音楽チートで世に絶望していたTS少女がSIDEROSの強火追っかけになる話 作:鐘楼
池揉優菜という少女に、私はどれだけ支えられてきただろう。
これまで何度も、何度もバンドメンバーを失ってきた。その度に、私は立ち上がってきた。夢があるから。何があっても一番になると決めているから。……けど、なんとも思わなかったわけがない。
少し厳しく言い過ぎてしまったり、タイミングが悪くてしようと思っていたフォローができなかったり。言うべきことを言っただけだから、今でも間違えたとは思っていない。だけど、彼女達が去っていったのは、私のせいだ。
『あぁ、またやってしまった』と、何度目かの失敗に折れそうになっていた時に、彼女は現れた。
バイオリンケースを背負い、白を思わせる風貌に、どこか影のある雰囲気を感じさせる少女。少し……本当に少しへこんでいた私に、彼女は「ファンになった」と勇気が湧くような言葉をくれ、私がギターボーカルとしてこだわっていたこと、努めて積み上げてきたもの、その全てに賞賛をくれた。
その時口には出せなかったけど、ただただ嬉しかった。
それから、彼女の存在は加速度的に大きなものへと変わっていった。バンドを始める前からコミュニケーションが苦手で、友達もいない私にとって、彼女との日々はあまりに甘美だった。
どうしても素直に人を誘えない私を誘ってくれて、普段一人で行くような機材選びや、カラオケなんかも二人で行くことが普通になった。彼女との時間は楽しくて……その、たくさん褒めてくれるから、好きだ。
やがて、新生SIDEROSが始動してからも、彼女との交流は続いた。
彼女には、マネージャーの真似事どころか、作曲の相談までしてもらった。彼女の助言は驚くほど有用で、私に気がつかなかった新たな視点を与え、確実に楽曲のステージを一つ上げてくれたと思う。
そんな人が、作曲したことがないなんてことはあり得ないはずなのに、私は彼女の曲を聴いたことがない。いや、聴かせてくれたことがない。
演奏も。いつも楽器を背負っているくせに、私はその音色を聴いたことがない。下手だから聴かせたくはない、といった風では無かった。そうであったなら、すぐにでも「下手でもなんでもいいから聴かせなさい」と言っていたけれど、あれは、なにかもっと深刻な理由な気がして……気軽には踏み込めなかった。
友達になって、たくさん私を知ってもらえた。『好きなことで人を見返したい』というのが原動力である私にとって、それは嬉しいことだったけど。
いつしか、私の方は彼女のことをほとんど知らないということに気づいた。
それが、とても寂しかった。
--------------------------
恐れていた事態だった。ライブの前の数日間はいつも緊張して眠れないのだが……それがいけなかった。
喉をやってしまった。ボーカルとして、あるまじき失敗だ。
……大切じゃないライブなんかない。楓子の両親とか関係……なくはないけれど、どのライブも私のミスでダメにしていいはずがない。
だから、無理にでも出ようとして──
「……私が、大槻さんの代役をやるよ」
その言葉の意味を、私はすぐに噛み砕くことができなかった。
「……な、何言ってるんすか?できるわけないっす……!……そもそも」
「今日やる曲なら、全パート頭に入ってる」
「そ、そうかもしれないけど……優菜、貴方ギターは……」
弾けないはずじゃないのか、そう口に出そうとした言葉を、店長が遮った。
「……やれるわ。池揉ちゃんなら」
確信を持った声音で、そう断言する店長。
「時間がないから、今から合わせの練習しよう。できるかできないかは、それで判断してほしいな」
「……」
ギターを手に取り、そう言い放った優菜は、とても様になっていて……演奏を聴いてみよう、とそう思わせる気迫があった。だけど。
「……そこまで言うなら、やってみましょう」
「──でも……大槻さんは、外で待っててほしい」
縋るような、痛ましいほどに心細さを感じる瞳で、正面から私を見つめる優菜の口から出た言葉は、拒絶だった。
「なっ、なんで──」
「お願い!」
これだけは譲れない、という意志を伴った叫びだ。
「……ヨヨコ先輩。ここは自分らに任せてください」
「でも、やるからにはSIDEROSに相応しいライブをしなきゃ……」
見かねたあくびが、私にそう提案するが……やるからには、SIDEROSの名前に恥じないライブをしなければならない。
「ヨヨコ先輩、大丈夫です。ゆーちゃん先輩だからって、私達は甘い評価なんてしませんよ!」
「幽々わぁ〜、どっちでもいいですけどぉ〜……優菜先輩のこと、ちゃんと見させてもらいますよぉ〜」
そう、私を説得する楓子と幽々。……みんなは、私の夢を共有する仲間は、優菜であろうと贔屓はしないと、そんなことは分かっている。
「わ、分かったわよ……」
引き下がるしかなかったが……私も、彼女の音を聴きたかった。
--------------------------
数分後、真っ先に出てきた優菜は、私と目を合わせずにどこかへ行ってしまった。
「……ダメ、だったの?」
「……いえ、それどころか……」
圧巻の、文句のつけようのない演奏と歌唱だったと、あくびは語った。
「だったら──」
何故、そんな顔をするの、優菜。
そんな問いを胸に、ライブの時間が訪れた。
言葉がなかった。圧巻。静寂。大喝采。今まで、SIDEROSのライブでこれほどの熱狂があっただろうか。
……悔しい。悔しい悔しい悔しい……!
ただその感情だけが溢れてくる。それが、彼女との技量の差なのか、何故その実力を私に秘密にしていたんだというものなのか、分からない。
ともかく、早く彼女と話したい。
「あ、ヨヨコ先輩……」
「みんな。優菜は?」
「向こうです。ゆーちゃん先輩、終わったらすぐ行っちゃって……」
「……ねぇ、私一人に行かせてくれない……?」
「……正直、自分はよく分かってないんすけど……ヨヨコ先輩がそう言うなら……」
そうして、優菜がいる部屋へ入る。真っ先に聴こえてくる、聴き惚れるようなバイオリンの音。感情を震わせながら弾いているのがはっきりと分かる、素晴らしい演奏だ。
夢中になって、演奏の間、何も言うことができなかった。
そうして、演奏が終わり、思い直して何かを言おうとして……初めて正直から優菜の顔を認識する。
合わせ、ライブと同じく。あれだけの演奏をした人間とは思えないくらいに、悲痛な顔をしていた。
「……ギター、弾けたのね……歌も、あんなに」
辛うじて引っ張り出した言葉は、そんなもので……返ってきた優菜の言葉は、どうしようもなく震えていた。
「……それだけじゃない……ベースもドラムもキーボードも他の楽器も……全部やれる……だけど……だけど……ッ!それは、全部ズルして手に入れたもので……ッ!」
喚くように叫ぶ優菜に、何も言うことができなかった。言っていることも、正直、よくわからない。──ただ。
「それに!……努力もしてない私がこんなにできるのを知ったら……!みんなが潰れちゃうんじゃないかって──っ!」
その言葉だけは、看過できないものだった。
「貴方、私の何を見てき──」
ガチャリ。
泣き喚く優菜の肩をとり、自分の思いをぶつけようとしたところで、不躾な音色を伴って、部屋の扉が開いた。
「やぁー、邪魔するねぇ〜?いやー、凄かったよ池揉ちゃん……あ」
入ってきたのは、廣井姐さんだった。その視線の先には、涙目の優菜の肩を掴み、見つめ合う私達。
「あー……本当にお邪魔だった?」
「か、勘違いです!」
今更だけど、これ別にTS要素は要らんかったな
本当に今更だけど