音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
「フェス案外悪くない。ウェイウェイ」
「あっはい! 陽キャ最高!」
「暑さで頭やられてるよ……」
一時は行方不明になっていたひとりちゃんとリョウさんが戻ってきたかと思えば、どこでもらってきたのか星形のサングラスをつけていた。ついでにテンションも壊れている。
「まぁ合流できてよかったよ。もうSIDEROSのライブ始まるよ!」
とにかく、SIDEROSの出番に間に合って良かった。今に、舞台袖から皆が出てきたところだ。
「あっ出てきました!」
「……」
マイクに手をかけるヨヨコちゃん。心配ではなかった。ヨヨコちゃんなら、今日この舞台で必ず最高のライブをしてくれるという確信がある。だから、私はただ楽しませてもらうだけだ。
『あーSIDEROSです。観客の皆、暑い中朝からお疲れ様』
いつも通りに、彼女は緊張しているはずなのに、いつも通りにそれを客には読み取らせない。私の心を奪ったあの日よりも、一回り大きくなった大槻ヨヨコがそこにいる。
そして、そんなヨヨコちゃんの視線が、ひとりちゃんに向いた……気がする。
『……今立ってるこのステージを目指したバンドを今回たくさん見てきました。……良いバンドばかりだった、凄いギタリストにも出会った。でも、それを退けて私は今ここに立っています……それに』
一度言い切ったヨヨコちゃんは視線をずらし、今度ははっきりと、私と目を合わせた。
『このライブを、私たちの最高のライバルが見てるの。だから、ここに立てなかったみんなも、それを全部背負ってる私たちも、凄いんだってその子に見せたい!初っ端から死ぬ気でトばすから! 最後までついてきなさい!』
そうして、SIDEROSの演奏が始まる。だけど、私は少しの間それに集中できなかった。ヨヨコちゃんの言葉が頭に残っていたからだ。
ヨヨコちゃんやみんなも、ライブ審査で散ったバンドも凄かったって、分かっている。だけど、彼女が言いたいのはそういうことじゃないんだろう。私の“凄い”が、決して私自身と比べてではないことを見抜いていて、それが気に入らないんだって、そう言っているんだ。
だが、そんな思考はSIDEROSの音に押し流された。そうだ、今はただ、このライブを楽しまなければ勿体ない。
そのまま、私を含めた観客の全員が熱狂に包まれ──SIDEROSは、優勝を勝ち取った。
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「はー……楽しかったー、結局SIDEROSが優勝かー」
「大槻さんのドヤ顔凄かったですね」
「ドヤ槻ね」
長く続いた未確認ライオットも終わり、虹夏さんと喜多ちゃんがそんな話をしているが、私はとても混ざる気にはなれなかった。
「フェス終わっちゃいましたね」
「……名残惜しいけど、あたし達も帰ろっか」
誰もいないステージを見つめ、涙を流すひとりちゃんにも、私は声をかけられない。
「? ぼっちちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」
声をかける役割は私のものじゃない、というのもあったけど、一番はこれからのこと。
「帰る準備するよっ……!」
ヨヨコちゃんは優勝した。私は約束通り、全力でU7としてのライブに臨まなくてはならない。
「ぼっちちゃん!?」
「あっ」
「えっ、大丈夫!?」
「どこか痛いの!?」
「あっ、やっやっぱり……悔しくて……」
嗚咽を漏らすひとりちゃんに、思わず視線が吸い寄せられる。
「みっ皆で今日……大きいステージに、たっ立ちたかったです……もっと……たくさんの人に……結束バンドの曲……聞いてほしかった!」
「誰かに力を認めてもらうとか……そういう事より……もっと」
「……やめてよ」
そんなひとりちゃんに釣られたのか、次々涙ぐむ結束バンドの面々。
「私だって……皆と今日、ライブしたかったよ……」
「伊地知先輩……」
「がっ我慢……してたのにー……」
悔しさを噛み締める四人を、眩しいような気持ちで見やる。私は今、これからさらに大きくなっていくバンドの姿を見ている。それに比べて、私はいつまで立ち止まっているのだろうか。
進まなければならない。応えなければならない。示さなければならない。本当のライバルになるために。
「ちょっと!!」
「!?」
