空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第12話「無限対象者」

 幾度か対象者を置き去りにしてナビゲーターの交代を逃れたほむらは、新しいチャンスの対象者が来るのを待っていた。

 無限ナビ状態を維持していれば、相手が変わるだけで同じ手続きを重ねる事になる。

 システムの説明とお試しお願いの受理という、一連の手順は慣れたものだった。

 

 それからしばらく時間が経過した頃、新たなチャンス対象者が現れる。

 今回の対象者は、少女だった。

 

 ただし、彼女をほむらは知っていた。

 彼女が以前通っていた中学の下級生だった少女で、仲間の魔法少女でもある小牧藤乃だ。

 藤乃もまた、公園でベンチに座っていたほむらに気付き、歩み寄る。

 

 二人の距離は近づき、やがて二人は向き合った。

 そして藤乃は笑顔で話しかける。

 

「今度はあなたがナビっすか?」

 

 ――この口調は、藤乃のものではない。

 

 見た目には分からないが、今の彼女は交代人格の一つである入間すみれらしい。

 ほむらは少女の中身が入れ替わっていることを理解すると、警戒しつつ答えようとして思いとどまる。

 

 ()()()あなたがナビっすか?

 今度ということは、これまでも他のナビゲーターと会ったことがあるのだろうか。

 つまり、彼女はチャンスシステムという存在を知っている?

 

 その可能性に気付くと、ほむらは質問を投げかけてみることにする。

 

「私が認識できるという事は、そういう事ね。あなたは“一生に一度のチャンス”を知っているのかしら?」

 

 ほむらの言葉に、彼女は頷く。

 

「知ってるっすよ。もう半年ちょっと前から、みんなに言われて慣れてるっす」

 

 彼女によると、何度も耳にした当たり前のことらしく、今更驚くような事ではないのだろう。

 そんなにも前から知っているのかという驚きと同時に、やはりとほむらは思う。

 

 彼女が継続している無限ナビ状態が出来るということは、逆説的にお試しお願いだけを叶えてナビが変わった対象者も居るという事だ。

 当然、チャンスシステムの事を知る対象者が、別のナビゲーターと巡り合うことになる。

 一体どれほどの確率かはともかく、構造的にはナビと対象者のお互いが“一生に一度のチャンス”を知っているというケースもあり得るのだ。

 

 半年以上も対象者を続けているというのは間違いなく変則的な物だ。

 現在のほむらが無限ナビ状態だとするなら、さしずめ彼女は無限対象者状態といったところなのだろう。

 どうやら、入間すれみは魔法少女としてだけではなく、チャンスシステムの対象者としてもイレギュラーだったようだ。

 

「それなら、説明は不要ね。お試しお願いは決まっているのかしら?」

 

 そう言って、ほむらはすみれにお試しのチャンスを行使するように促す。

 

 長期間にわたって無限対象者状態を続けているという事は、彼女もその状態を維持しようとしていると考えたからだ。

 お試しお願いを受理しなければ、対象者への強制力が継続され続ける事を知っているだろう。

 今の状態を維持したいなら、お互い不干渉でいるべきなのだ。

 

「そうっすね…… 決めたっす!」

 

 さほど悩む素振りを見せることなく、すみれは即答した。

 お試しのチャンスであれば、1週間毎にいくらでも試すことが出来るのだ。

 回数制限はないも同然であり、悩むことはでもないのだろう。

 

 ほむらが首肯して承諾すると、額を合わせすれみが願いを思い浮かべる。

 そして、ほむらがお試しお願いを受理する

 

「それでは、さようなら……」

 

 そう言って立ち去ろうとするほむら。

 だが、次の瞬間には彼女の腕が掴まれていた。

 

 すみれは魔法少女としての身体能力の高さから、ほむらよりも素早い動きを可能としているようだ。

 むしろ、実際は時間操作という規格外の魔法に特化したほむらが、魔法少女としては身体能力が低いのだろうが。

 

 ほむらは咄嵯に蹴りを放つが、それも簡単に受け止められてしまう。

 

「あなたは! その状態を続けたいのではないの?!」

 

 焦りながら叫ぶほむらだったが、すみれには理解できなかったのだ。

 何故なら、無限に続く対象者の状態は彼女が望んだものという訳でもなかったのだから。

 

