その夜も、魔法少女たちは魔獣の討伐を行うと共に情報を求め、当てもなく街を巡回していた。
「少々、涼しくなって参りましたね」
「そうね……」
ほむらの隣を駆ける藤乃が、珍しくまともなことを言う。
それだけ寒さが感じられるという事だ。
この世界への滞在は五ヶ月目を迎え、季節は秋に差し掛かろうとしている。
滞りなく進む月日とは裏腹に、彼女たちの情報収集は行き詰っていた。
円環の理が鹿目まどかを取り戻すための鍵となる事は分かっている。
それでも調査が進まないのは、やはり円環の理が魔法少女の末路であるためであった。
以前試みた魔女のグリーフシードを使用する方法も、所有する数による制限と実益的な面からの制約によって採用できない。
グリーフシード自体が再構築後の世界には存在しない物体であり、切り札となりうる貴重な品であるためだった。
それを容易に損耗させるのは、あまりにも惜しいとしか言いようがなかった。
実質的に、円環の理から手がかりを得るという目論見は頓挫していた。
それでも、彼女たちは世界による相違点からの疑問が突破口になると期待していたが、ひらめきは時間があったからといって必ず得られるものではない。
確かに、全く突然にひらめくことはあるが、大抵の場合それでも何らかの刺激やきっかけが必要となる。
中学生らしい、自宅と学校中心の規則的な生活。
非日常と言える魔法少女としての活動もあるが、それも戦う敵の種類は魔女のように多種多様ではなかった。
ソウルジェムの維持に気を配ってさえいれば、精神状態や魔獣の大量発生などの偶然が重ならなければ問題はない。
基本的にさほど苦戦することもなく、数パターンの画一的な魔獣を狩るだけの非日常。
彼女たちの大半が、魔法少女としてベテランと呼べる経験や記憶を持っていたからこそではあるが、それが逆に変化の妨げとなっていた。
魔獣との戦いは命懸けであり、リスクは極力減らさなければいけない。
取り返しの付かない命への危険がある以上、特殊な状況になど陥りようがかったのだ。
「申し訳ないわね。折角協力を申し出てくれたのに全く進展がなくて……」
様々な答えを模索していたが、調査の進展が、新しい発見がないのだ。
現状で持つ情報からしか、推測ができない。
情報と推測の間の穴埋めが、仮定のまま明確化ができなかった。
もちろん簡単には手がかりなど見つからない。
それでも、何ヶ月も完全な無駄足を踏ませていることには、変わりがなかった。
「構いませんよ。こちらは全く役に立てていませんし」
構わないと言いつつも、彼女も焦りを滲ませていることにほむらは気付いていた。
進展のないまま、かつて繰り返した四周分を費やしていたのだ。
これまでもループで幾度も徒労を味わってきた彼女とて、同じ気持ちなのだから。
それでも、ほむらには彼女たちを巻き込んでしまった事による責任感がある。
このままではいけないとは思うものの、どうすればいいのか分からなかった。
現状では新展開が全く見えてこないというのが、今のほむらの率直な感想であった。
やはり、インキュベーターの力を借りるしかないのか……
そんな考えが脳裏を過ぎる。
すると、ほむらと併走していた藤乃が前へ出る。
「感ありました。左です!」
彼女も、藤乃の声に意識を戻して歪みの方向へ向かう。
魔法少女たちが着地すると魔獣が出現し、戦いが開始された。
◆
「あなた、一体何をしているの……」
ほむらは呆然とした様子で問いかける。
彼女の目の前にいるのは、見覚えのある少女だった。
入間すみれ。
かつてキュウべえにイレギュラーな魔法少女として紹介された、ほむらたちの仲間である小牧藤乃の
そして、恐らく鹿目まどかの事を知る数少ない存在のひとりでもある。
その彼女が今、ソウルジェムの浄化を行っていた。
「何言ってるんすか? ソウルジェムの浄化っすよ」
確かに、その言葉通り彼女は自分のソウルジェムから穢れを別の物へと移していた。
ただし、その
恐らく自分の物であろう青紫のソウルジェムから、真っ白なソウルジェムへと穢れを移していたのだ。
魔女のグリーフシードも元々は魔法少女のソウルジェムだった物なのだから、不可能ではないだろう。
だとしても、そのような手段を取る理由が分からない。
そもそもがソウルジェムは魔法少女の魂の結晶だ。
魔力の元であり、同時に彼女たちの命そのものなのだ。
それをグリーフキューブの代わりにするなど、ソウルジェムの持ち主を害する事に等しい。
彼女たち魔法少女は、ソウルジェムとは自分の生命線であり、最も大切な物であると教えられてきた。
だからこそ、理解できない。
何故、わざわざ他の魔法少女の命を削るような真似をするのかが。
「ちぇっ、このグリーフキューブもうだめだな」
白かったソウルジェムが濁り切ると、円環の理が発生したのか彼女の手の中から搔き消える。
現在の世界で魔法少女の終着点は、円環の理に導かれて消失するというものだ。
今まさに、その瞬間が訪れたのである。
「今のは、誰の……」
これまでほむらは、誰かが円環の理に連れて行かれる場面に遭遇したことはなかった。
少なくとも、彼女の記憶にある約半年においては。
しかし、対象が魔法少女でなかっただけで観測したことはあるのだ。
彼女が今見た光景は紛れもなく、円環の理に間違いないだろう。
つまり、あのソウルジェムの持ち主である魔法少女が、命を落としたということだ。
動揺するほむらに対し、インキュベーターは淡々と答える。
「あれは彼女の
それは、確かにほむらの問いに対する回答になっていた。
だとしても、こんなにも簡単に魂を犠牲にする事ができるのか。
