ホロックス・ブラック・ボックス   作:ゆっくろ❀

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ラプラス・ダークネスの晩餐

――――時は少し遡る。

 

 冷え込んだ空気に起こされたラプラスは半目で辺りをキョロキョロと見回すと、『くぁぁぁ』と大きなあくびをしながら背を伸ばした。

 時計の針は両方ともてっぺんを通り越している。なかなか優雅な一日らしい。

 

「へっぷし! ぐずっ……んあ〜ストーブ消された! 今日はぬくぬく寝て過ごそうと思ったのによー。おのれ幹部」

 

 シンとしたストーブを睨みつけながら、乾いた喉を潤すべく冷蔵庫にしまってあったペットボトルを取り出す。

 ブツブツと文句を垂れながらキャップを開け、豪快にラッパ飲みで水をキメる。しかし空気が冷たいからだろうか、水も冷たくて頭がキーンとしそうになったラプラスは口を離し、頭を押えた。

 

「くぅ……こういうのは水に求めてねーし……ってやっば、これいろはのじゃん! ……まぁバレやしないか。うん、だいじょぶだいじょぶ……」

 

 ペットボトルのキャップに書かれた『いろは』の三文字を目にしたラプラスは、水を飲むのもそこそこにさっさとキャップを閉めて冷蔵庫へ仕舞った。

 

 今日は焼肉パーティーだ。鷹嶺には良い食材を買ってくるよう言いつけ、博衣にはいい感じの焼肉専用マシンを作るよう言ってある。

 風真は逃げたのか今朝早くに出かけていき、沙花叉は面倒くさがりながらも『パーティーならお菓子とかなきゃダメでしょ!』とかなんとか言いながら鷹嶺の後を追うように買い出しへ向かった。

 そして現在――パーティー考案者、ラプラス・ダークネスはと言うと、昼までぐーたらと寝て待っていたのだ。

 

「ま、果報は寝て待てって言うしな〜……げっ、灯油切れてんじゃん! 吾輩を凍死させる気か!? まさか新手のスタ……ん?」

 

 その時ふと、人の気配がした。さすがに灯油ポリタンクに怒鳴りつけていたところを誰かに見られたくはないが、どうやら客人のようで扉がコンコンとノックされる。

 

「コホン…………誰だ」

 

 ラプラスは精一杯の低い声で圧をかけていく。

 

「依頼をしたく、やって参りました」

 

 扉越しに、凛とした声の女性が話した。

 しかし今日は焼肉パーティー。依頼が入れば時間を取られてしまう。

 

「あー、悪いが今日は休暇を取っている。依頼なら明日……いや明後日にしてくれ!」

 

 どうせ二日酔いで倒れるだろうと、ラプラスは保険をかけておいた。

だが、それでも女性は引き下がらない。

 

「報酬は言い値で構いません。あなたの力を貸してほしいのです。ラプラス・ダークネスさん」

「なにっ!?」

 

 衝撃の発言にラプラスは硬直した。相手が自分の名を知っていたから……というわけではない。『報酬は言い値』……つまり言ってしまえば億でも兆でも良いわけだ。

 焼肉パーティーが少し延期になってしまっても、この依頼を達成すればもっといい肉が食べられる。そう確信したラプラスは、子供のような満面の笑みで扉を開け、女性を迎え入れようとした。

 

「それなら話は別だ! 中でじっくり話そうじゃないか!」

 

扉の向こうに立っていた女性は、夜空のように黒い髪を腰まで伸ばしており、透き通った声のイメージにあったスレンダーな体型だった。

 そして何より、その瞳に目が吸い寄せられる。

 冬の夜空を思わせる、アズールブルーの瞳――――

 

「ありがとうございます。では早速ですが……〝眠っていただけますか〟?」

「……えっ? うぁ……? なん、これ……お前っ、なにを……し……」

 

 途端に睡魔が襲ってきて、ラプラスは酷く重いまぶたを懸命に開こうとする。だが、抵抗虚しく眠りに落ちた。

 意識が落ちて倒れようとしたラプラスを、女性は片手で支えると抱き上げて扉を閉める。

 ラプラスを抱いたまま身を翻し、holoXのアジトを後にした女性の表情はどこか楽しげだ。

 

「たのしそうだな」

 

 声をかけられ、女性はピタリと歩みを止める。

 路地裏の影から出てきたのは、現代には似合わない和装の老人。しかし一概に老人と言ってもその体は老いを感じさせず、筋肉量が服の上からでも充分にわかる。

白髪を後ろで束ねたこの男は、いずれ風真いろはと対峙する剣豪だ。

 

「……そう見えますか?」

「ああ見えるとも。笑っていることだしな」

「笑ってる……そうですか。エンドポイントが見えたからでしょうか、少し……ワクワクしてきた気がします。これはおかしいですか?」

「おかしいところなど一つも無い。誰しも目的の完遂が迫れば、多少なりとも気が昂るものだ」

「それは……油断している。とも言いませんか?」

「そうかもしれんな」

 

