鬼子   作:亥露

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第貳訓 馬と鹿は鍋にするととても美味い

 その男は矢倉と名乗った。背は然程高くは無く、百六十前後といったところだろう。髪の毛は薬の副作用なのか所々抜けており、極端に飛び出た腹も相まって、とてもじゃ無いけど清潔とは言えなかった。歩く度に床がギシギシと悲鳴を上げていた。セメントなのにだ。軽く恐怖すら覚える。どんだけ太ってんだ此のおっさん。

 「いやぁ、御嬢さんみたいな可愛らしい方が買いに来るなんて珍しい。全くお宅も悪い人ですね。」

 矢倉は充血した目でギョロリと目を此方に向けた。焦点も合わない目は此方の恐怖を掻き立てた。

 私は適当に返事をし、目を合わせたく無いため、矢倉の斜め後ろを歩いている。

 そう、此の男こそが私達が待ち侘びていた薬物売人の人物なのだ。矢倉が来た時はその不気味さにゾッとしたものだ。暫く雑談をした後、私は彼に其の保管庫を見せて欲しいと頼み込んだのだ。矢倉は疑うでも無く二つ返事で了承してくれた。恐らく判断能力も落ちているのだろう。本来、プロなら気付くであろう行動にも、疑う素振りも見せずまんまと引っ掛かるのだから。

 「何か悩み事とかあるのですか?」

 突然の問いに、思わず足を止めた。何だ?突然。お悩み相談か?そもそも正気じゃあ無いお前にまともな返答は期待できないだろう。何を言っているんだ。こいつ。顔洗って出直してこい馬鹿め。

 「いやぁね?こういうことをするのはそういう悩みを持った若者が多いんですよ。後は興味本位の方が少々。」

 まぁ、若者が多いという事は私も知っている。然し心外だ。抑も私は若者でも、御嬢さんと呼ばれる年齢でも無い。恐らくお前よりも年上だぞ。私は。敬っても良いんだぞ。まぁ、私も人間だ。悩み事の一つや二つはある。言うだけ言ってみるか。

 「最近知り合った人なんですけどね。その人……仮にYさんとさせて頂きます。その人がですねぇ。酷いんです。髪も少ないし、太ってるし、目も血走らせてくっさいんですよ。死んでくれないかな。その人。」

 「……御嬢さん、其のYさんって人若しかして、若しかしなくとも私の事ですか?」

 矢倉はジト目で此方を振り向いた。いやぁ真逆。そんなわけ無いよ。

 「はは、違いますよ。でね、その人薬物もやっててもう手が付けられないんですよ。軽犯罪犯させて務所にぶち込んだ方が良いですかね。あ、もう犯罪犯してるんだった。ねぇY倉さん。」

 「いやもう隠す気ないよね。Y倉さんって言ってるよね。私の事。Y倉のYて矢倉のYだよね。語りかけてたよね今さっき。」

 「全くしっかりして下さいよ。」と矢倉は前を向いて歩き始めた。此の男、私がモノローグで呼び捨てにしている事気づいてなぁよな。

 此の建物は老朽化が激しく、セメントで出来た廊下には亀裂が入り、窓の硝子は飛び散り床に散乱している。私達は其れを丁寧に避けなから先を急いだ。然し案内された方向には玄関が迫っていたのだ。なんだ?帰れと言う暗示か?

