ラプラス・ダークネスは取り戻す
「っあーーッ!! それ反則だろ!」
「へっへ〜ん! 仕様ですぅ! だから反則じゃないだなぁこれが!」
アジトにラプラスとクロヱの声が響く。
ソファーに腰かけ、手にはゲームのコントローラー。前のテーブルには一個のプリンがある。どうやらおやつを賭けて格ゲーで対戦しているようだ。
「…………」
「……あー、二人とも? ルイ姉がそろそろキレそうでござるよ」
「むだむだ。夢中で聞こえてないよ〜。いろはちゃんはこよと一緒に実験の続きね〜♪」
「さも前から実験に付き合っていたふうに言わないでほしいのでござるが? そしてやらんが?」
「えー、せっかくEXポーション作ったのに〜」
「飲まないけど一応聞いておくでござる。なんでござるか、それ……」
そうして自慢げに取り出したるは『EXP』とラベルが貼られた瓶だった。
「Extend Portion……略して『EXPO』ってね〜!」
「絶対それ言いたかっただけじゃん!」
「まぁまぁ飲んでみてよ〜、飲むとしばらく心に余裕が生まれるよ〜」
「なにそれこわい。遠慮するでござる」
「むぅ、まぁまだ研究途中の試作品だし、安全性もわからないからいいけど」
「そんなもの飲ませようとしてたの!?」
「いろはちゃんなら平気かなーって」
「やめるでござる。風真もタダでは済まない、きっと」
顔に押し付けられたEXポーションを押し退け、いろはは尚もゲームで遊んでいるラプラスとクロヱに視線を移した。
「うがぁぁぁぁ負けたっ! もうその技禁止な! 次行くぞ!」
「はぁー? 次なんてないない。もう沙花叉勝ったもーん♪」
「ちょ、そうはさせるか! 喰らえ、必殺パンチっ!」
両手を振り上げ、小学生のようにぐるぐるパンチするラプラスの頭を片手で押さえ、クロヱは最後のプリンを手にする。
ここはさすがholoXの掃除屋。ラプラスの攻撃を軽くあしらうと同時にスプーンを手にし、回り込むとラプラスを足で捕まえてすぐさまソファーに座り込んだ。
「ぬおぉぉぉ! 離せぇぇぇ!」
「ラプラスが沙花叉に力で勝てるはずないでしょ〜、それじゃあお望み通り喰らうとしますかね〜。いっただっきまーす!」
「喰らえってそっちの意味じゃねぇ! ……あぁっ!?」
スプーンに掬われたぷるぷるのプリンは、クロヱの口に運ばれた。
「くっ、新人に負けるなんて……!」
「へへ〜ん。プリンもしっかり〝お掃除〟してあげっから」
「そのにやけ面ムカくつなぁ!」
「ぽえぽえぽえ〜?」
「総帥の威厳が失われていく……! こうなりゃ実力行使で奪ってやる!」
「あっははは! さっき片手で押さえ付けられてた奴が何言って――」
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が真紅の混交に望みたもう……!」
「ちょ、それはいろんな意味でまずい!」
紅い魔法陣が燃え上がる。次の瞬間――
「エクスプロー「言わせないよ?」
ルイにおたまで小突かれ、ラプラスは詠唱を中断した。
「いったぁ!?」
「そんなことしてる暇あるなら総帥らしく仕事しなさい」
「やーい、怒られてやんのー!」
「沙花叉もだよ」
「うっス……もぐ」
プリンをささっと食べ終えたクロヱはパパッと出かける支度を始める。
ラプラスは不貞腐れてソファーに寝転び、テレビをボーッと眺めていた。
「クロた〜ん、ほら、これ持っていきな!」
支度が終わりつつあるクロヱへ、こよりが試験管を投げ渡す。
宙を舞うそれを見上げるラプラスは、栓がすっぽ抜けたのを見て「あぁ……」と悟ったように呟いた。
「おあっ、何こ――」
「瞬間凍結薬! こぼれちゃった♪」
薬を浴びたクロヱはその場で瞬時に凍りつく。冷気が部屋に充満し、ルイといろはは白いため息を吐いた。
「何やってんだ博衣こより!!!」
「こんなこともあろうかと凍っても話せる薬も混ぜておいたのさ!」
「こんなことが起こらないようにしてくれないか!? もうこよクロ解散だぁぁぁ!」
