成人男性の握りこぶし程度の小型ドローン全六機は、尚も泥の肉塊――《タタリガミ》の周辺をホバリングしていた。
観察すればするほど気味が悪い。ホログラム映像から神らしさなど欠片もない神を見ていた博衣は、固唾を呑んで前線で戦う風真達に目をやる。
「ダメ、やっぱり通じない!」
鷹嶺が発砲した弾丸は、タタリガミの体をすり抜けて背後の木に当たって終わる。
それでも〝相手が攻撃してきた〟と認識したらしいタタリガミは、その場から動かずに細い手を伸ばして鷹嶺を掴もうとしてきた。
骨なんてものはないのだろう。肉は伸び続け、逃げ惑う鷹嶺を無数の手で追いかける。
「止まれぇぇぇ!!!」
鷹嶺を助けるべく、沙花叉は肉塊を狙って引き金を引く。
軽い発砲音と共に弾丸が発射され、空気抵抗で高度がやや落ちるもその肉塊を抉ることに成功した。
やはり、あちらの攻撃に合わせてカウンターするしかないようだ。
「当たれば柔いよ!」
「ナイスクロちゃん! 銃でもカウンターが効くなら、刀でもいけるはず……みんな分散して、囮になった人を周りが援護して隙を見てカウンターしていこう! ただし、相手には触れないようにね!」
博衣の作戦を聞いた四人は頷くと、一斉に走り出す。
「囮なら俺が適任だな! やるぞ侍ッ!」
「風真と呼ぶでござる!」
走る中、風真の背をトンっと叩きナツメはタタリガミの近くへ転移した。
すると泥の肉から生える手が一斉にナツメの方を向く。
(コイツ……!)
それは鷹嶺や沙花叉が放つ弾速よりも速かった。無数の手はナツメを捉えると、その全てが地を穿つように射出されていく。
だが弾丸をも避けていたナツメの転移ならば、それほどのものでも対処は出来る。
「チッ、やっぱはえーな!」
対処は出来ると言っても、初めの数回が限界だろう。
転移で避けても、その瞬間に伸び続ける無数の手はナツメの転移先へ折れるように急カーブし、ものの数秒で追いついてしまうのだ。
だから、五回目の転移で肉の手がナツメのスーツを掴んだのは当然だった。
ゾクリと悪寒が走る。あの細い腕のどこにそんな力があるというのか、スーツごと体を後ろへ引きずられる感覚があった。
直で触れたならば、どうなるだろうか。何かに汚染されて体が蝕まれていくのか、それともその怪力をもって全身をグチャグチャに丸められてしまうのか。そう思うと冷や汗が垂れ、スーツの上着だけ置いて転移することも忘れてしまう。
……もうダメだ。おしまいだ。
……勝てるはずがない。死ぬしかない。
……そもそも生きる意味がない。勝ったところでどうしようもない。
……終われば楽になれる。それでいいじゃないか。
そんな負の感情でナツメの頭が満たされた、その刹那――
「――
無数にあった手はそのほとんどが両断され、ボロボロと崩れ落ちていく。
声のした方を見てみれば、刀のリーチの何倍も離れたところから刃を振ったらしい風真の姿があった。
「い、今の……あの距離から……?」
「むっ。風真をナメるなよ〜? これくらい朝飯前でござる!」
「はははっ! そりゃ最高だ」
ナツメの頭を支配しようとしていた負の感情はなくなっていた。
頼れる味方は想像以上に頼れるものだ。
「奴に触れるな! そして過度に近付くな! 今俺スーツの裾掴まれただけで意識持っていかれそうだった!」
それだけ告げると、ナツメはもう一度転移する。
(アイツのコアはねーちゃんか……!)