 「矢倉さん、一体何処にあるんですかね?保管庫。随分遠くに有りますね。」

 玄関を潜り、突然の寒さに身を震わせながらそう言った。風が冷たく肌が痛い。そんな寒さを気にする事なく、淡々と説明を始めた。

 「御嬢さん、幾ら私とて馬鹿では有りません。売買場所に保管する訳ないでしょう。ちゃんとした所に保管してありますよ。」

 謎のドヤ顔で此方を見た。其のドヤ顔をする事によって馬鹿が強調される事に気付いていないのだろうか。馬鹿なのだろうか。

 「ふふ、私はこう見えて外国の大学を出ているのですよ。そこら辺の馬鹿どもと一緒にしないで貰いたい。しかも私はハーフなのです。」

 「あぁ、馬と鹿のハーフですね。分かってましたよ。そういう顔してますから。」

 「いや違いますから。そういう顔って何?。普通にアメリカと日本です。しかも何だよ。馬と鹿って。異種すぎるわ。馬鹿って事か?馬鹿って事なのかな?」

 お前馬と鹿を舐めるなよ。馬と鹿はな……。美味い。鍋にすると尚最高だ。よし、明日の晩飯は鹿鍋にしよう。春に鍋もまた一興だろう。ふふ、楽しみだ。

 「では英語もペラペラなんですね。なんか喋ってみて下さいよ。」

 「Miss, would you like to have a cup of tea with me?」

 「意味は?」

 「御嬢さん、私と一緒にお茶でも如何ですか?」

 「sterben, kahl」

 「意味は?それは英語じゃあ無いですねぇ?」

 「ドイツ語で『死ねハゲ』」

 「異国の言葉で罵倒された挙句断られた⁉︎」

 誰がお前の誘いなんて乗ってやるか。出直せハゲ。私は忙しいんだ。

 まぁ私は多少なりとも異国の言葉は心得てはいる。使い所無いけど。でも真逆こんな所で役に立つとは。人生何があるか分からないな。

 矢倉は顔を真っ赤にして何やら叫んでいるがそれも如何でも良い。仕方無いだろう。此れが私達のコミュニケーションなんだよ。そんなんじゃ此の作品でやっていけないぞ。

 私は早く案内をと促し、矢倉は煮え切らない様子で歩みを進めた。またもやドスドスと足音を響かせ、今にも地面にクレーターが出来そうだ。

 例に倣い、矢張り人通りは少なく、二時と言うだけあって誰も居ない。

 「そういえば御嬢さんの名前は?まだ聞いてませんでしたよね。」

 「あぁ、すいません忘れていました。私、猫山紅葉と申します。以後お見知り置きを。」

 勿論忘れていたわけでは無い。唯聞かれなかったから言わなかっただけだ。言い訳じみた感じになってしまうが此れが真実だ。

 「ほう、珍しい苗字ですなぁ。」と矢倉は顎を摩りながらそう言った。まぁ確かに日本で猫山と言ったら私達の家系のみだ。地元で苗字を言うと「あぁ、あそこの家の方……」と微妙な反応をされる。忌み嫌われている訳じゃあ無いが、高杉家に手を出したら猫山家が殺しに来ると噂される程には怖がられていた。ナマハゲか何かかうちの一族は。

 暫く雑談を繰り返して、矢倉に一本の電話がかかってきたらしく、「すいません」と一言遠くの方で電話をとっていた。

 夜風が冷たく肌が痛い。こんな事ならジャケットでも着てくれば良かった。寒さは苦手だ。一刻も早く帰って布団に潜りたい。私がまだかまだかと足踏みをして待っていると矢倉が必死な形相で此方へ走ってきた。如何したかと尋ねると、慌てた様子で吃りながら内容を伝えてきた。

 「大変です‼︎薬品倉庫が何者かの襲撃に遭い爆発した様です‼︎」

 

 2

 急いで着いた先はコンテナが複数並んである、所謂コンテナターミナルという所だった。其処からでかい黒煙が立っており、火の粉も舞っていた。幸い警察は来ておらず、ここら辺も住宅が無いため然程の事がない限り通報される事も無いだろう。いや、目の前で余程の事が起きているのだが。大丈夫か日本社会。当の矢倉はというと、其の腹にある肉を盛大に揺らしながら必死に私の走る速さに追いつこうとしていた。其の姿を見て少し笑いそうになったのはここだけの話。

 其処には矢倉の仲間と思しき人物が数十人程行ったり来たりしていた。パニックになっているのか、真面な行動をしているものは一人とて居なかった。水を掛けようにもただのホースでは焼け石に水であり、火消しを呼ぼうにも警察に話が行きみんなまとめて牢の中という結末が目に見えている。仲間の一人が此方へ気付いたのか、「誰だお前は!真逆警察官か⁉︎」と怒鳴り込んできた。あぁ、デジャヴ。数時間前にも此の風景を見たぞ。今日は厄日か。真逆此処までになるとは。

