放課後の見滝原中学校の屋上、桃色の少女と以前はインキュベーターと名乗っていた存在がいた。
「改変前のキミたちの目的も、ボクらの目的も達成された。キミたちはよくやってくれたよ、鹿目まどか」
彼は“ナビゲーター”となった鹿目まどかと、これまでのことを話していた。
改変後は人類への余計な接触は避けており、本来ならば話しかけるようなことはしないはずだ。
今回のような例外となる行動も、鹿目まどかが宇宙のルールを書き換えた当事者であったためか、“対象者”として本お願いを終えた後で記憶が引き継がれてしまったことに由来する。
おそらく、ナビゲーターという特殊な状態であることが引き金となったのだろう。
天然の奇跡というものは、どこに転がっているか分からないものである。
「願っておいて何だけど、効率が悪くなって宇宙の寿命が縮んじゃったりしてない?」
「いや、そんなことはないと思うよ。認識していなかった願いによる歪みも無くなっただろうし、渡されたデータのおかげでテクノロジーを大幅に発展させることが出来たからね!」
コンすけの残したデータを参考に、“一生に一度のチャンス” ――チャンスシステムを模倣した、言ってみれば“一生に二度目のチャンス”。
チャンスシステムは契約としての形をとらないため、明らかに不可能な願いを無視することが許される。
ほとんどのケースで膨大なエネルギーを必要する奇跡を起こす必要もなく、魂の抽出などのエネルギー回収過程でのエネルギー消費も抑えられる。
そのため、この世界や並行世界も含めた多元宇宙の視点で見れば、願いによる歪みが無くなったことで世界への負荷も減っただろう。
全人類の“対象者”、“ナビゲーター”となった期間、多くの場合2週間の記憶と感情の全てを対価にすることで、魔女化の際に得られたそれを上回るエネルギー回収効率の向上が果たせていた。
「まぁ、この世界でもボクらのやることは変わらないよ」
ある種営業職ともいえる彼らは、追われるノルマ――チャンスの受理という契約のスパンが以前よりも過酷になったが、相変わらずだ。
ふと、鹿目まどかが身を正し、願い出る。
「ナビゲーターが終わったら、前の世界での記憶も消してほしいんだけど…… お願いできるかな? マニュアル」
そう、彼らはマニュアルとして存在している。
つまり、現在の彼らの姿かたちはメモ帳にも似た“本”である。
「ボクらとしては膨大なエネルギーが得られるだろうから歓迎するけど、いいのかい? あと、その呼び名はやめてほしいな……」
「うん、この記憶は本来ならありえないはずの記憶だし、カンニングになっちゃうから…… お願いね! マニュアルッ!」
彼女は念を押して肯定した。
「……」
彼らは姿を変えようとも、宇宙の存続のためシステムを管理・運営し、エネルギーの回収を続ける。
◆
黒髪の少女が上の空で下校している。
すると、彼女は突然慌てだした。
いつの間にか通学路から逸れていたことに気付いのだろう。
少女の目に夕日に照らされた長い人影が映る。
彼女はそれをたどって視線を上げ、相手と目が合ったと思った瞬間、相手は微笑むと一方的に告げる。
「あなたに、一生に一度のチャンスを、届けにきました!」
「えっ、なに、言ってる……の? 鹿目さん」
思わず、少女は問いかける。
彼女に声をかけてきたのは、先日転校した学校のクラスメイトで保健係の桃色の少女。
彼女は、転校初日に少女を気遣って保健室まで案内して以来、少しの運動でも体調を崩してしまうために孤立しかけていた黒髪の少女と親しくしていた。
その鹿目まどかにおかしなことを言われた暁美ほむらの心中は、さぞ困惑に見舞われていることだろう。
桃色の少女は、明らかに彼女の言葉を無視して“チャンスシステム”の説明を始めるが、当然のごとく黒髪の少女は疑いの目を向けている。
一通り話し終えた少女は、その疑いのまなざしに共感した様子で答える。
「あっ、やっぱり信じられないよね。大丈夫。さっきも説明したけど、そんな人のためのお試しのお願いがあるんだよ!」
そう言うと、まどかは前髪を上げおでこを出した。
「おでこを合わせて、お願いを思い浮かべてね!」
ほむらはおずおずと前髪を上げ、おでこを合わせ疑いながらも願った。
「何か、変わってない?」
桃色の少女が“お試しお願い”の効果を確認する。
「やってみます……」
そう言って少女は瞳を閉じる。
すると、光が弾けてほむらの姿が変わった。
彼女の思い描く魔法少女の姿へと。
「わ! 出来た! 鹿目さんもやってみてください!」
ほむらは二人で魔法少女になってみたいという願いを、お試しお願いにかけていたのだ。
彼女たちは知らずに、かつての魔法少女の姿へと変わっていた。
それから一週間、彼女たちは魔法少女の生活を楽しんだ。
7日目になり、お試しの効力も弱くなってきた。
魔法少女に変身できる時間も短くなっていたのだ。
「そろそろ本番のお願い、決まったかな?」
まどかが切り出す。
この一週間楽しんだ時間も、もうすぐ終わりなのだ。
“一生に一度のチャンス”の期限が迫っていた。
「やっぱり、覚えているのは、無理、なのかな……」
「うん、本番のお願いでも無理だと思う。マニュアルにも“無駄な努力をしないように”なんて書いてあるし」
黒髪の少女は、いくらかの思案の後、声を上げる。
「鹿目さんは、何をお願いしたんですか?」
「私? 私は“最高の友達に会えますように”ってお願いしたよ」
そう言って、まどかは笑って答えた。
それを聞いた黒髪の少女は、意を決した様子で口を開く。
「わたしの、本番のお願いは……」
◆
願いが叶ったとしても、必ず願った者が救われるというわけではない。
願った奇跡も世の理に反すれば、歪みとなる。
本来、奇跡とは偶然の積み重ね。生命の誕生も、宇宙の誕生すらも、偶然の産物なのだから。
人のつながりによって繋げられた願いが奇跡を成した、チャンスシステムを模倣した
その結果にたどり着ける可能性と機会さえあれば人は変われる、奇跡を起こすことができる。
奇跡も魔法も必要ない。
本当に必要なのは、きっかけと可能性。
人間同士が関係を持ち続ける限り、影響を与え合い、願いは続いていく……