歩き続けて幾年、少女が辿り着いたのは闇だった。
それでも旅をやめなかったのは、あるひとつの思いが風真いろはという人格を繋ぎ止めていた。
――一刀両断、叩き斬る。
己が悲嘆の声を聞きたくないがために、人を助ける。
身勝手な人助けだ。偽善と言ってもいい。
だが、それでも……。
それでもと、その道を貫く。
そうすることで、存在があやふやな自分を確立してきたのだから。
『風真いろは』に成る前は、ただの子狸だった。
ちょっと人を化かして遊ぶイタズラ好きの狸。
それがいつしか人に化け、幾千年の時を経て元の姿をも忘れ、ついに狸は人と化した。
ホロックスの用心棒として雇われたのは単なる偶然だ。
たまたまラプラス・ダークネスに鍛錬を目撃され、その場でスカウトを受けたのがキッカケ。
その時、なぜ自分が素直に付いて行ったのかは、もう覚えていない。
「進む……進み続ける……歩みを止めちゃダメでござる……」
悪魔に操られてもなお、いろはは自我をかろうじて残している。
しかしそれはかつての自分のようにあやふやで、いつ原型が崩れてもおかしくない不安定なものだった。
「――ありがとう、おねえちゃん!」
目の前の闇を払うと、そんな明るい声が聞こえてくる。
名を尋ねられ『風真いろは』とそう名乗る。
その名の意味は分からなかった。
ただそれが一番、口に馴染んだ言葉であり、聞き覚えのある名前であり、誰かに呼んで欲しい大切なものだったのだ。
「そう、お前は風真いろは。闇を見つめ、一切の闇を斬り捨て、闇の中で光を探す者――」
新たに出現したタタリビトは、その他の有象無象とは異なり、流暢に話し始めた。
「……エレベーターで上がるでござる。お母さんは上にいるから……一人で行ける……?」
「う、うん! わたし、まだ頑張れるよ!」
「いい子でござるな……それじゃあ、振り返らないで、お母さんのところまで走って」
「ありがとうおねえちゃん! おねえちゃんも気を付けてね!」
そう言って駆け出す少女の盾となるように、風真いろはは仁王立ちに立ちはだかる。
頭には未だ霧がかかったようで、本調子ではない。
「それでも……」
手足に絡む悪魔の
「だとしても……!」
澄み切った瞳で闇を睨む。
「私は立つ。立ち向かう! それが私だ!」
――――風真いろは、
その様子に、はぐれタタリビトは微笑んだ。
「……そう、そうだ。なぜなら、風真いろはは掻き臥さない」
背から生える六本の腕は翼のように広がり、太刀を取る。
「その刀は……
「奪ってみせろ、この私から。星月夜を手にしてみせろ、風真いろはッ!」
それはタタリビトにあらず。
それはタタリガミにあらず。
「色はにほへど、散りぬるを――」
闇は詠唱を始める。
「我が世たれぞ常ならむ」
六の剣を交差させ、一点。
ただ一点に狙いを付ける。
「有為の奥山……今日越えて……」
剣が一際、光を放つ。
「浅き夢見じ酔ひもせず……ッ!」
刹那、闇が掻き消える。
六剣もない。
ただ、寂寞とした地下駐車場にいろははポツンと立っている。
「……何が」
気を緩めた、その一瞬の隙だった。
背後に現れたそれは、六剣を叩き割って、一刀を胸から取り出していた。
漆色の刃が牙を剥く。
――幻狐・変化の術・色ハ歌。
「〝真典・古今無双天鏤〟」
胸を貫かれたいろはは、息が止まったような感覚に駆られる。
しかし、その数秒後に刃が抜かれると、血の一滴も出ていないことに気付いて目を丸くした。
「……お前の心眼であれば、悪魔の術も受け付けないだろう。私が斬ったのは心だ。今も尚、過去に囚われている心を斬った。前を向け、進み続けろ。それが一番、似合っている」
それは、タタリビトにあらず。
それは、タタリガミにあらず。
祟る神あれば、守る神あり――と。
「――――はっ!?」
気付いた時には一人で佇んでいた。
その手に、かつて対峙した老剣士が持っていた太刀、星月夜天鏤を持って。
折れたはずのその太刀は今は夜砥が所有しているはずであり、古いものだったため完全に復元など出来るはずがない。
それが今ここにあるということ、そしてさっきまでの幻覚に、いろはは呆然と立ち尽くす。
「あははっ……まるで狐につままれた気分でござるな」
いろははそう呟くと、二本の刀を手に、蕎麦の香りが残る駐車場を出る。
エレベーターで地上に上がった侍は、泥の雨から生まれたタタリビトを一瞥して息を大きく吸い込んだ。
「――――さあさあ! 当代無双、風真いろは!
我が剣の返り咲き、とくと見よ!
心しておくがいい! この花は決して