 其処に居た数十人が一斉に切り掛かってきた。矢倉は「違う!此の人は味方だ!」と必死に説得しても誰一人として耳を貸すことはなかった。まぁ、味方では無いが。まー薬中が集まるとこんなにカオスになるのか。成る程気持ち悪い。

 「矢倉!貴様裏切ったのか!」

 「違う!此の人は味方なんだ!見てみろ此の円な瞳!」

 円な瞳ってなんだ。なんで円な瞳が味方になるんだよ。逆にあんたら全員濁ってんだろうが。

 「然し何故此処に女が居るのだ!真逆俺達が大変な目に合っていると言うのにお前達は逢瀬していたのか⁉︎」

 「それは、そうなったら良いが……。」

 やめろ違う気持ち悪い。おい矢倉なに照れて鼻の下擦ってんだ。やめろそれ。気持ち悪いから。

 「貴様ら……‼︎かかれー‼︎」

 そう言い、またもや此方に切り掛かってきた。此処には馬鹿しか居ないのか?矢倉は「ヒィ……!」と私の後ろに隠れた。おい何隠れてんだ。さっきまでの威勢は如何した。女を盾にするなんて男としてアウトだろ。

 男どもが鬼の形相で此方へ刀を振り、私の喉元を掻っ切った。

 

 

 様に見えた。

 

 

 瞬間、突如として其の男の真上から一本の刀が降ってきたのだ。刀は一直線へ相手の喉を貫通し、男はその場にどさりと倒れ込む。

 後ろを振り向くと、炎の中から二人の男が出て来た。其の二人は殺気を抑えるどころか、凄い目付きで男どもに睨みを効かせていた。其の目つきは包丁の様の鋭く、相手を殺さんと言わんばかりに。私は此の二人を知っている。

 「晋助……ヅラ……。」

 「ヅラじゃ無い。桂だ。全く高杉と来たら紅葉をこんな目に合わせおって。あの綺麗な顔に傷が付いたら如何するんだ。」

 「は、傷なんて付かねぇよ。俺が付かせねぇ。」

 晋助は兎も角、何故ズラが此処に……。確か作戦では晋助は約束の時間になったら指定されたコンテナに行って協力者と一緒に保管庫を爆発させると言っていたが、真逆其の協力者って……。

 「全く、こんな真夜中に呼び出すなぞテロリストになって常識も無くなったか?」

 「テメェこそ暇してた所だろ。」

 桂小太郎。今巷で話題の爆弾魔。反幕府組織『攘夷党』の党首。そんな彼と、鬼兵隊の総督、晋助が炎の中から颯爽と出て来たのだ。男達は恐怖で身動きすら取れなくなっていた。

 「も、紅葉さん……貴方最初から……。」

 矢倉は目を見開き震えながら此方を見た。其の姿はまるで目の前でライオンに親を殺された子山羊の様だった。

 「私は別に最初から味方なんて一言も言っていないじゃない。」

 私がそう言うと、矢倉は絶望した顔になりその場にぺたんとへたり込んだ。まぁ当然の反応だろう。今まで同類だと思っていた女が、自分たちを邪魔する組織の一人なのだから。

 だがそれも如何でも良い。今の私にとって、晋助の意思が私の意思なのだ。晋助が右と言うのなら右が正義だ。其処に情も何も関係ない。

 「紅葉、怪我は無いか?」

 ヅラが後ろから走って来て心配している旨を私に伝えた。私は「大丈夫だよ。」と伝え、矢倉を置いて別のコンテナに移動した。

 重い扉を開けたら、無数に置いてある薬の数々。匂いもキツく、ハンカチで鼻を覆い中に入った。其処には薬の他に、腐敗しかけた遺体が散らばっていた。恐らく、金を払えなかった人達を此のコンテナに閉じ込めて放置して居たのだろう。ハエどころか蛆も湧いている。全く、薬と遺体を同じ所に置くだなんて如何いう倫理観しているんだ。まぁ、私も人の事を言えた事じゃあ無いが。

 ヅラと晋助が向こうで敵を相手している間に私の仕事をしなければ。私は手袋を付け、薬の個数と種類を数えた。恐らく此のコンテナだけじゃ無く、他のコンテナにも敷き詰めているのだろう。