それではまるで、生贄にするために契約していると言わんばかりではないか。
「邪魔な私を中身が空の契約で魔法少女にするんすよ」
入間すみれが補足するように口を挟むが、ほむらが聞きたいのはそういうことではない。
どうして、このような暴挙を平気で行うことができるのか。
それは恐らく、知りたくもない答えなのだろうと予感しつつも、ほむらはそれを知りたかった。
だが、インキュベーターはほむらのそんな葛藤など気にも留めずに、ただ事実だけを告げる。
彼女の思考を先取りして、次の疑問への答えを。
「
ほむらは、改めて入間すみれの方を見る。
彼女と同一人物である、小牧藤乃はこの事を知っていたのだろうか。
知っていたからこそ、“魔法少女のシステムを怨んでいる”とまで言っていたのではないか。
もしも、そうならば。
ほむらには、想像も付かないほどに辛い思いをしてきたに違いない。
文字通りの自分の分身が、別の自分自身の手で消費されていたなど。
しかも、それに気付いていながらも何もできなかったとしたら。
一体、彼女はどのような想いで、この世界を生き続けてきたのだろうか。
ほむらには、到底耐えられるようには思えなかった。
◆
月曜日の放課後、ほむらは小牧藤乃の元へ向かっていた。
と言っても、彼女のクラスは知らないので1年生の教室で見つけて声をかけるだけだ。
「あなた、あそこの小牧さんを呼んでもらえるかしら?」
「……小牧さん?」
ほむらは、ちょうど教室から出てきた女子生徒に声をかける。
苗字をぼやきつつ首を傾けるその少女にほむらは少し違和感を覚えたが、今はそんな事よりも藤乃の方が先決だと割り切る。
「多分、横田さんの事だと思うんだけど……」
そう言って、藤乃の隣で教室の入り口を指さす少女。
やはり、先程の違和感は間違いではなかったのだ。
恐らく、この少女にとって彼女は小牧藤乃ではなく、別の名前の人間という認識なのだろう。
慌てて駆け寄ってきた藤乃を連れて、ほむらは帰路に着く。
その途中、二人に会話はない。
ほむらからはどう切り出せばいいのか分からないし、藤乃も何かを考え込んでいるようだった。
そして、藤乃がおずおずといった様子で、口を開く。
その表情はどこか陰りを帯びており、予想通り気の進まない話題なのだということを感じさせた。
「あの娘に会ってしまったのですよね?」
「ええ。入間すみれという、あなたの別人格と話をしたわ」
藤乃の顔が暗く沈む。
解離性同一症は人格間で記憶を共有していないことが多い。
彼女は例外的に他の人格の記憶を覚えていたが、記憶違いであることを期待していたのだろう。
あるいは、彼女自身がそう願っていたのかもしれない。
「……
ぽつぽつと語り出す彼女に、ほむらは黙って耳を傾ける。
学校で呼ばれる名前が違うというのは、戸籍上の名前と違うのだろうとは思っていたが案の定であったらしい。
「詳細は省きますが、
入間すみれは、精神的な病気によって生まれた人格だった。
長い期間にわたって受けた苦痛は、彼女にとって耐えられない物だったのだろう。
「虐待自体は、ある事件で発覚して一応は解決していたのです。その事件を起こしたのが、芹が魔法少女になった際の契約でした」
その苦悩が、インキュベーターに付け入る隙を与えてしまったのだ。
彼らにとっては魔法少女の資質さえあれば、契約する対象は重要ではないのだとしても。
むしろ、キュウべえからすれば魂が複数あるという事がメリットとしか映らなかったのかもしれない。
「元々が精神に傷を負った状態で、ソウルジェムが濁っていくのに時間はかかりませんでした。その後、主に私と入間すみれだけが表に出るようになって、今の状態でひとまずは落ち着いています」
そこで、藤乃は一旦言葉を区切った。
「だから一応の安定が取れているとみなされて、退院することが出来たのです」
退院して日常に戻れたのは、喜ばしいことだ。
しかし、彼女がそれを素直に喜ぶことができない理由があるのだろうことは想像がついた。
ほむらは、続く言葉を待つ。
「DID――解離性同一性障害なんかは遺伝的要因がある場合もあって、あの人もDIDだった可能性があるみたいです。だから私は、きっとこうなる運命だったんです……」
それが、彼女の覚えている記憶の全てだと言う。
ほむらは言葉を失うしかなかった。
しかし、聞かないわけにもいかないだろう。
ほむらは、覚悟を決めて続きを促す。
「それで、あなたのソウルジェムは無事なの?」
入間すみれの先日の行動を見て、ほむらが最も心配していたのは仲間である藤乃の事だった。
彼女にとって藤乃が邪魔な人格なのであれば、穢れを押し付けられている可能性が否定できないからだ。
もしそうだとすれば、いつかあの時のソウルジェムように消えてしまってもおかしくない。
ほむらの言葉を聞いた藤乃は、ゆっくりと首を振る。
それを見たほむらは、思わず胸を撫で下ろした。
少なくとも、最悪の事態は避けられていたようだ。
そんな彼女の様子に苦笑しながら、藤乃は続ける。
「あの子は交代している間の事を覚えていませんから。それに、彼女は私の事を認識できないんです」
神経症は認知の歪みを引き起こす事がある。
最終的には、都合の良いまたは悪い事を本当にないものと思い込んで、存在しないものとして扱ってしまう事もあるのだ。
普段表に出ることの出来ない交代人格であるすれみも、そうやって自分を騙すことでどうにか折り合いを付けてきたのだろう。
「だから、大丈夫なのです」
そう言って、彼女は無理矢理に笑顔を作る。
ほむらには、そんな彼女の姿が痛々しく見えていた。