音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
SIDEROSリーダー、ギターボーカル・大槻ヨヨコの喉の腫れ。ライブの当日にして、致命的なトラブル。
「でも、これくらい……!」
「ダメよ。今の大槻ちゃんをライブに出すわけにはいかないわ」
「……っ!だって、今日は……」
悔しさがありありと伝わってくる目で、大槻さんが視線を向けた先は、ギター・本城楓子。今日のライブには、彼女の両親が来る。当然、大槻さんもそれを知っていて、だからこそ意地を張っているのだ。
「ヨヨコ先輩……私のことは……」
口ではそう言うふーちゃんだが、気丈に振る舞おうとしているだけなのが見てとれた。
「あ……」
不意に、焼きついた彼女の笑顔がフラッシュバックする。それがきっかけで、楽しみだと言っていたファンの子やSIDEROS目当てにチケットを買ってくれた人たちの顔が出てきては消えていく。
「……どうします?今から代役探すのはさすがに無理ですし、キャンセルっすかね……自分らのせいで進行に穴あけちゃいますけど……」
「……わ、私!」
私の震えた声に、みんなが私に注目する。たかだかライブの一回、ではないと私は思う。その一回のライブにも、SIDEROSの為にチケットを買ってくれたお客さん達がいる。SIDEROSが出演することで出れなかったバンドの人達がいるかもしれない。何より、ライブに空白の時間を作ってしまっては店長に迷惑がかかる。SIDEROSの歩みを、そこで遅らせたくはない。
「……私が、大槻さんの代役をするよ」
私の言葉に、みんなが固まる。きっと、私が何を言っているか、すぐに理解することができなかったのだろう。
「……な、何言ってるんすか?できるわけないっす……!……そもそも」
「今日やる曲なら、全パート頭に入ってる」
「そ、そうかもしれないけど……優菜、貴方ギターは……」
「……やれるわ。池揉ちゃんなら」
確信したかのような店長の言葉にみんなが言葉を失う。その間に、私はギターを手に取り……口を開いた。
「時間がないから、今から合わせの練習しよう。できるかできないかは、それで判断してほしいな」
「……」
楽器を持ち、雰囲気が明らかに変わったと分かるだろう私に、みんなは顔を見合わせる。
「……そこまで言うなら、やってみましょう」
「──でも」
立ち止まり、大槻さんを見据え、譲れない一線を告げる。……それが、ただの先延ばしにしかならないことも分かっている。
「大槻さんは、外で待っててほしい」
「なっ、なんで──」
「お願い!」
それでも、まだ覚悟ができなかった。この手で、大槻さんを折ってしまいかねないことをやろうとする覚悟が、まだできていない。
「……ヨヨコ先輩。ここは自分らに任せてください」
「でも、やるからにはSIDEROSに相応しいライブをしなきゃ……」
「ヨヨコ先輩、大丈夫です。ゆーちゃん先輩だからって、私達は甘い評価なんてしませんよ!」
「幽々わぁ〜、どっちでもいいですけどぉ〜……優菜先輩のこと、ちゃんと見させてもらいますよぉ〜」
SIDEROSの面々が、それぞれの言葉で大槻さんに私の条件を呑むよう促す。
「わ、分かったわよ……」
そうして、私達は部屋に入り、音出しを始める。
ギターを構えれば、自然に感覚が、聴覚が極まっていく。軽く、声出しをして、喉の具合を確かめる。本気で歌うなんて何年かぶりかもしれないのに、まるでプロのような、全体を引っ張れる力強い美声が響く。
曲を、歌詞を、セットリストの全てを立体的に頭脳で浮かべる。今日の曲の半分以上は私も製作に関わったものだ。完璧に、頭に入っている。
極まった聴覚から、みんなの音を拾い集める。ギター、ベース、ドラム……果ては鼓動。セッションなど前世以来であるはずなのに、やれない気がしない。
そうして、ドラムのカウントで演奏を始め──
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「……………………すごいっす……」
一通りの演奏が終わり、しばらくの間、部屋には静寂が訪れていた。それも、あくびちゃんの心からの呟きで、みんなの意識が戻ってくる。
「……せんぱぁ〜い、どうしてそんな実力を隠してたんですかぁ〜?」
「ゆーちゃん先輩、すごい!もしかしたら、ヨヨコ先輩よりも……あ」
「──っ!」
何気ない、だからこそ、本心から出た言葉なのだろうふーちゃんのその言葉に、思わず私は部屋を飛び出してしまう。
そんなことはない。大槻ヨヨコは、誰にだろうと負けない色を持っている……私は……そう思っていても……他の人は……。
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『代役のお知らせです』
すぐに、本番の時間はやってきた。いつも通り、客は人気バンドに恥じない人数が入っていて……そこで、大槻ヨヨコの体調不良と代役である私の紹介が行われた。
「池揉ちゃんが……?」
……廣井さん。
「店員さん!?」
ファンの子も。
「……」
そして、心配そうに、私を、SIDEROSを見る大槻さん。……怖い。もし私が彼女を……と思うと、足がすくむ。
だけど、今だけは、忘れなければならない。私は今、責任を持って、最高にカッコいい大槻ヨヨコの代わりを務めなければならないのだから。
いざ、演奏を──
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圧巻。静寂。大喝采。SIDEROSのセットリストが全て終わった時、新宿FOLTはかつてない熱狂に包まれた。
だけど、それに反するように、私の心は暗かった。演奏でのトランス状態が終わり、封じ込めた恐怖が、私を押しつぶすようにまとわりつく。
見れない。大槻さんを。ステージを去るまで、私は大槻さんの顔を見ないように、ずっと、俯いていた。
「……あっ!優菜先輩!」
あくびちゃんの呼ぶ声にも応えず、私はステージ袖から逃げ出した。
シリアスは一話だけと言ったな……
でも予定はライブ感に勝てないから(プロットを作っていない)