音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話   作:鐘楼

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A4.incomplete(後)

「今日もライブよかったよ〜、あの〜〜あへ〜〜……4曲目エモの塊!」

「今来ましたよね……?」

 

急に現れては、適当に褒め言葉を並べる酔っ払いに、結束バンドのドラマー・伊地知虹夏さんは「3曲しかやってないです」と白い目でつけ加える。が、思い出したかのように表情を変えると、感謝の言葉を口にした。

 

「あっ、ゲストで呼んでくれてありがとうございます!今沢山ライブしたかったので助かります!」

「いーのいーの」

「でもどうして私達を?」

 

そんな喜多さんの素朴な疑問に、尚も廣井さんは赤い顔で、ごまかすような笑い方で口を開く。

 

「朝起きたら送信履歴にはいってたんだよね〜、魔法みたいな事もあるもんだ!」

「酔っ払って誤送信しただけですか!?」

 

でもシラフでも結束バンド呼んでたよ〜、とヘラヘラとつけ加える廣井さんと、それをやんわりなじる結束バンドの二人だったが、その発言を許容できない人間が、この場にはいた。

 

「やっぱり適当だったんじゃないですか……」

「ヨヨコちゃん、抑えて抑えて……」

 

未だ、結束バンドがゲストを務めることを認めていない……いや、感情面の反発の方が大きいとしても、今の廣井さんの発言は、ヨヨコちゃんには看過できない。それゆえ、つい声を出してしまったのだろう。

 

「え?大槻ちゃん?」

「えっいや違います!」

「っていうか普通に池揉ちゃんいるじゃん!」

「お疲れ様です」

 

……あっさりバレてしまった。いや、私が大して変装していないせいかもしれないけど、この様子では多分ヨヨコちゃん一人でもすぐにバレてしまうだろう。

 

「───ッ!……そうです!私が大槻ヨヨコ!」

「えっ!?誰……?」

「……ちょっ……待って……着替えるから…‥分かんないよね」

「あっうん……」

 

いそいそと、半ば変装の為に着込んだ冬着を脱ぎ、下に着ていたいつものステージ衣装が露になる。どこからか「アホの子なの?」という呟きが聞こえた気がするが、それが彼女の可愛いところだ。

 

「これでわかった?」

「シデロスの……何でここに……」

 

やはり、真の姿を現したヨヨコちゃんはオーラがあるようで、結束バンドの面々は気圧されていた。特に後藤さんは、いつにも増して深く下を向いていた。

「え〜……大槻ちゃんまだ納得出来てなかった感じぃ?」

「そうです!」

「酔った勢いとはいえ、私結構考えてるけどなぁ〜」

 

そこで一度言葉を切ると、廣井さんは目を開け、普段のヘラヘラとした声色を消した言葉をヨヨコちゃんに投げかける。

 

「それとも何?大槻ちゃんは私の目が節穴って言いたいの?」

 

……こうして、気迫のある廣井さんを見るのは私に活を入れてくれた時以来だろうか。意識してやっているのかは分からないが、こういう時の廣井さんは有無を言わせぬカリスマがある。中々見れる姿ではないので、この場は貴重な場面かもしれない。

 

「そんな意味じゃ……」

 

廣井さんの気迫のある強い言葉に、元々責められるのには弱いヨヨコちゃんは一度押し黙る。そして、堪えきれなくなったのか再び声を張った。

 

「帰ります!結束バンド!私と優菜と姐さんのライブを台無しにするのだけは許さないから!」

 

バタン、と大きな音を立て、ヨヨコちゃんは逃げるようにスターリーを出てしまった。

 

置いていかれてしまったが、あれは勢いで出てしまっただけに見える。ヨヨコちゃんのことだから、私がついてきていないと気づいたら引き返してきて入り口の前で右往左往しそうである。

 

「からかうのやめろよ」

「何か真面目でかわいいからつい」

「ちょっと廣井さん!いい加減ヨヨコちゃんで遊ぶのやめてくださいよ!」

「あ……池揉ちゃん……ご、ごめんね〜……別に取ったりしないからさぁ〜」

 

そこでようやく、私に注目が集まる。ヨヨコちゃんやさっきの廣井さんと違って、私はああいったオーラみたいなものがあんまりないから、霞んでしまっていたのだろう。楽器を持った時の印象は全然違って見える、なんてあくびちゃんやふーちゃんは言ってくれるけど、本当だろうか。

 

「あなたはFOLTのスタッフさんでしたよね?」

「……はい、池揉です。お久しぶりです、結束バンドの皆さん」

 

喜多さんに声をかけられ、思わず仕事の時の口調がでる。いや、仕事相手みたいなものだし、これで良いかな。

 

「当日はね〜、池揉ちゃんにも一曲やってもらうから!」

「そうなんですか!?あ、たまにライブもするって前に言ってましたよね!」

「初めて聞いたんですけど……」

「あれ〜、言ってなかったっけぇ?」

 

……大した説明もしてないのか、この人。呆れた目で廣井さんを見ていると、いつの間にか至近距離で山田さんが私を見ていた。

 

「わっ!?山田さん!?」

「一緒にライブできるの、楽しみです」

「あ、あぁ……こちらこそ」

 

表情を変えず、淡々とそんなことを言う山田さんに、ついついペースが崩される。そういえば、彼女は私のライブを見たことがあるんだっけ。

 

「リョウ、池揉さんのライブ見たことあるんだ」

「うん。すごかった」

「リョウ先輩がそこまで言うなんて!私達も負けてられませんね!」

 

そうして、盛り上がる結束バンド。もうヨヨコちゃんの宣言で萎縮した雰囲気も吹き飛んでいる。空気感も関係性も良好で、音楽性の違いとは無縁そうで何よりだ。なぜか後藤さんは一言も喋らないけど、あれが“ぼっちちゃん”たる所以だろうか。

 

「そろそろ私もおいとましますね……ヨヨコちゃんも、口ではああ言っていますけど、皆さんのことを嫌っているわけじゃないと思うので……ともかく、ライブ、一緒に盛り上げていきましょう」

 

そろそろ出ないと、外で待っているであろうヨヨコちゃんが痺れを切らしている頃だろうから、そう挨拶して出口へ向かう。あ、でももう一言かけておこうかな。

 

「──あ、でも安心してください」

 

結束バンドさんはライブの経験もまだ浅いし、アウェーでライブするのも初めてだろうし。

 

「多少失敗しても、お客さんは私がみんな盛り上げた後なので、心配する必要はありませんから」

 

最後にそう言って、私はスターリーを後にした。

 

……案の定、ヨヨコちゃんはすぐ外で待っていて、何を話していたのかと詰め寄られてしまった。

 

 

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「あ〜〜、池揉ちゃん、あれで悪気はないから気にしないで……大槻ちゃんにもつい適当なこと言っちゃったし……ともかく、皆頑張ってね!」

 

池揉優菜が去った後のスターリーは、再び雰囲気が暗くなってしまった。

 

 

 

 

 




後藤さん、なんか喋りなよ〜(笑)

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