 「も、紅葉さん……。」

 後ろから声がして、振り向く間も無く地面に押し付けられた。其の声は良く知って良いる、吐息混じりの粘着質な声。

 「……矢倉……。」

 目線だけ後ろをやると、涎を垂れ流しながら笑っている矢倉の姿があった。晋助とヅラの目を掻い潜って此処まで来たのだろう。先ほどとは打って変わって、自信に満ち溢れた目をしている。

 「如何いうつもりですか?こんな所で薬物を保管するだなんて、正気の沙汰じゃありません。」

 私は率直に問いただした。そうだ。彼等にとって命よりも大切な此れ(••)をこんな遺体と共に置くなど、正気じゃ無い。

 「いえいえ、私は正気ですよ。私は貴女を愛しているのです。ですからこんなところに二人っきりというちゃんす、逃すはずないでしょう?」

 何言っているんだ?まるで意思の疎通が出来ない。もう此処まで副作用も出ているのか。というか愛してるってなんだ。まだ会って数時間位しか立っていないぞ。

 「会って間も無い女を愛するなんて、あんたの愛も随分安っぽいんだね。」

 そう挑発をしたが、彼は怒るどころか、吐息が強くなり、私の服に手を入れた。

 そろそろ私も苛つき始め、馬の如く蹴飛ばそうとしたが、其の瞬間視界から矢倉が消え、背中から重さが消えた。真横から破壊音が聞こえたかと思い右に顔をやった。其処には壁にめり込んで伸びている矢倉の姿があった。

 一瞬の事で頭の理解が追いつかなかったが、直ぐに誰かが分かった。

 「晋助……。」

 其処には先程よりも殺気を纏って立っている晋助の姿があった。晋助は羽織を脱ぐと私に被せ、心配そうな目でこっちを見た。

 「……大丈夫か?」

 「うん、大丈夫だよ。あはは、情けないね。晋助の護衛でもあるのに、守られてばっかり。」

 晋助は「そりゃ昔の話だろ。」と言い、私を抱きしめた。

 私は戦う事を禁止されている。他でも無い、晋助からの命令だった。最初は納得が出来なかったが、今となってはみんな強くなって、もう私の出る幕は無いなと感心している。少し寂しいが。

 「晋助、本当に強くなったね。」

 「は、あたりめぇだ。俺を誰だと思ってやがる。」

 私を抱きしめる手が余りにも優しく、少し泣きそうになった。あぁ、さっきの私は怖かったんだなぁと自分の気持ちを理解した。

 「……震えてんじゃねぇか。」

 「武者震いだよ。」

 「何に対してだよ。」

 少し強がって見せたが、それも無駄に終わった。あぁ。本当に情け無い。主人である晋助にこんな姿見せるだなんて。従者失格だ。

 「おい、いつまで逢瀬を続けているつもりだ。」

 「あ。」

 其処にはコンテナの出入り口に腕を組みながら立っているヅラの姿があった。うっかり忘れていた。いけないいけない。

 「何が逢瀬だ。俺は安否確認をしただけだ。勘違いすんな。」

 「ほう、貴様は安否確認で抱きつくのか。珍しい確認方法だな。では如何だ。俺とも安否確認を——。」

 「誰がするか気持ち悪い。」

 「気持ち悪く無い!桂だ!」

 「誰もテメェの話はしてねぇよ。」

 二人でそんなやり取りをし、平和だなぁとぼんやりしていると、ある気配に気がついた。

 「二人とも、雑談は此処らへんにした方が良いかも。」

 ヅラが「如何した?」と問い、私はより一層声を小さくして其の問いに答える。

 「来たよ。」

 「何がだ?」

 「奴らの取引相手が。」

 

 3

 ゾロゾロと化け物達が船から出てくる。彼等は天人(あまんと)と良い、他の星の生物だ。十年前に天人から地球を守ろうと攘夷戦争が勃発したが、幕府が彼等を受け入れたため彼等の戦いは無駄に終わったのだ。其の天人達が此の江戸ではふんぞり返っている。

