空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第15話「特異点」

 深夜でありながら煌々と光を放つ街。その一角には5人の少女が立っていた。

 彼女たちはただの少女ではない。異星生命体であるインキュベーターと契約し、全員が魔法少女となった者たちだ。

 彼女たちは、その魔法少女のシステムを終わらせるために集まった仲間だった。

 

「ワルプルギスの夜の発現準備を始めます!」

 

 その言葉の後、不意に闇が広がり少女たちを取り込んだ。

 赤と藤の魔法少女、佐倉杏子と小牧藤乃の渾身の、空間を書き換えるための魔法。その魔法によって擬似的な魔女の結界を作り出し、周囲の存在を取り込んだのだ。

 続けて、黒の魔法少女――暁美ほむらが左腕の盾から()()のグリーフシードを取り出す。この世界では存在しないはずの、魔女の遺産を。

 仲間の魔法少女たちもグリーフキューブを持ち出すと、周囲に振り撒いていく。

 

 ほむらは仲間たちへとグリーフシードを手渡していく。

 グリーフシードを受け取った魔法少女たちは、自らのソウルジェムへそれを突き立てる。

 その目的はソウルジェムの浄化ではない。逆にグリーフシードから穢れが漏れ出し、魔法少女たちのソウルジェムを濁していく。

 彼女たちは自らのソウルジェムに穢れを吸収し、穢れを受け入れているのだ。

 

 魔女のグリーフシードは、言ってしまえば無限の絶望の源である。

 

 彼女たちのソウルジェムが砕け散る。

 魔法少女は残されるコンすけへ別れを告げることなく、魔女と化していく。

 本来、魔女の存在できないこの世界では、二度目となる魔女の発生現象。

 膨大なエネルギーの放出と共に、12体の魔女が出現する。

 

 それを見とどけた暁美ほむらの、既に濁りきっていたソウルジェムが砕け始めた。彼女はそのことに気付くと、笑顔で口を開く。()()()()()()()と、コンすけへ。

 

「私の中には未契約の私がいる。その子と契約してあげて……」

 

 遅れて魔力を使い果たした暁美ほむらも、魔女へと変わる。

 合計13体の魔女が体を震わせると、頭上に大きな影が現れた。

 

 それは13体目の魔女、此岸の魔女が主催するワルプルギスの夜。

 実体でありながら実体を持たない現象にまで昇華した魔女、舞台装置の魔女が出現した。

 

 ――魔女になる前の存在は、何と言われると思う?

 

 かつて、魔法少女が倒れ、絶望し、変化した存在。

 かつて、インキュベーターが魔法少女の末路として答えた存在。

 この世界では因果が逆転し、円環の理が誕生する原因となった。魔女。

 

「これが、魔女か……」

 

 彼女たちから聞かされその存在を知っていながら、観測したことのないインキュベーターが、その存在の異常性に感情を発露する。

 

 魔法少女は、グリーフシードやグリーフキューブがなければ力を取り戻すことも出来ない。魔法を行使することにかけては未熟な存在だ。

 それに比べて、成熟した魔法少女である魔女は、己の魔法に制約を負わない真の魔法使いだ。

 彼女たちの魔法には、明らかに対価が存在しない。

 

 例えばワルプルギスの夜を主催する此岸の魔女は、前身である暁美ほむら以上に時空魔法を行使できるはずだ。

 彼女の魔法は、ワルプルギスの夜という舞台装置ごと、あらゆる時間、あらゆる並行世界へ移動することすら可能となるだろう。

 そして、魔女化しても目的や執着が、なくなるわけではないと聞かされていた。ならば――

 

「彼女は魔女になることで、無制約の時間遡行をするというのか! 暁美ほむら」

「ううん、違う」

 

 しかし、肉体の主導権を握っていた暁美ほむらが魔女となったことで現れた()()()()()暁美ほむらは即座に否定する。

 今必要としているのは、時間遡行魔法ではないと。

 

 ここに此岸の魔女が存在する必要性は、しいて言うのなら結界への魔力供給とワルプルギスの夜を呼ぶためだけだ。

 現実とは異なるルールの空間を創造することで、魔女を誕生させない円環の理に対抗し魔法少女たちの魔女化を行う。

 そして、彼女の因果と集めた魔女によって開催されるサバト――舞台装置の魔女を発生させることそこが目的だった。

 

