音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
「ひとりちゃん、遠慮しないでいいからね」
「えっあっはい」
なぜ私がベースを携えているのかというひとりちゃんの疑問を「いいからいいから」と流し、二人で軽くセッションしてみることにする。こういう時、実際にやってみせるのが一番早いということを私は知っていた。
ついでに、一切遠慮は必要ない、ソロのつもりでやってくれというオプション付きで。十中八九、ひとりちゃんは人に合わせるのは苦手だろうし、ましてや初めての相手だ。下手に合わせようとすれば、彼女の良さは霞んでしまうだろう。
そして何より、私も結束バンドの後藤ひとりではなく、ギターヒーローを乗りこなしてみたかった。
「じゃ、いくよ」
演奏が始まるも、ひとりちゃんは私の言葉をそのまま受け取っていないのか、遠慮がちに私を伺う演奏をする。だけど。
「……!?」
それなら、この手で本性を引きずり出すまで。ベースは標、私が刻むリズムと共に演奏するということは、大木に身を委ねるような安心感をもたらし、自らの上達を錯覚し……やがて、調子に乗る。
「──っ!」
……これが、ギターヒーローか。正しく音に夢中になっている今のひとりちゃんは、最早私への遠慮など微塵も持ち合わせていない。それどころか、私を置いていかんばかりに突っ走る、嗜虐的な独奏状態。
上等だ。音に癖を聴き、私の方から彼女に寄り添う。今だけは、ギターヒーローの独壇場を支えるステージになってやろうではないか──
──やがて。あまりに短い合奏が終わる。
「──あっ、ごっごめんなさ」
「気持ちよかった?」
「……は、はい……」
弾き終わった後、少しの間呆けていたひとりちゃんが申し訳なさそうにそう答えた。……さっきのひとりちゃんの演奏は、それはもう暴走も良いところで、普通ならついていけないだろう。だからこそ、彼女の中のギターヒーローが見れたのだが。
「いいよ、そうなるように弾いたのは私だし。あ、リョウさんに同じこと求めちゃダメだよ?」
「わっ分かってます! ……あの、池揉さんは一体──」
「あの〜お二人とも、そろそろみんなでやらないっすか?」
「あ、ごめんごめん。ほら、ひとりちゃんも」
「はっはい」
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「い、池揉さんって、ベースも弾けたんですね……しかもあんなに上手く……」
「ベースだけじゃないよ。ギターもドラムも、あれくらいはできるかな」
「え゛っ」
「今日ベースを持ってきてるのは、幽々に頼まれて……って、ひとりちゃん?」
「いいいいイキってすみません……」
「え?」
全体での合わせを終え、休憩をとりながらひとりちゃんとそんな話をする。あ、なんか泡吹いてる……。
「おーい、ひとりちゃーん?」
「…………はっ」
ずっと泡を吹いたままだったので少し揺すると、まるで夢から覚めるようにひとりちゃんが戻ってきた。この子、すぐ自分の世界に入るから言動に突拍子がないな……心の中は賑やかだったりするんだろうか。
「あっあの、結束バンドの為に私ができることってなんだと思いますか!?」
「え?あー……未確認ライオットのこと?」
「そ、そうです」
……ひとりちゃんとしては、ライブ審査の場に立てるかどうかの瀬戸際で居ても立っても居られないんだろう。ただ、そんな彼女の迷いに対する答えを私は持ち合わせていなかった。
「うーん……そういうのは私よりヨヨコちゃんに聞いた方が良いんじゃないかな……私、バンド活動はしたことないし」
「……あの、池揉さんってバンドやったりしないんですか……?」
「私?」
私がバンド……正直言って、さほど興味はない。なぜかと言えば、今のままで充実しているからだけど……あ、あった。もっと大きな理由が。
「自信がないんだ」
「え? ……はい?」
「結構前のことなんだけどね、私、SIDEROSと一緒にライブしたことがあるんだ。すごく楽しかった」
「? ……そうなんですか」
「だけど……それはそのライブが特別な時間だったからなんじゃないかって、つい思っちゃうんだ」
「はぁ……」
「だから、もし人とライブをやるのが当たり前になって、ふと夢から醒めてしまった時、私は──」
……バンドっていうのは、みんなの個性を重ねた音で、そのバンドだけの色を持つ音楽を作っていく……少なくとも、それが理想だと私は思っている。だけど。
「『これなら全部私で良いじゃん』って、思わない自信がない」
「───」
そう思ってしまった時、私は大切だったバンドを自分の手で壊してしまいそうで、怖いのだ。
あ、単純にSIDEROSの追っかけをしている時間の方が大事だというのももちろんある。やっぱりそっちの方が大きいかもしれない。
後藤ひとり、絶句──
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