音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話   作:鐘楼

36 / 47
A12.examination(後)

「いいバンド揃ってるじゃん。楽しみだね」

「ね〜〜〜ッ!」

「そうですね……」

 

予選を勝ち抜いた指折りのバンドがリハーサルをしているのを、廣井さんと店長と眺める。こうして見ていて一際目を引いたのは、ぽいずんさんの事前評価通り『ケモノリア』。キーボード兼任のボーカルのカリスマが目を引くエレクトロロックバンドだ。

 

ここからファイナルステージに進めるのは、たったの二組。この場に集った選りすぐりのバンドに対して、あまりにも狭き門。それでも、ヨヨコちゃんが……SIDEROSが勝ち抜くことを、私は疑っていなかった。

 

根拠は、ミュージシャンとしての分析でも、才能の力でもない。ヨヨコちゃんが必ず勝つと言ったのだから、私はそれを信じるだけだ。

 

------------------

 

『全国の十代バンドからまだ見ぬ才能を発掘するこの未確認ライオット!今年も3000を超えるバンドが応募してくれたぜ!』

 

リハーサルも終わり、未確認ライオットのライブ審査がいよいよ始まろうとしていた。一般の客も入り、私はその対応をしつつもMCを聞いていた。

 

『君たちが次世代バンドの目撃者になるんだ!最後まで楽しんでいってくれ!じゃあオープニングアクトはゲスト・SICK HACK!会場を温めてくれ!』

『うぇ……二日酔いなんでエチケット袋持ちながら歌わせてもらいます……吐いたらごめん……』

 

……初見のお客さんも多いというのに、廣井さんは完全に平常運転だった。現に、多数の客からドン引きの声が上がっている。FOLTの評判に響いたらどうしてくれるんだろうか。

 

「あれ、店長と……」

「……あ」

「あ、池揉ちゃん、聞いて聞いて〜」

 

不意に、店長さんが誰かと話し込んでいるのが目に入り、近づいてみれば、その相手はぽいずんさんだった。

 

「この方、今日取材で入ってる記者さんなんだけど〜!」

「こんにちは、ぽいずんさん」

「やみって呼んでって言ったでしょ」

「あら〜、知り合い?」

「色々あって仕事を手伝ってもらったんです」

「……遅れたけど、世界チャート一位おめでとう」

「え、そんなことになってたんですか?」

「あんたねぇ……」

 

私の言葉に、呆れているやみさん。彼女と実際に話すのは久しぶりだが、偶に連絡を取る仲だ。ちなみに最近新しいバイトを始めたらしい。

 

店長さんが盛り上がっていた理由も、私にとっては既知の情報で、結束バンドのネット投票通過にやみさんの記事が大きく貢献したという話だった。

 

『トップバッターはキュートでポップでロック! エレクトリック・ロックバンド、ケモノリアだ!新時代を感じさせる音楽で会場を熱くさせるぜ!』

「……あ、始まった……」

 

ケモノリアの演奏が始まったことで、自ずと会話は中断される。何より、そうならざるを得ないほど惹き込まれる音だった。

 

そのままの流れで、出番は次のバンドへと移行する。二番手……即ち、ヨヨコちゃんの出番だ。

 

『続いては、かわいい顔で凶暴な音を鳴らすガールズバンドSIDEROS!』

「ヨヨコちゃん……」

 

そして、SIDEROSの演奏が始まり──会場の空気が一変した。私の心にも、この場の全員の心にも、今日の主役は誰なのかを刻みつけるような力強い、私の愛する音。

 

ここからではみんなの顔を見ることはできないけれど、その音からは、ヨヨコちゃんの自信と意気込み、挑戦の意志が、私に確かに届いた。

 

圧倒的だった。演奏を終えても、暫く喋る気も起きないほどのライブで、そして。

 

「あの二組が抜きんですぎてるよなぁ」

「残りは可哀想だけど消化試合だな」

 

そんな声が聞こえてくるほどに、圧倒的だった。この空気では、結束バンドは相当に厳しいだろう、と考えていると。

 

「あー結束バンドちゃんいい所に!」

 

店長さんがその結束バンドに声をかけた。

 

「この方今日取材で入ってる記者さんなんだけど〜! 結束バンドちゃん達のことをねー……」

 

そのまま口を挟む間もなくやみさんの紹介を始め、記事の件を話す……寸前に、やみさんが店長の首を絞めにかかった。

 

「とーって……もこごごご」

「何でも縛れて便利ですよねって話したんですよね!」

「突然何を!?」

 

そして、脱兎のように逃げ出すやみさん。彼女は結束バンドに負い目があるから、ちゃんと謝れる心の準備が整うまでは話したくないんだろう。

 

「あっあの人がどうしたんですか?」

「あの子ぼんらぼってサイトであなた達の事書いてくれたらしいのよ〜!」

「ぽいずんさんがあの記事を……?」

「……!」

 

そんなやみさんの心境を露知らず、虹夏さんにそのことを話す店長。やみさんの意には反しているだろうが、聞かされた虹夏さん達には良い刺激になったようで。

 

「あっまだ時間あるからギリギリまで練習しませんか?」

「そうだね!」

 

そうして、出番までの幾許かの猶予を練習に費やす結束バンドを見守りつつ、私は仕事に戻った。

 

 

 

 




本当ならケモノリアと絡みたいけどあまりにも情報が足りない
掘り下げられる日が来るのか……?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。