「あ!テメェは!!」
「……げ」
「げって何だテメェ。俺だって会いたく無かったわチクショー」
私が道端でタバコを吸っていると、真選組鬼の副長こと、土方十四郎が汗だくでやってきた。真夏にジャケットは暑い様で、肩に掛けていた。まぁ黒だから尚の事暑いのだろうが。
土方はポケットから煙草を取り出し、反対方向のポケットも弄る。どうやらライターを忘れてしまったらしい。
「おい、火ィくれ」
「はいはい」
私がそう言うと、土方は私が咥えていた煙草の先端を己の煙草に付けた。一気に距離が近くなり、私はジッと土方の顔を見る。多分土方はイケメンの部類に入るのだろう。切れ長の目、通った鼻筋、薄い唇。成る程、巷の女の子達が騒ぐのも分かる。
そう思うと急に恥ずかしくなり、火が付いたら急ぐ様に顔を離した。面食いのつもりは無かったが、意外にも私は俗っぽい所がある事に驚きだった。
「つーかお前、名前なんて言うんだよ」
「えぇ、名乗る必要ある?」
「呼ぶ時困るだろうが」
あ、呼ぶ気満々なんだ。
一応断っておくが、彼は真選組で、私はテロリストだ。いくら私の顔が割れてないとは言え、敵対組織であるこの人と仲良くするのは少し好ましく無い。然し今私が少しでも怪しい行動を取ったならばそれこそ本末転倒だろう。
私は溜息をつき名乗った。
「猫山紅葉。貴方は土方十四郎でしょう?」
「へぇ、珍しい苗字だな。つーか何で俺の名前も知ってんだよ」
「いつもチンピラ警察24時見てるからね」
「ケッ」と土方は吐き捨てた。あれが何処まで本当で、何処まで捏造なのかは分からないが、チンピラと言うのは間違っては居ないのだろう。
「そう言えば、鬼の副長ともあろう人がこんな所でサボりですか?」
「サボりじゃねぇよ。人探しだ人探し」
「探して無いじゃん」
「休憩中何だよコノヤロー。ってかその呼び方ヤメロ」
「じゃあ十四郎で」
「いきなりファーストネームかよ」
「私苗字で呼ぶの慣れて無いの」
そんなやり取りをしつつ、私達は短くなった煙草を携帯灰皿に消して行く。土方……十四郎は自動販売機に直行した。
「あー暑い。何で
「ホントだよね。暑いったらありゃしない」
「白ワイシャツ着てるオメェが言うんじゃねぇよ。あーもう暑くてイライラしてきた。おまけにこのクソ暑いのに人探したァよ。もうどーにでもしてくれって」
「そんなに暑いなら夏服つくってあげますぜ土方さん……」
後ろから中性的な江戸っ子口調が聞こえ、その一瞬後に十四郎の居た地面が抉れた。其処には刀が刺さっており、私の所にも熱風に混じった砂埃が舞ってくる。
その犯人は十四郎の顔を見て少し眉間を寄せる。
「あぶねーな。動かないでくだせェ。怪我しやすぜ」
いや、怪我させに行ってるのは君じゃ無いのか。
そう口に出そうになったが直前の所で飲み込んだ。此処で変に関わりを広げたら後々面倒な事になる。此処は大人しく気配を消し……。
「あ、アンタ池田屋ん時のお嬢さん。奇遇ですねィ」
無駄だった様だ。
と言うか何奴も此奴もよく人の顔覚えているな。と私は感心した。私なんて特徴的な顔でも無いだろうに。
「あぶねのはテメーそのものだろうが何しやがんだてめー!」
起き上がった十四郎は沖田君に怒鳴る。当たり前だ。
「なんですかィ。制服ノースリーブにしてやろうと思ったのに……」
絶対嘘だ。今まさに沖田君は腕ごと持っていこうとしていた。序でに十四郎の命も。真選組がチンピラと言われるのは此れが故なのでは無いか。
「実は今俺が提案した夏服を売り込み中でしてね。土方さんもどーですか。ロッカーになれますぜ。どーですお嬢さんも」
そう言い沖田君は袖を乱雑に切り取った制服を取り出した。確かにロッカーにはなれそうだ。これで白粉を顔に塗って黒いメイクでアレンジすれば地下でギターを歯で弾きそうなバンドマンの完成だ。
「成る程、売り込み乍も自分は来ていない姿を見ると、これは悪ふざけが生み出した副産物と見た」
「誰が着るかんなモン!」
