今回は銀時との再会です。
其の再会が吉と出るか凶と出るか。
それは誰にも分からない。
1
信号が赤になり、大勢の人間が横断歩道を渡る。私はそれを針で糸を通す様に、まるで私が糸の様に人の間をすり抜ける。春というのに太陽が燦々と降り注ぐ今日この頃、私は江戸に帰って来た。え?たった一話を跨いでもう江戸にって?そんな無粋な事を言うものじゃ無いさ。読者にとってはたった一ページの事だろうけど、私たちにとっては二ヶ月を有したんだ。其の間は語るまでも無い、語る必要の無いただ平凡な日だったのだ。なので割愛。話すにしても此処では説明出来無い血みどろな仕事が有っただけなのだ。
と言っても、江戸に戻って来たのは私と飼い猫だけだ。他の子達とは別行動で晋助には仕事を頼まれているのだ。なので一人と一匹で江戸に帰還という訳だが、如何にも人が多いのは慣れない。私の肩に乗っている猫は私とは違いスンっと涼しい顔をしている。くそ、自分だけ歩いていないからって。
京を発つ時に、また子ちゃんに「手紙送って下さいね!」と泣いて縋られたが、そんな今生の別れみたいな。後から君達も来るんだよ?船に乗って。私は電車だったけれど。
そんなこんなで私は当たりを見回した。排気ガスを撒き散らしながら走る車。携帯をいじりながら歩くサラリーマン。道端に座っている若い男女。延々と並ぶ高層ビル。こんなにも文明は発達したというのに、来ている服は着物という何ともまぁ江戸の文化を大切にしているのかいないのか。
「あぁ!ちょっと!」
突然猫がぴょんと私の肩から飛び降り、一目散にかけて行った。人も多いことから、私は見失わない様に追いかける。
「ちょっと待って!ねぇ!」
足の間をするすると通り抜けるノアは速度を緩める事なく走り続ける。このシーン、猫の恩返しで見た事あるぞ。こんな人の多いところでしなくても良いだろ!
走って走って、遂にはかぶき町の中まで入ってしまった。辺りは若い男女が身を寄せ合っており、私は気不味くなり顔を逸らしながら追いかける。辿り着いた先で、猫は立ち止まり、店の扉をバンバンとぶっ叩いていた。
「ちょっとちょっと!何やってんの⁉︎やめなさい!おいコラ!」
私が追いつくと同時に店のドアが勢い良く開き、「五月蝿いよ!今何時だと思ってんだい!」と、六十代半ばのお婆さんが出て来た。何時って……昼の二時だな。
「すみません!すみません!コラ!ダメでしょう⁉︎勝手に走ったら!」
「全く、飼い猫の躾ぐらいちゃんとするんだよ。まぁ、うちも言えた事では無いけどさ。」
「はい、以後気をつけます……。」
私はそう頭を下げてその場を後にしようとした瞬間。
グキュルルル
何処かしらから凄い音が鳴った。まるで腹の虫がなったかの様な音だった。そして私の胃の部分がキュウっと締まる感覚。もしかしなくとも、私の腹の音たった。そう言えば京を発ってから此処まで何も食べてないんだった。もしかしたらノアもお腹が空いて此処まで来たのかもしれない
其のお婆さんはパチクリと目を見開き此方を見た。数秒の間が訪れたが、私は数時間の様な感覚に見舞われる。やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。
すると其のお婆さんはプッと吹き出し、声をあげて笑った。私が恥ずかしさで顔を上げられずにいると、お婆さんは口を開いた。
「入りな。此処はスナックだけど、軽食ぐらいは作れるよ。」
そう言い、お婆さんは中に入って行った。私は気を使わせてしまったなぁと言われるがままに中に入った。
中は普通のスナックって感じだった。お酒やらカラオケやらが設備されており、店は広くもなく狭くも無く。
「苦手なものとかはあるかい?」
「あ、ネギ類とチョコレートがアレルギーです。お手数をお掛けして誠に申し訳御座いません。」
私は席に座り、お婆さんは厨房に入って行った。恐らく従業員は此のお婆さん一人なのだろう。たった一人で店を切り盛りするなんて、凄いな。
暫く経って、厨房から出て来たお婆さんは「出来たよ。冷めないうちに早く食いな。」と出来立てのオムライスをテーブルに置いた。其の匂いにまたもや胃が締め付けられる。私だけじゃあ無く、猫にもキャットフードを分け与えてくれて、此の方にはもう足を向けて寝られない。
「私はお登勢。此処のスナックのママをやってるよ。あんた名前は?此処ら辺じゃあ見ない顔だねぇ。」
「あぁ申し遅れました。私、猫山紅葉と申します。以後お見知り置きを。」
私が頭を下げると「こりゃご丁寧に如何も。」とお登勢さんは煙草に火をつけた。
「若いのに礼儀正しいねぇ。」
「え?」
「ん?」
数秒の間。あぁもしやとももう思わない。何時ものやり取りに心の中で溜息をつき訂正をする。
「申し訳ありませんが、生憎自分は二十七でして。然程若くも無いんですよ。」
うん。自分で言ってて悲しくなって来たな。二十七歳独身女性。生まれてこのかた彼氏も出来た事のないアラサー。はは、死にたい。
「アッハッハ!」とお登勢さんは豪快に笑う。
「いやぁ悪いね。あまりに若々しかったもんだから。まったく。少しは分けて欲しいもんだよ。」
「はぁ。」と私は適当に返事をし一口、また一口とオムライスを口に運ぶ。うん。美味しい。トロトロの卵。ちゃんとトマトの味がするケチャップライス。どれも絶品だ。今度作り方教わってみようかな。
「ババァ。腹減ったからなんか作ってくれぇ。」
ガラッとドアが開き、銀髪の男が入って来た。其の男は気怠けで、頭をガシガシ掻いている。
「テメェ腐れ天パ。其の前に今月と先月の家賃払いな。」
其の男は「すみませ〜ん。」と気のない返事をし、私の隣にどかっと座った。
間違いない。見間違える筈が無い。一度として忘れた事など無いのだから。
ふと此方を見た男が私の事を思い出したのか目を見開きワナワナと震え出す。
「……紅葉?」
「久しぶり銀時。」
2
「なんで此処に居んだよ!」
「猫が此処まで走って来たからね。」
思いもよらぬ邂逅に、銀時は戸惑っている様だった。私はというと、もう既に銀時が此の二階に住んでいる事は把握済みなのだ。だって書いてるもん。『万事屋銀ちゃん』って。銀ちゃんなんてあだ名は私が過ごして来た中でたった一人しか知らない。
「しかし数えてみれば十年と四ヶ月と二十日。此のくらい銀時と会っていなかったんだね。私は。」
「……それだけ、かよ。」
「え?」
私は銀時の言葉に疑問を持つ。それだけ?他にあるか?