「う、うぅ……何かの役に立つかと思ってぇ……クロたんが危険な目に遭わないようにって思ってぇ……! 悪気はないんだよぉ!」
「えっ……そ、それはまぁ、嬉しいけど?」
「だから、ね?」
「うん、こよクロ結成だね!」
流されるな沙花叉クロヱ。三人は心の中でそうツッコミを入れる。
「やれやれ、風真も足を悪くしたおばちゃんの手伝いに行かなきゃいけないからそろそろ行くでござる」
「いろは。ちなみになんだが、何の手伝いか聞いていいか?」
「畑でござる。ナスいっぱいあげるって言ってくれてるから、ラプラスもちゃんも食べろよ?」
「やけにやる気だと思えばやっぱりかよ……まぁ好意を無下にするのも悪い。百歩譲って今夜は麻婆茄子だな。頼んだぞルイ」
「あ、風真は天ぷらで!」
嫌々ながらも拒みはしないラプラスと、嬉々として夕食を指定するいろはに、ルイは仕方ないなと微笑みを浮かべる。
「はいはい、じゃあ買い物行ってくるかな」
「こよも欲しいものあるから付いてくよ〜」
「そう? ならもう少し買い込むか……」
「もしかして、もしかしなくても荷物持ちとしてカウントしました? え? これでも研究者だから荷物持ちは向いてないんだけど……?」
「いやー人手が増えて助かった。ほらこより、トートバッグ持って」
「聞いてない! この幹部様、何も聞いてないよ! 付いてくなんて言わなきゃよかったぁぁ!」
こよりは後悔と共に引きずられていった。
「じゃ、留守番よろしくね」
「それくらいの任務なら受けてやるか。コーラよろ〜」
「安かったらね〜」
「うぇ〜い」
適当に返事をして、一人になったラプラスはアジトを眺める。なんだか少し広い。
「ふあっ……ぁ、ん……ねむ……」
次に目を覚ましたら、きっと夕食が出来上がっているだろう。
何だかんだ言いながら、ルイが作る料理はどれも美味しい。
いい匂いと共に、皆の騒がしい声で起きるのも悪くない。
そんな、なんてことない日常を振り返って、ラプラス・ダークネスは眠りについた。
* * * * *
――――ひとつ、流れ星。
空は夕暮れとは違う赤に染まり、流れ星がそんな空を裂く。まるで異界のような空だ。
黒い尾を引く流星はひとつ過ぎるとふたつ落ちる。
(これは……なんだ、夢か……?)
街には誰も居ない。たった一人だけ、ラプラスは赤い空を見上げる。
流星が隕石となって、街に落ちていく。日常を焼き潰していく。
ビルは砕かれ、公園は燃え上がり、ハッとして振り返ってみればアジトも崩れていた。
その黒い流星が落ちて、燃えて、全てを焼いている。
ひとつ、街全土より遥かに大きな隕石が落ちてきた。
それもやはり黒く、激しく燃えている。
(そうか、これは……)
気付いた時には隕石の下敷きになって、衝撃が街を、地を消し飛ばしていた。
* * * * *
次に目を覚ました時、夕食はなかった。
匂いもない、気配もない。
「あの夢は現実か。なるほどな……吾輩の手を離れて力が暴走してるってわけだ……」
既に日は暮れ、夜が訪れようとしている。
仲間は誰一人として帰って来ない。
その原因が自分にあると知った。何せ結果を見たのだから、答えも自ずとわかってしまう。
未来を観測してしまえば、その道は確立され、揺るぎない真実となるのだ。
完全な未来予測。無数の未来を塗り潰し、現状から予測した未来で上書きしてしまうある種の改変能力。
それが、ラプラス・ダークネスに封印されていた力の根本。
それが、〝ラプラスの悪魔〟だ。
「せっかく平和な日常が訪れたと思えばこれだ。吾輩は、悉く自分の力に邪魔をされるな。もういっそのこと封印ではなく壊しちまうか」
そうしなければ、この未来は変えられない。
仲間達が戻ってこない。
「待ってろよ……ルイ、こより、いろは、クロヱ。今度は吾輩が探しに行く番だ」
――こうして、ラプラスは仲間を探すべくアジトを飛び出す。
自分自身の力の影響で壊れていく日常を、取り戻すために。