そう言って十四郎は沖田君の持っていた制服を地面に叩きつけた。当たり前だ。こんなふざけた制服が認められるわけがない。
すると後ろから低く、芯のある声が聞こえた。私は聞き覚えのある声に振り向く。
近藤勲だ。
「おーうどーだ調査の方は」
如何やら認められていたらしい。近藤はノースリーブな上にいつも来ているワイシャツとベストを脱いでおり、その腹筋が露わになっていた。うん、本当にロッカーだ。
「ん?お前さん何の様だ?」
「何の様って、私が元々此処にいた所にこの人達が集まって来たんですよ。それより調査って何ですか?例の人探し?」
私はそう聞くと、三人は目を見合わせた。すると私の肩に乗っている猫を見てニヤリと笑った。
この時私はやっぱり仲良くするんじゃ無かったと後悔した。
「ねぇ、うちの猫を警察犬代わりにしないでくれます?」
「良いじゃねーですかィ。減るモンじゃ無いし」
「減ってる。明らかに私の時間が減ってる。全く、何で私が姫様の捜索なんか」
私はそう言いまたポケットから煙草を出す。今日何本目かの喫煙で、気が付けば箱の中は到頭残り二本ぐらいになってしまっていた。
江戸の将軍、徳川茂茂の愛妹、徳川そよが今朝から行方不明らしい。鬼兵隊には情報が入っていない為、攘夷志士の仕業では無く単なる家出と言う可能性が濃厚だろう。
それの捜索に私の飼い猫を使いたいらしい。実際猫は姫様の私物の匂いを嗅ぎ、迷い無く歩みを進める。
「お姫さんが何を思って家出なんざしたんだか……人間立場が変わりゃ悩みも変わるってもんだ。俺にゃ姫さんの悩みなんて想像もつかんよ」
十四郎は捜索用の写真を見ながらぼやいた。その写真に写っているそよ姫はテレビで見た通りの顔立ちをしていた。顔立ちはとても整っており、伸ばされた髪も黒く艶がある。
然し表情は何処と無く寂しそうに見えた。
「立場が変わったって年頃の娘に変わりはない。最近お父さんの視線がいやらしいとかお父さんが臭いとか色々あるのさ」
「お父さんばっかじゃねーか」
そんな十四郎と勲さん(そう言えと言われた)の会話を聞き流しつつ私も後をついて行く。本当は今直ぐこの場を立ち去りたいのだが、猫を貸し出してしまった手前放置にも出来やしないのだ。面倒な事に巻き込まれた。
「まぁ、勲さんの理由に乗っかる訳じゃ無いけど、そよ姫が家出する気持ちも分からなくないね」
私がそう言うと、三人は目を見開いて此方を見る。その視線に私は言葉を続けた。
「年頃の娘と言うのは本来身分も関係無く思いっきり外で遊びいたいもんでしょう?それなのにずっと城に居たんじゃあノイローゼになってしまうじゃないか。今日くらいは多めに見たら如何?」
「んな甘い事言ってられねぇよ」
そんなもんなのかと私は頭の片隅で思う。
「然し本当に有り難う!紅葉さんが居なけりゃ捜査は難航していた。礼を言っても足りないくらいだ」
勲さんは眩しい笑顔を私に向ける。私は意識的に視線を逸らしながら答えた。
「まぁ乗り掛かった船です。最後まで付き合いましょう」
此処迄来てはいじゃあさようならは流石にあんまりだ。こうなったら最後まで見届けようじゃないか。
「にしても紅葉さん、あんな所で何していたんですかィ?」
「仕事帰り」
「仕事って?」
「内緒。そんな事より総悟君も偉いね、まだ十八歳なのに大人と一緒に働くなんて。凄いよ」
そう言うと総悟君は一瞬目を見開くと、「まぁ、ざっす」と目を逸らした。何か気に障る様な事を言ってしまったのだろうか。この年の男の子は難しいからな。それに私も思春期の男の子と話した事もないから少しばかり緊張する。
猫はずんずんと迷い無く歩いて行く。すると見知った道を歩いている事に気付いた。それは十四郎達も同じだった様で、四人で顔を見合わせる。
「局長ォォ!」
突然声が響く。先ずは呼ばれた勲さんが振り向くその後に十四郎が瞳を右にずらし、総悟君が体ごと振り返る。そうして声の主がこの場の誰でも無い事を確認して私も声のした方を振り向く。
其処には勲さんと同じくノースリーブの隊服を着た青年が敬礼をしながら立っていた。その姿を十四郎は冷めた目で見ているのであった。
