神社の柱が折れ、瓦礫となって崩れる。
そのさまを見つめながら、いろは――ラプラスの悪魔は歯を食いしばった。
(くそっ、なんだ? 星街すいせいが乱入してからいろはの意識が覚醒しかけている)
バレないように、目前の桜と星へ刃を向けて睨みつける。
「随分やられたなぁみこち」
「し、仕方ねーだろ! 相手はいろはたんの体なんだからよぉ……金時、戻ってみこのサポート!」
「分かった。すいせい、みこのこと頼んだぜ」
金時は元の狛猫に戻り、みこの隣へふわりとホバリングした。
2対1の状況は変わらないが、悪魔にとってすいせいの存在がデバフになっている。
双方、相手の出方を窺うように睨み合ったまま動かない。
「……いろはを浪費させる訳にはいかないな。ここは引かせてもらおう。さらばだ、星の子よ」
「っ! おい、いろはを置いてけ!」
すいせいが咄嗟に叫んだ時には、いろはの姿は消えていた。
「みこち、あれは一体……」
「よく分かんないけど、乗っ取られてるんだにぇ。取り返してやらねーと」
「風真じゃなくて風魔ってわけか。でもどうやって追うんだよ」
「…………す、すいちゃん。どーしよっか?」
「やれやれ……」
何も考えていなかったみこに、すいせいは肩を落とした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
悪魔によって星が煌めく少し前、ラプラス、クロヱ、シオンの三人は外の惨状に唖然としていた。
「なに……? みんな夜更かししてたってわけ?」
「シオン先輩、あまり空気を吸い込まないでください。ガスが撒かれてます」
「これは放置しとくとヤバいかもな……仕方ない……――
ラプラスは魔力を消費し、二人に魔法を施す。
「ラプラス、これは?」
「防御魔法。大抵の状態異常は通さないし、ワンパンダメージも一度だけ無効化する。ただし、でけーダメージの無効化しか出来ないから通常攻撃とかは貫通してくるぞ」
「へー。クソガキのくせにやるじゃん」
「シオンに言われたくねー」
「そこがシオン先輩の魅力なんだよ!」
「おい、吾輩の魅力はどこいった」
などと言い合っている暇はない。
誰かと合流したかったが、これでは眠っている可能性が高い。
睡眠ガスは道を進むほどに強くなっていく。
「先手を打たれたね。どうする?」
「……いや、ガスはまだ街全体まで充満してない。異変に気付いたやつが来るはずだ。このまま突っ込む」
「運任せかよ! すいませんシオン先輩、うちの
「まぁでも、一応連絡はしておいたよ。来るかはわかんないけどね」
――この街にもトンネルはある。隣町へ行くためのものだ。
長く広いそこは、普段なら車が何台も絶え間なく走行しているが、今は走行音ひとつ無い。
「よぉこより! 随分いろいろやってくれたなぁ!」
トンネルの前で鉄の翼に座る博士に向けて、ラプラスは声を張り上げる。
本当に、いろいろやってくれた。事態を予測し、先手を打っていた。
しかしそれも敵になれば厄介で、こうして合流をはばかられる事態に陥っている。
「ホントにお前は凄いやつだよ。ここまでの未来予測、もはや予知と言っても過言じゃない。……吾輩はお前を仲間にして良かったと、心の底から思ってる」
「…………
『ジジ……セットアップ。オールグリーン。調合開始』
鉄の翼――翔冀が浮遊し、非情のこよりが俯瞰してくる。
「こよは……天才……だから、なんでも、出来るんだ……しなきゃ……みんなを守れるものを作らなきゃ……違う、ぼくは、兵器を作りたかったんじゃない……!」
「また過去に縛られちまってんのか」