そこに、そんな空気を吹き飛ばす声が響いた。見れば、ライブ審査以来に見るやみさんの姿があった。
「えっ、ぽいずんさんなんでここに……」
「ぜっ、絶対来てると思ったから探し……て……」
言いかけたやみさんの視線が、スライドして横にいた私と目が合う。私を見るや否や、固まったやみさんに今は話を続けるように目線で促す。
「……ぽいずんさん?」
「あ……ど、どうしても、言いたいことがあって…………ごめんなさい。ギターヒーロー以外お遊びって発言、撤回するわ」
そう言って、頭を下げるやみさん。彼女はずっとこのことを気にしていたから、ようやく勇気を出せたといったところだろうか。結束バンドの皆もやみさんの記事のことを聞いているから、もう気にしてないだろうけど。
「ライブ審査の演奏を見て分かったの。ギターヒーローさんの居場所は結束バンドじゃなきゃダメだって……あの時、私にとっては結束バンドが一番だったから。……それだけ」
「追い打ちかけないでくださいよー!」
「ええ!?」
感極まって泣き出す虹夏さんに、またやらかしてしまったかとあたふたするやみさん。そこへ、やみさんの傍らから見知らぬ女性が声をかける。
「あの……お取り込み中悪いんですが、そろそろいいですか」
「そっそうだ! 今日会いたかったのはもう一つあって、この方を紹介したかったからなの」
「ストレイビートというレーベルでマネジメントをしています、司馬都と申します」
久々に見る気がするしっかりとした大人といった印象の女性は、そう自己紹介をした。ライブ審査で爪痕を残したバンドにレーベルの人間が声をかける。これは……もしかしなくても、そういうことだろう。
「レ……レーベル?」
「はい。先日のライブを観て気になったのでお話できたらと思ったのですが」
「え…………」
レーベルからの誘い。これは、素直に祝福だ。レコードレーベルと契約して、そこから楽曲をリリースする。その域に至れるバンドは、一握りで、本物の証だ。私にも、そういう誘いは来たことがない。いや、ソロのヴァイオリニストと契約したがるところなんてそうそうないからなんだろうけど。U7としては……もうしばらくメールボックス開いてないから分かんないや。怖くて今更見られない。
「レーベル〜〜〜!?」
「ちょっとうるさい!」
「あのまだ話が……」
「にっ虹夏ちゃん! また夢に近づきましたね……」
「ぼっちちゃん……」
「いつか必ずフェスのステージに……いやロック音ジャポン出場だー!」
「おーっ!」
「Nステも出れちゃったり!?」
「冠番組も遅くないですかね!?」
先程までとは打って変わって、朗報にはしゃぐ結束バンド。意図せず彼女達の転機を目撃することになったわけだが、そろそろお暇させてもらおう。今すぐ準備をしたい気分だ。
「……結束バンドさん。レーベル契約おめでとう」
「池揉さん! ありがとう!」
「私にできることがあれば、微力だけど手伝うから……じゃあ、私はもう帰ろうかな」
「あれ? 大槻さんのところに行かなくても良いんですか?」
「今すぐ準備しないといけないことがあるから……ヨヨコちゃんも、私がそうすることを望んでいると思う」
当然、よく分かっていないという顔をする虹夏さんに軽く手を振り、この場を立ち去る……前に、私はやみさんの前で立ち止まった。
「……な、なに?」
「やみさん。約束なので……チケット、必ず用意しますね」
もう一歩距離を詰め、やみさんの幼く見える顔を覗き込む。やみさんの、息を呑む音が聞こえた。
「本気のU7を、やみさんに見てほしい」
まだここにいるみんなにはU7のことを話していないから、やみさんの耳元でそう囁く。
「っ〜〜!」
「後悔はさせません。むしろ、やみさんの一番を奪ってしまったら、ごめんなさい」
それだけ言って、顔を赤くしたやみさんを尻目に私はこの場を後にした。
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「……ちょ、調子乗んな……っ!」
「……彼女は?」
「こ、今度説明する……!」
「……池揉さん、よくあの格好でかっこいいこと言えますね……」
「よくわかんないけど様になってたのが逆に凄いと思う……」
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(あ、あれ? 優菜は……?)
「あ、なんか優菜先輩から先に帰るって連絡来てるっすね」