彼女は無機質な石の部屋に出た。無機質とはいっても赤いカーペットに物々しい玉座、シャンデリアまでついていてかなり豪華である。彼女自身この部屋は割と気に入っていた。まるで映画の主人公にでもなったような、はたまた異世界に行ってしまったような感じがして楽しい。ただ玉座の座り心地は最悪だ。磨かれた石でできているせいかそれはもう硬い。すぐに尻が痛くなるほど硬い。昔の人はよくもまあこれに座って人間と相対していたものだ。
彼女は一度部屋の出入り口から顔を出してそばの壁にかかっている吊り下げサインを『外出中』から『書斎在中』に変えた。ポチを連れてあの玉座を通り過ぎてその後ろまで進む。目の前には壁があるが、彼女が壁を撫でると壁の一部がすっと消えて木製の扉が出てきた。彼女は扉を開け、中に入る。中は先ほどの部屋と違って木製の造りとなっている。広さもこじんまりとしていて、いたって普通の書斎という印象。窓もついていて、一枚で十分採光ができている。彼女は窓の近くにある書斎机に座りほっぽり出していたファイルを開く。『提案書』と書かれたファイルをぺらぺらとめくり付箋が張られているページまで付いた。彼女は付箋を外し、もう一枚めくる。そこには『新型自動小銃製造要求書』という命題がついていた。隣には『機密』の判子も押されている。
「もう自動小銃…」
先日初の国産小銃が量産を開始し、今もまた新しい小銃の開発が始まっている。だというのにまた新しいものを、それも自動小銃とは。外でも数年前に出てきたばかりの代物だ。要求性能を見るに数か月前に外から購入した四式自動小銃と似ているが、ライセンス生産じゃないところを見るに上の考えが透けて見える。が、部下からの要求はともかく上からの要求は実質命令そのものであるため断るわけにはいかない。彼女は自分の判子を押して、次へとめくる。また上からだ。今度は軽機関銃だ。そういえば自動小銃のほかにもいろいろ銃器を購入していたが、もしかしてあれ全部国産化するつもりだろうか。となるとかなりの数となるのだが…。いや、そうなれば自分はかなり楽な部類だろう。戦車に艦艇、航空機を担当する奴らに比べればどうってことないはずだ。それにしても一度にこれほどの兵器開発を行って金は大丈夫だろうか。経済は素人の自分がいうのもなんだが、これかなり財政を圧迫しそうな気がするのだが。まあ、上が作れというんだ。言うんだからしょうがない。因みに最後のページは重機関銃の要求だった。
彼女の気持ちを悟ったからか、もしくは彼女の顔にあからさまに皺が寄っていたせいか、ポチの頭の一つが体を持ち上げて彼女の顔をなめた。
「おお、よしよし。どうしたの、心配でもしてくれたの。優しいねえお前は」
顔をなめられながら彼女はほかの二つの頭を撫でる。
遠くでノックが聞こえた。ドアの前のあれを見ただろうからこっちにやってくるだろう。少ししてまた、今度はすぐそこでノックがした。
「三好です」
「入れ」
「失礼いたします」
三好と名乗る者が入る。彼は肌が緑色の人で、緑人(りょくびと)という種族なのだが、人間どもからはゴブリンと呼ばれる存在だった。
「どうした」
「はっ。量産した零式歩兵小銃が届きましたのでお届けに参りました」
「おお、ついに来たか。どれ、見せてみろ」
「はっ」
彼は肩に担いでいた小銃を下し彼女に手渡す。彼女は試しに窓の外に向かって構えてみた。重すぎず、銃床もしっかり肩に密着するし、銃把も握りやすい。いい銃だ。あとで試し撃ちをしよう。
「用はこれだけか」
「はっ。そうであります」
「ん、では…ああ、そうだ。今夜ちょっと話し合いを行うからお前と、あと西村と古賀を呼んでおいてくれるか」
「何かあるのでしょうか」
「いやなに、また上からのお達しよ。自動小銃に軽機関銃と重機関銃を作れとさ」
「い、一度にそんな…少し無茶では」
「上からの命令に無茶もくそもあるか。やるしかないんだ。もしかしたらこれからこんなことはざらにあるかもしれんぞ。とりあえずさっきのことよろしく頼むぞ。そうだな…一九〇〇にそこの大広間に頼む」
「はぁ、了解しました」
