何をしても、何度試しても阻止される。
何回目の『どうして』だろうか。
「何も上手くいかない……! 今までずっと、順調に進んでいたのにっ! 慎重に事を進めたのにっ! なぜ私の邪魔をする!?」
「そんなことをしてもお前は楽しくないだろ」
「はぁ、ぁ? 愉しいわ……愉しいわよ! この手で全てを管理出来るのよ? 消えるべき人を簡単に消せるのよ? これほどまでに愉しいことが、他にあるかしら」
「……だがな、ミフユ。それはお前が思い描いた幸せじゃない。よく見ろ、お前の幸せを願う者が居る。そんな奴が、今のお前を止めようとしてるんだぞ? それでもお前は……」
「私の……私の幸せを勝手に決めるなッ! これは私の意思、私が望み私が実行する! 流れ星になんてもう祈らないわ! 誰にも祈らない! 星を内包する〝夜〟に、私はなるの! 私の願いは私が叶えるしかない……! そうでもしないと、誰がこの腐った世界を変えるのよ……!」
少し稀な目をしていただけだ。それだけなのに、他と違うからと虐げられる。世界に光がある一方で、影は必ずあるのだ。
……ならば、全てを暗闇に堕として一色に染めるしかないじゃないか。
「――吾輩が変えるが?」
ラプラスは、それが当然と言ったふうに答える。
「……簡単に言わないで。私が何年も苦しんで考えた計画を壊そうとしておいて、自分が変えるですって? 目指すところは同じなら、今、私がしたっていいじゃない」
星の眼光は消えず、ミフユは死んだような瞳でラプラスをじっと睨み続ける。血色が差し、ヒビ割れた瞳は限界に近く、このまま放置しておけば失明の危険もあるだろう。
それの後処理も考えながら、ラプラスは月を見上げた。
「何年、何十年、何百年と考えてきた。旅をして、吾輩は他のそれとは少し違う存在だと理解した。だからミフユの思いも多少はわかってやれるつもりだ」
月は依然、新月だ。
魔力回路を通して風真が見た過去を脳裏に過ぎらせ、覚悟を決める。
「他と違うのは当たり前だってようやくわかったのは、そこの優秀な部下と会ってからだな……」
ラプラスは信じている。ラプラスは信じられている。
その信頼を感じながら、視線を下ろしてミフユを見つめた。
「夜砥ミフユ。お前の復讐心は正しいよ。怒って当たり前だ。でも、やりすぎたな。――その
「知ったような口を、聞くなァァァァ!!」
闇の天粒が地に落ちず、方向を変えてラプラスに向かう。
それは形を変え、腕が溢れるようにして掴みかかる。
「ならあなたはどうやって世界を変える?! 私が間違っていると言うのなら、私を殺して実現してみろッ!」
「悪いが殺さない。吾輩の目指す世界はそんなんじゃダメだ。なんせ、吾輩が生きづらいからな!」
無数の腕を魔力弾で相殺し、ラプラスはミフユの目の前に転移した。
「お前の方法じゃ結局は誰かが苦しむことになる! そんな吐きそうな世界は嫌だ! 吾輩は、楽しい世界で生きたいんだッ!」
拳に力を込め、ミフユの顔を殴り飛ばす。魔力による衝撃が後からやってきて、ミフユに纏わりついていた闇を吹き飛ばすと、ラプラスは光に手を伸ばせなったその腕を掴む。
「ミフユ! 心の底から〝楽しい〟ことをしろ! お前の愉しさはあいつの愉しさだろ!? 心まで呑まれてんじゃねぇ!!」
「――っ、お前も私の心に入ってくるな……! 私は一人でいい! くそっ……誰だ、誰なんだ……お前は! 私の心を塗り替えようとするお前達は、何者だッ!?」
セカイが崩れ始めた最中に、ミフユは思わず問う。
腕を掴んで離さない新しい闇から、目が離せない。
「何者か、だと? ……はぁぁ、仕方ない奴だな」
ため息を吐くも、すぐにラプラスは真剣な眼差しでミフユの目を見る。holoXは互いに顔を見合せ、総帥の声を待つ。
その綺麗なアズールブルーの瞳で、確と焼き付けるといい。
「……そこに跪け!」
――これは〝変えてやる〟という、世界に対する決意表明。
「吐いて捨てるような現実を!」
――心は、夢のない現実なんてクソ喰らえと思うから。
「一刀両断、叩き斬るッ!」
――そんな現実を、この手で断つと決めたから。
