空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第13話「反則の願い」

 翌週の土曜日、ほむらは次の対象者を待つため公園へと向かっていた。

 

 結局、先週の約束は案の定守られることはなく、入間すみれは待ち合わせ場所には現れなかった。

 彼女のお試し願いによって、次の対象者は入間すみれとなるはずだ。

 特に示し合わせた訳ではないが、前回と同じ場所で待つことにしたのだ。

 

 ほむらが到着してから大して待つこともなく、やはり対象者としてすみれは現れた。

 

「あなた、先週は何で来なかったの?」

 

 その言葉にすみれは首を傾げると、彼女は答える。

 

「何言ってるんすか? ちゃんと今来たじゃないっすか」

 

 どうやら、彼女の中では前回の事が昨日のことになっているようだ。

 確かに、すみれの人格は週に1度しか表に出ないのだから、認知の歪みが曜日感覚すらも狂わせているのかもしれない。

 ほむらはそう考えると、それ以上の追及はしないことに決めた。

 

「一応確認するけれど、“一生に一度のチャンス”についてはまだ覚えているのよね?」

 

 念のために、ほむらは質問を行う。

 しかし、すみれは不思議そうな表情を浮かべると、当然のように答えた。

 

「ここ数ヶ月、毎日の事なんだから当然じゃないっすか」

「そう、なら説明は不要ね」

 

 それを聞いたほむらは、安堵の息を吐く。

 どうやら、前回と同様にシステムについての説明は要らないらしい。

 

「ところで、お試しのお願いはもう決まっているの? 決まっていないのなら、お願いしたい事があるのだけれど……」

 

 そして、彼女は話題を変える。

 ほむらにはお試しのチャンスで叶えて欲しい願いがあったのだ。

 

「まあ、毎日お試しお願いは成就させてもらってるんで、ほむらさんに希望があるなら叶えてみるっすよ?」

 

 すみれは、そんな風に気楽に言うと、ベンチに腰掛けた。

 ほむらはそんな彼女に、自分の要望を説明する。

 

「私と、ある人たちを次のナビゲーターにして欲しいのよ」

 

 本当に彼女が願うのは、鹿目まどかを取り戻すことだ。

 しかし、ほむらがいくら探し回っても、まどかを救う手立てを見つけることは出来なかった。

 そのために必要なものの目星は、付いていたというのに。

 

 まどかと会話することが出来るナビゲーターという状態は、非常に好都合だった。

 だが、チャンスシステムにはそれに関する記憶が残らず、他人に情報を伝えることも出来ない制約がある。

 だから、ほむらは仲間の魔法少女たちを彼女のナビゲーターにするつもりだったのだ。

 

 ――教える事も出来ず忘れてしまうなら、全員を同じ状態にしてしまえばいい。

 

 よく願いを増やすという反則的な要求は許されないと言うが、逆に願いではなく受理する側の頭数を増やすという内容であれば、叶えられるのではないか。

 実際に願いの数は変わらないのならば、問題はないはずだ。

 ほむらは、そんな風に考えていた。

 

 手段と目的が反転した思考実験だが、今の彼女の無限対象者状態ならば1週間という期限はあるがチャンスの回数に限りはないのだ。

 いくらでも試すことは出来る。

 ダメだったとしても、ほむらの記憶は残っているのだ。どうにかしてまた彼女のナビゲーターに収まれば良い。

 

 ほむらの話を聞き終えた後、しばらく考え込むような仕草を見せるすみれ。

 顔を上げると、彼女はその願いに対して返事をする。

 

「いいっすよ。ほむらさんの仲間はどうやって集めるっす?」

 

 そして、ほむらの願いは聞き届けられた。

 

     ◆

 

 その翌週、もはや毎週の習慣になっている公園へほむらは足を運んでいた。

 そこにはすでに先客の姿があり、彼女はほむらへと声をかける。

 

「ナビが何人もいると、どうなるんすかね?」

 

 そこにいたのは、3週続けてほむらが案内するべき対象者の入間すみれだった。

 ナビに引き寄せられるはずの対象者である彼女が、街外れのこの場所に居たのは強制力が働いていないからだろうか。

 

