空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第11話「ナビゲーター」

 自宅のベッドで目を覚ましたほむらは目を瞑ったまま、まどろんでいた。

 元々病弱だったほむらだが、本来はさほど寝起きは悪くはない。

 昨日の出来事は思いのほか彼女を気落ちさせていたらしい。

 

 しばらくたってから薄く開いたまぶたの先の景色に、彼女は違和感を覚えた。

 

『久しぶり、かな? ほむらちゃん』

 

 その声に彼女の眠気が一気に覚めたのか、ほむらは目を大きく見開く。

 ほむらの目の前には、長い桃色の髪を広げた鹿目まどかの姿があった。

 

「どうして…… まどか、あなたは消えてしまったはずじゃ……」

『そう、わたしの存在は消えちゃってるよ。ほむらちゃんと話せるようになったのは、一生に一度のチャンスのおかげ…… かな?』

 

 混乱するほむらには理解が出来なかった。

 彼女としては一生に一度のチャンスは少女の狂言だったと判断していたし、本物だったとしても願いはスルーされたとばかり思っていたのだから。

 

 このままでは埒が明かないと、一旦ほむらは目を閉じて心を落ち着かせる。

 

「とりあえず、詳しく説明してもらえないかしら」

『わたしは、円環の理になって消えたままだよ。わたしが見えるのは、ほむらちゃんがナビゲーターになったから。ナビ状態だとすごい目立たなくなるんだけど、魔法少女の場合だとそれに加えて私が見えるようになるみたい』

 

 それから、と言いつつ彼女が指差す先には昨日の少女が持っていた手帳のような物がある。

 

『一生に一度のチャンスについては、そのマニュアルを見てもらった方がいいかな?』

 

 手帳サイズの何の変哲もないノート。

 それがこの一生に一度のチャンスのマニュアルだった。

 

 このチャンスシステムについて要約すると、

 

・願い事を叶えてもらえるチャンスが一生に一度だけ、誰にでも巡ってくる。

・その願い事は、ナビゲーターである前回のチャンス対象者に叶えて貰う。ただし、このシステムの呼び名にチャンスとあるように、必ず願いが叶えられる訳ではない。

・チャンスシステムによって与えられるチャンスには、システムを対象者に理解させるための“お試しお願い”と、本番の“本お願い”がある。

・本お願いの受理には約1週間という期限がある。

・チャンスの対象者はチャンスが終わるとナビゲーターとなり、次の対象者へとチャンスを届ける。ナビゲーターは、対象者以外には極端に目立たず印象にも残らない。

・ナビゲーターの役目を終えた段階で、チャンスシステムに関連した記憶はすべて忘れてしまう。

・チャンスシステムのことを他人へ伝えることは不可能。

 

 一通りマニュアルを読み終えたほむらは、しばらくむずかしい顔をした後まどかに話しかける。

 

「ひょっとして、魔法少女が消える現象が円環の理という名前で呼ばれているのは……」

 

 まどかが頬を染めたことで、ほむらは察する。

 微妙な顔をしながらも、まどかは口を開く。

 

『そうだよ。一生に一度のチャンスのナビゲーターになった魔法少女とは話せるから、話し相手になってもらってたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっちゃったんだ……』

「あなたのことなら、チャンスシステムには直接は関係がないから記憶や伝達ができるのね……」

 

 二人はそろって微妙な顔をする。

 

 魔法少女は思春期である中学生が中心だ。

 正に中二病の全盛期と言える年齢である。

 まどか――円から、円環へと繋がっていくことにそう時間はかからなかったことだろう。

 

「対象者が次のナビゲーターになるっていうのも、本当だったのね……」

 

 笑顔で頷くまどか。

 

『わたしたち、空気少女仲間だね!』

「それは、ちょっと……」

 

      ◆

 

「私が次のナビゲーターなら、次の対象者はいつ現れるのかしら?」

 

 朝食を摂り終えたほむらはまどかと話をしていた。

 内容はもちろん“一生に一度のチャンス” ――チャンスシステムについてだ。

 

