鬼子   作:亥露

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第玖訓 初めてお邪魔する家に持って行くお菓子は何にしたら良いか分からない

 「あのー!平賀さーん!先日便りを出した猫山ですけどー!あのー!平賀さーん!?聞こえてますかー!」

 

 そう叫んだが、私の声はドリルの音で掻き消されてしまっていた。

 かぶき町の一角に佇む工場、平賀庵に私は来ていた。先日其処に便りを出して、此の炎天下の中態々歩いて出向いたのだ。

 然し当の本人は此方を見向きもせず……と言うか自分が扱っているドリルの所為で此方の声が聞こえていない様で、ただひたすらにガラクタを作り続けている。

 

 「平賀さーん!ちょっ……聞いて下さい!あの……平賀ァ!!聞いてェ!?お願いだから!!じゃないと話進まないから!!」

 「うるせぇ!!近所迷惑も考えろクソガキィ!!」

 「いや今現在近所迷惑なのはどっちかって言うとそっちィ!!」

 

 平賀さんは此方にスパナを投げつけたが、私は間一髪で避けた。其のスパナは地面に刺さっており、避けなければ如何なっていたかと思うと少し背筋が凍る。力が強すぎではないか?此のお爺ちゃん。

 

 平賀源外。江戸一番のカラクリ技師。もういい歳したおじいちゃんだがまだまだ現役の様で、昼夜問わずこうしてカラクリを作っている。まぁ近所の人からしたらたまったものではないだろうが。事実、近隣住民から沢山の苦情が入っているらしいが、本人はどこ吹く風という様子だ。

 

 「で、ガキがこんな所に何の様だ?俺のカラクリは高ぇぞ」

 「あぁいや、カラクリを購入しに来たわけでは無くてですね」

 「何だ!?冷やかしかコノヤロー!」

 「人の話は最後まで聞こうかお爺ちゃん!!」

 

 そんな事を言っている間にも平賀さんはガシャコンガシャコンと機械をいじっている。本当に人の話を聞かないなこの人は。

 私は機械の音に負けじと声を張り上げる。

 

 「息子さんと仲良くさせて頂いた猫山紅葉と申します。今日は其のご挨拶にと伺ったまでです」

 

 私がそう言うと、平賀さんは少し動きが止まった。やっと釣り糸に魚がかかった。

 

 其の男は平賀三郎という男だった。嘗ての攘夷戦争で晋助が率いていた義勇軍、鬼兵隊に所属し、刀を振るより機械で鬼兵隊を支えてくれていた男。本当に凄かった。大砲やらカラクリを作り、其の都度私達を驚かせてくれていたものだ。然し幕府は天人と迎合してしまい、天人との関係を危惧しお国の為に命を賭して戦った侍達を無情にも切り捨て、攘夷戦争に参加していた武士の殆どを粛清してしまった。例に漏れず鬼兵隊も。

 そして其の中には三郎も居た。幕府に首を斬られ、見せしめの様に他の侍と共に河原に並べられていた。

 

 「心中、お察しします。三郎君はとっても良い子でした。いつもお父様の話をしていて……」

 「止めろ」

 

 平賀さんは低い声で私の言葉を静止した。其の声は怒りでも無く、ただ抑揚の無い、如何形容したら良いか分からない声色だった。私は黙って言葉の続きを待つ。

 

 「三郎はな、居るんだよ」

 「え」

 

 其の言葉に私の脳味噌は真っ白になった。然しそれは一秒にも満たない時間で有り、次の瞬間から私の脳味噌は状況把握、及びまるでアルバムや本を捲るかの如く昔の記憶を映し出すべく全ての機能を総動員させていた。此の時ばかりは自分の体質に感謝せざる負えない。

 

 居る?三郎が?嘘だ。私は此の目で三郎が首を晒されているのをしかと見たぞ。あれは幻覚、若しくは人違いだったとでもいうのか。有り得ない。私がそんな見間違いをする訳が無い。あの目付き、あの肌の色、あの唇の厚の薄さ。三郎が生きていた記憶とあの晒されていた首を並べて見ても何処から如何見たって三郎では無いか。

 