 そんな考えが頭をよぎるが、ほむらは気にせずに彼女に答える。

 

「対象者の方がシステムの事を分かっているから、逆に対象者に引き寄せられるのかもしれないわね」

 

 思い付きを適当な言葉で濁すと、ほむらは彼女をベンチへ招く。

 

 遅れてマミ、さやか、杏子の3人と1体のキュウべえが現れた。

 先週のすみれへ頼んだチャンスは、この4人も彼女のナビゲーターにしたいというものだったのだ。

 

「久しぶりじゃん、ほむら」

 

 そう言って、軽く片手を上げて挨拶してくるさやか。

 どこか嬉しそうな彼女を見て、ほむらは自分の目論見が成功したことを悟った。

 

 もし、彼女たちがチャンスシステムの関係者――ナビゲーターになって居なければ、彼女たちがほむらを認識することは出来ないのだから。

 ほむらに気付いたという事は、彼女の願いが叶った証明だ。

 

 ほむらは、彼女が知る限りの“一生に一度のチャンス”についての情報を仲間たちに説明する。

 仲間たちはチャンスシステムというものを全く知らないのだから。

 

 その説明が終わると、マミはほむらに質問を投げかける。

 

「そのチャンスシステムを私たちの目的に利用するという事で良いのよね?」

 

 ほむらはその質問に対し、首を縦に振る。

 それを見た魔法少女たちは、互いに顔を見合わせると、喜びに沸き立った。

 

 彼女たちの悲願、それはほむらと同じくまどかを救う事なのだ。

 そのために、今まで調査を続けてきたと言っても過言ではない。

 それが、ようやく実現できるのだ。

 

 しかし、そんな彼女たちを現実に引き戻すように、キュウべえが口を開く。

 

「何の話をしているんだい? 僕にも分かる様に説明してくれないか」

 

 やはりインキュベーターにとってもチャンスシステムはまったく認識外の事で、魔法少女たちの会話には意識を向けていなかったのだろう。

 そして、ほむらにはそんな彼の気持ちがよく理解できた。

 まどかという人知の及ばない位置まで至った存在に話を聞いた自分ですら、このシステムがなんなのか分かっていないのだ。

 

「さっき話したチャンスシステムを、魔法少女のシステムを壊すために使うのよ。あなたにはそのための手伝いをしてもらいたいという事よ」

 

 彼の問いにほむらは簡単に答えた。

 その言葉を聞いて、キュウべえは驚きを露にする。

 

「魔法少女のシステムを運用するボクらに、それを頼むのかい?」

 

 彼の反応は、信じられないと言った様子だった。

 

 それも当然のこと、魔法少女は彼らの目的――エネルギーを集めて宇宙の寿命を延ばすために、彼らの力で生み出した存在なのだ。

 だと言うのに、そのシステムを作り出した彼ら自身にそれを破壊するために協力しろというのだ。

 そんなものに手を貸せと言われて、素直に従う者がいるわけがない。

 

「もちろん、あなたたちにもメリットはあるわ。今の魔法少女のシステムよりも、もっと効率の良いエネルギー回収システムに乗り換えるのだから……」

 

 しかし、彼女はそんな反応を予想していたかのように、すぐに返答を返す。

 ほむらの言葉に、キュウべえは黙り込んだ。

 その提案は、彼らにとっても魅力的なものだったからだ。

 

 彼女たち魔法少女は、鹿目まどかを救う方法には見込みが付いていた。

 魔法少女システムに代わる、代替案を探していたのだ。

 

     ◆

 

「これから、お試しお願いを叶えるから見ていてね、インキュベーター」

 

 ほむらとすみれの二人が額を合わせる。

 

 何も変化は見られないが、お試しのチャンスを使用したのだろう。

 人類の目には何も映らないとしても、その超常の力は働いているのだ。

 彼らインキュベーターは魂という不可視のものにすら干渉できる以上、人間にとっては意味不明な現象であっても解析できるという予感があった。

 

 そして、その力は今まさに発揮されていた。

 

「これは、魔法少女の契約と似ている…… けれど、少し違う?!」

 

 すみれのお試しお願いを叶えた後、叫ぶようにそう言ったのはキュウべえだ。

 彼は、自分の観測結果を必死に確認しているようだった。

 