『他の子たちを見てる限りだとナビに引き寄せられるから、ナビは普段通りにしてても大丈夫だと思うよ。引き寄せられ方は、昨日のほむらちゃんみたいに無意識だったり、無理やりだったり色々だけど』

「確かに、普通に下校しているつもりなのに誘導されていたわね。……魔女の口付けかと思って緊張したけれど」

 

 昨日誤解した強制力が、チャンスシステムによるものだと分かり安堵するほむら。

 まどかは少し考えてから、話を続ける。

 

『ちなみにナビが対象者と離れてる場合だと、外国からでもパスポートとか持ってなくても飛行機に勝手に乗せられて引き寄せられたりするみたい。結構無茶苦茶だよね!』

「強制力も距離や状況によって変わるのね。……それなら出かけましょうか。知らない人に家に入られるのもなんだし」

 

 そう言うとほむらは立ち上がり、出かける準備を始める。

 ちなみに、今日は土曜日なので学校はない。

 

『どこに行くの?』

 

 まどかの言葉を聞いた瞬間、ほむらの動きが止まる。

 そして彼女は、わずかに言い淀んでからこう答えた。

 

「……特に考えてないけれど、昨日のナビの子みたいに学校とかが良いのかしら?」

『それなら公園とかがオススメだよ!』

 

 元気よく手を挙げて提案するまどか。

 

「どうしてなの?」

『あんまり人通りが激しい場所だと対象者が分かりにくいし、ナビ状態で人混みに入っていくのも大変だからある程度落ちつける場所の方が良いよ』

 

 ナビゲーターは他人から認識されにくい状態にある、混雑では通行人を回避するのに苦労する事だろう。

 加えてナビが探さなくとも、対象者はナビゲーターに引き寄せられるのだ。

 そう考えれば、閑散とした場所で対象者が来るのを待った方がずっと楽かもしれない。

 

「なるほど、分かったわ」

 

 支度を整えたほむらは家を出る。

 目的地の公園までは徒歩で向かえる範囲の距離なので、道すがらチャンスシステムについて話しをしながら歩く。

 

『お願いの内容もほむらちゃんの魔法みたいな時間操作とかも出来ちゃうし、スルーされる無茶なお願いって言うのもかなりでたらめみたい』

「それなら、私の願いも叶えてくれればよかったのに……」

 

 彼女はそう言って悲しげな表情をする。

 他の人は荒唐無稽な願いであっても叶えて貰える事があるというのに、彼女の場合は願いが成就しなかったのだから。

 

 しかしそんなほむらの言葉に、まどかは首を傾げる。

 

『そう言えば、ほむらちゃんは何をお願いしたの?』

「……あなたに会いたいと願ったわ」

 

 恥ずかしげに答えるほむら。

 その答えを聞いたまどかは、思案顔を浮かべた後答える。

 

『そうなんだ、管轄でも違うのかな……? 私でもお願いで時間操作とかされちゃうと結果しか分からない場合もあるし、チャンスシステムは私よりもっと上の仕組みみたいなのに』

「そんなことまで分かるの……?」

『うん、まぁこれでも神様みたいなものだからね。だからわたし、このシステムの抜け道も知ってるんだよ!』

 

 円環の理という事象となった彼女は、寿命や肉体に縛られない、人類を超えた存在だ。

 そのため、このチャンスシステムについても当事者であるナビゲーターよりも詳しいらしい。

 

 まどかは得意げな顔でほむらに続きを促す。

 

「……なにかしら、それ」

 

 まどかの態度に疑いの眼差しを向けるほむらに、まどかは告げる。

 

『無限ナビ状態って言うんだけど。ナビゲーターのままだから、ずっとわたしと一緒にいる事も出来るんだよ!』

「詳しく教えてもらえるかしら」

 

 興味をひかれる話題に、目を輝かせてまどかに詰め寄るほむら。

 その様子に若干たじろぎながらもまどかは答える。

 