「他に、何か俺を恨んでるとかはねぇのかよ。」
「恨んでる?」
——何で?
私はそういうと「なんでって。」と言葉を詰まらせて私の方を見た。其の瞳は不安にも似た目だった。
「逆に私の方こそ恨まれていると思ったんだけどね。あの時銀時は窮地に追いやられていたのにも関わらず私は貴方を責めてしまった。恨まれてもしょうがない。やっぱり銀時は私の事を恨んでいる?」
「んな訳ねぇだろ!」
——そんな訳無いだろ。
そう言い私の腕を掴みながらしゃがみ込んだ。地面にはポタポタと雫が溢れ落ちていた。私は声を掛ける言葉が見つからず、ただ銀時の手を握った。
ずっと恨んでいると思っていた。ずっと憎んでいると思っていた。あの時貴方の気持ちを理解出来無かった。貴方を責め立ててしまった。そんな私を。然し彼は「もう随分昔の事だ。」と許してくれた。どんな問題も、時間が解決してくれる。そうまざまざと見せつけられた気がした。
「あのぉ。そろそろ良いかい?流石にこのまま空気はお婆さんきついよ。」
お登勢さんの声に私と銀時は「あ。」と我に帰った。
そうだったそうだった。此処は店だった。
私はお登勢さんに謝罪をして再度席についた。銀時もズビッと鼻を啜り私の隣に座る。
「いやぁあの天パがこんなに泣くなんてねぇ。明日は雪でも降るんじゃないのかい?。」
「うるせぇ。ババァ早くいちごパフェ作れや。」
「それが人にものを頼む態度か!」
其のやりとりに私はクスクスと笑う。よかった。銀時にこんな頼もしい味方が居てくれて。
私がそうしていると、猫が銀時の足に擦り寄って来た。
「お、お前も居んのか。覚えてるもんだな。おーよしよし。」
銀時が撫でると、猫はゴロンと腹を見せた。此の子、鬼兵隊と銀時達には警戒心0なんだよなぁ。
「そういえば猫が突然走り出したのって、銀時が居たからなのかな?」
「んな訳ねぇだろって言いたいところだが、此奴だから怪しいな。」
もしそうだとしたら猫には感謝しないとな。
「さて、そろそろ帰ろっかな。」
「は?今来たばっかじゃん。」
「銀時がでしょう?お登勢さん。オムライスとキャットフード、有難う御座いました。此れお代です。」
私がそう言い財布を出すと、お登勢さんは「お代なんて要らないよ。」と首を横に振った。
「もう貰ったさ。十分に。」
私は其の言葉に疑問を抱きながら、まぁそう踏み込むものでもないかと思いお言葉に甘えて財布をポケットに入れた。銀時は「帰るなよぉ〜。」と駄々を捏ねて居たが、また来るからと言い頭を撫でた。
私が玄関の扉に手をかけた時に、「ちょっと。」と呼び止められた。
「また来るんだよ。今度は灼でもしてやるさ。」
「……有難う御座います。」
其の言葉を後に私は店を出て歩き出す。外はもう夕方になっており、冷たい風が肌を刺激した。来た道を引き返し歩き出す。少しの暖かさと懐かしさを噛み締める様にかぶき町を後にした。
3
紅葉が去った後、店主お登勢と、上の階の店長、坂田銀時だけが残った店内に、皿を洗う音だけが響いていた。
「あの子と、何処で出逢ったんだい?」
最初に静寂を破ったのはお登勢だった。皿を洗う手を止めず、銀時にそう投げかける。
「あ?普通に昔の寺小屋だよ。まぁ俺の方が先輩だけどな。」
「そう……。」
お登勢はそう言い、先程まで止めなかった手を止め、声を震わせて返答した。そして目から溢れ出した雫は頬をつたい、やがて其の泡の中に消えていった。
「ババァ?」
「やだねぇ。此の年になると涙脆くていけないね。まったく。何の縁なんだか。昔の約束を三十年越しって。あの子は本当に……。」
銀時は訳がわからなかった。いや、分からなくてもよかったのかもしれない。其の事実はあまりにも悲しく、そして残酷だったのだから。
「あの子……紅葉はねぇ、
死んだ親友、
少し開いた窓から冷たい風が吹く。それは此の現実を突きつけている様だった。
遂に紅葉の母について一歩近づきました。ずっと書きたかった。