三好は彼女に敬礼をしていってしまった。彼女は先ほど渡された零式歩兵小銃をしげしげと眺める。うん、やはり小銃はいつ見ても美しい。彼女が初めて見た銃は昔住んでいた家の近所にあったおじさんの家に置いていた三八式歩兵銃だった。おじさんは自分が遊びに行くたびにその銃の話をしてくれた。じつはおじさんは外からわたってきた人らしく、以前は外で兵士として活躍していたらしい。三八式歩兵銃は愛銃で相棒だといつも言っていた。時にはその銃を触れてくれたりなんなら撃たせてもらったことあった。三八式歩兵銃だけでなくほかの銃のことについてもいろいろ教えてもらったし、その時に注意点など基本的なことも教えてもらった。彼女が今こうして歩兵用の銃を統括して管理しているのはおじさんのおかげなのだ。
あの日、もう何十年も前になろうか。突然村は襲われた。夜中、轟音で目が覚めた。窓から普段は差さない赤い光が入ってきた。見ると左隣の家が燃えているようだった。彼女は呆然としたが、急ぎ右隣の家の親友の安全を確かめに行った。彼は無事であった。最初は単なる火事だと思っていた。だがまた轟音がして火と火のついた材木が降ってきた。おじさんの家の方向からだった。彼女は親の制止を振り切っておじさんの元へと走った。おじさんの家は燃えていた。家に入りおじさんを探した。
「おじさん!?おじさん!」
「く、麻央ちゃんか」
「おじさん!」
おじさんはがれきの下敷きになっていた。上半身だけが出ている。かれはおじさんを助けようと体を引っ張ったが全く動かない。ならばとがれきを退けようと持ち上げてもびくともしない。
「麻央ちゃん、ここは危ないから逃げなさい」
「おじさんを助けないと!」
「おじさんは大丈夫だから」
「でも!」
「このままじゃ麻央ちゃんも埋まっちまう。おじさんのことはいいから早く逃げなさい」
「おじさんも一緒じゃないといやだ!」
「……なあ、麻央ちゃん。こいつと一緒に先に逃げててくれないか」
おじさんは手に持っていたらしいものを彼女に差し出した。それはおじさんの愛銃、三八式歩兵銃だった。
「おじさんは後からちゃんと逃げ出すからとりあえずこいつと一緒に無事に逃げ出してくれえや」
「で、でも…」
「なに、心配するな。おじさんが逃げ出せたのに麻央ちゃんとそいつが怪我してたらそっちの方が俺ぁ悲しむぜ。だから、な」
「う、うん…」
彼女は銃を受け取り家を出た。しかしその瞬間家は音を立てて崩れ火のついたがれきと化した。
「おじさん!」
彼女は家の中に戻ろうとした。その瞬間、彼女は森に人影を見た。何を言っているのかは全く分からないし、シルエットも普通の人ではなかった。その人影に一瞬驚いた瞬間に親に抱えあげられた。暴れても振りほどけなかった。遠ざかるおじさんの家に手を伸ばしながら彼女は人影とは反対方向に森へと消えていった。
あの銃は今でも彼女の家の寝室にかざってある。もちろんおじさんはあれから一度もあっていない。今でも信じたくはないがきっとあの時に…。
「くそ!人間どもめ…あの人もどきが!」
机を強くたたく。その大きな音にポチがビビってしまった。弱弱しく彼女に向けて鳴く。
「あ、ごめんごめん。あなたに怒ったわけじゃないのよ。ごめんね」
彼女はポチを撫でる。その顔にはもう憎しみはなかった。さて、中途半端には数だけ残していた仕事もオワタことだし、どれひとつこの新型の銃の試し撃ちに行こうか。だが途端に近くにあった電話がけたたましく鳴った。
「…はい、西原」
『突然の電話失礼します。哨戒部隊から人間の中隊が近づいているとの報告がありました』
「どこのだ」
『おそらくアーストのかと』
「あそこか、あいわかった。哨戒部隊にはそのまま偵察させておけ。放送をしろ。非戦闘員は地下鉄に避難。そうだな…近くにいる部隊は」
『少々お待ちください…………第五四大隊がおります』
「そうか。それじゃあそこから一個中隊を呼び出せ。装備は古式だ。完了したら城の前に集合させろ。あと一応衛生隊も呼んでおけ。ここに来るまでどれぐらいかかる』
『あと3時間ほどです』
「目視圏内まで来たらまた連絡しろ」
『了解しました』
彼女は電話をおきため息を一つつく。
「全く…そういやもう数か月は経ったか」
