音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
自分、長谷川あくびには、変な先輩が二人いる。一人は、自分たちのバンド・SIDEROSのリーダー、大槻ヨヨコ先輩。もう一人は……自分がバンドに入った時には既に、SIDEROSのマネージャーのような働きをしていた不思議な先輩、池揉優菜先輩。
「優菜先輩……それ、自分らの新曲っすか?」
「あくびちゃん……うん、大槻さんにチェック頼まれて……」
「普通、そういうのバンドメンバーに相談するんじゃないんすかね……」
「ふふっ、大槻さん、みんなにはできるだけ良いところを見せたいみたいだから。それに、人に見せるなら可能な限りクオリティアップを、っていうのは作曲者ならみんなそうだと思うな」
「そういうもんっすか」
こうして話してみると、まるで物腰柔らかで優しい良い先輩みたいだ。彼女と一週間も付き合えば、そんなメッキもすぐに剥がれていくんですけど。
「あ、そうだ。優菜先輩、前に貸したゲームプレイしてくれましたか?」
「あ、凄い良かったよ……あのゲームのBGM」
「……あー、いや……確かに重要な要素ではあるんすけど……」
……これだ。この人は自分の興味のないことに無頓着なのか、それとも根からの天然なのか、ともかくかなりズレている人だ。初めて会った時、あの赤い配管工すら知らないというのだから驚いたものだ。
……それだけの世間知らずが、変な先輩一号ことヨヨコ先輩とニコイチなのだから困ったものだ。とにかく危なっかしいというか……心配だ。突拍子もなくズレたことをすることがあるヨヨコ先輩に、常識知らずで全肯定な優菜先輩。何をしでかすか分からない。
「そうじゃなくて、ちゃんとゲームを遊んだんすか?」
「えっと……ごめん、よくわかんなくて……」
……この人、本当にこれで大丈夫なのだろうか。何か、音楽以外の趣味を持った方が健全なのでは…‥そう考えて。
「優菜先輩、今度うちでゲームしましょう」
「え、でも……私とやっても……」
「だから、ちゃんと楽しみ方を教えてあげますって」
そんな約束をした。
……優菜先輩の変なところは、他にもある。音楽の話題で、彼女が詰まったところを見たことがない。自分の答えを期待していないぼやきのような問いにも、完璧に答えてくれたことだってある。……その割に、演奏するところを見せてくれなかったり。少なくともヨヨコ先輩と話ができる程度には作曲に精通しているはずなのに、経歴を聞くといつもはぐらかされたり。
……でもまぁ、それに関しては何か事情があるんだなと納得している。
……後日。
「ちょ、ちょっと……なんで私を誘ってくれないのよ……」
「うわ……」
自分と優菜先輩が遊ぶということが、めんどくさい方の先輩ことヨヨコ先輩にバレ、それはもう面倒な事態に陥っていた。
ヨヨコ先輩はプライベートでも次のライブに向けての練習の話だとか、そんな説教じみた話をするので、できれば休みの日に会いたくない人なのだ。……でも。
「大槻さん……!」
パァァと輝く優菜先輩の顔を見て、まぁ今日くらいはと、そんな気分になるのであった。
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