形を前に女性は目を離すことさえ出来ず、小さく悲鳴を漏らして、異形の手のひらが迫るのを見ていることしか出来なかった。
そんな恐怖が、街のあちこちで起こり始める。
ポタポタと落ちる水滴は締め忘れた蛇口のように止まることを知らず、ミフユの心を糧にして無尽蔵に《タタリビト》を産み落とし続けているのだ。
今から地上に降りても間に合わない。そもそもこの場から離れるわけにはいかない――というか、離してくれないだろう。
俯くミフユから表情は消え、その眼がholoXを睨む。
「絶望しなさい。そうすれば、また支配出来る。さあ、その綺麗な瞳で地獄を見るがいい、holoX……」
「ここまで……来て……」
結局、自分達だけでは何も出来ないのか。
目の前の、たった一人の心さえ征服出来ないのか。
絶望が歩み寄る。夜が重くのしかかる。
タタリビトの手が、絶望を見せようと恐怖に震える女性に掴みかかろうとした。
天の光がまるで支配者の眼光のように輝く。
「イヤっ、誰か……たすけ――」
希望の光が遠のき、遂に、女性はその顔を闇手で覆われ――――
「……ぁ、え……?」
呆けた顔で、女性は星空を見上げていた。
覆っていた手はどこにもなく、タタリビトも居ない。
夢でも見ていたのかと、わけもわからない状況に視線を下ろすと……そこに少女が一人、立っていた。
「ありゃ〜。凄い有様だよ」
消えゆく闇の残滓を払うように二振りの刀を下ろし、少女は天を見上げる。
サイドのおだんごヘアーを作るための鈴がチリンと鳴り、二つの鬼火が周りをたゆたっていた。
「人間様、怪我はないか? まだ若いし、幽世に来るには早いぞ」
「え、あ……はい大丈夫で……あっ! 後ろ!」
女性がそう声を上げた時には、少女の背後でもう一人のタタリビトが腕を振り上げていた。
「あやめちゃん危ないって!」
その声と共にタタリビトは真っ二つに切断され、消滅する。
「そう言うフブキもね!」
さらに奥から、タタリビトが殴り飛ばされた。
「フブキちゃんにミオちゃん! 助かったよ〜」
二刀を持つ鬼の少女、百鬼あやめは二人に駆け寄る。
白上と大神はやれやれと首を振りながらもハグを受け入れた。
しかし、その間にも闇は落ちてきている。
「でもこれ、一体全体どういうことなの?」
「人々の闇が降り注いでおるのじゃよ……」
「フブキ、今そういうのいいから」
「うっ……実際よくわからないよ。ただ、後輩ちゃん達が頑張ってるってだけ」
「それじゃあ余達も助太刀するとしよーよ!」
「もうしてるけどね〜」
しかしそんな会話をしている余裕はあるのか。……いや実際、次々と迫り来るタタリビトを斬り捨て殴り飛ばしているこの三人だ。余裕綽々で対応する。
だが、大量のタタリビトをたった三人で相手取るのも正直厳しい。
「あっ、あやめ先輩達いたー!」
「ォオイねね!? 敵わんさか居るのに突っ走らないで!?」
タタリビトが見えていないのか、そのまま突っ込んで粉砕する桃鈴ねね。それを追いかける尾丸ポルカが参戦する。
「ふ、二人ともどうしてここに?!」
「ししろんがこれ届けに行ってって!」
戦闘タイプではない二人が現れたことに大神は驚きながらも、桃鈴から手渡されたインカムを受け取った。
白上と百鬼も尾丸から受け取り、装着すると若干のノイズと共に獅白ぼたんの声が聞こえてくる。
『あーあー。聞こえてますー?』
「聞こえてる余ー! なんか凄い銃声聞こえるけどだいじょぶか?」
『ああ、こっちはこっちでやっちゃってるんでへーきです』
通信の向こうで獅白はタタリビトをスナイプしていく。
背後から忍び寄る闇も、ハンドガンの銃口を後ろへ向け、ノールック射撃で命中させる。
『んじゃ、ねねちとポルカは他のみんなにも配ってって。よろ』
「人使い……いやフェネック使いが荒いなぁ!? どちらかと言うとサーカスの座長であるポルカがししろんを操ると思うんだけど……」
「ねねもしかしてパシリ……?」
『つべこべ言わずきびきび働けー』
「「さー! いぇっさー!」」
司令官の指示に従い、桃鈴と尾丸は颯爽とその場を離れた。
「頼もしい後輩だねぇ……」
「うちも先輩として頼もしいとこ見せないと!」
「余もやるぞ!」
「それじゃ、白上達もひと暴れといきますか〜!」
* * * *
「ラミちゃんラミちゃん。そっちはどんなもん?」
『多すぎるんですけどぉ! ラミィ一人じゃ処理しきれないんですけどぉ!』
「ほんとにぃ? 仕方ない、応戦するかー」
『……もう片付けたから苦戦してる子のとこ行って!』
「フゥ、さっすが〜! でも危なそうだしグレネード投げとくねー」
『ハァ!? なんでバレて……って近くに来てるなら言いなさいよぉ!』
タタリビトに囲まれていた雪花に軽いアシストを入れ、獅白は車に乗って援護射撃のしやすい場所へ走らせる。
「初めての後輩が頑張ってるんだから、あの子達が望む形で終わらせてあげたいじゃん?」
『それはそうだけど、ラミィ一人でもやれまーす! そりゃもう全勝して――』
「あ、そっちトワ様にも行ってもらったから安心しといて」
『かぁぁぁ!! 余計なお世話って言いたいけど正直キツいから助かる! ありがとぉ!』
ケラケラと笑いながら、獅白は星空を見上げる。後輩達の頑張りに期待して――。
――光が戻ってきた。黎明はすぐそこだ。