 ヅラは「何故コイツらが此処に⁉︎」と目を見開いていた。

 「春雨か?」

 「いや、ただの盗賊の端くれだよ。」

 晋助の問いに冷静に返す。一度だけ見たことがある。主に女子供という弱い生き物を狙って盗みを働いたり、人身売買に手を染めている情け無い奴らだ。もう女子供を狙っている時点で底が知れている。一匹一匹は然程強くは無い。だが……。

 「数が多過ぎるな。」

 ヅラが苦言を呈した。そうだ。数が多過ぎる。弱い奴はよく群れるというが、これは群れすぎてないか?群れすぎて逆に蒸れてんぞ。

 如何するか。私一人だったらコイツらを相手出来るが……。いや、晋助からは戦闘を禁止されている。私は今()()()()()()()()だ。晋助の指示に従うまでだ。それなら、私は私に出来る事をやるだけだ。

 「晋助、ヅラ。十分くらい時間を稼げる?」

 「十分?悪いが幾ら俺たちとて此の数は難しいぞ。十分で片付けるだなんてそんな……。」

 「いや?倒せなんて言わない。時間を稼いでくれるだけで良い。逃げるでも、いなすだけでも良い。ただ十分稼いでくれれば良い。」

 其の問いに、暫く二人は考え、首を縦に振ってくれた。そしてコンテナから飛び出して敵に向かっていった。私はというと、コンテナの扉を内側から鍵を掛け、鞄からノートパソコンとタブレットを取り出し、とある所に電話を掛ける。此の江戸時代にしては随分サイバーを感じさせるラインナップだ。しかしコレがまた便利なのだ。

 私は複数に電話をかけ、下準備が整った。此処まで五分。残りの五分で仕事を終わらせる。

 お願い。間に合って。

 薬品とパソコンを交互に確かめて、それを打ち込んでいく。腐臭が凄く、少し具合も悪くなって来た。お願いだから持って。私の身体。

 外から叫び声がし、それが晋助のものだと気付くのにはそう時間は掛からなかった。何事かと思い外に出ようとすると、突如扉が破壊された。

 「おいおい、此処に女が居るぜ?然も上物だなぁ。俺好みだ。」

 其処にいたのは私よりも二回り以上デカい怪物だった。見上げるのも首が痛い。そうか。晋助の叫びは逃げろと言いたかったのだろう。

 「紅葉‼︎」

 ヅラが敵を振り切って此方に走って来ようとするが、そいつが振り上げた剣は素早く私の頭を目掛けて振り落とされる。

 

 

 タイムオーバーだ。

 

 

 「其処までですよ皆さん。」

 敵が振り上げた剣は私を斬りつけることはなく、其の手は宙を舞った。間に合ったか。

 「全く、女性に手を挙げるだなんて、男の風上にも置けませんねぇ。」

 ——其の方は我等の大切な方です。

 

 其処には、鬼兵隊参謀、武市変平太を始めとした鬼兵隊の戦闘員が敵を囲んでいた。

 「いやぁ、何とか間に合いましたよ。此の子が紅葉殿達の居場所を案内してくれたんです。」

 にゃあ。と武市の足の間から猫が顔を出し、此方に駆け寄って来た。私は頭を撫で「有難う。」と御礼を言い、鞄に入っている猫のおやつを差し出した。

 「武市。遅かったじゃねぇか。」

 晋助がくつくつと笑い緊張を解いた。成る程、()()()()の事か。道理で私が電話した際にあらかた準備は整っていたのか。一緒に来たまた子ちゃんと万斉が此方に駆け寄り、各々「大丈夫っスか⁉︎」とか「怪我は無いか⁉︎」と声を掛けてくれた。私は「大丈夫だよ。心配かけてごめんね。」と二人の頭を撫で安心させた。二人は安堵した表情で胸を撫で下ろし、表情が険しくなったかと思うと、後ろを振り向き、刀や銃を構えた。

 「紅葉さんに手を出そうとした罪は重いっスよ。」

 「ほら、頬に傷が付いているで御座ろう。此の方の顔に傷を付けるなど、死して償え。」

 「いや、御免。此の傷其処で伸びてる人に……あぁもう聞いてない。」

 私が慌てて訂正をしようとするも、残念ながら声は届かず。二人は敵陣へ走って行き、殲滅し始めた。こうなると誰にも止められない。否、辛うじて私と晋助が止めろと言ったら二人は止めるだろうが、まぁ言う必要も無いので放っておこう。