「何か分かったの?」

 

 さやかが、インキュベーターに問いかけた。

 

 普段の彼らならば、こんな風に感情的に言葉を口に出すことはないはずだ。

 彼女たちの目算通りに事が運んでいるとすれば、チャンスシステムについて重要な手掛かりが掴めたに違いない。

 

「確かにキミらの言っていたことは正しかった! これは、魔法少女のシステムとは全く別の仕組みで動いている!」

 

 そんな彼女たちの期待に応えるかのように、キュウべえは早口に喋り始めた。

 どうやら、観測の結果は彼らにとって非常に興味深いものらしい。

 感情のないはずの彼らが感情を剥き出しにしているところを見れば、それは明らかであった。

 

「それで、結局何が分かったんだよ?」

 

 興奮冷め止まぬ彼に対して、杏子が再び質問をする。

 キュウべえは、その質問に答えるべく口を開いた。

 

「簡単に言えばチャンスシステムの願いを成就させる仕組みは、何らかの情報をエネルギーに使用している。ボクらにとっても未知の手段によって、因果を書き換えているんだ!」

 

 その言葉から伝わる興奮は、彼女たちが想像した以上に大きいものであった。

 

「なら、その情報というのは恐らく記憶ね……」

 

 ほむらはキュウべえの答えを聞くと、その答えに心当たりがあるのか、小さく呟いた。

 

 ナビゲーターは役目を終えると、チャンスシステムに関する記憶が全て消える仕組みになっている。

 “一生に一度のチャンス”において対価や代償となる物はないが、願いの成否に関係なく記憶だけは無条件に支払う必要があるのだ。

 それがシステムの維持や運営に使用されていたとしても不思議ではない。

 

「……そう言う事か!」

 

 その独り言にインキュベーターが反応する。

 彼にとっては非常に興味深かったようだ。

 

「キミらに分かるように表現すれば、水力発電は位置エネルギーを回転運動に変換して電気エネルギーとして取り出している。けれど、電力として取り出せる回転運動以外にも、音――振動や摩擦熱のように別の力へと変わってしまう損失があるんだ」

 

 キュウべえは、発電の原理で例え話を始める。

 魔法少女のシステムもエネルギーを作り出す機構の一種だ。

 種類は違ったとしても、根本的には共通する部分もあるという事なのだろう。

 

「キミら人類の様な存在を利用したシステムでは、感情が回転運動に相当するものだと考えていた。けれど、それは違った。振動の様な副次的な物でしかなかったんだ!」

 

 辿り着いた結論に、キュウべえは声を張り上げる。

 ここまで感情を露わにするインキュベーターは、彼女たちの知る限り初めてのことだった。

 それだけ、彼の中で今回の発見は衝撃的なものだったのだろう。

 

「記憶という位置エネルギーから生まれた振動が感情で、回転運動に対応するものは因果の広がり――未来の可能性そのものだったんだ!」

 

 キュウべえが導き出したその仮説には、明確な根拠などない。

 それでも、彼自身が体験した経験がその可能性を強く裏付けていた。

 

「そもそも、魔法少女の起こせる奇跡や資質も()()の量によって変わっていた。魔法少女のシステムを運用している段階で気付いて然るべき事だったよ……」

 

 キュウべえは後悔するように呟く。

 

 彼の考えが正しければ、今まで見てきた全ての事柄に説明が付くのだ。

 因果――“原因と結果”の内で、未来に位置する結果――“魔法少女の未来の可能性”を前借りしているのだとすれば、一定であってもおかしくはない奇跡の規模や資質のバラつきが腑に落ちる。

 対価にする因果の糸の本数が、すなわち彼女たちの資質なのだから。

 

「感情は揺れ動くなんて表現する意味が、ボク自身が感情を持ってしまったからこそ分かったよ。未知の事象に浮かれて過大評価していた。ボクらのシステムにおいては本当に振動でしかなかったんだ……」

 

 キュウべえは、感情を震わせながら言葉を紡ぐ。

 その震えは、彼が今まで認識したことのないものだった。

 

 この時、彼は初めて悔しいという感情を覚えていた。

 

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