ホロックス・ブラック・ボックス   作:ゆっくろ❀

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極夜事変

 街は悲鳴で溢れている。

 未知の人影に恐怖し、逃げ惑う者。

 いつか襲われた恐怖を思い出し、腰を抜かす者。

 星が黒く瞬く夜、漆黒の(もや)を纏う魔人は胸から腕を幾本も生やし、逃げる人々を追いかける。

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)とはこのことだ。

 

「た、助け……誰かっ、助けてくれよぉ……ッ!!」

 

 空から降ってくるタタリビトに制限はない。

 男が救いを懇願したところで、手を差し伸べる余力など誰にもなかった。

 

「うちの子を知りませんかっ! 誰か、私の娘を……誰かっ!」

 

 この混乱で我が子とはぐれてしまった母親の声も届かない。

 

「――わため! バフ早く!」

「わ、わかってるよぉ!」

 

 角巻わためのハープの音色で身体能力を強化した常闇トワは、目に入るタタリビトを片っ端から撃ち抜いていく。

 だがそれでも足りない。

 

「ぼたんちゃん達は!?」

「ねぽらぼは西側で応戦してるってかなたそが言ってた!」

「こっちには来れそうにないか……っ! で、そのかなたは何してるんだよ!」

「上でタタリビトになる前の泥を払ってる!」

「それで地上のこの量って……馬鹿げてるよ」

 

 救いの手には限界がある。

 助けられる範囲外は、どうすることも出来ない。

 トワは、自身の娘を探す母親に迫るタタリビトへ銃口を向ける。

 だが――――

 

「マズッ――弾切れ!?」

「きゃああああーーっ!!?」

 

 無数の手が母親を包む。

 助けられない。

 今から装填して撃っても、女性を巻き込みかねない。

 

「トワちっ! 後ろ!」

 

 ありもしない解決策を捻り出そうとしたトワは、わための声で我に返る。

 振り向いた時には、漆黒の手が目の前にあった。

 

(これが……『絶望』なの……?)

 

 全て、闇に閉ざされる。

 この危機を打開できるとすれば、それは悪魔(未来)すら欺くイレギュラー。

 それはハコスのカオスでもなく、直後に現れたすいせいでもない。

 タタリビトの掃討は叶わぬ願いであり、残された道は助けられる者だけ助けるという苦渋の選択……。

 

「……なんて、そんなこと――――」

 

 と、ビルの屋上から街を見下ろす女が呟く。

 黒のスーツを着こなし、夜のように暗い黒髪を風になびかせ、眼鏡を外して青い瞳で魔人を見据えている。

 その隣には、同じくスーツ姿の男。

 髪を上げ、ワックスで固めたその男は夜だというのにサングラスを掛けていた。

 

「俺達の選択はハッピーエンドだ。それ以外は認めねぇ……! そして、そのエンディングのフラグ立ては俺達の役目!」

 

 ビルの屋上に居たはずの男は瞬く間に地上に降り立ち、母親を捕らえたタタリビトの頭を殴り飛ばす。

 

「えぇ、大きな借りを返しましょう。そのために私達はいま再びここに立っているのですから」

 

 ――解放(エクステンド)()()()()()

 

「俯瞰しろ。私の為すべきことを為せ。

 この身は所詮、地にありて――――……」

 

 瞳が疼く。

 しかし、もうかつての恐怖は感じない。

 透き通った瞳で、それを見つめる。

 

「――〝咸く服従しろ(カテゴリカル・インペラティブ)〟ッ!」

 

 刹那、混乱していた人々はピタリと静止する。

 呆然とした表情で、屋上に立つ()()()()()に注目していた。

 

「避難誘導は任せてもらいます。人手不足は私の弟にお任せを」

「人使いが荒いな」

「この状況、私達の魔眼が適任です。頑張りどころですよ、ナツメ」

「わーってるよ、ねーちゃん」

 

 ナツメは転移し、トワの背後に居たタタリビトを倒す。

 

「ほら、ボーッとしてると全部倒しちまうぜ」

「うわムカつく。やれるもんならやってみなよ、その前にトワが片付けるから」

「調子出てきたな。んじゃま、第2ラウンドだ!」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 混乱を制したのはミフユの支配。

 さらに、ナツメの転移で救出範囲が格段に拡がる。

 このイレギュラーに乗っかるように、全体の士気が上がっていく。

 

 しかし危機的状況なことに変わりはない。

 こよりはキーボードを叩き続ける。

 今こそホロックスの最高戦力を取り戻す時なのだ。

 風真いろはを取り戻し、打開策にする。

 だから探す。風に消えた木の葉を探し出す――。

 

「おかーさん、どこに居るの……」

 

 ――地下駐車場。

 子供が一人、取り残されていた。

 一緒に買い物に来ていた母親の姿を探し、車に戻っているのかもと思って独りで心細いこの場所に辿り着いたが、そこに母親の姿はない。

 

「ひっ……」

 

 追い討ちをかけるように、地下駐車場にタタリビトがやってくる。

 タタリビトに目や鼻はないが、人の気配……感情の波を感じ取って人を襲っている。

 視覚や嗅覚に頼っていないため、隠れたところで意味はない。

 少女は確実に見つかる。

 

「くぅオ……あ、ロ……ぎィ……」

「いやぁッ!? 来ないでっ! やだ、やだよ! おかーさん!!」

 

 車の影に隠れていた少女だったが、タタリビトの手に捕らわれてもがく。

 顔から生えてきた無数の手に怯え、歯をガチガチと鳴らしていた。

 人の気配は少女以外にない。

 母親と会えぬまま、少女は手を呑み込まれていく――――

 

「…………技法、投影」

「ぎァぅルぃむ……?」

 

 人の気配はない。

 しかし、突如聞こえた囁くような声にタタリビトは動きを止める。

 

絶刀(ぜっとう)進道一文字(しんどういちもんじ)

 

 刹那、一刀両断されたタタリビトが消えていく。

 少女が上手く着地すると、自分を助けてくれた剣士に目を輝かせた。

 

「あ、ありがとう、おねえさん!」

「…………」

「おねえさん? もしかして、どこか痛いの……?」

「いた、くは……ない……で、ござる……」

「よかったぁ……! おねえさん、お名前は?」

「名前……わたしは……いろは……風真いろは…………?」

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