 「大丈夫ですか?紅葉殿。まだ下着は着けてます?」

 「対面一番に何セクハラしてんの。良い加減訴えるよ。」

 武市は戦いたく無いのか、心配するフリをして此方へ移動して来た。其の表情は無を絵に描いたような顔で何処を見つめているのかさえ把握出来ない。

 「全く、とんでもない残業を押し付けてくれましたね。如何責任とってくれるんですか?」

 「ごめんて。因みに残業手当は弾むよ。」

 武市は溜息をつき、「然し此の量、鬼兵隊の倍いるじゃ無いですか。幾ら何でも殲滅は難しいですよ。」と苦言を呈した。それもそうだ。個々の力はそうでも無いにしろ、数の力では圧倒的に此方の方が下回っている。全員殺し終える前に、此方のスタミナが0になるのが早いだろう。端から私達だけで倒すつもりは無い。

 「武市、春雨っていう宇宙海賊を知っている?」

 武市は一瞬ポカンとした顔をした。

 「そりゃ知っていますけど。」

 「急に何を」という武市を置いて海の方へ歩みを進めた。武市はまだ私の言っている意味が理解出来ていないのか、その場で頭にハテナを浮かべていた。

 「私ね、随分前に、春雨の人と話す機会が有って、其の時にちょーっと借りを貸したんだよ。」

 武市は段々解ってきたのか、みるみる顔が青くなっていった。

 「来たね。」

 遥か遠くにいた宇宙船がどんどん近づいて行き、遂に目の前の港に着陸をしたのだ。その場に居た全員が硬直し、緊張が走った。

 「おい、此れは如何いう事だ。」

 最初に静寂を破ったのは晋助だった。

 「いやぁ、勝手ながら少し取引をしたんだよ。このままじゃこっちの体力に限界が来ると思って、こっちに力を貸してもらう代わりに、盗賊団と此処にある全ての薬物を開け渡すってね。」

 そう、先ほどコンテナの中で何をしていたかと言うと、春雨に協力要請を出したのだ。勿論其の人物は私に借りがある人物で二つ返事で了承してくれた。

 「お前はとんでもない事を考えるんだな。」

 晋助は呆れたように笑い、刀を鞘に収めた。もうこれ以上戦う必要もないという判断だろう。

 「怒った?」

 「いや、感激した。」

 後ろで盗賊達が春雨の団員達に連行されている声が聞こえた。此方に何か罵声を浴びせているのだろうが如何でも良い。此れで私の仕事は終了だ。

 「あいつら、一体何処に連れて行かれるんスかね?」

 また子がちゃんが不安そうに此方に尋ねてきた。また子ちゃんの足に傷が付いているのが見え、段差に座るよう促し、救急箱を取り出して手当を始める。

 「闇市だよ。其処で売られるんだ。元々其のために取引したからね。ぶっちゃけ薬物はついでだよ。」

 また子ちゃんは目を見開き、晋助は再度呆れたように煙管を吹かした。晋助が「諦めろまた子。こいつはそういう奴だ。」と忠告の様にそう伝えた。おい、そういうや奴って如何いう事だ。