「どーした山崎!?」
山崎と呼ばれた青年は私が居る事に気付いていないのか構わず淡々と説明をした。
「目撃情報が。どうやら姫様はかぶき町に向かった様です」
予感は的中。私達の間に緊張が走る。
かぶき町は江戸で上位を誇る治安の悪さだ。銀時も居るが危険な事には変わりは無い。若し厄介な輩に捕まりでもしたらそれこそ姫様の命は保証できない。
話を聞いていたのか定かでは無いが、タイミングよく猫が走り出した。私達は目を見合わせその後に続く。
「やっぱり此処?」
私が猫に喋り掛けると、肯定する様に鳴いた。
かぶき町の入り口。私達はかぶき町を主張する看板を見上げながら頭を抱える。
「よりによって何でかぶき町何だよ……」
「まぁかぶき町は江戸で一番治安は悪いけど皮肉な事に一番目立つ所だからね。取り敢えずで入ったんでしょう……急ごう、姫様が危ない」
私の言葉と共に五人で走り出す。
「と言うかこの人誰ですか?如何言う関係なんですか」
山崎という人は私を警戒の孕んだ目で見る。まぁ当然の疑問だろう。
「猫山紅葉さん。今回調査を協力してくれている方だ」
「こんな美人さん何処で捕まえて来たんですか?」
「喫煙所」
「え」
え。とは何事かと私は心の中でぼやいた。確かに身長はお世辞にも高いとは言えないが、そんな子供っぽくは見えないだろう。
猫はウロウロして落ち着きが無い。右に行っては左に行き、進んだと思ったら後ろへ下がり。きっと匂いが散漫されているのだろう。こうなればお手上げ状態だ。私達が自力で探すしか無い。然し如何しろと言うのだ。
「……私南の方を探してくる」
「分かった。気ィ付けろよ」
十四郎の言葉に頷き、猫を抱えて走り出す。こう言う時は先ず聞き込みだ。
私は先程借りたそよ姫の写真を皺が出来ない様に握り締める。何故自分が敵である真選組に手を貸しているのか分からないが、取り敢えず探してみるか。
そう思い辺りを見渡す。丁度公園が有り、若しかしたら其処にいるかもと踏んだのだが、其処にはお呼びでは無い人物がベンチに座っていた。
「……長谷川さん、何してんの?就活は?」
「よう紅葉ちゃん!久々だな。如何した?人探しか?」
「人の話スルーしないで下さい。……まぁ大方合ってるけど。長谷川さん、この人見ませんでしたか?」
私は駄目元で長谷川さんに写真を見せた。然し其れは駄目元では無かった様だ。
写真を見た長谷川さんは「あぁ!」と声を上げた。
「この子ね!見た見た。なんか銀さんとこのチャイナ娘と一緒にパチンコに居たけど」
「パチンコ!?」
何でまたそんな所に。
私は頭を掻いた。神楽ちゃんが一緒に居るなら安全だけど……いや安全か?彼の子は割りかし危険な所に首を突っ込むからなぁ。と言うか何故神楽ちゃんとそよ姫が一緒に居るのだろう。
「その後どこに行ったか分かりますか?」
「いやぁ、其処まではさっぱりだ」
「そうですか。ご協力有り難う御座います」
私は勢い良くお辞儀をしてその場を後にする。
さて、如何したものか。
きっと此処はパチンコからちょっと遠い位置にある為、長谷川さんが神楽ちゃん達を見たのはだいぶ前と言う事になる。なればもうパチンコには居ないだろう。女の子が行きそうな所と言えば、駄菓子屋、プリクラ、ショッピング。後は……。
「団子屋か」
直感だった。然し確証はある。食い意地のある神楽ちゃんが一緒に居るのであれば団子屋に行く事は確定だろう。お金を沢山持っているそよ姫も一緒だったら尚の事。まぁさっき路地裏で伸びている子供がいた為多分神楽ちゃんが追い剥ぎをしていたのは想像に難く無い。
此処ら辺の団子屋で一番安い所は……彼処だな。
そう思い歩みを進める。
そよ姫の気持ちは分かる。友達も居らずずっと城に一人。其れがどれだけ寂しい事なのか私には計り知れない。今や誰も崇める事はしないハリボテの城。あんな物を壊しても誰一人として困りはしないだろう。無意味で、無価値。其れに今の江戸を牛耳っているのは将軍でも、幕府でもない。
