音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
『渋谷〜』
今日はSIDEROSの練習の日。早速参加することになった私はみんなと慌ただしくスタジオに向かっていた。
「ほら! 早くしないとスタジオ遅れるよ!」
ヨヨコちゃんのそんな声に従い、渋谷駅を進もうとして、見覚えのある顔が目に留まる。それは向こうも同じだったようで、彼女は一瞬硬直した後、凄い勢いで首を180度反転させた。
「ダイナミック回避!」
首からすごい音が鳴っていた。
「後藤ひとり! なんで毎回無視するのよ、ちょっと傷つくんだけど! ちょっとだけね!」
「あっいや……」
目が合ったと思えば気づかなかったフリを敢行し、今も頑なに目線が下を向いている少女、後藤ひとり。ついこの前ステージで見たばかりだが、話すのは結構久しぶりだ。
「ぼっちさんこんな所で何してるんすか? ウチら今からスタジオ入るんで良かったらどうすか?」
「わ〜たのしそ〜来て来て〜!」
「あっはい!」
……威勢よく返事をしているが、私はひとりちゃんの顔が強張っているのを見逃さなかった。反射で返事をしてしまい、撤回しづらい空気になって後に引けないといったところか。……私もひとりちゃんの話を聞いてみたい気もするし、無理に助け舟は出さなくてもいいかな。
「ちょっと勝手に決めないで!私は嫌だからねっ」
「面白そうでいいじゃないすか〜」
「良いじゃん、私だけメンバーじゃないのも気まずいし」
「……ゆ、優菜……そんな風に思って……」
「……あ」
あくびちゃんに同調しようとしたが、乗り方が悪かった。拗ねかけのヨヨコちゃんに弁明をしている間、ひとりちゃんは居た堪れないといった風だった。
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「ちょっと、時間もったいないから早く準備してよね」
「あっはい!」
スタジオに入るや否や、黙りこくってスマホのホーム画面を無意味にスライドさせていたひとりちゃんが、ヨヨコちゃんに注意される。
「えっあっじゃあギターから音出しワンツー……」
「なんで貴方が仕切ってるの!」
……見てられない。やっぱり無理に誘うべきじゃなかったのかな。顔すごいことになってるし。
「やっぱ来るの嫌でした? 無理やり呼んですいません」
同じことを思ったのか、あくびちゃんが申し訳なさそうにそう話しかける。そんなあくびちゃんにつられて申し訳なさそうな顔をしたひとりちゃんは、少し考え込んだかと思えば唐突にあくびちゃんの顔に手を当てた。え……?
「あっかわい……っ、肌……白……ぐふっ……ロインID教えて……?」
「距離の詰め方えぐいっすね……」
お、面白い子だなぁ……。
「やばい人連れてきちゃったかもっす……」
「そんな事言ったら失礼だよ!」
あれよあれよと、唐突に焦点の合わない瞳で創作の過激なナンパみたいなことをしだしたひとりちゃんに、みんなが距離をとる。
「ふーちゃん後ろに……!」
「幽々貧血なんでセッションまで休んでます〜」
「あっあっ」
そして、話し相手をなくして右往左往するひとりちゃんは、私の方にやってきた。けれども、話しかけてくるでもなく、何故かニヤニヤと作り笑いを浮かべてくるだけだ。
見かねて、先のライブについて話してみる。
「……池袋のライブ、見てたよ」
「えっあっ、そうなんですか?」
「うん。ずっと上手くなってたし、それに相応しいくらいの盛り上がりだった」
「あっありがとうございます……で、でも……」
そこで、ひとりちゃんは言い淀んだ。そういえば、駅で会った時も落ち込み気味だった……気がする。その原因には心当たりがあった。
「……中間結果?」
「あっ……そ、そうです……」
未確認ライオットのネットステージを突破できるのは、100組中30組。それを決めるネット投票において、結束バンドは48位だったのだ。ついでで確認したが、当人達は焦っているだろう。応援したいけど、当然私の票はSIDEROSに行くし……やらないけど、もし私が結束バンドに票を入れたらヨヨコちゃんが今日の比じゃないくらい拗ねそうだ。ちなみに、SIDEROSは3位。
……まぁ、その事に関しては色々な意味で私に言えることはない。
「……とにかく、今は練習しよ? ほら、ギターの準備して」
「あっはい……あれ、池揉さん……」
ギターを手に取ったひとりちゃんの目が私の手元に留まる。そして、ごく当然であろう疑問を呟いた。
「それ、ベース……」
創作の過激なナンパ(喜多のまねのつもり)