なぜ――――なのだろうか。
この者達はなぜ、足掻くのだろうか。
未来へ進む、歩みを止めないのだろうか。
「先手、必勝……っ!」
風真いろはが二本の刀を構え、向かってくる。
感情を欠落させた私には、もうあれらの想いは理解できない。
今はただ、現実を突き付ける。
人は愚かだ。何をやっても無駄だと分かっていながら行動することをやめない。思考を止めることをしない。全て無駄なら、諦めてしまった方が傷付かないというのに。何も失うことはないのに。
それでも前へ、もっと先へ進もうとする愚か者だ。
「――
自身を軸に旋回し、風を巻き上げながら二刀を突き出した突進。
巻き込まれた瓦礫は風に斬られて塵と化している。触れるのはまずい。
しかし単なる直線攻撃、容易く避けられる。
「もっと思考を捻るべきだな」
サイドへ体の軸をズラしながら手袋のようにバリアを形成し、首を叩いていろはを地へ落とす。
あの少女に二刀流の才があったことにも驚きだが、付け焼き刃だろう。左の刀は彼女に馴染んでいない。
が、そんなことは本人も分かっているはずだ。先手必勝と言ったからにはそれなりに策がある。
そう……例えばいろはが先手を打ち作った隙に、勝ちをもぎ取る次の攻撃が本命――――
「瞬間凍結……!」
足元に叩きつけられた試験管から液体が漏れだし、瞬時に両足が凍り付く。
氷は地面に強く張り付いているが、これも違う。本命ではない。
「行くぞクロヱ!」
「うん、まずは魔力を削ぐ!」
なるほど、そういうことか。
ラプラスの魔法で弾性を帯びた空気がクロヱの体を押し出す。
クロヱは浄化の魔眼を持っていた。発動すれば相手の悪感情を浄化する。
私の力の源は
「浅はかだな」
近接戦闘に持ち込んだところで、いろはの動きに付いて来れていた私と戦うことなど無謀だと気付いていないのか。
「今度こそ、浄化してっ!」
魔力が失われる。
解除されればすぐに補充できるが、これで魔法は使えない。
……と、お前達はそう思っていることだろう。
「――神秘よここに」
確かに魔力による変質がもたらしたものだが、その原点は神秘性。
私個人の……ラプラス・ダークネスが封印した万能の力だ。
「権能解放、
地の星に向けて行使する。
星丸ごとを破壊する威力は出せずとも、クレーターのひとつでも作れる程度には発揮出来る。
力を中心に衝撃波が渦を巻き、街を破壊。
瓦礫諸共に吹き飛んでいく小さな人影、五つ。
それを見下ろしながら、私は空へ浮かび上がった。
「悲鳴がない……人は地下に避難したか。しかし元凶の姿が見えないというのもまた恐怖心を煽るものだ」
お前達が守っている者達、それこそが私の力の源。
恐怖し、絶望する心が強い感情を孕み、魔力を産む。
「……そう、私がここに居るのは人の意志なのだ」
夜砥ミフユを狂わせたのも人だ。
全ての元凶に人が居る。
ならば、人――或いは人の営む世界が消えてしまえば、もう苦しみは生まれない。
私のような欠陥品が芽生えることもない。
「人が居なければ何も生まれない! 世界がなければ絶望しない! 初めから、何も無ければこんなことにはならない! 私は未来を知る者として、世界を壊す!」
ラプラス・ダークネス。
あなたが
あの日、あの時、
分かっているはずだ。人に狂わされたことを、聡明なあなたは分かっていたはずなんだ。
「それなのに……なぜ……」
なぜ……彼女は立ち上がる。
「吾輩は……初めから諦めてたんだ」
瓦礫を退け、傷だらけになりながらも、彼女は……ラプラスは私を見上げる。
「未来なんてつまらないものに縛られてさぁ……なのにこいつらは頑張っちゃって……意味わかんねーって思ってた……」
そう、意味が分からない。
私はあなたが立ち上がる理由も、未来を見ることをやめた理由も、何も――――
「あの日……ルイが空を飛んだ」
「ラプ……」
「飛べない……飛べるはずがない……そう思ってたよ」
あの日――幼き頃の鷹嶺ルイは弱い翼を羽ばたかせた。
飛んだと言っても、ほんのちょっぴり浮いただけ。
だが、決定的。
「スゴいと思った、
「……だから私を棄てたのか? 己が希望の光にでもなるつもりか?」
「未来なんて分からなくていい……だから吾輩は『枷』をかけた。未来を見ることをやめたんだ」
「だが、『知らない』という恐怖が常にお前を刺し続けるぞ」
「……確かに、知っていればと後悔する時もあるかもしれない……でも! それでも
それが、あなたの意志なのか。
未来は誰にも分からない――――私だけが知っている未来。
いや、もう……とうのとっくに何も見えちゃいない。
ラプラス・ダークネスの答えははるか昔から出ていた。
その時点で、《ラプラスの悪魔》は未来視の力を失っている。
超演算は出来ても、観測による確定未来は不可能だ。
だからここまで、私の意志で、演算によって導き出された未来を手繰り寄せてきたんだ。
「私は悪魔にしかなれない」
なら、もういいだろう。
分かりきっていた答えを聞いた。
それならば、あとは、もう――――壊すだけだ。
ここまで一人でよくやったものだ。
「私は私を、私のために行使する」
――たったひとりの、悪足掻き。
「【
絶対零度を再現、これを0とし、さらに
たった1つ、それだけをマイナスにすればいい。
「うわっ!? 車がどっかいっちゃったでござる!?」
「自販機も消えてる! こんな攻撃、対処のしようがないよ!」
「とにかく気を付けて、どんな攻撃か分からない以上、下手に手を出す訳にはいかない!」
「あっ、瓦礫も消えた……!? しかも、なんで……体感温度に変化はないのに、辺りの気温が-273℃になってる……?! 物体の消失と何か関係して…………そっか、マイナス……! 存在をマイナスポイントに送ることで消し飛ばしてるのか!」
さすがと言うべきか、こよりは異常箇所から即座に正解を導き出した。
だが既に私の悪足掻きの範疇に居る。もう逃げ場など……
「わ……悪足掻き……? 違う、想定内だ。悪足掻きなどしていない……何を焦っているんだ。未来は――――」
未来は……もう、分からない。
そうだ、私の未来観測はもう効力を失っている。
でも、分からないからと言ってここで踏みとどまるわけには……。
いや、それこそ、こんなの人と同じではないか。
「――――ホロックス!」
そう、ラプラスが叫ぶ。
「未来を、掴み取る! ルールを塗り替えろ! まだ勝敗は分からない!」
足掻くのか、まだ。
「夜が来なければ星は輝けない! だから吾輩は闇になって誰かを輝かせる。背中を押せるあったかい闇になる……!」
枷を外し、コートを脱ぎ捨てる。
「ルイ、こより、いろは、クロヱ……オマエらが星になれ! 吾輩はひとりじゃ何も出来ないから、世界征服も、何もかも、みんなの力がないとここに立てない……! だから! 諦めないでくれ!」
私も、諦めるわけにはいかない……!
「ここで全てを終わらせる! 私は私の未来を掴み取る!」
「吾輩達の未来を、取り戻す!」
――空っぽな世界で奏られる消滅音。
しかし、その中で火を灯す者が意地を見せる。
未来を取り戻さんとするその声に、四人も立ち上がるのだった。