あれから暁美ほむらは学校へも行かず、漫然と過ごしていた。
無論、何もしていなかった訳ではない。
多くの時間を魔法少女としては活動していた。希望を失い、急速に濁っていくソウルジェムを維持するために。
魔獣――この世界で魔女の代わりのように存在した“魔法少女の敵”を倒しグリーフキューブを回収していたのだ。
「……」
ほむらはベッドの上で寝返りを打ちながら考えていた。
これからどうするべきかを。
彼女もこのままではいけない事はわかっている。
近い将来、自分はソウルジェムの浄化が間に合わなくなり、円環の理によって消えてしまう。
そう思うと焦燥感ばかりが募る。
だが何をすればいいのかがわからないのだ。
自分がすべき事が何かを考えようとしても頭が働かない。
『……』
ふいに声が聞こえた気がした。
幻聴かもしれないし、気のせいでもあったかもしれない。
ただ、彼女にはそれがまどかの声に思えた。
ほむらは慌てて体を起こす。
しかし部屋を見回しても誰もいない。
当然だ、この空間には自分しか居ないのだから。
「……馬鹿ね」
自嘲気味な笑みを浮かべると、彼女は再び横になる。
それでも、気持ちは少し軽くなったような気がしていた。
幾度も繰り返した繰り返しの中では、助けられなかった。
その結果として、ほむらの奇跡では手の届かない所へまどかは消えてしまった。
ほむらにとっては悪い方向への変化。
それでも、確かに以前とは違う形に変わってはいるのだ。
ポジティブに考えれば、まどかが死亡するか魔女化するかの二択しかなかったのが、三択に増えたとも言える。
少なくとも、それだけでも救いはあるはずなのだ。
これまでとは違う結末を迎える事ができる。
その可能性が出てきただけでも、十分すぎるだろう。
彼女は背伸びをして体を目覚めさせると、パジャマを脱ぎ捨て久しぶりの制服へと袖を通していく。
今日からは、学校へ行こうという決心と共に。
いつまでも逃げてはいられない。
結局、時間遡行では解決できないなら、別の手段を探すしかない。
何にせよ、まずは前に進むべきだとほむらは思ったのだ。
「まどかを取り戻して、今度こそ救ってみせる。絶対に!」
決意を口に出して自分を奮起させる。
心のあり様で世界は変わる。
ソウルジェムが輝きを取り戻し、彼女の舞台は再び動きだした。
暁美ほむらと鹿目まどかの繋がりは、いまだ断たれてはいないという希望を持って。
◆
彼女にとっては、ほぼ1週間ぶりの登校。
クラスメイト達には何があったのかと心配されが、ほむらは適当に取り繕う事でやり過ごす事ができた。
そもそもほむらは転校してから日が浅く、深く付き合っている相手はさほど居ない。
最も、今回はループの起点となった6月2日よりも前から付き合い出来た
さやかや仁美といった友人達だけは、明らかに何かあった事を察して気にしている様子ではあったが。
特にさやかは無理矢理聞き出そうとまではしなかったが、時々ちらりと視線を向けてくる事は何度かあった。
そんな、さやかの視線の刺さる時間をやり過ごした後の昼休み。
彼女に呼び止められる前に逃げ出したほむらは、ある場所へ向かっていた。
前衛的、いや、先進的な学校である見滝原中学校は校舎がガラス張りだ。廊下からも教室内の様子を見ることができる。
そのため、生徒や職員を対象とした人探しは容易だ。
『巴さん、少しいいでしょうか?』
彼女が念話を送った相手は、以前あるいは未来の魔法少女仲間にあたる巴マミ。
ほむらの目的は彼女だった。
『暁美さん! あなた、いつの間に魔法少女に……』
心配そうな表情を浮かべながら、彼女が廊下へ飛び出てくる。
今の再構築後の世界で、ほむらは今回のループの起点、6月2日の時点ではまだ魔法少女ではない。
マミの視点からでも先週の時点では、ほむらは魔法少女ではなかった。
彼女からすれば、先週暗い顔で家を去ったほむらが最後の印象として残っているはずだ。
実際、翌週は続けて休んでいるためマミは心配していた。
それが急に登校したかと思えば魔法少女になっているとなれば、自暴自棄で魔法少女の契約をしたように見える事だろう。
