音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
未確認ライオット、ライブ審査当日。
本当なら私は、前にライブで着た特製の服……SIDEROS激推しを全身で表現した衣装に身を包んで応援の準備をしているはずだった。
だが、実際には会場の準備で忙しなく動いている私の姿があった。というのも、ライブ審査は新宿FOLTで行われることになり、バイトとはいえFOLTのスタッフである私も手伝いに駆り出されているのだ。まぁ、それは全く構わないのだが。
「いげッ……おは……ッ……もッ……ぢゃ……ッ」
「…………廣井さん、店長が水を買ってくるまで待っていてくださいね」
空のパック酒に囲まれて、仰向けに倒れながら何か呻いている廣井さんを適当にあしらうことは、多分業務に含まれていないはずだ。
今日は普段FOLTに来ない人もたくさん来るだろうし、本当なら今すぐ追い出すべきなのだが、何の間違いなのかこの人もといSICK HACKは本イベントのオープニングアクト、ゲストなのだ。なぜか。
ちなみに声がカッスカスで何を言っているのか分からないのは酒やけのせいである。日常茶飯事だけど。
「水買ってきたわよ! 生き返って〜〜!」
「業務外で足引っ張られてる!」
ようやく店長さんが水を持って帰ってくると、聞き覚えのある声もそこにあった。
「あ、池揉さん! 準備お疲れ様です!」
「虹夏さん」
店長と一緒にやってきたのは、ひとりちゃん達結束バンドだった。四人揃っているのを見るのは実は久しい。
未確認ライオットのネット投票において、中間発表では当落線を下回っていた結束バンドだったが、最終順位では見事30位圏内に滑り込み、無事ライブ審査へと駒を進めていた。それに一役買ったのが、あの時ぽいずんさんが書いていた記事だという話らしい。ぽいずんさん、やっぱり良い人だよね。
「それで、なんでこの人は大事なライブの日にこんなお酒飲んでるんですか?」
「さぁ……」
「なんで運営さんはこんな人をゲストに!?」
本当になんでなんだろうか……? これならもう私が軽く演奏した方がマシなんじゃないか、なんて思っていると、水で少し喉が回復したらしい廣井さんが声を出す。
「……まだ未来のある失敗してもやり直しがきく若者達を見ていたら飲まずにはいられなくなって……」
などと、涙を流しながら語る廣井さん。まさに今若者達の邪魔をしている自覚があるのだろうか。
「やり直したい……」
「これ人選ミスでは?」
「廣井さん、早くそこどいてください」
いつまでも床に寝そべられては邪魔で仕方がないので、さっさと立って楽屋の方へ行くように促す。
「にしても普段のライブでは見ないような人もちらほらいるね……」
「主催のお偉いさんとかレーベルの人とかいてなんだか堅苦しいわよね〜。あまり意識せずやっちゃいなさいね」
忙しいながらも、店長さんは結束バンドに向き直り、エールを送る。
「ちなみにあたしも審査員の一人。身内だからってもちろん贔屓なんてしないわよ。だって、そんな事しなくても結束バンドは客を魅了できるもの持ってると思うからね」
「はい!」
そんな店長の言葉に、虹夏さんが元気よく返事をする。私も、何か言葉をかけておくべきだろうか。まぁ、店長みたいな激励を言える自信はないけど。
「……では、皆さんはあちらの楽屋の方へ。……ヨヨコちゃんが知らない人だらけで緊張していると思うので、声をかけてあげてください。それから──遅れたけど、ライブ審査進出おめでとう。今日ここに来ているバンドはどこもレベルが高いけど、結束バンドも遜色ないと思う。良いライブを見せてね?」
「っ!……うん!」
そうして、私に背を向ける結束バンド。……結局、一回もひとりちゃんと目が合わなかったな……少しは仲良くなったと思っていたのは私だけだったのか……?
「ゔぅ……若者の絆……ダメだ、もう一杯飲も……」
「廣井さん、それに口つけたら持ってるお酒全部捨てますからね」