もっと他に居る。
「だからこそ縛られる謂れはありませんよね」
そう言って私はそよ姫を見下ろす。私が予想した通りの店舗に二人は居た。
「紅葉?何で此処に居るアルか?」
「お初にお目に掛ります。私は猫山紅葉と申す物で御座います」
私はそよ姫の前に跪き自己紹介をした。そよ姫は困惑の表情を浮かべていた。
「真選組への協力で貴女様を捜索しておりました」
困惑の表情は驚きに変わり、神楽ちゃんはそよ姫の前に出た。如何やら二人はお友達になったいたらしい。まぁ長谷川さんの話を聞いて察してはいたが。
その時私の携帯の着信音が響き渡る。液晶に映し出された文字は『土方十四郎』だった。さっき別れる前に交換したのだ。
「もしもし?」
『其方は如何だ。見つかったか』
私はチラリと二人の方へ目をやる。二人は怯える様に此方を見ていた。
「……えぇ、見つかったよ」
「紅葉!!」
「だから安心して、私が屯所へ無事に送り届けるから。少し遅くなるかもしれないけれど」
『は!?遅くなるってお前……』
私は十四郎の返事を待たずに通話を切る。二人はポカンとした目を私に向けた。こんな時まで真選組に協力する必要は無い。
くるりと振り返り二人に笑顔を向けた。
「さぁ、何処へ行きたい?私と一緒なら何処へでも連れて行ってあげるよ」
そう言った直後に神楽ちゃんはものすごい勢いで抱きついてきた。その反動で少し肋骨が三、四本折れたのは秘密だ。
「紅葉ぃ!お前出来る女アルな!」
「あはは、有り難う。所で神楽ちゃん、少し力を緩めて……いや本当に。ヤバいから。なんか内臓的ものが出て来ちゃうから…ウップ」
そよ姫は少し不安そうな顔で此方へ来た。こうして見ればただのなんて事の無い普通の女の子だ。服装も敢えて地味にしている為其れも相まってなのだろう。然し根付いている上品さは隠しきれていない様だ。
彼女は初めて、私にその小さな口から発せられる鈴の様な声を聴かせてくれた。
「良いのですか?こんな……」
その言葉に私は微笑む。
「姫様。立場を忘れ、楽しく遊びたいと言う思いは決して罪ではありません。子供は、思いっきり遊ぶのが役目なのです」
私がそう言うと、そよ姫の陶の様な頬に一雫の涙が伝った。一粒、また一粒と落ちて行き滝の様な涙が零れ落ちる。私はハンカチでその涙を拭う。
「有り難う御座います……。紅葉さん、私より一回り年下そうなのにしっかりしているんですね」
ピタリ。とそよ姫の涙を拭う手が止まる。
年下?確かそよ姫は十代中盤辺りな筈。そして私は二十七歳だ。
明らかに齟齬を感じる。
「……姫様、あの、御言葉ですが私はもう二十歳を大幅に超えております故」
ピタリ。と今度はそよ姫が止まる。
「す、すみません、てっきり小学生位だと……」
私は少し天を仰ぐ。真っ青な空にキビタキが飛んでいく。あぁ、このまま私も一緒に連れ立って貰えないだろうか。然し私の願いは虚しくも、綺麗な青空に消えて行った。
「あー。疲れたぁ」
私は家に帰り畳に倒れ込む。結局私達は(というか神楽ちゃんとそよ姫が)夜まで遊び呆け、真選組に辿り着いたのは二十時を超えてしまっていた。当然十四郎からはお叱りを受け、そのあと万事屋へ神楽ちゃんを送って行ったら銀時に晩飯を作ってくれとせがまれ、家に帰り着いたのは日を跨いでからだった。
「あ、洗濯物取り込まなくちゃ」
私は猫を地面に退かしベランダへ行く。
然しその時ある違和感に気付いた。
「……あれ?下着が無い」
何と私が干していた下着が物の見事に全部無くなっていたのだった。確か三枚程干していた筈だ。一人暮らしなので用心し地味な下着を干していたのでだが……如何やら無駄だった様だ。
「これはこれは……新しい事件の予感がする。……はぁ、面倒くさい」
取り敢えず私は洗濯物を畳み風呂に入って寝た。晩御飯は万事屋で食べて来た為、洗い物が無いのは有り難かった。
何だか嫌な予感がする。
その予感が後に大きな事件になるとは、この時の私はつゆ程も知らなかったのである。