 私が脳味噌を回転させていると、平賀さんが作ったであろうカラクリがお茶を持ってきた。そのカラクリは三郎の言っていた通りに太く、そしてでかかった。何処と無く某風の谷に出てきそうなくらい。

 そのカラクリは小慣れた手つきで私達が座っているカゴに置いていく。

 私は動かしていた脳味噌を一旦止めた。それと同時にお礼を言う言葉も飲み込んだ。いや、まさかそんな。え、違うよね?。

 

 「……平賀さん。此のカラクリの名前って……」

 「三郎だ」

 

 サブロウダ。

 

 そう言われるや否や私は音を立てて立ち上がり其の三郎と言われたカラクリの両腕を鷲掴みにし詰め寄った。

 

 「三郎ぉぉぉぉぉ!?いや、えぇ!?なんか色々違うんですけど!?種族って言うか、生き物ですらも無いんですけど!?変わり過ぎだろぉぉ!!」

 「バカヤロー!どっから如何見たって三郎だろうが!」

 「何処が!?面影0ですけど!?こんな見た目だったら私じゃ無くてもすれ違う民皆記憶にこびりつくわ!」

 

 其の曰く三郎というカラクリは人の言葉をある程度理解出来るらしく、平賀さんの命令にも従っていた。尚本当にポンコツの様で、平賀さんの考えていた別の方向で言う事を聞くらしいが。今だって平賀さんの頭に熱々のお茶を被せている。

 然し本当に具体的に命令しなければ変に動くらしい。今だってこんな真夏に熱いお茶を淹れてきたのだから。熱中症になりそうだ。

 まぁさっきは驚きで理解が遅れたが、恐らく自分が作ったカラクリに息子の名前を付け、三郎の面影を重ねているだけだろう。哀れなお爺さんだ。

 

 然し流石は三郎のお爺さんだ。ガラクタとは言ってもどれも此れも完成度が高い。三郎の技術も高かったが、平賀源外はそれ以上の腕を持っている。流石江戸一番のカラクリ技師と言われるだけある。

 

 「紅葉と言ったか。儂の呼び名は源外で良い。三郎と被るから。それからお前さんが気にする事は何も無い。今の息子はこいつらなんだからな」

 

 そう言って平賀さん、基源外さんはカラクリ……三郎を見た。ゴーグルをしている為、どの様な表情かは知り得ない。ただ其の声には少しばかり寂しさも孕んでいた。

 親子喧嘩をしに来たと彼は言った。喧嘩したまま戦争に赴き、仲直りをしないまま死んでいった。河原の晒された息子の首を此の人も見たはずだ。それを見た彼の気持ちは想像に難く無い。いや、測り知れない。

 

 悲しい、悲しい物語だ。

 

 然し彼の中では物語は終わっていないのだろう。息子の面影を探し、こんなカラクリまで作り上げて。誰を恨めば良いのかも分からない。

 

 「三郎は、いつも貴方の自慢ばかりしていましたよ。親父に教わって此処迄出来る様になったって」

 

 私はそう言い席を立つ。これ以上何を言っても無駄だろう。

 ただ()は撒いた。

 

 「其処のお菓子、自由に食べて下さい。それではお邪魔しました」

 

 丁寧にお辞儀をし、私は踵を返す。然し、源外さんに静止された。

 

 「お前さん、銀杏と言う女を知らんか」

 

 聞き馴染みのない名前に、私は首を傾げる。銀杏……聞いたことも無いし、会ったことも無い。

 

 「いえ、存じ上げませんが。如何されたのですか?」

 「旧友だよ。少し……いや、かなりお前さんと似ていたものでな。まぁ銀杏は身長が高かったし、お前さんみたくちんちくりんじゃ無いし別人……」

 

 爆音が響く。私は足を壁に減り込ませ、其のすぐ側に源外さんの顔面が。

 

 「そうだ、此の際寿命を短くしては如何でしょう。そういうの得意なんです、私。そういえば生命保険って加入されていますか?私今からでも入れる保険知ってるんですよ」

 「それ遠回しに殺すって事だよな!?追い先短い老人を敬えコノヤロー!」

 「あんたこそ先のある若者を大事にしてくださいよ!」

 「お前いくつだよ!」

 「27!」

 「結構いってんじゃねぇか!!」

 「じじぃに言われたか無いわ!!」

 「何じゃと小娘ェ!!」

 