「違うっすよ。何でか分からないっすけど、毎回ナビの人が変わってるだけっす」

 

 ほむらは誤解していたのだ。

 

 彼女には知りようのない事だったが、すみれの人格が表層へ出現するのは基本的に土曜日の限られた時間だけなのだ。

 土曜にお試しお願いを受理した後、本お願いに悩んで別れた彼女とナビゲーターは出会うことが出来ない。

 つまり、彼女はチャンスシステムの本お願いを叶えることが出来ず、無限対象者状態のままで居たのだ。

 

     ◆

 

「それで、どうして私は拘束されているのかしら?」

 

 ほむらはすみれと向き合いつつ尋ねる。

 

 入間すみれの魔法は、巴マミのリボンのように物質化した魔力を操ることが可能なものだった。

 その能力は、マミの魔法と同様に対象の行動を制限することを可能とする。

 

 ほむらは今、両手両足を拘束されており、身じろぎすら出来ない状態だった。

 この状態では、時間を停止させて逃げる事も出来ない。

 

 すみれの答えは、意外なものだった。

 

「ただ話がしたかっただけっすよ」

 

 どうやら、彼女の目的は対話だったらしい。

 ならば、この状態はなんなのかと尋ねようとするが、彼女は遮って言葉を続ける。

 

「どうせ、次のナビもあなたなんすから、良いじゃないっすか?」

 

 まるで当然の事であるかのように、彼女は言い切った。

 ()のナビゲーターもほむらとは、どういうことなのか。

 ほむらは戸惑いながらも質問する。

 

「それはどういう事? あなたがもし対象者のままだったとしても、次のナビゲーターは別の人間になるはずよ」

 

 無限対象者状態の事は知らないが、無限ナビ状態の事ならばほむらは知っていた。

 ナビに逃げられた対象者に宛がわれる次のナビは、別人であることを。

 

 そして、実際に今の対象者であるすみれとはナビゲーターとしては初対面だったのだから。

 

「次のナビもあなたにして欲しい、ってお願いをしただけっすよ」

 

 それが、今回の彼女のお試しお願いの内容だったのだ。

 

 ほむらは困惑しながらも、その根拠に納得する。

 もし来週も彼女が対象者であったなら、ほむらがナビゲーターであったなら、その時は再びほむらが彼女のナビとして選ばれればいいのだ。

 スルーされるような無茶なお願いには恐らく該当しない。

 

 予想外の展開だが、ほむらとしては無限ナビ状態を継続出来るなら拒否する理由もない。

 ナビ状態に強制力はないが対象者のお試しお願いを受理するまでは絶対に逃げられないのだから、少なくとも来週もナビゲーターと対象者の関係が続くことは間違いないのだ。

 

 ほむらは諦めると、確認を行う。

 

「分かったわ。もう逃げないから、まずはこの状態を解除してくれないかしら?」

 

 それを聞いたすみれは、口元に笑みを浮かべた。

 そして、ほむらの手足の拘束が解かれる。

 

「それで、何が話したいのかしら?」

 

 自由になったほむらは、改めてすみれに尋ねた。

 

「そうっすね……。あ、まずは名前教えて欲しいっす!」

 

 確かにこの世界では、以前遭遇した時が初対面だ。

 そして、前の世界では自己紹介をしていたが、こちらの世界ではしていない。

 彼女がほむらを記憶していて、藤乃の記憶を持っていないのだとしたら、初対面での様子に興味を持たれたのだろう。

 

 ほむらは警戒する必要はなさそうだと結論付けて、素直に応じることにした。

 

 名前を告げ、自分の近況を簡単に説明する。

 そして、自分の固有魔法についても、ある程度の情報を与えておいた。

 時間遡行については伏せるが、時間操作の魔法を使える事は伝えても問題ないだろうと判断したのだ。

 

 すみれは自分の事をあまり語らず、ほむらの話を聞いているだけだった。

 それでも、彼女は楽しそうに相槌を打っていた。

 

 ほむらが話し終えると、すみれは感心するように感想を口にする。

 時間を止められるなんてズルいっす! そう言って頬を膨らませる様子は、見た目相応に可愛らしく思えた。

 やはり彼女も時間停止の魔法について興味を持ったようだった。

 

