鬼子   作:亥露

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第壹訓 主人公は大抵碌な目に合わない

 1

 十八時。夜のニュースがやっていた。キャスターは淡々と今日あった事件を、機械の如く読み上げていた。抑揚もなく、ただありのままを伝えて。

 その中に、あるテロリストのアジトが爆発したと言う事件が流れた。警察曰く、テロリスト同士の内輪揉めだろうとの推測。まあ、あながち間違いでは無い。警察にとってはテロリストなんて、派閥は関係ない。皆等しく犯罪者なのだから。問題はそこでは無い。

 「其れで?此れはどう言う説明をしてくれるのかな?言い訳ぐらいなら聴くけれど。」

 飲んでいたコーヒーを受け皿に置き、目線を左にずらした。

 其処には畳の上で青年と女性が正座をしていた。気不味そうに目を逸らしながら。

 「いや、違うんスよ。私らは大事にしないつもりで取引をしようとしたんスけど、なんかミスっちゃってパンと頭を‥‥。そんな深い意味は‥‥。」

 「深い意味が無い方が問題でしょう。なんかでミスるな此のあんぽんたん。」

 「拙者も止めようとしたで御座るが、手元が狂って‥‥こう、ねぇ。」

 「恐ろしいわ。手元が狂って殺された身にもなれ。この馬鹿。」

 はあ、と溜息を吐き、頭を抱える。嗚呼、なんでこう言う時だけこんななのだこの二人は。

 お察しの通り、この事件の犯人はこの二人である。いや、正確に言えば私達なのだが。私は席を立ち、二人の方へ歩いて行った。背後に周り、二人のほっぺを掴みながら説教を続ける。

 「取引はこの際もうどうでもいいにして、あの時私が来たから良かったものの、来なかったらあんたらは今頃火の海の中だからね。足元に気をつけろと昔から何遍も何遍も言っていたのを忘れたのかな?ん?」

 「いやぁ、制御装置はめるの忘れてて‥‥」とほっぺを揉まれながら呟いた。相手側が裏切る事はそもそも想定内なのだ。問題は其処じゃ無い。

 そう、問題というのは、この女性、来島また子が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しまい、一緒に居た河上万斉が仲介に入ろうとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()しまった事だ。

 石一つでこんな大惨事になるとは、晋助も思っても見なかっただろう。嗚呼、今でも思い出す。この事を隊士が報告した時の晋助の顔が。無言で、飲もうとしていたお茶を永遠と真顔で溢し続ける晋助が。

 まぁ、起きてしまった事は仕方が無い。次同じ事をしなければいい。うん。本当にしてほしく無い。石で躓いて両者共倒れと言う事になったら、もう絶望通り越して笑うしか無い。これ以上の喜劇があるだろうか。

 「はぁ、もう同じ事はしない事。それから足元には気をつける事。分かったら行って良し。」

 二人が返事をし、部屋から出て行ってから、もう冷えてしまったコーヒーを一口飲む。全く世話の焼ける子達だ。何時まで経っても目が離せないんだから。

 さてと、今回の事件の後始末をしなければ。

 机に散らばる書類を見ながらあらゆる所に電話をし、口止め料を払っといた。幕府にもいろんなパイプがあるもんだ。少し相手の不利な所をちらつかせれば直ぐに此方に寝返ってくれる。こんな奴らが日本を指揮っているのだから、世も末だな。まるで腐ったみかんだ。一つ腐れば周りも腐る。

 まあともあれ利用出来るものは利用するに限る。金でも身体でも払ってやろうじゃあないか。

 「あ、しまった。」

 私はポケットを弄り、煙草が無い事に気付いた。こんな時に最悪だ。時計を見ると気付けば針は二十二時を超えていた。どうするか、コンビニまで買いに行くか。それとも朝まで我慢するか。否、我慢は無い、耐えられるか。かと言って晋助の煙管を借りるのも忍び無い。他の隊士に頼むのもなぁ。悪いし……。買いに行くか。

 面倒だなと思いつつ、外行の格好に着替え、財布を持ち部屋を後にする。まぁ外行と言っても黒いワイシャツに黒いズボンという至ってシンプルなファッションなのだが。

 ギシギシと廊下の軋む音がする。もう二十二時を過ぎて、辺りは月の光で照らされ心許ない光が廊下を照らしていた。私はみんなを起こさないよう、慎重に歩みを進めると、縁側ら辺に一つの人影が見えた。こんな夜中に其処に座っているのは一人しかいない。

