音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
「ふーん……なるほどねぇ……」
廣井さんの登場で、少しだけ落ち着いた私は、二人に色んなことを話した。
グビッ、と廣井さんは飲んでいたカップ酒を飲み干すと、勢いよく容器を置いた。そして、目を見開いて口を開く。初めて見たような気がする廣井さんの瞳は、吸い込まれそうな魔力を帯びていた。
「……池揉ちゃん。才能っていうのは、そもそも理不尽なものなんだよ」
「……でも、私のは……」
偽物だから、と言おうとして、それも廣井さんに遮られる。
「じゃあ、本当は才能のない池揉ちゃんは、自分より上手い人には音楽をやらないでほしいんだ?」
「っ……それは」
そんなわけがない。果ては折れてしまった前世でも、憧れた偉大なアーティストを呪うことなど一度もなかった。
「……あー、あと……最初に会った時にさ、君のこと見る目あるって言ったけど……あれ、撤回かな」
そう言って、廣井さんが視線を促した先には、神妙な表情の大槻さん。
「……優菜」
「は、はい……」
「貴方のライブ、凄かったわ。確かに、今の私よりも……少し、ほんの少しだけ上だったのかもしれない」
「……っ」
「悔しかった。でも……それくらいいつものこと。この前の対バンで相手の方が盛り上がってた時もめちゃくちゃ悔しかったし……!」
「池揉ちゃんに励まされてたもんね〜」
「姐さんは黙っててください!」
私との実力差など、数ある挫折の一つにすぎない。今回も同じように、すぐに立ち上がってまた進むだけだと、彼女は言う。
「とにかく、私は……私達は一番になるの!それくらいの挫折なんかで立ち止まったりしない!それを……なんで貴方が分かってないの……!?私のファンなんでしょ……!?貴方がどれだけ巧くても……私は!その貴方をファンにした女なのよ……!」
「大槻、さん……」
……嗚呼、そうだ。彼女に惚れ込んだのは他ならぬ私のはずなのに。どうして、信じてあげられなかったんだろう。
「それに……私達は、SIDEROSはいずれビルボードチャート一位を取るの!その過程で誰かの夢を……貴方風に言えば、潰してしまうかもしれない……そんな私達の道も、優菜は否定するの!?」
「そんなわけ……」
そんなはずがない。これから紡がれる彼女達の伝説に、恥ずべきところなど一つもない。
「だったら貴方も堂々としていればいいの……!貴方の演奏を聴いたぐらいで折れるような奴らに遠慮する必要なんかない!」
「で、でも……」
「それでも気にしてしまうっていうなら──」
未だ踏ん切りがつかない私を見かねて、彼女は、その言葉を。
「これからは、私だけを見なさい!」
「……ぁ」
光を、眩いばかりの光を幻視した。
「私は、私達は、貴方がどれだけ凄かろうと絶対に折れない!一番に……貴方を超えて一番になるところを特等席で見せてあげる!」
崩れる。壊れる。生まれ変わる。確かに、世界が変わる音を聴いた。
「……簡単なことじゃ、ないよ……?」
「上等!私達の心配より、貴方はもっと大きく……追い越しがいのあるような壁になりなさい!」
壁に。SIDEROSが超えるべき最高の壁になる。その甘美な目標のためなら、それを大槻さんが望むなら、私は何だってできると、そう思う自分がいた。
「……っ!大槻さんっ!」
「うぉっとと」
感極まって、思わず大槻さんに抱きついてしまった。こんなに思い切ったスキンシップは初めてだとか、そんなことを気にする余裕もなく、想いのままに抱きしめる。すると、大槻さんが、控えめに口を開いた。
「……ねぇ、ところでその……前から思ってたんだけど……どうして私だけ苗字呼びなの……お、おかしくない?」
「え……みんなは後輩だから」
「そ、そんなの誰も気にしてないと思うし……だからその、私も名前で……」
照れながらそんなことを言う彼女があまりに愛おしくて……浮かんだ言葉が、何のオブラートもなく口をつく。
「……ヨヨコちゃん……大好き」
「……ん゛っ」
そうして、しばらくの間、私達は抱き合っていた。
「良いところ全部大槻ちゃんに取られた上に、若さをこれでもかと至近距離で見せられて……はは、今夜もヤケ酒だぁ」
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「……なんで手繋いでんすか」
「こ、これは……優菜がどうしてもって……」
「うん。私が繋ぎたくて」
「えぇ……いや、えぇ……?何があったんすか……」
ひたすら困惑しているあくびちゃん達に、私は浮き足だった心で……今思えば色々抜けた説明をする。
「だからね、私、ギターもベースもドラムも世界一上手いから!みんなそれを知ったらバンド辞めちゃうんじゃないかと思って!」
「……凄いこと言いますね……ドン引きっす……」
「ごめん!でも事実だから!」
「……キャラ変わりすぎっす……」
「ふふ、私達のライバルに相応しいでしょう」
「……ヨヨコ先輩。優菜先輩と何を話してたのか一から十まで詳しく話してほしいっす」
あくびちゃんに詰め寄られ、ヨヨコちゃんが私との会話を頭からつま先まで語る。みんなの反応は、私が心配しているよりも軽く……私が気にしすぎだったのだと、今になって気づかされる。
「もー!ヨヨコ先輩!また私達に相談しないで!」
「うっ……優菜をライバルにしてもよろしいでしょうか……」
ふーちゃんに責められ、今更事後承諾を求めるヨヨコちゃん。
「……まぁ、自分も優菜先輩と対バンとかしてみたいんで文句なしっす」
「幽々わぁ〜、今までよりも優菜先輩を観察できるなら文句はないですよぉ」
「ゆーちゃん先輩、よろしくね!」
そうして私は……みんなから認められ、改めて、SIDEROSのライバルとなる決意を持った。
「じゃあまずは手始めに……ネットでの活動を再開しようかな!……ほら!」
思い立った私は、スマホをいじって動画サイトのチャンネル管理画面をみんなに見せる。
「え、ちょ……『U7』って一年くらい前に失踪して死亡説も流れてた超大物じゃないっすか!」
『U7』。私が作曲活動を行なっていたアカウント。そのチャンネル登録者数は……500万人。
「ど、どどどドーム100個分!?」
「あれー、ヨヨコ先輩?絶対に折れないんじゃなかったんすかー?」
わいわいと、騒ぐみんなを見ながら、これからのことを夢想する。今日は、私が生まれ変わった日だ。
これからは、ヨヨコちゃんを……私の消えない太陽を、追いかけて生きていくんだ。
喉の腫れは猿空間に送りました