「「ラプラスっ!?」」
アスファルトを砕き、地面から生える鞭。
足に巻き付くわけでもなく、純粋に、槍のように突き刺せるほど鋭い。
「くっ……シオン! クロヱを連れて飛べ!」
「え!? ちょ、シオン先輩!」
シオンがクロヱの腕を掴み、そのまま飛んでその場を離れる。
その直後、地中に潜っていた鞭が波打つように這い出て、ラプラスの足を貫いたまま暴れた。
「うっ、ぐぁぁっ!」
壁に打ち付けられ、鞭が名残惜しそうにラプラスから離れる。
傷口から鮮血が溢れ出てきた。
「くそ、魔力少ねーのに……!」
ここで気を失うわけには行かず、残り少ない魔力で回復させる。
どんどん追い詰められていく中、カツンとヒールの音がトンネル内に響き渡った。
「嫌なことをよく突く。さすが幹部だな……ルイ……!」
生きているかのように動き回る鞭を持つ女幹部は、ホークアイのままこちらへ迫る。
「シオン! こよりを連れて引け! 吾輩が時間を稼ぐ!」
「いや、ラプラス……違う! ラプラスがこっちへ来て! 逃げるよ!」
「はぁ?! こんな時に何言って……吾輩のことはいいから!」
「違うってばっ! こよりちゃんが戻ってない!」
「なっ」
最悪だった。
ルイがこよりから離れていればチャンスはあると思っていた。
だが、それは大きな誤算。敵はルイとこよりではなく、悪魔の一人であるのだから。
「――いやぁ……危ない危ない。危うく頭脳を失うところだったよ」
「ッ、お前……出てきやがったな!」
「こいつがラプラスの悪魔……!」
明らかにこよりの言葉ではない。
まるで余裕。何もかも知っている者の声。
「お前……そうか、アバターを変更できるんだな」
「どういうこと?」
シオンがラプラスの傍に下り、魔法を放つ用意をして警戒を強める。
「つまり、操ってるやつの体を行き来できるんだ。あの悪魔は、言っちまえばコントローラーを握るプレイヤー。こよりの体を操作してるんだよ」
「ご名答。さすが私だ」
「あぁ最悪だよ……だが一人で何人も操作するのは骨が折れるだろうな」
「なに、両手両足でマウスを操作する程度さ。しかし驚いたよ。ここまでやれるとは……こよりには驚かされるな」
一人で何人も操作できるなら、どの場所で奇襲をしかけても既に操っている駒をそちらに向かわせ、ソロでマルチプレイが可能だ。
そんなことが出来るとは、ラプラスは思ってもみなかった。
何せそれは、自分では出来ない芸当。解放時でも出来やしない。
それこそが、最大の誤算だった。
(もはやあれは独立した存在か……想像以上に魔力が多い)
悪魔は余裕の笑みでボロボロだった白衣を修復させた。
体の具合を確かめるように軽く運動し、虚無を見つめる瞳に刃のような鋭さを宿す。
「さあどうする。数の有利はもはや皆無に等しいぞ」
嘲笑する悪魔に、ラプラスは睨むことしか出来なかった。
「ラプラス……沙花叉にやらせて。シオン先輩とルイねぇの足止めをお願い」
「何言ってんだ。一人じゃ無理だ」
「どのみち誰かは一人で相手をしなきゃいけない! この中じゃ私が一番慣れてるの!
「でも……ッ!」
「お願い。じゃなきゃ……もう抑えきれないよ。うちの博士を勝手に使って……こよちゃんの声で、話して……! さっきは失敗したけど、次は――!」
懐からナイフを取り出し、悪魔を睨む。
「どうすると言うんだ? クロヱ……どうせお前は
「黙れ。悪魔の声は聞かない」
「…………そうか」
クロヱの声は怒りを滲ませていた。
「クロヱ。こよりを頼む」
「うん、そっちもね」
「あぁ……」
「行くよラプラス。こっちも余裕はないんだ」
ラプラスはシオンの箒に跨り、ルイへ突撃していった。
二人が行くのを待っていたクロヱは、フードを脱いで銀の髪を光に晒す。
赤い眼はトンネルの青い光に反射し、より赤く輝いた。
「――――ッ!!」
開戦は音もなく始まる。
クロヱのコートがはためき、音を置き去りに悪魔の背後を取るとナイフを振りかざした。
だが悪魔は対応する。この動きを見なくとも、クロヱの腕を掴み捻り上げて背負い投げた。
「カハッ……!」
身体強化薬の効果がまだ残っている。
効果時間は……考えている暇はない。
「まだ……」
踏みつけようとする足を転がり避け、体勢を立て直し追撃する。
踏みつけられた道路は亀裂が入る。
やはり、肉弾戦をするなら攻撃を受けてはダメだ。一撃一撃が重く鋭い。鋭すぎて、致命傷になり得る。
「まだ……!」
何度もナイフを突き出すが、悪魔に全ていなされた。