「終わりなき輪廻に迷いし仔らよっ!」
――それでも現実は、幾度も人を迷わせるけど。
「漆黒の翼で誘おう……!」
――私達が道標になれたなら。
「我ら、エデンの星を統べる者……」
――そうして生まれた、真に誰も苦しまないこの[[rb:地球 > ほし]]は……きっとどんな星よりも美しいもののはずだから。
故に、〝世界征服〟だ。
苦しみを幸せへ塗り替える。
その方法こそが――
その組織こそが――
「――秘密結社!」
「「「「「holoX!!!」」」」」
「……でござる!」
さあ、黎明は訪れた。
彼女達――holoXは火を付け、焼き尽くす勢いで燃え上がる。
甘い夢を見せる夜を、彼女達の夜という闇で、支配に染った世界を……残酷な世界を塗り替えるために――。
でも、その前に……。
「……だがまずは、お前の[[rb:心 > セカイ]]から征服してやろう!」
「やれるものならやってみろッ! holoXッ!」
両者共に、体力の限界に達していた。
それでも、と――。最後の力、残り
「支配の魔眼よ、解き放て! 何もかもを破壊するのです!」
「だーかーらー! そんなことする必要はないっ!」
沙花叉が支配の力を
支配が強制キャンセルされたことでオーバーヒートし、ミフユの瞳がくすむ。
「ダメ押しだよ! ちょっとだけ大人しくしててねー!」
乗っていた機体を蹴り飛ばし、それを遠隔操作で変形させミフユを拘束する。
「――! ルイ姉! ナツメぇ! ラプラスを上へ! ラプラス、決着は任せたでござる!」
「任せておけ。総帥だからな!」
未来視で何か見えたらしい風真は、新月を刃で指す。
意図を察した鷹嶺とナツメは互いに顔を合わせて頷き、片手を握り合わせた。
(たとえ脳が焼き切れようと……私がラプの夢を実現させるッ!)
――魔眼接続。ミフユに眼を乗っ取られた時の感覚は覚えている。
しかし、ミフユを拘束していた機体が一瞬にしてボロボロに崩壊し、二人に掴みかかろうとした。
「ミフユ殿、大人しく待っているでござる!」
「私達が止めてる間にさっさと行っちゃって!」
そうはさせまいと風真と沙花叉が押さえ込む。
鳥瞰の魔眼――転移の魔眼。接続完了。
視界を収縮し、より遠くへ飛ばす。その距離は実に、約39万kmだ。
「月面、目視完了! ナツメ!!」
「おう!!」
鷹嶺がホークアイで月を見て、その情報を接続者のナツメに伝える。
つまり、ナツメがホークアイを通して月の裏側を間近に見ていることになり、見えていればそこへ転移が可能となる。
それでも、超長距離転移は酷なものだ。
「ラプラス……ねーちゃんのこと、頼んだ」
「ばかやろー、これが終わったら弟としてしっかり姉を支えていけ。吾輩が目覚ましアラームにはなってやるから」
「っ。ああ……! 最高の目覚めにしてやってくれ!」
たとえこの眼が壊れても、壊れた姉が戻ってくるならと、夜砥ナツメはラプラスを送り届ける。
――――転移。
クレーターで荒れた月の裏側。ラプラスは無重力でたゆたいながら、全身で神秘を感じ取る。
地球では力は思うように使えない。しかし、人の手が行き届いていない宇宙、ロマン溢れる〝月の裏側〟であれば神秘は満ちているため、力を発揮するのに申し分ないエーテルを確保出来るのだ。
(これほどの距離を数秒で……やるじゃないか)
感心するラプラスの幼い体は急激に成長し、その鈍った体を軽く動かしてコリを解す。
一方で、地上では取り返しのつかないことが起こり始めていた。
「――時間に異常発生! 今度は、ま……巻き戻ってる!?」
「見ればわかるよ! どーすんのこれぇ!」
沙花叉は流れゆく星々を眺め、さすがに冷静さを欠いていた。
「こうなったら、時間を戻してやり直すッ!」
「い、今の状態でそんなことしたらどうなるか、わかってるでござるか!?」
「ねーちゃん……っ、もう、やめてくれっ! これ以上、自分を壊さないでくれっ!」
超長距離転移の反動で瞳が割れ、目から血を流すナツメは声を張り上げた。
しかし時は、そんな声も振り払って巻き戻る――……
…………………………
……………………
………………
…………
……?
