ホロックス・ブラック・ボックス   作:ゆっくろ❀

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飛べない鷹の高望み

「――――いろはとの接続が切れた……? ふむ……」

 

 タワーのてっぺんに座する鷹嶺ルイ――いや、ルイの体を借りた悪魔が足を組んで街を見下ろす。

 

 鳥瞰の魔眼(ホークアイ)

 地下駐車場からエレベーターで地上に上がった風真いろはの姿を目視し、どういうわけか口元を綻ばせた。

 

「そういうことか……はぐれたタタリビトが居たかと思えば、助けるとは。存外、貴女も人を愛していたのですね……」

 

 立ち上がり、黒き星々を見上げる。

 月を覆う凶星に手を伸ばす。

 

「――クロヱ、こより、そしていろは……皆の過去は実に美味であったなぁ。未来を知っていても、こうして体験しなければ知り得なかった。体験とは宝石だな……これを経験値(EXP)と呼ぶのだろう? 鷹嶺ルイ」

 

 胸に手を当てそう呼びかけると、片目だけがホークアイを解除し、光が戻った。

 

「こん、な……ことしてっ……何がしたいんだ……!」

「――なに、話し相手が欲しくなっただけさ。しかしこれから奴らはどうするのだろうなぁ……? もはや私のコントローラーはひとつ。手数で押すことは出来なくなったが、ひとつのプレイに集中出来るようになった。お前の体を存分に振るえるわけだ」

「はっ、上手くいくといいね……無理でしょうけど……!」

「おやおや、随分余裕があるじゃないか」

「そりゃ、ラプなら……絶対にやってくれるって、信じてますからっ」

「そうだ。私ならやる……」

「あなたは、ラプじゃない……っ!」

「…………飛べない小鳥には生きる術など無いことを忘れるなよ、ルイ」

「――――――――ッ!」

 

 再び、鷹嶺ルイは眠る。

 片目はホークアイを発動し、悪魔は今も未来も見続ける。

 その眼に、血の涙を浮かべながら。

 

「ならば私は……誰、なんだろうな……」

 

 血の涙を拭った悪魔は、ホークアイを解除して闇に消える。

 今に、未来にも目を伏せ、一夜限りの夢を見る。

 それは揺りかごに揺られ、夢を見る赤ん坊のように――。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――――過去。

 それはかつて存在した現在。

 あるいは過ぎ去った未来。

 

 憧れに目を輝かせ、未来に手を伸ばし、今を羽ばたく者がいた。

 

「ふっっ――――……うわぁっ!?」

 

 年端もいかない少女が丘の段差から勢いよく飛び降りたかと思えば、思いっきり落っこちて地面に激突する。

 

「いったた……もう、なんで飛べないんだろ……?」

 

 赤毛の少女は翼をパタパタと動かす。

 人目のつかない場所で、こっそりと飛ぶ練習をしていた。

 

「私も鷹だし、飛べるし……! なのにみんなで私をバカにして……私だってちゃんと飛べるってことを証明してやるっ!」

 

 そう意気込むが、それでも少女は空に届かず土に(まみ)れる。

 日が暮れそうになっても練習をやめない。

 飛べるまで、何度でも飛び降りる。

 必死に翼を羽ばたかせる。

 可能性を見続け、やめることを視野に入れない鷹の眼。

 

「今度こそ…………! ――あっ!?」

 

 何度目かの飛び降り。

 その時少女は足を滑らせた。

 それほど高くはないとはいえ、下手に落ちれば怪我は免れない。

 そして、人目がないから誰も助けには入ってこない。

 

「……っ」

 

 近くなっていく地面を見て、少女はギュッと目を瞑る。

 自分が助からないと分かったしまったから、少しでも恐怖を和らげようと視界を暗闇に閉ざしたのだ。

 見ることをやめたおかげで、浮遊感だけを感じる。

 震えながら落下の衝撃を待ち続けるが、まだ痛みはない。

 いくら待っても、落ちない。

 

 少女は恐る恐る、片目を開ける。

 

「…………へ?」

 