「まどかさんに、因果を集めてしまったって、もう一人の私は言っていた。でも……因果を集めた相手は、本当に()()()()だったのかな?」

「因果は、人と人の繋がりによるもの。なら、動物は? 魔女は? 意思が少しでもあれば繋がりは出来るよね」

 

 同様に現れた()()()()()美樹さやかが言葉を続ける。

 

 暁美ほむらと美樹さやかは、時間遡行の起点の時点では魔法少女ではない。

 時間遡行によって過去にあたる彼女たちから肉体の制御権を奪っているというならば、本来の彼女たちの意識はどこへ行ってしまったのか。

 その答えはここにある。

 

 統合されるその時点までは完全に同一の記憶を持った彼女たちの意識は、その肉体に眠ったまま存在するのだ。

 すなわち、魔法少女として未契約の魂がそこに存在することになる。

 

「鹿目まどかとワルプルギスの夜を中心に廻り続けた暁美ほむらこそが、本当の因果の中心なのか……」

 

 コンすけは理解した。

 既に()()()()のイレギュラーだったからこそ、かつての彼らが注目しなかった存在。

 本命は膨大な因果を集めた暁美ほむら自身なのだと。

 

 暁美ほむらの繰り返しの中心は、鹿目まどかだけではない。

 彼女が鹿目まどかを救えなかった理由の大半は、ワルプルギスの夜だ。

 そもそもあの魔女は、彼女が繰り返すことになる願いの、ほとんど直接の原因でもある。

 その相手が繰り返しの中心でなくて何だというのだ。

 

 さらに言えば、彼女の願った“出会いをやり直したい”相手は鹿目まどかだが、“やり直す必要性”を担う存在としてワルプルギスの夜がいたのだ。

 願いの始まりで繰り返しの中心でもあるこの魔女が、因果の糸の絡まったもう一つの糸車。

 この世界では鹿目まどかという因果の特異点は失われ、舞台装置の魔女は出現しようがない。

 暁美ほむらが因果を引き継ぐには、因果の要となる者が欠けていたのだ。

 

 役者は舞台がなくとも演技は、役になることはできる。

 しかし、舞台という物自体がなければ、どんな役者も舞台へは上がれない。魔法少女たちの犠牲によって、舞台は確かに完成した。

 かつて鹿目まどかにも収束できなかった、暁美ほむらの束ねた行き場のない膨大な因果。それが、この世界の彼女自身である暁美ほむらへと繋がる

 

 魔女の卵の計画した舞台が整い。ここに、第二の因果の特異点が誕生した。

 

     ◆

 

 因果を超えるほどの祈りでも、願いは一つしか叶えられない。

 一つの願いで足りないというのなら、二つ三つと願いを重ねてしまえばいい。

 だが、因果を超える奇跡と共に奇跡を祈ったとしても、ただの奇跡では因果を超えられずに掻き消されてしまう。

 

 願いの第一段階は手段、目的を達成するための筋道。

 不可能な願いを叶えるという、不可能を可能にするための奇跡。

 

「あたしの願いは、暁美ほむらと()()()()の願いを一つの願いにすること。あとはお願い! 暁美さん、コンすけ!」

 

 二つの祈りが競合してしまうというなら、二つの祈りを一つにしてしまえばいい。

 一人では駄目でも二人でならば、二人で駄目でも三人でなら、出来るかもしれない。

 そんな、意思疎通のできる存在だからこそ作れる連鎖。繋げていく奇跡。

 

 契約の光が美樹さやかを包み込み、青のソウルジェムが生まれた。

 そして、隣に立つ暁美ほむらの放つ光が正規な契約の段階にないにも関わらず輝きを増す。

 

 次の、願いの第二段階こそが真の目的。

 暁美ほむらが、魔法少女たちの答えを、彼女たちの願いを告げる。

 

「この世界でいう魔法少女と魔女、それに類する者とシステムの存在を許さない。全ての宇宙と並行世界の、最初のルールとして!」

 