「過去? どゆことラプラス」
「覚えてないのか? クロヱも『私を見捨てないでー』とか言ってたんだぞ? いやぁ、思い返せば今のお前からは想像もつかないくらい昔は――」
「あー! ああー!! いいから! 昔のことはいいから! ほら、こよちゃん助けるよ!」
「ああ、さっさと解放してやろう」
ルイの姿は見えない。今なら三人がかりで抑え込めるはずだ。
「――〝
翔冀が翼から拳のような形状に変化した途端、こよりは自然落下を利用して鉄の拳を道路へ叩き付ける。
「おわっ!? ちょ、揺れるからシオンは空中戦にするね!」
「あ! ズルいぞ!」
「ラプラスも飛べばいいじゃん」
「もうそんな魔力は残ってねーんだよ!」
箒に跨って空へ逃げるシオンに、ラプラスは恨めしそうな目を向けた。
翔冀が叩き付けられた地面は亀裂が走り、砕けて足場を悪くする。
「――ッ! クロヱ、来るぞ!」
「『インシネレーション』」
刹那、爆風。
トンネルから突き抜けてくる風が翔冀から発した炎を揺さぶり、睡眠ガスへ引火し爆発したのだ。
睡眠ガスが可燃性なのか。ラプラスは爆発の原因を探ろうと思考を回したが、あるひとつの結論に至る。
「魔法か……!」
どんな術を編み込んだのか、魔法【インシネレーション】には引火作用がある。
ガスが撒き散らされていればその被害規模は想像もつかないほど大きなものになるはずだが、爆発範囲はトンネル前の道路――精々半径15mほとであった。
魔法による威力制御。範囲を縛ることで破壊力をより強くしている。
粉々に砕けていた道路は見るも無惨なクレーターに変貌していた。
「クロヱ! 今の爆風でガスは吹き飛んだが、翔冀からまだ噴出されてる! 薄衣の効果は爆発を受け切るのでもう使い切った! 寝るなよ!」
「大丈夫、慣れてる!」
クロヱはクレーターを駆け上がり、こよりの元へ突っ込む。
魔法を撃った後のこよりは再び翔冀を変形させて後隙を消し、追撃の用意をしていた。
だが、そこへ光弾が降り注ぐ。
「サポートする! 早く覚まさせてあげて!」
「ありがとうございます! クロヱ先輩!」
当たらぬグミ撃ちも、こう的が大きいと嫌でも当たる。
しかし翔冀は盾状に変形し、シオンの魔法を防ぎつつ身体強化薬をこよりへ注射した。
「はああああーーッ!!!」
加速、加速、加速――――まだだ。
クロヱはさらに、高みへ登る。
ずっと見てきた白衣姿――。
頭が良く、なんでもこなせる……誰もが認める天才博士。
だからこそ、今の自分では辿り着けない領域だと充分に理解している。
だからこそ、油断はしない。限界ギリギリ、全身全霊でぶつかる。
「
この眼で貫く。あの心を。
あの日発現した洗脳の魔眼。その浄化能力で、洗脳を上書く。
刹那、光が炸裂して二人は吹き飛ぶ。
吹き飛ばされ、空中に投げ出されたクロヱはシオンが受け止めた。
ラプラスは砕け散った翔冀を横目に、トンネルの中へ吹き飛んでいったこよりが心配になってクレーターを登る。
「――クロヱ、浄化は」
「やったよ。ちゃんと洗脳は解いた……はず」
「身体強化薬を打たれてたし、このくらいじゃダメージないって。きっと大丈夫だよ」
不安そうな二人にシオンはそう言い聞かせる。
「……居た」
少しトンネルを進むと、暗がりの中で仰向けに倒れているこよりの姿があった。
ラプラスは遠目から外傷を確認する。
白衣がボロボロになっているが、体に傷はない。
「良かっ――――」
鈍い音が体に響いた。
違和感のある左足に目を向けると、なぜか足元に水を飛び散らせたような赤い斑点模様が出来上がっている。
左足には、黒い鞭が突き刺さっていた。