 地面が目の前にあった。

 目を開けている間も、落ちることはない。

 少女は地面を見続けていた。

 

「バカなのか? 頭を打ったら元も子もないだろう。それとも頭を打つことでバカが治るのか。いや、既に頭を打っているからバカなのか」

 

 そう言って茂みから現れたのは、少女よりずっと背の高い女性。

 銀色の長髪に、大きな双角。

 裾にスレットが入った黒いワンピースは大胆にも肩を大きく露出させたノースリーブかと思えば、ベルト同士を金具で繋いで白の長袖を作っている。

 突如現れたその女性に少女は一瞬戸惑うが、ハッと我に返る。

 

「ば、バカバカうるさい! というか誰だよ!」

「そういうお前は?」

「わ、私は鷹嶺ルイ……」

「なるほどな」

「……ちょ、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗りなよ!」

「名乗るとは一言も言ってないし、名乗る必要性を感じない」

「やな奴!!」

「恩人に向かってなんだその口は!」

「誰が恩人……って、まさか……私が浮いてるのって……!」

「ああ、私の力だ。間違っても自分で空を飛んでいるとは思わないことだな」

 

 それが、鷹嶺ルイとラプラス・ダークネスの出会いだった。

 これがルイの過去の記憶なのか、それとも悪魔の過去の記憶なのか、それは分からない。

 

「――ねぇ、ねぇ! どうやったの!? それがあれば私でも飛べる!」

「教える気はない。というか、教えたところでルイには使えないよ」

「えーー、ケチ」

 

 目を輝かせていたルイは肩を落とし、子供らしく頬を膨らませて拗ねる。

 

「まぁいいよ、自分でなんとかするから!」

「なぜ出来ないと分かっていながら挑戦し続けるのか、分からないな」

「出来るもん! それくらい、私にだって出来る!」

「いいや出来ない。私にはそれが分かっている。だから何度も何度も、何度も無様に落っこちて不名誉な傷だけが増えていくお前を見かねて助けてやったんだ」

「そんなこと言っても信じないから! それにあなた、すごく怪しいし……」

 

 訝しげに見つめるルイに、ラプラスはムッと眉間にしわを寄せる。

 

「私が怪しいだと? 私はこの星とタメなんだぞ。お前より歳上だし、なによりスゴい!」

「……お姉さん、子供と張り合うって凄く大人気ないよ」

「ふん、真実を言ったまでだ。私には未来が見えるからな。お前が失敗を続けて心が折れる姿もハッキリと見えるぞ? そろそろ足のひとつでも折るんじゃないか?」

「み、未来って……ほんと?」

「おやおやぁ? 信じないんじゃなかったかなぁ?」

「う、うるさい! そうやってバカにして……! 見てろよ!」

「あっ、おい!」

 

 ルイはまた飛び降りようとする。

 その姿に、ラプラスは呆れた。

 

「バカだ、大馬鹿者だよ。なぜそこまで無謀なことを続けるんだ。どうせ無理だ。また失敗する。そういう未来だ」

 

 ラプラスはルイを見上げる。

 視える未来は依然変わらない。

 変わることなどありえない。

 だってそれが、超演算より導き出された確定未来なのだから。

 

「ルイも分かっているはずだ。こんなこと意味は無いと。このまま飛べないかもしれない……そうやって怯えて、『それでも自分は頑張ってる』と言い張って逃げるのか。絶対に無理なんだから、さっさと諦めて別の可能性を見出した方が遥かに――――」

「これは逃げじゃない! 立ち向かってるんだ!」

 

 ルイは叫ぶ。

 

「みんながバカにしようが、私はやる、やり遂げる!」

 

 一歩踏み出し、地へ向かう。

 体はやはり落下している。

 未来は変わらない。

 このまま何もしなければ、骨を折る。

 飛ぶどころか歩けなくなるかもしれない。

 

「…………はっ」

 

 未来は揺るぎなく、何も変わらない。

 決まった運命に沿って進んでいくだけだ。

 ラプラスは、そう信じていた。

 そういう力だったからだ。

 

 ……でも。

 