 その後は、一生に一度のチャンスの使い道についての話題へと移っていった。

 

 ほむらは特に隠すこともなく、正直に答える。

 居なくなってしまった人と会いたいと願ったこと。しかし、それは叶わなかったこと。

 

 そして、今の無限ナビ状態について説明を説明していった。

 彼女も無限ナビ状態については知らなかったようで、興味深げに聞いていた。

 どうやら、自分が無限対象者状態になっていることには気付いていたが、その時のナビゲーターがどうなっているかについては気にしていなかったようだ。

 

 対象者とナビゲーターの組み合わせが変わらなければ、すれみもナビに引き寄せられる強制力に戸惑わなくても済むようになる。

 今後はお互いがそうなれば良いのに、と口にしてはにかむすみれ。

 

 二人は明日も会おうと約束して別れたのだった。

 

     ◆

 

 帰宅したほむらは、まどかと話をしていた。

 

「あなたは、入間すみれという子の事も分かるのかしら?」

 

 話題は魔法少女として、そしてチャンスシステムの対象者としても、特別なほむらの対象者の事だった。

 同一人物の別人格である小牧藤乃からある程度の事情を聞いていたが、まどかを知っていた理由など彼女にも記憶が定かではない部分があったのだ。

 どこまで藤乃が知っているかは分からない。入間すみれには分からないことが多すぎた。

 

 ほむらの問い掛けに対して、まどかは少し考えた後、返答した。

 

『うん、知ってるよ。あの子と藤乃ちゃんは、藤乃ちゃんがナビゲーターだった時に魔法少女になったんだよ』

 

 一生に一度のチャンスはナビゲーターを終えた時点で、システムに関する記憶を全て失う決まりになっている。

 ほむらが知りたかった情報は、対象者とナビゲーターであった期間に集中していたのだ。

 だからこそ、彼女たちが問い詰めた藤乃の態度であり、それらの記憶は朧気にしか覚えていることが出来なかった。

 

『だから私の事も知ってたし、キュウべえも契約した覚えがないんだよ』

 

 チャンスシステムに関わりのある願いで契約をしていたとしたら、その願いの内容すら覚えていないのも理解できる。

 一生に一度のチャンスの事を伝えることは不可能な以上、インキュベーターもシステムについては知らずに契約を行ったのだろう。

 そして、チャンスシステムの超常的な力によってその事実すら記憶することが出来なかったのだ。

 

『藤乃ちゃんの契約の祈りは魔法少女にやりなおしの機会――()()()の“一生に一度のチャンス”を与えること』

 

 彼女も()()()()()の願いで、魔法少女になっていた。

 同じ種類の祈りで契約したほむらは、どこか親近感を覚える。

 そんなほむらの気持ちを見透かすように、話を続けるまどかは微笑む。

 

『すみれちゃんは直接システムとは関係ないんだけど、私の事を覚えていること。あの子はいつも病室で一人だったから、ほとんど私だけが話し相手だったんだよ』

 

 まどかは、すみれとの会話を思い出しながら、ほむらに彼女の契約内容について説明する。

 だからこそ、他の一生に一度のチャンスを経験した魔法少女以上に、まどかの事を記憶しているのだと。

 

「……なるほどね。でも、あの子は無限対象者状態を続けるつもりではないと言っていたわ。このまま彼女のナビゲーターをしていて、無限ナビ状態は続けられるの?」

 

 ほむらが確認したいことは、そこだ。

 

 彼女は、無限対象者の状態を解除する意思自体はあるのだ。

 まどかと話が出来る現状維持を望むほむらにとって、それはデメリットでしかない。

 円環の理となったまどかを解放したいのだとしても、彼女と意思疎通が出来るのは非常に魅力的なメリットなのだ。

 

 そんなほむらの言葉を受けて、まどかは少し困ったように微笑む。

 

『心配いらないよ、ほむらちゃん。本お願いを引き伸ばしにさえすれば、あの子は本番のチャンスが使えないはずだから……』

 

 そして、まどかは語る。

 小牧藤乃と入間すみれの交代が今の状態で安定している限り、彼女が現れるのは土曜日だけなのだという事実を。

 

 入間すみれが無限対象者状態を続けている理由が、ほむらへと明かされた。

 

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