驚くのも当然だ。
「落ち着いてください。少しお願いがありまして。お手数ですけど、放課後に会えませんか?」
そこで初めてほむらは気づいたのだが、マミの席には弁当箱が置かれていた。
おそらく、そこで食べようとしていて呼び出しを受けたのだろう。
邪魔してしまったかなと思いつつも、彼女は自分の要件を優先する事にする。
「そうね…… 先週の話、今度は落ち着いて話してもらえないかしら?」
まどかの消失が確定してからの動揺は、翌日にはひとまず収まっていた。
それでも気落ちしていた彼女には、また話をする勇気はすぐには出て来なかった。
精神的に弱っていて、おかしな質問をした後だったからこそ、尚更。
――基本的に、ほむらはあまり人付き合いが得意ではないから。
そんな、ほむらの心境を知ってか知らずか、仲間の方から話を切り出してくれた。
そのことに彼女は感謝しつつ、同時に申し訳なく思う。
自分がこんな状態だからこそ、マミにも余計な心配を掛けてしまっているのだから。
「はい。私もゆっくり話したいと思っていましたので」
だから、ほむらは今
今の自分は、ただ絶望して悲嘆にくれているだけの存在ではなく、今は
ほむらが承諾すると、マミは笑顔で答える。
「それじゃあ、放課後私の家で待ってるわ」
「お願いします。美樹さんも誘って行きますね」
「そうね。そうしてくれる?」
昼休みの長い休み時間とはいえ、そう長時間廊下に留まっている訳にも行かない。
短い会話を終えると用件を終えたほむらはその場を離れた。
「美樹さん。ちょっと良いかしら?」
「何? 暁美さん」
教室へ戻ると、すぐにさやかに声をかける。
席に座っていたさやかは、ほむらの呼びかけに反応して振り向く。
隣の席の生徒に断りを入れて席に座ると、彼女は切り出した。
「今日の放課後は空いているかしら?」
「んー……まぁいいけど。どうしたのよ突然」
少し考えるそぶりを見せて答えたさやかに、ほむらは微笑む。
さやかの返事を聞いて、ひとまず断られなくて良かったと安堵したのだ。
「巴さんの家に行くことになったんだけど、あなたも来れないかと思って」
「行く! 絶対行く!」
「……分かったわ」
予想以上の食いつきを見せるさやかに少し引き気味になりながら、ほむらは自分の席に戻った。
それからの授業中はいつも通りだったが、さやかはずっと上機嫌だった。
◆
放課後、三人はマミの家に集合していた。
普段のお茶会と同じテーブルを囲む中、ほむらは真剣な表情で口を開く。
「まず、魔法少女の契約で、奇跡を起こせることを考慮した上で聞いてほしいのだけど――私は未来の世界から来たの。正確に言えば、5月16日から6月16日までの一ヶ月間を何度も何度も繰り返してきたわ」
マミとさやかは一瞬呆けた後、驚きの表情を見せる。
しかし、すぐにそれを可能とする、可能性のあるモノに気が付く。ほむらが話の前提とした、奇跡を可能とする魔法少女の契約だ。
「それは、奇跡の力で一ヶ月を繰り返してきた。ということなのよね?」
「ええ、そうよ。この前の質問は、その奇跡を起こした理由に関係があるの」
彼女はマミの言葉を肯定し、話を続けようとする。
だが、ほむらの話の途中でさやかが制止をかける。
「ちょ、ちょっと待った。ごめん、話がいきなりすぎてついていけない……」
さやかは額に手を当て、頭を振りながら言った。
魔法少女となる際の契約で、奇跡を起こせると言っても規模の大きすぎる話だ。
それで理解できる方がおかしい。
「ごめんなさい。いきなりこんなことを言われても信じられないわよね。マミさん、魔法のリボンで私たち3人を繋いでください」
「え、ええ……」
マミは困惑しながらも、魔法少女に変身すると言われた通りに魔法を発現させる。
ほむらとマミ、そしてさやかとを繋ぐように、魔力で作られたリボンが現れた。
それを確認した後、ほむらも魔法少女に変身する。
「これでいいのね」
「はい。ありがとうございます」
ほむらは礼を言うと、ティーカップを手に取り持ち上げる。
そして、そのままカップを手放す。
「え?」