 私と源外さんの声が、青空に響いた。さっきまでの空気は何処へやら、いつの間にか明るい空気になって居た。

 

 「じゃあ今度こそ行きますね。さようなら」

 「あぁ待て紅葉よ」

 「今度はなんですか?」

 

 再度私を引き留めた源外さんは私が渡した菓子折りを持ってきた。

 

 「俺は麩菓子じゃなく団子の方が好きだ」

 

 再度空に爆発音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 「もしもし、晋助?……うん。予定は順調。……あ、そうなの?うん。じゃあ楽しみに待ってる。……じゃあまたね。バイバイ」

 

 携帯を耳から放し通話を切る。電話の相手は勿論晋助だ。これで任されていた仕事の二つのうち一つは完了した。少し肩の荷が降りてホッとする。そうしたら急に腹が減ってきたので近くのスナックお登勢に足を向かわせる。今は夕暮れ時、もうやっているのだろうか。

 キャバクラ、団子屋、女装スナックを通り過ぎ、二階建てのデカく構えているところがスナックだ。私は江戸に来てから度々スナックで飲む様になった。偶に銀時が来たり、長谷川さんが来たり。かと思ったら誰も来なかったり。いつの日か其処は私の拠り所になっていた。

 だから今日も店の扉を開ける。

 

 「だがね、紅葉。此処はスナックであって定食屋じゃ無いんだよ。腹が減ったなら其処へ行きな」

 

 席に座った途端に其のスナックの店主、お登勢さんが眉間に皺を寄せ不機嫌そうに喋った。手には煙草が握られており、其の長さからいって恐らく今さっき火を付けたばかりなのだろう。私も自分のポケットから煙草を取り出しライターで火を付ける。するとお登勢さんは更に不快な顔をした。自分だって煙草を吸っているじゃ無いかと言いそうになったところをグッと堪える。

 

 「アンタの煙草は少しキツイから嫌なんだよ」

 「それはまた何でですか?匂い」

 「それもあるがアンタ、それ結構強いヤツだろう?そんなパカパカ吸ってたら肺をやっちまうよ」

 

 心配無用だ。もう遅い。

 私は一本吸い終わると、またもう一本箱からだし火を付ける。煙草の度数なんて考えた事もない。ただ色んな煙草を買い漁り、これだと言うものを繰り返し吸っているだけだ。まぁ此れは日本では流通していない為、通販という事になる。

 私は鬼殺しを注文し、別の席を眺める。此処には色んな客がいる。上等な着物を着た人、ボロを着た人。その全てが此のスナックが沢山の人の拠り所になっているのは見て取れる。

 私が少し干渉に浸っていると、焼酎が運ばれてきた。

 

 「あぁ、有難う御座いま……」

 「ドウゾゴユックリ」

 

 焼酎を運んで来たのは猫耳を付けた女性……女性?だった。と言うかそれ本物なの?

 

 「コイツはキャサリン。ウチで雇った従業員さ。性悪だけど仲良くしてやってくれ」

 「いや、身内の紹介で性悪って事バラす人初めて見ましたよ」

 「猫系美少女ノ座ハ譲ラネェカラナ小娘!!」

 「急に口悪くなっちゃったよ。情緒不安定なのこの人。あとアンタ言っとくけど美でも無いし少女でも無いから。全て間違ってるから」

 「何ダトクソアマァァ!!」

 

 私がそう捲し立てると、キャサリンの地雷を踏んだらしく掴みかかってきた。然し私は間一髪で避けれキャサリンの顎に鉄拳を入れた。キャサリンは其の儘天井にぶら下がったが、私は気にせず運ばれてきた焼酎を飲む。仄かな苦さが丁度良い。お登勢さんも此れは日常茶飯事らしく、黙って煙草を吹かしていた。

 其の儘私がお酒を飲んでいるとガラガラと店の扉が開かれた。其処に居たのは見知った三人組だった。

 