 繋げられた第一の願い。

 それは、因果の特異点となった鹿目まどかの願いとある意味で酷似した、世界のルール書き換えを願う祈り。

 

 鹿目まどかの願いは、完全には因果を超越できずに大きな歪みを残してしまった。

 その問題を世界のあり方を変えることで解決する。矛盾が矛盾でないなら、矛盾は起こらない。

 宇宙が宇宙になる前、ゼロと無限すら等しい時に、無限の可能性から魔法少女のシステムを切り捨てる。

 

 これが魔女の卵が導き出した、解決策。

 過去と未来全ての世界で円環の理となってしまった鹿目まどかを取り戻すには、魔法少女のシステムが存在するという因果をすべて取り除く必要があったのだ。

 

「そ、その祈りは…… それは奇跡なんて生易しいものじゃない、世界そのものの否定だ! そしてそれは、すべての魔法少女から奇跡を取り上げるということに他ならない。奇跡を手放すというのか! キミたちは」

 

 今の世界ではどうにもならないと言うのなら、世界は否定してもいい。

 彼女たちが守りたいのは、人々の想いと願いであって世界ではないのだから。

 そのために、世界にエゴを押し付ける。

 

「魔法少女が希望の象徴なら、魔女は絶望の象徴でしょ? だったら、みんな最期は魔女になるってことは、世界はずっとダメ出しされてたんだよ」

「それに、奇跡は手放す訳じゃない。チャンスシステムという別の形で機会は残る」

 

 二人がコンすけの疑問に答える。

 

 奇跡という条理を外れたものに頼らずとも、“一生に一度のチャンス”という機会が、奇跡に近い選択の機会は残されている。

 魔法少女のシステムは終わりを迎えても、希望はまだ残っているのだ。

 

「コンすけ、あなた自身が最後の願いを!」

 

 彼は、魔法少女たちの答えを聞いた。

 彼女たちが、本当に望んでいることを。

 

「ボクは……キミたちとは違う。エントロピーを凌駕するような祈りなんて出来ない…」

 

 魔法少女の契約は、彼女たち少女の特権。

 そんな固定概念が、感情を持ってしまったコンすけの思考を縛っていた。

 

 すると、彼の迷いを見透かしたようにまどかの声が届く。

 

『大丈夫。あなたも立派に感情を獲得してるよ』

 

 その声に後押しされて、彼も覚悟を決める。

 

「……ボクらが他の星と関わる前に、このデータを届ける!」

 

 そして、繋げられた第二の願い。

 世界の書き換えすら超えて、今ある情報を託す。そのための願いの合成。

 託される情報は、感情を得た彼自身が用意したデータ。

 その情報は、魔法少女のシステムがない世界で採用される。新たなシステムを創り出す道しるべとなる。

 

 魔法少女たちが守りたいのは、人々の想いと願いだ。

 そして、インキュベーターたちの目的と行動も全くの無駄にはしたくはなかった。

 

 エントロピーが増大し続ければ、やがてはエネルギーが平衡状態となり、世界は停止する。

 それが、インキュベーターたちが予期した宇宙の終わり、熱的死。

 因果の特異点となった少女の願いならば、熱的死を回避することはたやすいだろう。

 しかし、変化と終わりがなければ、それは停滞しているのと何も変わらない。だから、エントロピーの増大はさせなければならないのだ。

 

 いずれ訪れる衰退、そのとき自分たちは、人類は居ないかも知れない。

 でも、熱的死への対処は当事者であるこの世界の誰かが、しなければならないことだから……

 

「魔法少女は祈りから始まり、呪いで終わる。それは確かに間違っていないよ。これから、世界に魔法少女のシステムを否定する呪いを残すんだから」

「私たちは魔法少女。悪魔と契約を結んだ()()()()()()になることを約束された存在。だから、目的のためなら世界だって、神様だって、侵してやる」

 

 強烈な輝きを放つ光がほむらとコンすけの胸元を離れ、願いを繋がれた二人の間で一段と光を放ちだす。

 

「これが私たちの願い…… さあ、叶えてインキュベーター!」

 

 コンすけがその光に触れる。

 かつてない規模の契約の光が、世界を真っ白に塗りつぶす。

 それは全てを消し去り、世界を始まりから書き換えた。

 

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