タタリガミの正体。それは夜砥ミフユの残留思念体に、地上から流れ落ちた負の感情で出来た魔力がまとわりついたモノ。
怨念で肉付けされた残留思念体……それに個体名を与えるとするならば――《
「だけどよねーちゃん。いつだって手強いのは、知らねェ敵より知る味方なんだぜッ!」
今度の転移は的確だった。最低限に使い、最小限に移動――尚且つ、最大限に研ぎ澄ます。
共に居た時間が長かったからこそ、互いをよく知っているからこそ、相手のやりそうなことへの対処はいくつも思いつく。
それこそ、無数に。
「クロヱ、合わせるよ!」
「仕方ないなぁ!」
リロードを済ませた鷹嶺と沙花叉が神を狙う。
その目には、今も縦横無尽に木から木へ、地から天へと転移し続けるナツメの姿があった。
「……ッ! 熱源感知!? エネルギー集束――やばい、やばいってこれ……っ! みんな逃げて!!!」
博衣がそう叫んだ時には、肉塊は口のように大きな穴を開けて眩い閃光を放っていた。
それは掠っただけでも焼き消える、
しかし、それでも――――
「やってやるさ! ――本当の〝カウンター〟ってやつを見せてやるよッ!」
木々の間にひっそりと建つ鳥居から飛び降りたナツメは、その手に光を掴む。
魔力操作は得意ではないが、集めることだけならどうにでもなる。しかしそれでも、ナツメが持つ転移の魔眼では無理のある行動だ。
視界内のどこへでも転移出来るのは、自分自身と触れているもののみ。触れたものだけを転移することは出来ない。自分自身も共に飛ばなくてはならなかった。
だが、〝それでも〟とナツメは決意した。
ここで限界を越えなくては、姉など救えない。
ここで姉の残留思念程度に負けてしまえば、本人には到底敵わない。
――ナツメが行ったのは、言った通りの〝カウンター〟。相手の力を利用した一撃。
それは短い間でも、
自身が集めた魔力――〝それだけ〟を転移させ、神の胃にぶつけた。
元より限界値まで魔力を集束していたのだ。そこへ更に追加してやれば、当然のことながら許容範囲を超える。
そうなればあとは自滅するだけだ。
「オーバーフロゥだ、神っころ」
光が暴発し自らを焦がしたタタリガミだが、まだ足りない。ただの光程度では、神祓いは成し得ないのだ。
そんな死に損ないの神に向けて、親指で首を切る仕草をしたナツメは再び転移すると、トドメは任せたと言うように風真の肩に手を置く。
タタリガミの邪気に当たらない距離感は、もうわかっている。
「やっちまえ、風真ッ!」
刹那――――風真いろはは転移した。
「――色は匂へど、散りぬるを」
転移した風真は林の如く静かで、依然冷静だ。
納刀し、足を踏ん張り目前のタタリガミを見据える。
「――我が世誰そ、常ならむ」
震えながら、黒く細い手を伸ばすタタリガミ。
風真を掴まんとし、ドロドロと滴らせながら迫っている。
「――有為の奥山、今日越えて」
タタリガミの手が風真の髪に触れようとした。
「「邪魔するなッ!」」
鷹嶺と沙花叉が同時に引き金を引き、その手を撃ち抜く。
「――浅き夢見じ、酔ひもせず!」
強く一歩前へ踏み出すと、覇気が形となって風が荒れ吹いた。
「【色ハ歌・真・風斬】――ッ!!!」
太刀風が木々の枝を断ち斬り、奥の鳥居をも真っ二つにしたその一閃は――
『繧上◆縺励◆縺。縺ッ謨代o繧後∪縺励◆……』
『諢帙@縺ヲ繧九h……鬚ィ縺ョ蟄千矯……』
風真に斬られた泥の肉塊は固くなり、やがて崩壊した。
パラパラと砕けていく中、光の粒がいくつも天へ昇りゆく。
夜砥ミフユの残留思念体と思わしき姿が割れたタタリガミから現れると、ナツメはそれに向かってドッシリと立つ。
「悪いなねーちゃん。次も勝つ」
その言葉に、消えゆく残留思念体は『やれるものならやってみろ』と言いたげに不敵な笑みで返した――。
* * * *
タタリガミが消え、周辺の魔力が枯渇したからだろうか、木々も同様に消えて、コンクリートだけの殺風景な空間に変わる。
木があったところはコンクリートの柱に差し替えられており、まるで首都圏外郭放水路のような形になっていた。
「うわぁぁぁぁん! ビックリしたよほんとにぃぃ!!」
「こ、こよちゃんどうどう! 悪かったとは思ってるでござるよ!」
「うぅぅ……今回は上手くいったけど、いーいみんな! 危なくなったらダッシュで逃げてよね! こよの心臓が持たないからっ!」
わんわん泣きながら風真の胸に埋まる博衣は、そう怒りながらもホッとしていたし、半分『まぁみんななら大丈夫だろう』とは思っていた。
思ってはいたがやはり心配ではあったため、こうして溢れ出た涙や何やらを風真のサラシで拭いているのだ。
ちなみにこれが気付かれ、怒り返されるのにはこの後数分もかからなかった――。