 「晋助。こんな所で薄着じゃあ風邪引くよ。」

 其の男、高杉晋助はくるりと振り返り、「あぁ、紅葉か。」と目を細めた。月夜に照らされ、其の表情ははっきり見える。

 「お前さんこそこんな時間に何処に行くんだよ。」

 「少しコンビニにね。晋助は何か欲しいものとかはある?」

 そう聞くと、晋助は少し怪訝そうな顔をした。なんだ。なにが不満なんだ。

 「……俺も行く。」

 そう言いって立ち上がると、スタスタと玄関の方へ歩いて行った。私は驚きながら近くにあった晋助の羽織を手に晋助の後をついて行った。

 

 2

 「いやぁ、まさか晋助がついてきてくれるとはね。明日はもしかして雪が降るとか?」

 「こんな春真っ只中に雪なんて降るかよ。」

 コツコツと二人分の足音が闇夜に響いては消えていく。否、正確にはコツコツというオノマトペを出しているのは革靴を履いている私だけで、晋助は草履を履いているので、コツコツとペタペタが正しいだろう。草履と革靴。ワイシャツと着物。如何にもアンバランスな私達二人が向かう先は先述の通りコンビニだ。目当ては煙草一つ。

 まぁ、晋助が付き合ってくれるのは正直有難い。私が一人で行くと身長の所為か身分証の掲示を促されるからね。正直言って面倒臭い。

 「という事で、晋助がレジに並んでくれないかな?」

 ペシッと私の頭を叩いた。痛、女の頭だぞ。叩かなくってもいいじゃないか。酷いな。

 晋助の顔を見てみると、無表情だが、何処か楽しそうにも見えた。

 それでいい。

 貴方はそれでいい。

 「ん?晋助、あれ。何かな?」

 「あ?」

 私は目の前でウゴウゴと蠢いている其れを指差して晋助に問う。突然の遭遇に私と晋助は歩みを止める。暗闇で良く見えないが、観察してみると人型のようだ。背丈は百七十五くらい。男性の平均身長だ。足音はペタペタと、草履とは違う素足で地面を歩いている音だ。

 其の男は私達とは対照的に歩みを進め、遂に街頭の下まで着いてしまった。

 「あー。何ってお前。あれは……。

 

 

 露出狂だろ。」

 

 3

 一瞬の出来事だった。露出狂が汚らしい笑みを浮かべて此方を見たかと思うと、相手の男性器に鉛のような蹴りを入れている晋助の姿があった。あー、晋助も強くなったなぁとぼんやり感心しながら其の様子を眺めていると、男のある異変に気付いた。

 「ねぇ、これ。」

 私が男の裾を捲ると、無数の小さな穴が空いていた。それは晋助も知っているようで、二人の頭に此の男がこうなった原因が思い浮かんだ。

 「覚醒剤……ね。」

 そう、無数穴。それは即ち注射痕だった。

 覚醒剤。違法薬物。此の男は其れを所持していたのだ。ポケットを弄ると、まぁ出るわ出るわ。変な形をした錠剤に葉っぱ。粉に液体。よくこれで警察に捕まらなかったな。

 私は調べ終わり手袋を外してどうしたものかと晋助を見る。晋助は何やら考えているようでずっと無言だ。まぁ大方察しはつく。

 江戸の一角。此処は人通りも少なく、警察の手も行き届いていない。だからか此処の道を行き来するのは攘夷浪士や人殺し、カタギではない人間が多い。勿論私達も例外では無い。晋助は今や国際指名手配犯。表を堂々と歩けはしない。対して私は世間に顔バレをしていないのだ。指名手配もされていない。まぁ、表で仕事をしないから当然だ。