「バカな……()()()……?」

 

 ルイが一瞬、羽ばたいたことで風に乗り、ふわりと浮いた。

 それでも一瞬だけだ。

 体はやはり落ちて――――

 

「――――っ? ……え、なんで……なんでまた助けてくれたの……?」

「……え?」

 

 その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

 当然だろう、『ルイが飛行に失敗し、落ちて骨折する』という未来が変わってしまったのだから。

 そして、その変化を作ったのが自分自身であったことに、ラプラスは困惑している。

 

(な、なぜ……なぜだ……確かに飛行は失敗した。ただほんのちょっぴり、浮いただけだ……なのになぜ、私は……)

 

 ――体が勝手に動いて、ルイを受け止めた。未来を変えた。

 

「……やっぱり、私には無理なのかな……飛べないのかな……」

「…………気付いて、いないのか?」

「……? なんのこと?」

 

 ルイはラプラスの腕の中でキョトンとする。

 そう、ルイは無意識だった。

 それは、ラプラスが初めて目の当たりにした『奇跡』。

 飛べない鷹が自身は飛べないと分かっていながらも飛ぼうとするその意志に、奇跡が働き未来を変えた。

 ほんの少しだけ変化したほどだが、ラプラスの頭はぐるぐるにこんがらがっている。

 

「わ、私の演算に狂いはない……あの未来は確定していた……だが、なんだ……なんなんだこれは……」

「……そっか……何か変わったってことは、私の努力は無駄じゃなかったんだ……」

「……お前……いや、ルイは……何者なんだ」

「私は私だよ。ただの飛べない鷹」

「違う! ルイは! ルイは…………いや」

 

 お前は飛べていた。――その言葉を飲み込み、ラプラスは空を見上げる。

 日は暮れ、もう夜だ。

 

「ルイは、きっといつか飛べるようになる」

「えっ、ほんと!? じゃあもっと練習しなきゃ!」

「ちょ、待て待て。今日は帰って怪我の手当てをしろ。小さな怪我でも、いつか大きな怪我に繋がるかもしれないぞ」

「分かったよ……じゃあ、また明日ね」

「……あ、あぁ」

 

 町へ向かって駆け出すルイの背中を見つめる。

 するとルイが振り返り、口元に手を添えた。

 

「それでー!! おねーさんの、お名前はー!?」

 

 ――これも、見てきた未来にはなかったな。

 

「私のお名前は……ラプラス・ダークネスだ」

 

 ――暗黒に染った未来、どうしようもないバカばかりの世界……そう思っていたが、存外、そうでもないのかもしれない。

 

「へんなのー!!」

「なんだとこのやろう! 私はスゴいんだぞ!」

「それなら吾輩とか言ってた方がそれっぽいよー!」

「それも大概ヘンじゃないか!?」

 

 ――未来に悲観し、何の使命もなく自堕落に生きてきたが、未来に囚われていたのは私の方だった。

 私も人と同じバカならこの世は、ばかばっかだ。

 

「カッコいいよ! ……たぶん」

 

 ――未来は誰にも分からない。分からなくていい。

 私は……私を含め、誰も知らない未来へ行ってみたい。

 

「そ、そうか……? じゃあ、そうしてみるよ……ルイ」

 

 ――だから()()は、枷をつけたんだ。

 

 

 

 

 

「ラプラス……? どうしたのその姿!?」

 

 首と、両手両足につけた枷。

 力の大半を封印したことで、自分と同じくらい体が小さくなったラプラスにルイは目を丸くする。

 

「……お前と話してると首が痛いんだよ。だから体を縮めたんだ」

「このカラスは?」

「ま、間違って体が戻らないように……セーフティー的な? 忘れっぽいからさ」

「ふーん……」

 

 訝しげに顔を覗き込んでくるルイに、ラプラスは目を泳がせる。

 

「まぁ、いいんじゃない?」

「……ほっ」

 

 子供で助かった。

 

「それより今日も飛ぶ練習するから見ててよ!」

「はいはい……気を付けろよ」

「分かってるって、ラプっ!」

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