音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
「ふ、ふーん……さっさすが優菜ね……ま、まぁ私には及ばないけど……私には及ばないけど!」
「ありがとヨヨコちゃん」
私はヨヨコちゃんとカラオケに来ていた。いつも勝手についてきてたからか、最近はヨヨコちゃんの方から誘ってくれるようになったのは、結構な進展だと思う。まぁ、最初から私が同伴することは満更でもなかったんだろうけど、だとしてもヨヨコちゃんが素直に自分から誘うのはハードル高めなので、そういう意味ではの進展だ。
普段と違うのは、私も歌っていること。クリスマスの日、SIDEROSが未確認ライオットでフェスを獲ったら私はU7としてライブをして……ついでにボーカルを解禁するという話になったのだが、ヨヨコちゃんが「どうせ歌うことになるんだから今のうちに喉を暖めておけ」と言うので、その言葉に甘えている次第だ。
ちなみに、あの日の後SIDEROSのみんなで集まったのは初詣に行った日だ。本当ならあくびちゃんとふーちゃんと三人で行くことになりかねなかったんだけど、当初乗り気でなかった幽々も私が頼み込んだら来てくれた。ヨヨコちゃんは何故か誘われていなかった。私が呼ばなきゃまたしばらく拗ねられるところだった。
「あ、私飲み物取ってくるね。ヨヨコちゃんは何がいい?」
希望を聞いて、部屋を出る。少し混雑していたので、遅れて部屋の前まで戻る。
「たまたま優菜が席を外してただけでヒトカラじゃないから!」
「大槻さん!?」
「それを勝手に勘違いして気を使ったのかもしれないけどあの態度はないんじゃないの? 後藤ひとり!とゆうかあれだけでヒトカラ来てるって決めつけるのが失礼じゃない? 貴方私がしょっちゅうヒトカラ来てる人間だと思ってるのかもしれないけどそんなことないから! いやヒトカラを悪く言ってるわけじゃないんだけど……」
「あっ、すみません……」
「どうしたの? ……あ、ひとりちゃんに喜多ちゃんだ」
何事かと思えば、ヨヨコちゃんが一人で盛り上がってるところをひとりちゃんに見られたらしい。それだけで押し掛ける? とは思うけど、ヨヨコちゃんにとって見栄はとても大事だから……。
それから、喜多ちゃんの厚意でご一緒させてもらうことになった。基本的にSIDEROSのみんなはヨヨコちゃんのカラオケに来てくれないから、実は貴重な機会だ。
「それじゃ大槻さんもなにかどーぞ!その次は池揉さんが!」
「いいの? じゃあお言葉に甘えちゃおっか」
「気は乗らないけど……」
そう言うヨヨコちゃんは、口と顔では嫌がる素振りを見せていたが、内心乗り気なのが分かる手早さでSIDEROSの曲を入れ、機器を私に渡した。
「じゃあ私のバンドの曲でも……」
「え〜〜!カラオケに入ってるんですか!?」
カラオケの曲は、それなりの数のリクエストがあれば配信される。ちなみに今ヨヨコちゃんが入れた曲は身内に頼んで票を入れてもらって配信にこぎつけたものだ。私は言われなくても全曲に票を入れている。
「あっでもリクエスト申請したら入れてもらえるみたいですよ」
「じゃあ私達の曲も入れてもらいましょうよ!」
そんなことを考えていると、ふと気になって、手元の機器で“U7”と検索してみるが……私の曲は入っていなかった。いや、流石に登録者が500万人もいてリクエストがないなんて……あ。
「ふん!それにはたくさんの人のリクエスト票が必要だけどね」
「なら無理かしらね」
そういえばU7って、面倒で著作権関連の契約に手をつけていないんだったっけ……じゃあ、どれだけリクエストがあってもカラオケの配信はされないし、それどころか歌ってみたも弾いてみたも私が許可を出してないから違法で……ちょっと考えるのやめよう。
「……って、池揉さんどうかしたんですか?」
「……いや、なんでもない……だいじょぶ……」
つい問題を先送りにしてしまったが、こういうところは私の悪い癖だと自覚はしている。音楽から外れた煩雑なことには中々手が動かないのだ。ちなみに、私は昔U7の収益が大きくなった年、一度税金関連で大やらかしをしている。
そんなことを考えていると、ヨヨコちゃんが歌い出す。いつも通り、十代トップクラスの名に恥じない素晴らしい歌唱だ。
「はい」
「大槻さん、さすがだわ〜」
「あ、そういえば次私だったね……」
渦を巻いていた思考は、マイクを持った瞬間に霧散する。才能の力で、身体が調整された感覚だ。適当に歌われている曲から選んだので、一、二度しか聴いたことがない上、男性ボーカルの曲だったが、何も問題はない。
私の音域は低音対応の6オクターブなのだから。