音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
「最終ステージに進むのは……SIDEROSとケモノリアだ!全くとんでもねぇバンドが出てきたぜ! 審査員も最後まで悩んだんだがどのバンドも皆いいライブをしてくれた! 本当にありがとな!」
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「ケバブください廣井さん」
「ゔぇ〜ん、池揉ちゃんが私を笑いに来たぁ〜」
「黙って仕事してください、借金減りませんよ」
泣く泣く肉を削ぐ廣井さん。この人はここ未確認ライオットファイナルステージの会場にてバイトをさせられている。全ては店長の計略であるが、全部借金を返さない廣井さんが悪い。
「あっ! ケバブ!ロックフェスといったらやっぱりお肉ですよ!」
廣井さんから肉を受け取っていると、背後からそんな聞き覚えのある声が。
「結束バンドさん」
「いらっしゃいませ〜……元気だね君ら……」
「廣井さんに池も……み……さん?」
やってきたのは、結束バンドの皆々。近づいてきたかと思えば、皆一様に私を見て固まっている。
「……な、なんですかその格好……?」
「ヨヨコちゃんの晴れ舞台だから、応援だと思って勝負服着てきました」
「池揉ちゃんねー、たまーにその格好でライブ出てるんだよー、面白いよね〜」
「えぇ……?」
今の私の服は、ライブオーディションにて 泣く泣く断念したSIDEROS宣伝衣装である。今着ないでいつ着るというのか。
「今日はこれでヨヨコちゃんの優勝を見届けたいと思っているので」
「き、気合入ってるね……」
「大槻さん……」
何故か目を逸らす喜多ちゃんと虹夏さん。ひとりちゃんとリョウさんは一歩どころか三歩くらい下がってダルそうにしていた。如何にも人混みが苦手そうな二人だ。
そのまま、廣井さんからケバブを受け取る結束バンドの面々。
「おいし〜! フェスで食べるご飯は格別美味しく感じますよね!」
「あるあるだね〜!」
「廣井さんが切ったにしては美味しい」
「……その、なんであの人あそこで働いてたんですか?」
「うちの店長がお酒で釣って働かせてるんだって」
「ゲストに呼ばれたイベントで最後はそんな扱い……」
むしろ最初にゲスト扱いだったのが異常だったのではないだろうか。いや、私個人が廣井さんに厳しいのを抜きにしても、もっと適任がいたのではないだろうか。人間的に。
「ぼそぼそする……」
「味が……濃い……」
「場の空気で美味しく感じるマジックがフェス嫌い達には効いていませんね」
「まぁ実際は微妙ってのもあるある」
廣井さんのケバブは、人混み嫌い組には不評そうだ。確かにそこまで美味なものでもないが、私は味を気にするタイプの人間じゃないし不満はない。むしろ食べられればなんでもという立場だ。
それこそ、ふーちゃんやあくびちゃんに怒られるまで私は壊滅的な食生活を送りがちだった。
『ついに未確認ライオット最終ステージ! 全国から勝ち進んだ大注目の若手バンド達が──……』
「あっ始まりますよ!」
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『一組目は福岡からやってきた──』
「もっと前の方で聴きましょうよ!ほら!」
「えっ!?」
急いで肉を食べ終え、観客が集まるステージ前へ。こんな前線までひとりちゃんを連れてきて大丈夫だろうか。
「ひっカップル!」
あ、顔が溶けてる。やっぱりダメだったみたいだ。
「うわっ何か変なのいる!」
「ちょっとー!置いてかないでよ!」
そんなひとりちゃんを見て、蜘蛛の子を散らすカップル。すごいなひとりちゃん。
「ひとりちゃんって人よけに良いのかな」
「うちのぼっちちゃんを虫除けみたいに言わないでください!」
「モッシュ!モッシュ!みんな輪になって!」
そんな話をしていると、騒がしい男の人の声。モッシュとは観客同士が身体をぶつけ合う押し競饅頭のようなものだが、私はしっかり音を聞きたいし、フィジカルも強くないので遠慮願いたい。
「やりましょやりましょ!」
喜多ちゃんが乗り気だ。そのまま、ひとりちゃんもリョウさんも私もなし崩し的に巻き込まれていく。まずい、ヨヨコちゃんの番の時のために前線から離れるわけにはいかない──!
仕方がないので、ズルを使うことにする。手が空いた時を見計らって、首に下げた小さな笛をくわえる。これも歴とした楽器、私の頭が冴え、身体能力が上がる。
ズルの結果、私は喜多ちゃんと虹夏さんとは逸れずに済んだ。
しかし、ひとりちゃんとリョウさんの姿はなかった。
描写されない間にタメ語の中になったということで……