音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
「今日は来てくれてありがとう!いきなりだけど、メンバー紹介いきますっ!」
景気良くドラムを鳴らし、快活な声でMCをする虹夏さん。少なくとも傍目からは、空気感に負けているようには見えなかった。
「ベース、山田リョウ!」
続いて、リョウさんが自信に満ちた表情でベースをかき鳴らす。変わらず、高いレベルで安定した演奏だ。それも相まって彼女に見惚れている観客も多そうだ。
「先輩、ソロ演奏なんて滅多にしないから心なしか嬉しそうだわ……!」
「今日は私達の演奏で疲れた心を癒やし安らぎのひと時をお過ごしください……」
「何いってんだこいつ」
そんな観客の様子に満足したのか、リョウさんがすごい得意気な顔で何か言っている。ここはステージから遠くてマイクが入っていない声は聞こえないが……そんなリョウさんに喜多ちゃんや虹夏さんも何か言っていて、ともかく雰囲気は良好と言えるだろう。
「リードギター、後藤ひとり!」
そして次は、ひとりちゃんのギター。その音色は確かな成長を……いや、どちらかと言えば……あの時動画で見たギターヒーローの片鱗を感じさせるものだった。ソロだから、そう聞こえるのだろうか。
「ギターやばくね?」
「生粋のメタラーである俺まで痺れさせるとは一体何者……」
周りのお客さんからも、彼女の技量に対する驚きの声が上がる。そんな反応に対してひとりちゃんは……こっちに背を向けて虹夏さんの方を向いた。
「あっ……うへ……へへ……」
「客に背を向けるな!あと長い!」
……でも演奏以外のところでは、未だに残念というか何というか。
「ぼっちちゃんもういい!え〜ボーカル喜多ちゃん!」
「はーい!」
ひとりちゃんの演奏が切り上げられ、最前に立つ喜多ちゃんが軽くギターを鳴らす。さすがにひとりちゃんに比べれば見劣りする……が。
「不思議なライブだけど、これも何かの縁! 今日はみんな一緒に楽しみませんか!」
ボーカル用のマイクから響く明瞭な声と、様になった可愛らしい笑みは、喜多ちゃんの唯一無二の武器。現に、彼女のMCで前列の客中心に確実に良い空気になっていた。私やヨヨコちゃんにはできないやり方だ。
その後、ひとりちゃんが唐突に歯ギターの真似事をしてその空気を急速に冷やしたけど。あれ、私もできるけど危ないからやりたくないんだよね。
「じゃあ一曲目やりまーす」
そうして、結束バンドの演奏が始まる。以前ライブを共にしてから、四か月ほど。映像で初めて見た彼女達のライブと比べて、劇的なまでの成長だ。これなら、未確認ライオットでも通用するかもしれない。
……と、私が聴き入っていると、横でドン、と人と人がぶつかった音が耳に入ってきた。
「あっごめん……」
「げっ……ぶりっこメルヘン年齢鯖読みライター……」
「出会い頭にそんなすらすら暴言出る!?」
「いや全部事実だし……」
見れば、星歌さんと黒髪の知らない女性が軽い口論になっていた。かと思えば、次の瞬間には星歌さんがその女性にヘッドロックをキメていた。
「それはそうとお前何で来てんだよ」
「あたしは暇があればなるべく色んなライブ観るようにしてんの……」
「お前が余計な事言ったせいであいつ等気にして……」
「べっ、別に嘘は言ってないでしょ! ギターヒーローさんが才能を無駄にして結束バンドで燻ってるのもったいないじゃん」
そこまでの会話で、私はこの首に包帯のようなものを巻いた幼く見える女性の正体に見当がついた。
「あぁ、貴女が結束バンドに“ガチじゃないですよね”って言ったライターさんですか」
「って……そういうあんたはFOLTの変態バイオリンじゃない」
「え、なんですかその知られ方」
「通の間じゃ有名よ? シデロスの代役でちょっとバズった奴がソロでやるって話で集めた客を纏めて深みにはめて固定ファン獲得。とんでもないリピート率を誇る癖して、二度と同じ曲は演奏しない。その上MCは八割シデロスの宣伝だし。自分の宣伝はしてないみたいで知名度はそこまでだけど、その分濃いファンがついてるらしいわね」
「お前そんな奴だったのか……」
「そんなことになってたんですか……」
「何でお前が驚いてんだよ」
そんなこと言われても、本当に初耳だ。SNSのアカウントは一つ持っているが、それはSIDEROSのみんなの投稿を見る為だ。私はヨヨコちゃんと違って、エゴサとかはしないし。
でも、そうか……軽く考えていたけど、2回目のライブからチケットノルマを払うどころか店長さんから収益を貰えるようになったのは、その固定ファンの人たちのおかげなのか。
「まぁ、私の事は良いとして……凄いですよね、結束バンド。あなたも、ひとりちゃんの才能が無駄になっているとはもう思っていないからここに来たんですよね?」
「……この前、たまたま路上ライブ見て……それで考えが変わった。あの時はギターヒーローさんの才能に、他のメンバーがついていけなくなるって、思ってたけ……ど……」
おかしなタイミングで言葉が詰まり、何事かと顔を見ると、星歌さんと揃って同じ方を見ながら固まっていた。その視線の先には、軽薄そうな男性が何やら寝言を呟いていた。
「え〜そろそろお店以外でも会おうよ〜……いつも同伴してるのに……」
「いいライブ
「真剣に
やってんだからちゃんと見ろ!!」」
次の瞬間、二人はすごい剣幕でその男性に掴みかかっていた。どうやら、あの人が噂の不真面目なブッカーらしい。
「あのさぁ、この箱あんたが適当なブッキングするから評判散々よ?たまにいるのよね!スケジュール埋め優先でバンドのことなんて考えてないブッカー!」
「すっすみません……」
「……お前って意外と嫌味なだけのやつじゃないんだな」
「あたしはバンドに対してはいつだって真面目よ!」
と、星歌さんがライターさんを見直したように、私の中でも彼女への評価が上がっていた。バンドというものには真摯に向き合っているようだし、結果的に、結束バンドに発破をかけたのは彼女ということになる。ライターというのも、音楽好きが転じたのだろうか。
「にしてもいいドラムね……アウェーなライブの空気を一変させたわ……」
その言葉で、私も意識をステージに戻す。一皮剥けたというか、結束バンドは一段上のステージに昇ってきたと感じさせる、素晴らしい演奏だ。
「ラスト!新曲やります!『グルーミーグッドバイ』!」
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ライブが終わり、足早に去っていくライターさんと、こっちに……星歌さんに向かって小走りでやってくる虹夏さんを見て、私も帰ることに決めた。
「それじゃ、私はこれで」
「良いのか?」
「私、偶々いただけですし」
それに、姉妹の空気に水をさすわけにもいかないということで、私は足早にライターさんを追いかけに行った。
「おねーちゃん!……あれ、池揉さんといたの?」
「あぁ……偶然な」
読み込みで俺の3巻がボロボロや