不可思議な文字が淡く輝いて浮かび上がる空間に、ひとつ、人影があった。
大きな角に銀の髪、錠を外したその存在はラプラス・ダークネスと酷似しているが、歪曲した角や背丈の高さから別人と窺える。
その〝悪魔〟は顔の前に浮かび上がった文字に触れると、それを口元に運んで噛み砕く。
そうして、今やたったひとつとなったエンディングへ進んでいくのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずはholoXの全員集合だ。
しかしクロヱは任務、いろはは畑の手伝いでアジトからは遠い。
「一番近いのはルイとこより……今の吾輩に足りないのは脳だからな。この二人をまず助けねーと」
買い物に出かけていた二人を見つけるのは楽だった。
最寄りのスーパーに出向いてみれば、店の中から客がわらわらと慌ただしく出てくる。
――最悪だ。
「長い付き合いだ。お前達のこともよくわかってるつもり……なんだけどさ。この短い間にイメチェンか? こんなすぐ堕ちてもらっちゃ困るぞ。……まぁ吾輩が言えたことじゃないけど」
店から出てきた鷹嶺ルイ、博衣こよりの瞳は虚ろ。
そして、二人を取り巻く形容しがたい不気味な空気……魔力だ。
なんだか色味も薄暗い。
「……
駐車場のアスファルトが砕け、地中から鉄の翼が飛び出す。
ホバリングしたそれは形を変え、巨大なハンマーとなってこよりの手に落ちた。
刹那、戦闘開始のゴングが鳴り響く。
「〝
文字通りの先手打ち。振りかざされた鎚の影がラプラスに覆い被さった。
「
今から走ったところで逃げ切れるはずもない。ラプラスは瞬時に体を浮かし、風に乗って後退する。
が、鎚の直撃は免れたものの衝撃波は凄まじく、浮遊したラプラスは容易く吹き飛ばされてしまった。
さらに、驚くべきなのはそのクールタイムだ。
普通、あれほど巨大なハンマーを振り下ろして地面にめり込ませれば、次の攻撃までかなりの時間を要する。
だが、鎚は再変形して飛翔し、またも変形して再攻撃の時間を短縮してみせた。
駐車場にとまっていた車を薙ぎ倒しながら迫るそれを横目に、ラプラスは思考速度を無理にでも上げる。
「こよりの力じゃねーなっ!」
悪魔の力、あるいは魔力が変質しているのだろう。
こよりの攻撃は見たことないものばかり……まぁ時空を超越する薬なんかを作ってしまう技術力があるなら、実際本人がやっていてもおかしくはないが。
「〝
「――下からだとッ!?」
地面が小さく揺れたかと思えば、硬いアスファルトを砕いて鞭が伸び、ラプラスの足を捕える。
まるで生きているかのようにうねる鞭。これもまた魔力の影響だ。
捕らえた足は引っ張られ、地面に埋まれば簡単に動きを封じられる。
そうなってしまえば、あとはもう〝禍鎚〟の餌食だ。
――――破壊。
まさにそれが似合う一撃。地面を抉り取って、動けなくなったラプラスを潰さんとする。
強すぎる衝撃に脳が揺れ、せっかく施した闇浮遊々も強制解除してしまった。
瓦礫に埋もれ、隙間から歩み来る二人を見つめる。
こんな時なのに、なんだか酷く眠い。
痛みが遠くなって、何もかも失う感覚……
「ッ……あ……ダメ、だ……」
――気を失うな。
「まだ、何もして……やれてないのに……」
――動け。
「吾輩は、絶対……ッ! 絶対にッ!」
――助けろ。
今、手を打たなくては助けられない。
何としてでも悪魔を欺かなくては、未来など変わらない。
「…………」
瓦礫を退かし、這い出てきたラプラスは血を拭う。
「ごめんな、巻き込んじまって……」
刹那、破鞭に打たれる。
服が裂かれ、痺れるような痛みが走るが、ラプラスはそれでも立ち続けた。
「こんなこと、お前らもしたくないだろうしさ」
禍鎚が形を変え、巨大な腕となって殴りかかる。
覚えがある光景だった。闇夜事変にて、力を解放し暴走したラプラスを止めるために放った決死の一撃とよく似ている。
――今は立場が逆転しているというのに、何も出来ない自分に嫌気がさす。
ラプラスはこよりの攻撃を避けようともせず、その一撃を受け止める覚悟で目を瞑った。
『……設定された条件を満たしました』
握られた手は開かれ、背後の塀に指が突き刺さる。
拍子抜けしたラプラスは間近の手のひらを眺め、ようやくあることに気付いた。
『EXポーションの散布を開始します』
機械の手から白い霧が噴射される。その間、ラプラスは手のひらに小さく、マーカーで書かれている文字列から目が離せなかった。
そして、つい笑みをこぼす。
「こより、お前は本当に……毎度毎度、吾輩に黙って変なもん作ってさ。幹部も経費がーって頭を悩ませてるんだぞ」
体から力が溢れてくる。
これはポーションの効果ではない。
博衣こよりの意思が伝わり、ラプラス・ダークネスの体を奮い立たせているのだ。
ラプラスはよく観察する。慌てている様子はないが首を傾げているこより。
その腰のベルトに括られた試験管の色は、見覚えがあるものばかりだ。
(凍結する薬と時空を超越する薬……ったく、少しは教えといてくれてもいいだろ)
思えばこの巨腕……翔冀は、こよりが開発したラプラスが暴走した際に止めるための決戦兵器。
そんな代物を用意していたこよりが、今回の異変を予測していないはずがない。
彼女はずっと前から……そして今朝にも、悪魔を欺くために準備を重ねてきたのだ。
「
この状況、そして目覚める気配のない二人。
今のラプラスでは一手が足りなかった。
そのことを、こよりは予測していた。
「ちょっと拝借!」
ふわりと体を浮かせて翔冀から抜け出し、こよりの懐に入ったラプラスは薬を奪い取る。
そしてすぐさま瞬間凍結薬を二人に投げると、空気中の水分が瞬く間に凍りつき、二人の体を凍らせてその場に捕らえた。
「多少の時間稼ぎにはなるだろ。二人とも、しばらく待っててくれ。必ず助けに来るから」
凍りついたこよりとルイにそう伝えると、試験管の蓋を開ける。
時空を超越する薬を飲み、ラプラスは空間に穴を開けて入り込んだ。
そこは暗い道だが、暗闇に対する恐怖はない。
こよりのあの言葉が背中を押し続けている。
まだ希望はある。勝機を掴み取るための翔ける翼は、まだ折れていない。
(やっぱ、あいつらには貰ってばっかだな)
ラプラスは翔冀の手のひらに書かれていた言葉を思い出しながら前へ進む。
きっと大丈夫だと、なぜだかそう思えてくる魔法の言葉だ。
即ち、