「……知らない天井だ」
「ここアジトだけど?」
「言ってみたかったんだよ」
鷹嶺に呆れられながら、ラプラスは目を擦る。夜砥ミフユとの最終決戦――最後に力を封印して、そこで意識が落ちたらしい。
日付は12月9日。どうやら、丸一日眠ってしまっていたようだ。
アジトは壊れた窓も修理され、見違えるほど随分と綺麗にされていた。
風真はチャキ丸の手入れをしているようで打粉を打ち、博衣は壊れた機体の修理……ではなく、何やら眼鏡を作っている。
沙花叉はソファーにもたれかかって音楽を聴き、鷹嶺はせっせと昼食の用意を始めていた。
何の変哲もない、いつもの日常。窓の外を見ても、いつも通り人々が行き交っている。
「……やっぱ、あんな戦いはない方がいいな」
手首の枷を尻目に、ラプラスは頬を染め、誰にも気付かれないよう微笑んだ。
「ご飯もうすぐできるから机の上片しといて〜」
「ふんふ〜ん♪ ふふふ〜♪」
「あとは、ここをこうして……レンズの最終チェックと……」
「…………」
「誰も聞いてないし」
それぞれ一つのことに夢中になっていて、鷹嶺はため息を吐く。
「いいよ、吾輩がやる」
「え、珍し。どっか打った?」
「一日中寝てたから鈍ってるんだよ!」
ラプラスは鷹嶺から顔を逸らし、沙花叉の頭をポカッと一発殴って机の上を片付ける。
殴られ、イヤホンを外した沙花叉は口を尖らせながらも一緒になって片付け始めた。
そんな、世界を救ったとも言えるヒーローの姿とは思えない光景に、鷹嶺は表情を綻ばせる。秘密結社は依然として変わりない。
「ん、メール……」
鷹嶺はスマホのポップアップをチラ見する。
差出人は獅白。『タタリビトはみんな居なくなったぽい。おつかれ後輩ども!』――とのことだ。
「『了解しました! ありがとうございます!』……っと」
そうメッセージを送信すると、博衣が椅子から勢いよく立ち上がり、それとほぼ同時に扉がノックされる。
「でーきたー!!」
「はいはいどちら様〜」
はしゃぐ博衣をスルーして、沙花叉が扉を開ける。そこには見覚えのある顔があった。
「よっ。メシご馳走になりに来たぜ」
「ナツメ!? そ、それに後ろの美人さんは……」
「……どうも、昨日はその……あ、あり……ぁ、り、ぅあ――」
「あぁぁ! 二人ともいらっしゃーい! ちょうど出来たところだよ!」
「ちょ、こより暴れない! ご飯も出来たから、二人ともちゃっちゃと手洗っちゃって!」
ナツメの後ろで縮こまっていたミフユの手を引いた博衣は、ついさっきまで作っていた謎の眼鏡を手渡す。
シンプルながらも洒落た眼鏡を手にしたミフユはキョトンとして、ウキウキした様子の博衣を見つめた。
「あ、あの……これは?」
「魔眼抑制器だよっ! この前見たアニメに出てきてさ、使えるんじゃないかなーって思って!」
「へぇ……って、よくそんなもの作れましたね?!」
「へっへーん。こよは天っ才ですから〜! あ、ナツメくんはサングラスね」
「お、助かるぜ」
ナツメは早速、博衣が作った魔眼抑制サングラスをかける。具合がいいのか、グッジョブサインを作成者に送った。
「魔眼の調子は……うん、見る限り大丈夫そうだね。割れも直ってる。さ、ミフユちゃんも! きっと似合うよ〜」
「こよちゃん、昨日の戦いが終わってからずっと作ってたでござる」
「そ、そういうことは黙っててよぉ!」
顔を真っ赤にする博衣を見て、ミフユは眼鏡をかける。
その瞬間、世界の色が鮮やかになったように、景色が一変したような気がした。
「似合ってるぜ、ねーちゃん」
「あ、ありがとう、ナツメ」
そんな二人を急かすように、後ろから沙花叉がぐいぐいと押す。
「ほーら、突っ立ってないで席に着いた! 沙花叉早く食べたいんだから!」
「その前に手を洗え」
「やーい言われてやんのー!」
「沙花叉に言ってんだけど」
「!?」
渋々と手を洗いに行く沙花叉。料理を運ぶ鷹嶺。
眼鏡を渡し、今にも寝落ちしそうな博衣。手入れを終え、既に席に着いて待っている風真。
そして、こっちに座れと言うようにソファーの隣をポンポンと叩くラプラスに、ミフユは長らくしていなかった優しい笑顔を見せる。
(弟にはあんなに簡単に言えたんですもの。今度はちゃんと……!)