 此処では所謂薬物売買が浸透しているらしい。警察の目も無いから幾らでも買い放題と言う訳だ。まぁだからと言ってこのまま放置するわけにもいくまい。

 「武市呼ぶ?此の男処分して貰おっか。」

 「あぁ、そうだな。」

 私はスマホを出し、武市に連絡をする。五回目の着信音でようやく出た武市は凄く眠そうな声で小言を言い始めた。

 『はい……。武市です……。なんですかこんな時間に。折角久々に寝れる所なのに。』

 「あー武市。悪いね。起こしちゃって。少しお願いがあるんだけどさ、残業って好き?」

 『好きな訳無いですよ。』

 「だよねー。ごめんねー。あ、話は変わるんだけどさ、折言ってお願いがあるんだけど。」

 私は武市にさっきの事を事細かに説明をし、回収に来る様お願いをした。武市は終始不機嫌だったが其処は見ないふりを貫こう。

 電話を切り、晋助の方に目をやると、何故か真剣を持って男の目の前に立っていた。刀を振り上げ、今にも切り掛かりそうな……。

 「って待って待って!何しようとしてんの⁉︎さっき武市に回収するように頼んだじゃん!其れを了承したのも晋助じゃん!何してんの⁉︎」

 「何って、コイツのブツを切るんだろうが。」

 さらりと答えた。いや怖いわ。仮にもお前も生えているだろうが。足の間に、立派なターミナルが。

 「コイツと一緒にするんじゃねぇ。」

 そう言い晋助はもう一度刀を振り上げたが、既の所でなんとか食い止めた。だから止めろって!そんなに嫌か⁉︎露出狂が!そんなに嫌か‼︎私も嫌だ‼︎

 「うるせぇ。俺は苛ついてんだよ。離せ。」

 「離せるかぁ!落ち着けぇ!」

 「つーかなんだコイツは。薬中の上に汚ねぇもん見せつけやがって。」

 「分かるけど‼︎凄く分かるけど‼︎」

 暫くすったもんだをし、なんとか晋助も落ち着いて、今後について二人で見る話し合う事に。正直、このままにしておくのは嫌だ。私も此の辺りを利用するので、今後同じ事が起こるのは御免被る。然し面倒事は避けたい。さて如何したものか。

 「ふん。行くぞ。此処は武市に任せておけ。」

 「あぁ、そうだね。」

 晋助も同じ事を考えていたらしく、先を急いだ。私は少しモヤモヤした気持ちのまま後を着いていく。如何にかしたいと思いつつ、何もする事がない。まぁほっとけば真選組がなんとかしてくれるだろう。

 心残りはあるが、仕方がない。私は先程と同じく、晋助の後を追った。

 

 誰もいない廃墟に、一匹の黒猫が歩いていた。其の猫の口には、一つの粉が入った袋を咥えている。

 テチテチと歩みを進めて、此方へやってきた。私は其の猫の頭を撫で、咥えていた袋を受け取った。中に入っているのは白い粉。言うまでもなく、言われるまでも無く、シンナーと言うやつだ。

 「晋助、やっぱあったよ。こんな所に隠すなんて、売人も案外馬鹿だね。」

 隣にいる晋助にそう言いながら猫を抱えた。

 そう、あれから私達はコンビニに向かわず、売買行為が行われている廃墟へと足を運んだのだ。

 「でも一体全体如何したの?こんな事に首を突っ込むなんて珍しいじゃない。」

 「別に。唯の興味本位だよ。紅葉だって今後こういう奴に会うのは御免だろう。」

 確かにそうだが。くそ、さっき何もする事が無いとカッコよく諦めていたのに。恥ずかしい。穴があったら埋まりたい。

 横で晋助は「よくやった。」と猫を撫でており、猫も晋助の手に擦り寄っていた。

 此処の廃墟は元々病院だったらしく、数年経った今でも薬品の匂いが立ち込めている。病院と言っても、唯の診療所だったらしく、そんなに広くは無い。何でも此処の医師が患者に違法な薬物を高値で騙して売っていたらしく、案の定バレて廃業。医師や関わっていた看護師は逮捕されていたが、最近になって釈放されたとかなんとか。

 さて、アジトも分かった。後は日程を聞き出すだけだな。そう思ったタイミングで、武市から電話がかかって来た。出てみると、さっきの男から情報を聞き出したらしく、日程をそのまま行って速攻で切った。多分眠いんだろうなぁ。と思いつつ心の中で感謝を言い、晋助に情報を伝えた。すると紙とペンをよこせと言われて鞄からそれらを渡すと、それに何かを書き足し、猫に咥えさせた。