アーストはここから一番近い国になる。数か月に一度ここに中隊を送るがそのたびに全滅している。人的資源も無限じゃないだろうにいい加減あきらめてほしいものだ。魔物のせいで民がどうのこうの言っているが理性もない獣の暴走を自分たちの所為にされても困る。まだ軍備は整っていない。ここで下手にこちらの軍を動かして人間に情報が渡るとまずい。面倒だが伝統にのっとって自分が相手をしよう。
放送が鳴る。先ほど自分が言った通りだ。ばたばたと走り回る音が聞こえてくる。
2時間後には城の前に第二一六中隊が集合していた。
「師団長閣下、第二一六中隊古式装備で集合完了しました」
「よろしい…いいか!これからあと1時間ほどで人間どもが中隊クラスでやってくる!これより貴様らには訓練の名目で奴らと戦ってもらう。訓練とは言えど奴らの装備は本物だ。気を抜けば死ぬぞ。それでは、号令あるまで総員待機!」
一応死んでも蘇生魔法はある。だがこの魔法は対象がが死んでから約半日がタイムリミットであるし、また重要な器官、例えば脳が破壊された場合や、体の半分以上が消し飛んだ場合などは効かない。中世式の戦い方で組成魔法が効かなくなるような死に方はほとんどしないだろうがこれからの時代、体がほとんど消し飛ぶようなことはざらにあるだろうし、半日以上死体が拘置されることもあるだろう。蘇生魔法が生きるのもあと少し、いや魔法自体もうすぐ死ぬであろう。自分の存在価値も魔法にあるが、果たしてどこまで生きながらえることができるであろうか。
「ポチは危ないからここで待ってな…ポチを頼んだ」
万が一のことがあってはいけない。死んでも蘇生はできるが愛犬の死体を見るのはいやだ。野戦病院で衛生隊に預けておけば大丈夫だろう。
日がずいぶん傾いている。時刻はまだ17時くらいだろう。もう冬だ。大侵攻は予定では来年の秋に行う。それまでに彼がここに到着してくれればいいのだが。しまった。今朝あったときに現在地を聞いておけばよかった。ダメだな。予定してないことは全然できない。こういうところは直しておかねば師団長として格好がつかない。あと1時間、長いようで短い時間だ。毎度のことながら戦いは緊張する。痛い思いをするのには覚悟が必要だ。城門の塔の頂上で敵がやってくるはずの方向を見据え、深呼吸をする。簡易的な指令場となったここで中隊長とともに無線機の前で座って連絡を待つ。中隊長はかなり緊張しているようだ。今回が初めての人間との闘いというわけでもない。自分が隣にいるのが原因だろうか。
「そんなに緊張するな」
「は、はぁ」
「何度も人間どもとは何度も戦っているし、私が近くにいるのも何回かあったろうに」
「そ、そうでありますね」
「困ったやつよのぉ。その姿部下には見せておらんよな」
「そ、それはもちろん!」
「よろしい。部下のいる手前しっかりと威厳を見せつけよ。まあ、私の前ではお前はかわいい部下にあるがな。どうだ、訓練は厳しいか」
「き、厳しくはありますが、必要なことだとは十分に思って居ります。毎日の訓練で日々磨きがかかっていることを自覚しております」
「そうか、ならよい。どれ、私は少し席を外すとしようか。戦いの前に過度な緊張は毒だ。私が席を外している間に落ち着かせておけ」
「はっ。ありがとうございます」
彼女は席を立ち隣の塔へ飛び移る。再度深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。今回転移系の魔法は使うわけにはいかない。自分の転移は一度虚空を経由するが、虚空の中には数多くの銃火器が置いてある。人間を転移させたときに虚空の中を見られるわけにはいかない。移動させるときは物理的な魔法で動かす必要がある。そもそも魔法が物理的かと言えば全くそんなことはないのだが、便宜上だ便宜上。剣を振るうのも数か月振りになる…歴代の魔王はこの剣を使っていたらしい。とても綺麗な剣だ。豪華な装飾もされてある。はたしてこの剣は今までどれほどの人間の血を吸ってきたのだろう。きっと百や千どころではない。万やもしかしたら億まで行っているのかもしれない。もうすぐこの剣の役目も終わる。我らは中世から時代をすすめるのだ。近代国家として。
中隊長から声がかかった。
「師団長閣下!報告です、敵中隊が目視圏内に入りました!」
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