「くはは! 手に力が入りすぎだ。これなら目を瞑っていても避けられるぞ」
「煩いッ!」
すると、刃が頬を掠めた。
こよりの右頬から血が垂れる。
「痛い……痛いよクロたん……」
「っ! ちがっ……沙花叉は……!」
「感情に任せすぎだ。軟弱者め」
「――ぐあッ!?」
気付けばまともに蹴りを喰らっていた。
腰が砕けそうだ。体が痙攣し、鋭い痛みをどうにか逃がそうとしている。
(こよりちゃんの声で……許さない……っ)
まだ、立ち上がれる。
まだ、戦える。
だってそうしなきゃ、助けられない。
「まだ……そうやって自分を鼓舞して、何度も立ち上がるのか。何も出来ないと分かっているのに、諦めが悪いじゃないか。昔のように、仲間ごっこで裏切られるかも……とは思わなかったのか?」
「諦め……? 悪くも、なるよ……! 沙花叉、わからず屋だからさ……一回幸せを味わっちゃうと……もう二度と、手離したくないって思うんだ。だから立ち上がる。沙花叉は、信じたい! 自分のこの気持ちと、みんなを!」
そうだ。立ち上がれ。
一度手にしたものは、絶対に離さない。
どんなものも手中に収めていく。
holoXとして、自分の世界を征服するために。
「だがその想いも、全て、絶望に沈むのだ!!」
拳が目の前にあった。
避けられない。あらゆる回避手段を脳裏に過ぎらせたが間に合わない。ダメージを少しでも軽くしようと、どうにか体を仰け反らせる。
間に合え、間に合え。そう心の中で祈った。
――――故に、閃光が拳を弾いた。
「……っ!?」
突然の光に驚愕したのは悪魔だけでなく、クロヱも同じだった。
何せそこには、星の姿があったのだから。
「彗星の如く現れたスターの原石、ここに再来!」
「星街すいせい……ッ!」
悪魔が歯を食いしばる。
「すいせい先輩……ど、どうして……どうしてここに!」
「ローラー作戦っ! すいせい列車は速いのだ。ガハハ」
と、冗談交じりに言うすいせいだが、その顔には汗を浮かべていた。
「……いろはを追わなかったのか」
「みこちってたまに頭が冴えててさ。『いろはたんが操られてるなら他の子も操られてんで、これ! きっと誰かが頑張ってるはず! すいちゃんがイレギュラーだったなら、そっちへ加勢に行かれる方がきっと嫌だにぇ!』って」
「やはり……無理をしてでもお前達はあの場でトドメを指すべきだったか」
だが、悪魔はそこまで焦った様子がなかった。
冷静に状況を分析している。
そう、いろはの体でないなら、対すいせいのデバフが無いのだ。
「みこちにはルイのとこへ行ってもらってる。あと、なんか道に迷ってたから助っ人も引っ張ってきたよ。ねーあくたん♡」
クロヱが「えっ?」と困惑しながら横を見ると、ぐったりと倒れ込んでいる湊あくあ、そして百鬼あやめの姿があった。
「あてぃしに出来ることないとおもうんだけどなぁ……」
「よ、余のことも忘れないでくれ……ガクッ」
「なんかもう既に瀕死なんですけど!?」
「あはは、ちょっと飛ばしすぎちゃったかな。ちなみにちょこ先生とスバルちゃんもみこちと一緒に加勢に行ったよ」
クロヱはそれを聞いて、シオンの言葉を思い出す。
連絡した相手――つまり、シオンに呼ばれたホロライブ2期生の面々が近くまで来ていたのだ。
「しかしこんな大変なことになってるとは……」
「ねぇ、あてぃしに何が出来るの、ねぇ!」
「あくたんが居てくれるとおれが頑張れる」
キリッ……と、すいせいは金斧――バルディッシュを構えて格好つける。
「さあクロヱちゃん、余達も力を貸すから、早くこよりちゃんを助けてあげよーよ!」
「うん……早く助けよう。じゃないとあてぃし、たぶん死ぬ。帰りたい」
「アレっ! もしかしてあくたん、怖いのカナ? ダイジョーブ! あくたんはおじさんが守ってあげるヨ! なんちて」
「誰かこのおじさんをどうにかしてください」
これで人数差による有利が戻った。
クロヱ、すいせい、あやめ、あくあは悪魔が憑依したこよりを相手にする。
ラプラス、シオン、ちょこ、スバルがルイの足止め。
戦力は充分。あとは――
(沙花叉が頑張るだけ……か)
手を握りしめる。
この好機、逃す訳にはいかない。
「先輩! 私の魔眼でこよちゃんから悪魔を引き剥がします! バックアップ、よろしくお願いしますッ!」
「まっかせなさい! すいちゃん頑張っちゃうぞ~」
「余もカッコイイとこ見せたいぞ!」
「あてぃし後ろで見てるね」
博衣こより奪還作戦を、ここで完遂するのだ。