 「何それ?」

 「あ?手紙だよ。こうした方が早ぇ。」

 猫は晋助の指示に従い、もの凄い速さで駆けて行った。

 「今思うとあの子も凄いよね。もういくつ?」

 「お前と俺が三つの時に拾った猫だからもう二十は超えてるだろ。下手したら俺たちより年上かもな。」

 もうそんなに経つのか。時の流れは速いもんだなぁ。晋助は煙管を出し、火を付けようと思ったのか、懐をガサゴソと弄るが、だんだん不機嫌な顔になっていく。あぁ、多分マッチを忘れて来たんだろうなぁ。私はポケットからライターを取り出して、晋助の煙管に火を付ける。

 さてさて如何したもんかね。此処で待ってても時間が過ぎるだけだ。かといって此処を離れるのも、もう晋助は待機モードに入っているので無理っぽい。あ、というかこの人自分だけ煙管吹いてやがる。私は煙草も買えずに此処まで来たのに。くそ、終わったら絶対晋助の金で買ってやる。

 「あー。暇。晋助、なんか楽しい事でもしない?」

 「一人でやっとけ。」

 余りにも暇で暇で晋助に話しかけたら思ったより冷たい返が来た。冷たい。風邪ひくわ。そんなんだからモテないんだよ。

 「では真剣衰弱をしよう。」

 私はまたもや鞄からトランプを出し、地面に並べていった。晋助は目を見開いて鞄を見ていた。

 「お前、此のバックに何が入ってんだよ。」

 「え?色々入ってるよ。絆創膏、ハンカチ、メモ帳、ファイル、ティッシュ、化粧ポーチ、携帯、モバイルバッテリー、救急箱、それから……。」

 「待て。もう良い。どんだけ入ってんだ。」

 「ふふ、四次元鞄と呼んでくれ。」

 「四次元鞄ってなんだ。」

 私は鞄から色々出していった。自分で言ってもなんだが、物持ちは良い方だで、もしもの時に備えて色んなものが入っているのだ。

 トランプを並べ終え、先手晋助、後手私という風にカードをめくっていった。

 一枚一枚、晋助もカードをめくり、はずれては怪訝な顔をした。私は其れを見て思わず笑みが溢れる。こんな風に遊んだのは十年ぶりだ。お互い自分の事で忙しく、更にそういう年齢でも無いから純粋に遊ぶという事をしてこなかったのだ。

 私も次々とカードをめくり、揃えたカードを手元に置いていく。すると晋助はある事に気付き手を止めた。

 「おい、これよく考えてみたらお前の勝ち戦じゃねーか。」

 「あ、バレた?」

 実を言うと、私は記憶力が良い方で、大体のカードは傷の位置で把握しているのだ。使い古したやつだしね。

 「つーか使い込んでるんだな。やる相手居るのかよ。」

 「居るよ。また子ちゃんや隊士の子達とか、公園の子供とか。」

 「お前は本当子供が好きだな。」とカードをめくりながら晋助は言った。当たり前だ。あんな可愛い生物を嫌いな人類なんて居るのだろうか。土日の昼間に公園の子供と遊ぶのが私の日課なのだ。もう可愛くて可愛くて、此処は天国かと思うほどに天使がいっぱい居るのだ。

 「今度晋助も一緒に遊ぼうね。」

 「俺は行かねぇ。泣かれるだろうが。」

 そうかなぁ。意外と子供って肝が据わってるから平気だと思うけど。まぁ、晋助の顔はカタギじゃない様な顔をしているけれど。いや、本当にカタギじゃないけど。でも実は子供の間で晋助は割と人気なのだ。まぁ本人は知らないだろうけど。

 「でもまぁ、たまにはこんな風に遊ぶのも悪くねぇな。」

 其の言葉に私はむず痒くなり、「そういえばそろそろ時間だね。」と話を逸らした。我ながら下手くそな誤魔化しだったと思う。うう、恥ずかしい。それは晋助にも伝わっていたらしく、意地らしく笑い出した。

 「なんだぁ?照れてんのか?」

 「違うし。勘違いしないで。」

 昭和の少女漫画かと思うほどのテンプレツンデレの照れ隠しだ。はは、死にたい。

 今日何度目かも分からない羞恥心に襲われる。あぁ、こいつと居ると調子狂わされる。晋助の方を見てみると、楽しそうに笑っている。

 昔の様に、クソガキじみた笑顔だ。

 まぁ、今日は此の笑顔を見れただけでも良しとしよう。少しでも、昔の様に笑ってくれたら、それで良いのだから。

 

 




次回、高杉と紅葉が売人と対決。
二人は無事に敵を抹消する事が出来るのか。
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