落下を始めたカップを見て、さやかは思わず声を上げる。
そんな彼女の反応を気にせず、ほむらは時間停止の魔法を行使する。
時間の流れが止まり、カップが空中で静止している。
その光景に、マミとさやかは目を丸くして驚いた。
「……なるほど、未来の知識で私の魔法の詳しい能力も知っているのね」
ほむらはマミの呟きにうなずく。
マミは納得した様子を見せたが、それでもまだ理解できていないさやかは首を傾げていた。
そこでほむらは説明を再開する事にする。
「今、私が時を止める魔法を使ったの」
「それが、あんたが言ってた、その繰り返しと関係あるの?」
さやかの疑問に対し、ほむらは首肯する。
彼女は今一度、ティーカップを持つと魔法を解除した。
再び時間が動き出すのを確認して、ほむらは話を続ける
「私が使える魔法は、時間を操作する魔法。実は魔法少女の使える魔法は、願った奇跡に関係したものになる可能性が高いの」
ほむらはそこまで言うと、紅茶を一口飲む。
彼女がカップを置くまで待ち、さやかが再び問う。
今度はほむらの説明を理解した上で、さらに疑問を投げかける。
「でも、可能性が高いってことは、絶対って訳じゃないんでしょ?」
「ええ。絶対ではないわ」
「それならどうして――」
さやかは言葉を途中で止め、ほむらが言おうとしている事を理解する。
魔法自体が常識的な物ではないが、時間を操作するなんて非常識に強力な魔法だ。
それだけ珍しい魔法であるなら、偶然よりも必然――願った奇跡と関係がある方が自然なのだから。
「時間を巻き戻すのは条件がそろわないと出来ないけれど、少しでも信じて欲しいから……」
ほむらは、二人の目を見つめて告げる。
その瞳には、強い意志が込められていた。
「私は友達を助けたくて、奇跡に頼った。その子は“鹿目まどか”というのだけれど。……多分本来なら、あなたたちとも知り合っていたはずの相手よ」
「それで、先週あなたがしてきた質問に繋がる訳ね?」
「ええ。……でも、その所為であなたたちにも心配をかけたと思うわ。ごめんなさい……」
ほむらは頭を下げ、謝罪をする。
だが、マミは首を横に振って否定する。
「ううん、気にしないで。むしろ、そんな状況だったのに私達を頼ってくれた事の方が嬉しいくらいだもの」
「……ありがとう。巴さん」
「気にすんなって。あたし達は仲間なんだからさ」
マミに続いて、さやかも励ますようにほむらへ笑顔を向ける。
彼女たちの言葉を受けて、ほむらは少しだけ泣きそうになるが、ぐっと堪える。
その後、ほむらは記憶にある限りの出来事を語った。
まどかとの出会いと別れ。契約内容とその結果を。
無論、この世界では知る必要のない魔女についてや、二人と対立した時の事などは話さなかったが……
まどかが願ったこの世界なら、受け入れてもらえると思えたから。
だから、彼女は全てを明かした――
長い説明が終わり、二人は沈黙する。
話を聞き終えた後も、信じられないといった面持ちのままだ。
当然だろう。それが普通の反応だとほむらは思う。
自分が逆の立場だったとして、同じことを言われたら困惑するに違いない。
「これまで何度繰り返しても、一人では助けられなかった。……だから、わたしを助けてください!」
以前に比べれば、心地よいぬるま湯のような一ヶ月の記憶。
それが、彼女の頑なになっていた心を解きほぐした。
漏れ出た過去の暁美ほむらが、助けを求めていた。
涙と共に零れた言葉が、二人に届く。
マミとさやかはお互いに顔を見合わせ、小さく笑う。
それから、マミが代表して答えた。
「もちろん、いいわよ。流石に時間を巻き戻すという事までは信じられないけれど、ね」
「あたしも賛成! だって、見捨てるのは寝覚めが悪いもんね!」
さやかもまたそれに続く。
二人の笑顔を見て、ほむらの目頭が熱くなる。
こうして、三人での魔法少女活動が始まった。
多少意見に食い違いはあるが、これまでにはなかった形の新展開。
これまでなら、魔法少女の事実が、繰り返しが受け入れられずに得られなかった関係。
ほむらは、彼女が時間遡行者であることを受け入れた協力者を得た。