 女性は深く考え込み、やがてひとつの決断をする。

 

「……アジトに潜伏し、彼女の仲間と思わしき人物は消してください」

「それは殺せという命令か」

「そうです。今後一切、誰かに邪魔されることはないようにしたい……なので、よろしくお願いしますね。……頼りにしてますよ、おじいちゃん」

「承知した。……しかしその子供、弱々しいが内にただならぬものを抱えている。くれぐれも扱いには気をつけるのだぞ」

「わかっています。私はもう、間違えない」

 

 そう言い残して去っていく女性を、老人は姿が見えなくなるまで見守っていた。――それが間違いであるとは言わずに。

 

「……人は間違えるものだ。俺も選択を間違えた。すまない、ミフユ――」

 

 

 * * * *

 

 

 パチッ――と、火花が散る音でラプラスは目覚める。

 暖炉前のソファーで寝ていた。少なくともアジトに暖炉はないため、どこかに連れてこられたのだろう。

 

 隣にある一人用ソファーには、アジトを訪問してきたアズールブルーの女が足を組んで座っていた。

 ティーカップを口に運び、優雅に飲む姿はこの状況ながら綺麗だとつい思ってしまう。

 

「――お早いお目覚めですね。もう一日ほど寝ていてよかったのですが……さすがと言いますか、洗脳の効きが悪いのでしょうか」

「そ、そうみたいだな……」

 

 昼までだらだら寝ていたのが功を奏したようだ。

 がしかし、危機的状況であることには変わりない。

 

「……お前、何者だ」

「そういえば名乗っていませんでしたね。私は《夜》の総帥、夜砥(ヤト)ミフユと申します。総帥同士、仲良くしてくれると助かります」

「誘拐犯の割には余裕そうだな。束縛くらいはするもんじゃないのか?」

「縛って痕でも付いてはいけませんからね。それに、逃げようとしても無駄ですよ」

「夜砥だったか……言うじゃないか。吾輩だっていくつか脱出プランはあるぞ」

 

 実際は脱出プランなど一つもないが、ラプラスはそんなハッタリを言った。

 するとミフユはティーカップを置き、ラプラスと視線を合わせる。

 あの目で寝落ちしたことは既にわかっているラプラスは咄嗟に視線を逸らすが、ミフユは気にせず口を開く。

 

「ここは地下、約八十メートルに位置する空洞です。かつては魔力を貯める貯力槽でしたが、長年放置されていたからか、私が見つけた時には溜まりに溜まった魔力が空間を変質していました。この暖炉やソファーも、元々ここには存在しなかったものなんですよ」

「なかなか信じ難いな……」

「あら、私にとってはあなたの存在の方が信じ難いものでしたよ。ラプラス・ダークネスさん」

「っ、お前は……!」

 

 と、くぅっとお腹が鳴って言葉を遮る。なぜこんな大事な場面でと、ラプラスは口を(つぐ)んで赤面した。

 

「ちょうどいい、そろそろ食事にしようと思っていたのです。あなたもいかがですか」

「て、敵と一緒に飯が食えるか!」

 

 忘れてはならない。ここは敵地だ。

 睡眠薬でも盛られては抵抗も出来なくなってしまう。

 しかし抵抗と言っても今のラプラスに出来ることは限られているため、ひとまず助けが来るのを待つしかない。

 

 すると、食事を断られ少し残念そうにしたミフユは指をパチンと鳴らす。

 残念そう、と言っても表情はさほど変わっていない。辺りの空気がそう感じさせた。

 

「ハンバーグもあるのですが……」

 

 一弾指の後にテーブルに現れたのは、なんとも豪華な料理の数々。

 肉や野菜がゴロゴロと入ったシチューや、焼きたてと思わしきパン。大きなチキンステーキに、熱々のデミグラスソースがトロッと肉の上を流れ落ちるハンバーグ――。

 

「わーいたべるー!」

 

 見るからに美味しそうなそれを目にしたラプラスは、一気に口の中で溢れた唾液をゴクリと飲み込み、子供のような笑顔でそう言った。

 

「えぇ、いただきましょう」

 

 テーブルに駆けつけ、真っ先にハンバーグにかぶりついたラプラスを暖炉の前でじっと見つめるミフユは、今度こそ表情を変える。

 

「よく食べてくださいね。これがあなたの、〝最後の晩餐〟……というものでしょうから」

 

 その呟きも、ハンバーグに夢中なラプラスには聞こえていない。

 暖炉の火による逆光の中、ミフユは口角を上げ、明らかな笑みを作る。

 魔力で変質した空洞も釣られるように歪みはじめ、部屋はまた異様に変化していく。

 〝客人〟を迎え入れる準備も整えておかなくてはならない。

 近いうちにここへやって来るであろう、《holoX》を迎え入れる準備を――……

 

「……夜はこれからですよ」

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