 また子ちゃんに現場の指示を頼み、快くそれを了承してくれ、走って向かった。いや、足怪我してるんだから走らないでよ。危ないなぁ。

 「全く、相変わらずお前は恐ろしいな。正直言って引くぞ。」

 後ろのコンテナから声がし、振り向くと其処にはヅラが隠れていた。深傷を負っているらしく、血があちこちから流れていた。

 「ヅラ、何で隠れてんの?」

 「ヅラじゃない桂だ。俺は天人など大嫌いなのだ。然も春雨だ。顔を見るだけで悍ましい。」

 其処まで嫌いなんだ。何だか悪い事をしたな。私が「御免ね。」と謝ると、「別に構わん。」と許してくれるあたり、ヅラもお人好しなんだよなぁ。

 「紅葉、高杉。俺はもう帰る。事件も解決した。此処にいる理由も無い。」

 ヅラは手拭いで傷口を縛り、その場を立ち去ろうとした。

 「待って。ヅラ。」

 私はヅラを呼び止めて、手拭いを巻かれていない左手に包帯を巻いた。此のぐらいはしたい。同じテロリストとはいえ、親友を危険に晒してしまった事への罪悪感は一応ある。

 「有難う。助けてくれて。」

 たった一言。私が言えるのはそれだけだった。無駄な心配事はこいつらには無用だ。それを聞いたヅラは優しく笑って「如何いたしまして。」と呟いて帰って行った。うーん、また今度蕎麦でも奢ろう。

 「紅葉さーん。あらかた片付いたっス!これから如何しましょう。」

 また子ちゃんが走って来たので、その勢いに合わせてデコピンをした。また子ちゃんは痛さで蹲り、「何するんスか〜。」と唸っていた。

 「だから走らないの。足怪我しているでしょう。」

 「うう、すいません。」

 私は溜息をつき、もう帰る様にみんなに指示を出した。本来此れは総督である晋助の役目なのだが、「戦闘は許可しないが現場の指示はお前に任せる。」と言われたのだ。いや、任せるじゃなくてこれはもう明らかに押し付けているだろう。

 「あ?紅葉何処行くんだ?」

 帰り道とは真逆の方に行こうとする私に気付いた晋助が聞いて来た。何処に行くって、決まっているだろう。私は本来の目的を忘れるほど愚かでは無い。

 「コンビニ。」

 

 4

 後日談と言う程でもないが、その後の事を語らせて貰おう。春雨を見送った後、私は晋助と共に今度こそコンビニに向かった。先程私を呼び止めたのが運のつき。私は晋助の腕を引いてコンビニに向かったのだ。晋助は面倒臭そうにしていたが、何だかんだでついて来てくれた。

 そして念願の煙草を手に入れたのだ。勿論レジには晋助が並んだ。これぐらいはされても良いだろう。

 時間はもう明け方の五時だった。コンビニの店員さんは訝しげな表情をしたが、私が晋助を「お兄ちゃん!」と言って腕を組んだら、納得した様で、逆に微笑ましい目で見られていた。尚晋助は「お前マジか。」という顔で此方を見た。しょうがないだろう。思ったさ。二十七で此れはキツいって。でもさ、そうしないと怪しまれるだろうが。

 「しっかし、まー晋助がこんな面倒ごとに首を突っ込むとは、焼きでも回った?」

 「ちげーよ。言ったろ?ただの好奇心だって。」

 晋助は顔を逸らしながらそう言った。何か隠しているが、まぁ私が踏み込む事では無さそうなので、それ以上の言及はしなかった。私はついでに買ったアイスを食べ、其の味を楽しんでいると、晋助は立ち止まった。

 「晋助?」

 「お前は怖く無かったのかよ。」

 突然の問いに「何が?」と返してしまった。怖かった?一体どれがだ?

 「矢倉や天人に襲われた時、やけに冷静だったじゃねぇか。お前は昔っからそうだ。何があっても動じず、常に周りを見て行動をする。それがどんな場面でも、絶対に。」

 晋助は悲しそうな目をして此方を見た。あぁ、成程。

 「怖くないって言ったら嘘になる。でもね。」

 私は晋助に近づき、手を取って安心させる為に、言葉を発した。

 「貴方が助けてくれると信じているから、大丈夫なの。」

 そう言い、自信に満ちた笑顔を貼り付けた。晋助は今度は優しい顔で「そうかよ。」と私の頭をくしゃっと撫で歩みを進めた。私は其の背中を見て、罪悪感に苛まれた。

 嘘だ。怖かった訳でも、晋助を信じていた訳でもない。

 何も感じなかったのだ。晋助に抱きしめられた時も、自分に怖かったのだと、そう思い込ませていたのだ。

 然し、それは絶対に晋助にはバレてはいけない。

 晋助の前では、普通の女の子でいたいのだ。其のためだったら、どんな事にも耐えられる。

 私は重い足で晋助の背中を追った。

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