ERROR.
――――Acceleration.
一度戻ったはずの時は、12月8日まで加速する。
時間支配は上書きされ、空には満月が輝いた。
「……刮目せよ」
ラプラス・ダークネスはその力を解放し、天に触れる。
「――やった! 時間逆行を阻止したんだ! ラプちゃんの出力90%! 満月効果で出力低下が鈍化……現在89%! やるなら今しかないよ!」
「わ、わかってるって、状況を一瞬で理解したのはさすがだが興奮しすぎだこより」
「あーもう! そんなこと言わなくていいから! やったれラプちゃん! ほら、
「やまだ言うな。……さ〜てと――ミフユ、終わりにしようか」
神と同列に並んだラプラスは、時間逆行に失敗して呆気に取られるミフユの背後に息をするように転移した。
「なっ」
「そういえば、まだちゃんと見せてなかったよな? 今度こそ吾輩の力を見せてやろう」
「何をする気……! ――支配が通じない!?」
「アホか、さっきの巻き戻しでとっくにガス欠だろ」
まぁ力が残ってたとしても通じないが――とは言わず、終結の[[rb:闇 > ひかり]]を彼女に見せる。
「
「なに、これっ! 動けな……いっ」
「ハッ。動けてたまるか!」
強すぎる力を抑え込みつつ、ラプラスはミフユに手を差し伸べる。傷付けないようにするのも一苦労だ。
冬の冷たい空気を吸い込む。喉が少し冷えたが、すぐに熱く、滾っていく。
「さあ……! 深淵より現れし英霊たちよ。黒き炎は我が腕に、漆黒なる闇は我が心に、エデンの星は我が手中に――。さあ、吾輩の名の下に今集え!」
詠唱し、黒い炎をその手に宿す。
「【アブソリュート・ダークネス・インフィニティ】ッ!」
全力とは程遠く、優しさに一番近い波動がミフユを救うべく放たれた。
それはミフユの闇とは全く別の、炎の如き漆黒の闇。
星々を包み、今なお拡張を続ける宇宙のそれだ。
触れたところで、風か何かが通り過ぎた程度にしか感じない。
誰かを痛めつけるために放っていないのだから当然だが、その超エネルギー波の
そして流星のように、宇宙の彼方へ吹き飛んでいった。
「っ……これで、終わったな……」
目眩でふらついたラプラスは、鷹嶺の肩に寄りかかってゆっくりと息を吸い込む。
「せっかく解放したそれ、どうするの?」
「……この力は、無い方がいい。あっても邪魔なだけだし、それに……この体に合う服やら食器やら寝具やらを買う金はうちにはないんだ」
「ごもっともです。まぁもう少し節約してくれれば買えたんだけど」
畏怖すべき力を傍に置いても顔色一つ変えない鷹嶺に、ラプラスは安心から表情を綻ばせた。
「ははっ、吾輩には無理だな。引き続きその他もろもろは任せたぞ、幹部」
「まったく、仕方ないなぁ。……その姿、重いから戻るなら早く戻ってね」
「おい、レディーに対して失礼だろ! ……ったく。――
枷で縛り、元の姿へ戻ったラプラスは疲れ果てて眠りに落ちる。
こうして、ついさっきまで凛としていたのに今では子供のようにヨダレを垂らして眠るラプラスによって、冷たい夜は塗り替えられ、暁日がholoXを暖かく照らすのだった――……。