 「銀時。それに新八君と神楽ちゃんも。久しぶりだね」

 「紅葉さん!お久しぶりです!!」

 「きゃっほー!紅葉ー!」

 

 新八君と神楽ちゃんは私を見るや否や此方へ走ってきた。あまりの勢いだった為、少しよろけてしまった。銀時は相変わらず怠そうに欠伸をしていた。

 三人が店内に入り、店の戸を閉めるのかと思ったら、何やら白いモフモフした何かが外で蠢いていた。其れは店より大きい様で、其の姿を拝む事は叶わない。

 私が不審がっているのが分かったのか、自慢したくてうずうずしていたのか分からないが、丁度良いタイミングで神楽ちゃんが「紹介するアル!」と開かれていた扉を更に開けた。

 大きな足音を立てながら其れは入ってきた。白く、つぶらな瞳を持った

 犬だった。

 

 「……犬」

 「おう、定春ってんだ。宜しくな」

 「えっと、何?アラスカンマラミュートですか?」

 「何言ってるアルか。そんなヘンテコな名前じゃないヨ。定春は定春ネ」

 

 猫の次は犬か。いつから此処は動物園になったのだろう。

 そのデカさは私の身長を優に超えており、天井には付かない高さだが、大人二人は余裕で背に乗せれそうだった。

 定春は此方をジッと見ている。何だ?まさか私が捕食対象とでも言うんじゃ無いだろうか。

 私がジッと睨み返していると、定春は銀時の後ろに隠れて尻尾を内に巻いていた。昔からそうである。動物と会ったら直ぐに逃げられる。私は元来動物に好かれない体質なのだろうか。其れは少し寂しい気もする。私に懐いているとしたら飼い猫くらいだろう。

 

 すると私の肩に乗っていた猫が急に飛び降り、トコトコと短い足で定春の所へ向かった。二匹は何やらコミュニケーションを撮っている様で、鼻をつけ合わせたり、お互いの周りをぐるぐる回ったりしていた。

 

 「そういや、其の猫の名前って何だよ。十年くらい一緒に居たけど知らねぇわ」

 「あ、其れ僕も知りたいです。呼ぶ時不便だろうし」

 

 私は二人の言葉に少し沈黙をする。

 

 「名前?」

 「え?あるでしょ?ほら、〝タマ〟とか、〝マル〟とか。あ、黒猫だから〝クロ〟とか!」

 「なま……え」

 「え?」

 

 その場に居た全員の視線が私に向く。その視線は決して冷たいものではなく、驚きに満ちた表情だった。

 するとお登勢さんはいつの間にかカウンターから離れており、私の肩をポンっと叩いた。その顔は哀れみの表情を描いていた。

 

 「アンタねぇ、飼い猫くらいの名前は付けときなさいよ。可哀想だろ?」

 「え!?いや、アイツ名前無くても結構楽しそうですよ!」

 

 私が指を指した先には、我関せずと言った様子で定春の頭の上に乗ってふんぞり帰っている。子供達はもう先程の件は興味がない様で、其の姿を見て可愛いと黄色い歓声を上げている。

 

 

 

 

 

 

 「名前ってそんなに大事かねぇ」

 

 太陽は消え、星たちが輝く時間帯、私は猫を抱きかかえ帰路に着いた。

 

 名は体を表す。そんな言葉がある。故に名前と言うのは如何重要なのかは私だって理解をしている。生物は名を貰い、形を保ち、認識される。そうして生物は生き物としての尊厳を手に入れる事が出来る。

 ただ、私達には名前と言うのは其れ程重要では無い。猫は賢く、此方の言葉を一滴の漏れも無く理解できる。其処にある意図も汲み取って。そして私は過ごした年月か、或いは猫の意思表示が上手いだけかは知らないが、猫がして欲しい事は粗方理解が出来る。

 其れで良いじゃないか。

 そうして私達は二人で生きてきたのではないか。

 

 然し。然しだ。周りの人があぁ言っていると言う事は、名前が無いのは少々まずい様な気がする。

 

 「名前、考えなきゃね」

 

 猫を持ち上げ目を合わせる。私を見つめる猫は、興味無さげに見つめ返したのだった。

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