音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
最後のピース……ピアノのMIDIデータも無事一発で録り終え、ひとまずの息を入れる。まだ諸々のエフェクトを入れてみたり、楽器の音量バランスを調整したり、空間を意識してパンを動かしたりと、色々な作業があるが、どれも何年も前からこなしている慣れた作業だ。
『収録、終わったの?』
「……うん。ヨヨコちゃんはまた練習?」
0時を回り、SICK HACKや結束バンドとのライブが十数時間後にまで迫る夜。私はU7としての作業をこなしながら、ヨヨコちゃんと通話をしていた。もっとも、お互い音を出しているから、会話にならない時の方が多いけど、目的もなく、ただなんとなく繋がっている為の通話だから、それくらいでいいのだ。
『うん。いくら練習しても、足りないってことはないし』
ライブを控えた3日前あたりから、ヨヨコちゃんはいつもこうなる。緊張で眠れなくなり、その不安を誤魔化すためにひたすら練習に打ち込む。どうせ起きているならと、私が無理を言って繋いでもらっているのがこの通話だ。
「……もう、ちゃんと寝ないと本番で100%の力出せないよ?」
『……どうせ緊張で寝れないし。だったら、このまま必死に練習して、緊張したままライブして、その結果が今の私の100%の実力……優菜こそ、もう寝たら?』
「私は大丈夫だよ」
私も寝不足は人並みに辛いが、それは日常生活での話で……一度楽器を持てば、視界も思考もクリアになる……そういう身体を持っている。
『そういえば、明日使う音源もそうやって収録してるの?スタジオ借りて普通に録音すればいいのに』
「こっちの方が慣れてるし、スタジオに行かなくても家に機材はあるから……それに、ちょっとズルいかもしれないけど、後で小細工も入れやすいしね」
ヨヨコちゃんが言っている方法は、生演奏を録音してオーディオ音源を作るアナログな方法だ。対して、私がやっているのは、機械に繋いだキーボードや電子楽器で演奏し、いつどんな強弱でどんな音を出したかを記録したデータを作成する方法だ。最近のMIDI音源は凄いし、生収録のものを超えたクオリティを出せている自信がある。あと、私は一人しかいないので、生だと万が一パート1つでもズレると台無しだ。その分デジタルなら後で編集もしやすい。
『ふーん……明日、何弾くの?』
「ちょっとジャズっぽいピアノだけど、メインは私のバイオリン……みたいな。SIDEROSはいつも通り?」
『うん……って、毎回新曲の優菜がおかしいだけだから』
「あはは」
話しながら、ヨヨコちゃんの声が普段と比べて覇気がないのに気づく。……2日も寝不足なのだから、当然か。彼女なら空元気でも火事場の馬鹿力でも絞り出して明日を乗り切れるだろうが、やはり寝られるなら寝た方が良いだろう。
『……ねぇ』
「なに?」
『なんで、ライブで“U7”の名前を使わないの?』
「……それは」
私は、新宿FOLTでのライブパフォーマンスにおいて、まだU7の名前を使っていなかった。
「U7の力で集客したら、いつものお客さんがチケット取れなくなっちゃうかもしれないし……それに、ライブは売れたくてやってるわけじゃないよ」
『……優菜は、私達のライバルでしょ』
「……うん」
『じゃあ、私達と並ぶのに、U7の力は必要ないって思ってるんだ』
「……ヨヨコちゃん、私は全力でライブを……」
『バンド活動はステージの上だけじゃない。SNSや配信サービスも全力で使ってPRする……私はそうしてる。頂点を獲るために』
この点に関して、私とヨヨコちゃんのスタイルは対照的だ。彼女は順位や数字というものに、明らかに固執している。多分、そこなのだ。彼女がバンドを、音楽をする原動力がそこにあるのだろう。対して、私がライブをしているのは……たまには人前で演奏したいから。シデロスに近い場所にいたいから。ステージに立つ最高にかっこいいヨヨコちゃんに感化されたから。……いずれも、彼女のそれとは本気度が大きく違う。
『U7も含めて優菜の実力。出し惜しみなんかして欲しくない』
「……」
『だけど、分かってる……U7と今のSIDEROSじゃ、釣り合わないって……』
「……じゃあ、どうするの?」
『優菜がU7の力に頼らざるを得ないくらいに成長してみせる!それだけ、この話終わり』
「……そっか、楽しみにしてるね」
早口で言い切り、自分で完結した結論で締めるヨヨコちゃん。確かに、SIDEROSのライバルという立場なら、私のスタンスは失礼にあたるかもしれないと、少し反省する。
「ねぇ、私からも一つ聞いていい?」
『……なに?』
「結束バンドさん、上手くなってたのに……まだ気に入らない?……やっぱり廣井さん取られたから?」
『取らっ!?それだけじゃな……じゃなくて、そういうんじゃない……!』
「?それだけじゃないの?」
『あっ……』
しばし、沈黙が流れる。やがて、観念したのかヨヨコちゃんの微かな声が携帯から聞こえた。
『……優菜が』
「え、私?」
『優菜も結束バンドの方に行っちゃうんじゃないかって思うと……つい熱くなって……』
「…………わ、びっくりした」
思ってもいなかった答えを聞いて、しばしフリーズする。……普段のヨヨコちゃんなら、そういうことはこんなに素直に言ってくれないのだが……やはり、疲れているのだろうか。
ともかく、私は彼女に要らぬ心配をさせてしまったらしい。なら、その不安を解消させなければなるまい。
「……そんな心配必要ないよ。だって、約束だもん……私はヨヨコちゃんのことだけを見るから、だから──」
あの日、私がライバルになった時。いや、もっと前から私は……私の底まで照らしてくれた彼女に、心の大部分を占められている。
「ヨヨコちゃんが、私を敗かしてくれるんでしょ?」
『……うん……やく、そく……』
「…………あれ?ヨヨコちゃん……?」
途切れ途切れの返事が聞こえたかと思えば、そのまま声が聞こえなくなる。寝てしまった……いや、どうやらちゃんと眠れたようだ。
「……おやすみ、ヨヨコちゃん」
それならばと、私も眠ることにする。きっと、明日のSIDEROSはまた最高を更新するだろうと、そんなことを思いながら。
アニメ二期が来て、ヨヨコ先輩が出てきてからが本作の本領……
だと思いませんか
思いませんか……