――なんて考えながら、タイミングを伺っていれば……いつしか昼食は食べ終えていた。
(……あ、あれぇ……私こんなに小心だったかしら……)
「どうしたねーちゃん?」
「べ、別に……」
「そうやってしまい込むなよな。昔の俺はそりゃ頼りなかったかもしれねェけど、今は違う。なんでも受け止めてやるし、ねーちゃんが行きたいとこには俺が連れてく。んで、美味いものいっぱい食わせてやるよ!」
「……全く、ナツメはそればっかりね。楽しみだけど」
そう、〝楽しみ〟だ。この楽しい感情も、holoXが教えてくれたもので、ミフユはまだお礼を言えていない。
食卓を囲んだ楽しい食事なんて初めてのことだ。だから、伝えなくてはならない。ミフユは意を決して、立ち上がる。
「あのっ! 皆さん!」
声を上げると、holoXはなんだなんだとミフユに注目する。
「……そ、その。えっと……ご飯、美味しかったです」
「お粗末さま。ミフユさんなら、またいつでも食べに来てください」
「あ、ありがとう…………あっ」
そう、自然体でいい。ただ、心からの言葉を伝えるだけでいい。
「……皆さん、私を助けてくれて……ありがとう。楽しさを教えてくれて、ありがとう……ございます」
精一杯の感謝を、こんな言葉だけで伝え切れるとはミフユは思っていない。これから先、少しずつでもこのいっぱいの恩を返していこうと、心に決める。
「まぁ、それなりに苦労させられたからな。礼のひとつやふたつ、受けとっとく」
ぷいっと顔を逸らし、ラプラスはそれだけ言う。
すると、鷹嶺がニヤリと笑った。
「あぁすみませんうちの総帥が……照れてるんですよ」
「バッッ――! てっ、照れてないわっ!!」
「えー? でも顔真っ赤じゃん」
「なんでこういう時に気付くかなぁ!?」
「あーホントだー! ラプラスが照れてるぅ!」
「ラプちゃんかわいいね〜♪」
「まっかっか〜でござる!」
「お、お前らなぁ!」
アジトはひどく騒がしくなる。ドタドタと走る音が響き、外にまで声が漏れ出す。
でも、そんなholoXにミフユは息を吹き出して小さく笑った。
「昨日はあんなにカッコよかったのにな」
サングラスを外してやれやれとナツメは、逃げ回る皆を追いかけているラプラスを眺めた。その暴れっぷりで落ちた小物を転移させていく。
「何を考えているのかさっぱりわからないわ」
「わからないのは……怖いか?」
「……いいえ。普通、人の思考なんて誰であろうと簡単には読めないわ。それに踏み込み過ぎればその人の思考に呑まれちゃうもの」
「だな。……しっかし、あいつらのことわかったつもりでいたけど……やっぱ今の感じを見てると全然わかんねェな」
「それでいいのよ。まぁ、でも……様々なヒトがいる中で、彼女達は特に――……」
沙花叉に噛み付いて何故か吐きそうになっているラプラスを見つめる。
秘密結社《holoX》――その実態は、あの激戦を通してもやはり不明瞭で、よくわからない存在だ。
ミフユはその一部分を見たに過ぎない。この先、彼女達が秘密を教えてくれない限りは到底知り得ないことだろう――。
「――本当に、〝ブラックボックス〟のような組織だわ」
* * * *
「……って! 吾輩まだ焼肉食ってねーじゃん!!」
「「「あっ」」」
「まぁいろいろあったでござるからなぁ〜」
「ぐぬぬっ……ミフユ、ナツメ! 夜は焼肉行くぞ! ついでに奢れ!」
「いやまぁ、そういう約束だし奢るけどよ」
「あ、私ヤキニクってしたことないの。どんなものなのか、凄く楽しみだわ」
「あの……ねーちゃんも出してくれよ?」
「え? さっき『行きたいところに連れていく』……『美味しいもの食べさせてやる』って、言ってたわよね?」
「いや! 言ったけど! ここは二人で恩返しの一つとしてさ!」
「楽しみにしてるわね」
「スゥゥゥゥーー…………はい」
――闇夜事変、解決。
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