『ナビゲーターは、対象者が本番のお願いを叶えるまでがナビゲーターなんだよ!』

 

      ◆

 

 そんなことを話しているうちに、二人は目的の公園に到着した。

 公園には休日ということもあり多くの家族連れやランニングをする人などが来ており、なかなかの賑わいを見せている。

 

『昨日のナビの子みたいに変身してると目立つからおすすめだよ。どうせ周りの人からは見られないしね』

「まあ、魔法少女の姿なら見られているかも一目で分かるわよね。……無限ナビ状態になるのにも都合がいいし」

 

 まどかの言葉に従って、ほむらは変身する。

 彼女の装いは、黒と紫を基調とした服装の魔法少女へと変容した。

 

 変身に伴ってそれなりの光が弾けるが誰も気にも留めない。

 やはりナビゲーターは普通の人間には認識されないようだ。

 

 ほむらは変身を終えると、まどかに促されてベンチに腰掛ける。

 

「さて、対象者が現れるまでどう過ごしましょうか……」

 

 そう言いながら、ほむらは何げなく空を見上げる。

 青空が広がり、雲一つない良い天気だ。まどかも釣られて上を見る。

 しばらく二人でぼーっとしていたが、ほむらがふと思い出したように口を開く。

 

「思えばあなたとこんな落ち着いて話をするなんて、久しぶりだわ」

『そうだね。ほむらちゃんとはゆっくり話したかったけど、いつもバタバタしてたもんね』

 

 お互いに懐かしむような表情を浮かべる二人。

 しばらく以前の話に花を咲かせていると、視線を感じたほむらが声を上げる。

 

「――見つけた」

 

 公園の入口には魔法少女姿のほむらに気付いたのか、訝しげな視線を送る20代ほどの女性が立っていた。

 ほむらは立ち上がると女性の方へ歩み寄っていく。

 

「貴女に、一生に一度のチャンスを届けに来ました」

 

 そしてほむらは女性に微笑みかけ、案内を開始した……。

 

 ――三十分後。

 

 一通り、説明を終えたほむらは対象者の女性と向き合う。

 チャンスシステムの第二段階、お試しお願いを叶えるためだった。

 

「あの、本当に無償で願いが叶うんですか?」

 

 女性は困惑気味に問いかけてくる。

 何故なら彼女には、ほむらの説明が詐欺のように思えたからだ。

 

 金銭的な要求ではなくとも、何かしらの代償を求められるのではないか?

 そんな不安から疑心暗鬼になっているようだった。

 

 だが、ほむらはそれに構わずに、畳みかけるようにして返答する。

 

「えぇ。お試しお願いは私とおでこを合わせて、願い事を念じてください」

 

 二人は額を合わせて、女性のお試しお願いを行使した。

 

 すると、女性の頭上に財布が出現し、そのまま落下する。

 それは何の変哲もない茶色の長財布だったが、彼女にとってはまさに願いが叶った象徴であった。

 つい先日、無くしてしまったために困っていたものだったのだ。

 

「うそ……! 本当に願いが叶うなんて!?」

 

 彼女は驚きの声を上げ、嬉しさのあまりほむらに抱きついた。

 いきなりの行動にほむらは驚くが、すぐに落ち着かせるために声をかけつつ女性を引き離す。

 

 そして、おもむろに後退ると、十分な距離を取る。

 

「申し訳ありませんが、私はあなたに本お願いを使わせるつもりはありません。ごめんなさい」

 

 そう告げると、ほむらは逃走した。

 

 ナビゲーターへ引き寄せられるという対象者への強制力は、お試しお願いを受理した時点で消失する。

 これもマニュアルに記載のないことだが、お試しお願いが処理された段階で強制力が不要となったという判断なのだろう。

 

 無限ナビ状態とは、お試しお願いだけを受理して本お願いを受理しない事で、対象者を次のナビゲーターにしないという抜け道である。

 

 なお、対象者は翌週別のナビゲーターがあてがわれるため、チャンスは失効しない。

 

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