音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話   作:鐘楼

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A9.回春(前)

4月。寒さも過ぎ去ってきた今日この頃の池袋を、一人闊歩する。今日はバイトも、人との約束もない日だ。

 

さすがの私も、SIDEROSのみんなといつも一緒というわけにはいかない。例えば今日なんかは、今頃スタジオで練習に励んでいるところだろう。一応は部外者である私が、邪魔をするわけには……いや、結構な頻度でお邪魔しているけど、節度というものがあるわけだ。

 

こういう日、私がやることと言えば、家でU7の曲を作るか、一日中楽器を触っているか……或いは、今日のようにチケットの取れそうな初見のライブハウスに赴くかの三択だろうか。

 

というわけで、丁度ライブの予定がある池袋のライブハウスに向かって歩いているわけだが、こうして一人で歩いていると、色々なことを考えてしまう。

 

例えばそう……進路とか。以前ヨヨコちゃんとあんな会話をしておきながら、私は二ヶ月ほど前までこの件についてかなり悩んでいた。

 

現在私は、通信制高校に在籍している。これは、一度音楽を辞める前の当時の私が、『高校進学に必要性をあまり感じないが、それはそれとして高卒という肩書きの重要性は理解している』という考えのもと、バランスをとって出した結論で、間違いだったとは思わない。

 

それで、二ヶ月と少しほど前の話だ。いつにも増してそわそわしたヨヨコちゃんが、不自然な流れで進路について聞いてきたり、これ見よがしに芳大のパンフレットを置いていったり。彼女らしくやはり明言はしないが、その意図は明白だ。

 

……正直なところ、かなり悩んだ。一度音楽から離れれば、私もただの人。受験には相応の労力が必要な上、成績優秀なヨヨコちゃんらしく、芳文大学はそれなりに良い大学だ。けれど、私には前世での貯金がある。狙えないレベルではなかった。

 

だからこそ悩んだのだが、結局進学を目指すことにした。U7の活動を義務として捉えるなら、忙しいと言えなくもないし、音楽以外に時間を使いたくはないのだが……それは、ヨヨコちゃんも同じなのだ。彼女が飲み込んでいる不利を、言い訳にはしたくない。

 

それに、私がヨヨコちゃんと同じ目線で同じ目標を見られる機会は、他にはないと思った。

 

いや、大学はそんな動機で目指すものじゃないとか、もし私のせいで本当に入りたかった人が落ちたらとか、そういう思いもあったが、私は既にヨヨコちゃん以外は見ないと決めた身。やりたいようにやるだけだ。

 

なんてことを考えていると、目的のライブハウスに到着した。

「当日券お願いします」

「本日はどのバンドを観に来られましたか?」

「特に決めてないです」

 

中に入れば、人はそこそこに……居るものの、少し空気に違和感を覚える。雑多、と言えばいいだろうか。とはいえ、ライブハウスの色なんか多種多様なのだから、こういうハコもあるのかと一人納得し……そこにいた見覚えのある人物に目が留まった。

 

「あ、STARRYの店長さん」

「無自覚傲慢彼女面娘……」

「え、それ誰のことですか?」

 

比較的人の少ない端の方に移動すると、何故かコソコソしているSTARRYの店長さん……伊地知星歌さんを見つけた。クリスマス以来だろうか。

 

「奇遇ですね。ライブとかよく見に来るんですか?」

「いや……なんだお前、知らないのか……出るんだよ、あいつ等が」

「……え、結束バンドですか?」

 

……未確認ライオットの予選はネット投票。知名度で劣る結束バンドは少しでも多くの箱で多くのライブをしたいところだろうから、その線か。

 

「聴いてください『憂愁の鐘』」

 

丁度、今日のトップバッターであるくたびれたスーツの男性が、自己紹介を終えて演奏を始める。内容は、哀愁漂う弾き語り。確かな実感が籠った歌詞には思わず感情を揺さぶられる。あの歳でギターを始めたと言っていたが、それにしてはかなりの才能が……って、それは良いのだが。

 

「……この空気で結束バンドが出るんですか?」

「……このライブハウス、方向性無視して目についたアーティストを適当に呼んだだけのブッキングするから評価悪いんだよ……虹夏には言えなかったけど」

「なるほど……」

 

ブッキングライブ。ライブハウス側が企画する形式のライブで、方向性が近いバンドを集めて相乗効果を狙うのが一般的だが……どうやら、ここの企画者はお世辞にも真剣とは言えないらしい。ちなみに、今のところ私はFOLT以外でライブをするつもりはないので、基本的に出演依頼は断っている。

 

「まぁでも、多少ハードルは上がるかもしれませんけど、別ジャンルのファンを稼げる良いチャンスじゃないですか」

「多少って……そうは言うけどな」

「空気なんて塗り替えれば良いだけじゃないですか、私いつもそうしてますよ。あ、次アイドルですよ」

「すごいなお前……色んな意味で……」

 

次にステージに上がったのは、メンバーが黒髪で統一された地下アイドル、天使のキューティクル。前の方に彼女達のファンらしい、はちまきを巻いた一団が息のあったコールで盛り上げている。固定ファンも多そうで、かなりレベルが高い。そもそも、オリジナルの曲がある地下アイドルは結構な上澄みだ。

 

やがて、天使のキューティクルがパフォーマンスを終える。

 

「次はロックバンドか」

「ロック聴かないしな〜……」

「このライブ何でジャンルがバラバラなの?」

 

次はいよいよ、結束バンドの出番だ。

 

「こんばんは!結束バンドですっ!」

 

 

 

 

 




研究結果:傲慢力が高まると感想が増える
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