一寸先は地獄花
カツカツと足音が響く。
しくじった。こんな筈じゃあ無かったのにと後悔しても後の祭り。とんでもない連中を敵に回してしまった。
足元に散らばる仲間の死体。そんなのに構ってる暇は無く、その死体を踏んづけて唯々走る。何処でもいい、早く逃げなければ。奴等は何処までも追ってくる。なんでこうなったんだ。嗚呼、こうなるんだったらこんな事しなけりゃ良かった。
鬼兵隊。攘夷浪士の中で最も危険な集団。強者揃いの精鋭達。
そいつらを出し抜こうだなんて、俺たちはなんて馬鹿なんだろう。最初から分かっていた筈だ。
ドン、と遠くで破裂音が響いた。嗚呼、また仲間が死んだ。然し此れは好都合だ。遠くで鳴ったという事は、敵も遠くにいるという事だ。さあ、出口は目の前だ。このまま逃げ切ろう。
悪いな。同胞達よ。然しこれが社会と言うものだ。所詮弱いものが死んでいく。これが現実。逃げ足が速いものが生き残るだけ。
「そうでも無いよ。」
凛とした、鈴の様な声が響いた。
目の前には此の場には似つかわしくない、一人の少女が立っていた。小柄で、真っ黒な服を着た、それはそれは美しい少女が。
「逃げ足だなんて、何も役には立たない。何故なら其れは私達が貴方を地の底まで追い詰めるからね。貴方が何処へ逃げようが私達が必ず見つけ出す。」
コツコツと足音を立てながら、少女は此方へ近づいて来る。真っ直ぐと、迷い無く、此方を見つめながら。俺は震える足に鞭を打ち、きびつを返して走り出した。
拙い。こいつは特に拙い。本能が言っている。逃げても無駄だと。よもや人間の本能ですらも負けを認めている。然しそんな事はどうでもいい。逃げろ。何処でもいい、こいつから一歩でも早く逃げろ。俺はまだ死にたく無い。いくら本能が諦めても俺はまだ‥‥。
「ただ一つだけ私達から逃れる方法がある。」
耳を貸すな。逃げろ。
「私達だけじゃあ無く、警察からも、幕府からも一生逃れる方法。」
走れ。後ろを振り向くな。
「其れは‥‥」
奴の足音が止んだ。逃げたかと思い後ろを振り向くと、ふわりと笑った彼女と目が合った。嗚呼、美しい。
瞬間。
背後から怒号が鳴り響き、俺の身体は瞬く間に炎に包まれた。
熱いなんてものじゃない。痛い、苦しい。助けてほしい。
轟轟と炎が走る中、少女が口にした言葉を俺は聞き取れなかった。然し、なんと無く察しはついた。彼女の言う通りだ。金輪際、幕府から追われる心配もない。そんな唯一の方法が。其れは‥‥
「死ね。」