歌が夜に響いている。
声が心に響いている。
街中の音響機器が音を奏で、希望の光となっていた。
ただの歌だ。魔法や、権能なんていうトクベツな力など持たない。
しかし、その歌は絶望に臥した人々にとって、魔法よりも輝かしい力だった。
「……背中を押してもらって、負ける訳にはいかないだろ……」
ラプラスは胸の内に湧き上がる熱を感じ、マイナスと対峙する。
「人の未来を終わらせる訳にはいかないんだ。人が人を苦しめるかもしれない……愚かなのかもしれない……! でも、それでも吾輩は……わたしは、こいつらが見る夢の果てを見届けたい!」
「果てはここだとまだ分からないのか! 歌のひとつで立ち上がろうと……依然、私の手の中だ!」
「みんなに光を与えるのがアイドルってもんだろ! ならこの歌も
――そう……人の営みも神秘のはずだ。
生命が誕生したこの星こそ、神秘の塊だ。
たかが歌、されどその歌は、多くの人が培ってきた神秘の星なのだ。
「な、なんだ……なぜ……力が復活して……?!」
神秘を認識したラプラスは〝力〟を奮い立たせる。
その根源たるラプラスの悪魔――マイナスは目の前に居るというのに、どこからともなく湧いてくる。
「私はここに居る……! お前に残っているのはただの
マイナスは理解できない。
理解できなかった。
(今も、未来も、何も……分からない……)
マイナス地点に置いてきてしまったのだろうか。
未知の事象を前にして、壊れゆく体を目の当たりにして、マイナスは奥歯をギリリと噛む。
「貴様らは……なんなんだッ!」
肺にめいっぱい空気を取り込んだラプラスが叫ぶ。
「――そこに跪けッ!」
その声を合図にクロヱが飛び出しマイナスに掴みかかる。
「吐いて捨てるような現実を!」
クロヱは浄化の魔眼を最大出力にして、マイナスの力を抑制した。
そして、いろはの剣光が煌めく。
「一刀両断、叩き斬る!」
角を折り、力を封じ込める。
クロヱの腕を振り払ったマイナスはさらに上空へ飛び上がるが、ホログラムのシールドが四方八方に展開され、捕らえられた。
「終わりなき輪廻に迷いし仔らよ!」
こよりは自己修復されて飛んできた《
ほぼ大破してしまったが、片腕を補強する程度には残っていた。
アームド・オン。
いつかの封印が解かれたラプラスへ放った重く鋭い一撃をお見舞いすると、吹っ飛んできたマイナスをルイが受け止める。
「漆黒の翼で誘おう!」
ルイは旋回しながら急降下し、ラプラスの元へ投げ飛ばした。
夜に沈み込む、紫翼が星々と共に煌めく、我らが総帥の元へ。
「我ら、エデンの星を統べる者。――――秘密結社ッ!」
「「「「「holoX……ッ!!!」」」」」
ラプラス・ダークネス、
輝かしい旅路を願って、ラプラスは力を放出する。
――刹那、夜は黎明でも迎えたかのように閃光する。
極光が夜を上書いて、決別を成す。
力を抑えない最大の一撃は、もはやラプラスの力を全て使い切る勢いだった。
もう何も残っちゃいない。
ただ、爆煙を抜けて落ちていくマイナスの姿を見つけると、ルイにもらった翼を羽ばたかせて追いかけた。
「な……んで…………」
手を伸ばし、掴む。
崩れゆくその体はもう長くはないだろう。
「……言いたいことがあって」
「敵の最期に、何を言う気か……」
「お前の言うことは、正しい部分もあった。だから頑張るよ。演算で導き出された最悪の未来にならないよう、吾輩がしっかり導く。そのための秘密結社、そのための世界征服だ。人の希望は絶やさない」
「……でき」
「出来ないって言うつもりなら、それは大間違いだ。アイドルの歌で負けてんだからな」
「そうだったな……」
もはや体の半分も残っていないマイナスを抱きしめる。
「……私が居なくても、大丈夫ですか……?」
「……もう、大丈夫だ。未来が見えなくても、わたしは歩いていけるよ」
「本当に……自分勝手なご主人様です」
「ご、ごめん……」
静かに笑うマイナスは、自身が終わりゆくからなのか、穏やかだった。
「分からない……でも、だからこそ……面白い…………少しだけ、あなたのことが分かった気がします」
散り散りに消えていったマイナスは主の手から離れていく。
「……ならば、貴様が勝ち取った未来――取りこぼすなよ?」
「あぁ、任せておけ!」
マイナスは光の粒子となって消滅した。
じきに夜が明けるだろう。
「吾輩も少しは成長できたかな……何億年ぶりだって話だが……」
ふらついたラプラスは力無く落ちていく。
みんなの声が遠のき、意識もゆっくり、落ちていく。
「――ラプっ!」
大翼を羽ばたかせたルイがラプラスをキャッチする。
疲れ果てて眠る総帥は、やけに満足気な顔をしていた。
「まったく…………お疲れさま」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日後、こよりを筆頭に復興作業が進むなか、ラプラスは目を覚ました。
「……知ってる天井だ」
起き上がって辺りをぐるりと見回す。
誰も居ない……が、外に気配があった。
立ち上がって階段を上がる。
扉を前にして、外から「これどこに置くでござるー?」とか、やれ「お腹すいたぁ~!」だの、「私達が壊したようなもんなんだから早く直さないと」と声が聞こえてくる。
「こら~クロたん! 喋ってないで手を動かす!」
「手を動かさないで喋ってる人に言われたくないでーす!」
「こよは指示役だもん! 瓦礫除去作業はロボットに任せてるし?」
「
数日ぶりだと言うのになんとも軽い返事が返ってきた。
「あ、ちょっとラプ。起きたなら早く手伝ってよ」
「もっと他に言うことあるだろ……」
「マイナスはラプの半身みたいなものなんだから、責任重大だよ?」
「くっ……あいつめ……力解放してたならせめて街を直してから行けよ……」
「任せろ!とか大口叩いてたのはどこの誰ですかねぇー?」
「うぐっ……わ、わかった……やるよ、やりますよ! だから、ね? その、鞭を見せつけないでくれるかな幹部クン……」
「よろしい。まぁ終わったら焼肉でも食べに行こっか」
「え!? マジ!? なんも食べてないから腹ぺこなんだよ!」
「俄然やる気出てきたわ。ラプラス、どっちが早く終わらせられるか勝負しよーぜ!」
「ほほぅ……新人のくせに総帥と勝負するつもりか……いいだろう、大敗北させてやる!」
こうして焼肉に釣られたラプラスの働きにより、復興作業はみるみるうちに片付いていった――。