空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第02話「転換点」

「これが魔女のグリーフシードよ」

 

 そう言って彼女が盾から取り出したグリーフシードは盾の空間から出した瞬間、一瞬にして消え去った。

 

 あの後、一転して精力的に動き始めた暁美ほむらは、情報収集を再開していた。

 日中は巴マミや美樹さやかなどの鹿目まどかと関係のある人間を、夜間はキュウべえのような魔法少女の関係者を、という方針の下で。

 その夜も、暁美ほむらは魔法少女の契約者、かつての魔女の孵卵器(インキュベーター)と接触していた。

 

「……やはり円環の理は魔女に対しても働くのね。ちゃんと見れたかしら?」

「いや、良いものを見せてもらったよ。ほんの一瞬だけど観測する事は出来た。感謝するよ」

「そう。ならよかったわ……」

 

 ほっとしたような表情を浮かべた彼女を見て、インキュベーターは言う。

 

「君は本当に変わった存在だ。君のようにイレギュラーな魔法少女は居るけどその中でも群を抜いているよ」

「……」

 

 その言葉を聞いて、彼女の眉がピクリと動く。

 

「それで? 他に何か聞きたい事でもあるのかしら?」

「君の行動原理を知りたくてね。時間遡行を獲得するに至った契約理由も聞いていないしね」

 

 少し考えた後で、ほむらは口を開く。

 

「ある人との再会を願っただけよ。……そして今も、それを続けているだけ」

「なるほど、それが君の望みだったんだね。僕はそれを尊重するよ」

 

 そう言ったきりキュウべえは何も言わなかった。

 だが、ほむらには分かっていた。この白い生き物が何を言いたかったか。

 自分よりも遥かに知能の高い生物がただ興味本位で聞いた質問ではない事を確信していた。

 

「私が今話せる情報はこれくらいかしら」

「十分だよ。ありがとう」

 

 彼女は自らの魔法を教え、彼らの知らない情報を提供する。

 魔女の存在する世界についてを話すことで、彼らの分析した情報を引き出そうという目論見だ。

 その目論見はおおよそ成功し、仮定としてではあるが魔女の存在と宇宙のル-ルが改変された可能性について、彼らの見解を引き出していた。

 

「特にキミの話にあった“魔女”の概念、これは非常に興味深い。感情エネルギーを回集する方法として、確かに魅力的だ」

 

 この情報交換によって、予期せず彼らにも把握出来ない情報があることを、ほむらは知ることが出来た。

 そして、インキュベーターたちの目的や興味関心の対象を知り、彼らとの取引材料を掴んだ。

 彼女はその情報を基に、攻勢に出る。

 

「そんな方法があるのなら、ボクたちの戦略も大幅に違っただろうね」

「そうね、だから……お互いに情報共有し合うと言う契約を結ばない? キュウべえ」

 

 ほむらの主観では、不自然な現象と同時に、鹿目まどかは消えた。

 彼女が存在を失ったのが、願いの対価だということを知らないのだとしても。

 再構築前の世界を、鹿目まどかの魔法少女としての素質を知る者には、宇宙のル-ルが変化したことに彼女が無関係とは思えない。

 

 注目すべきは、この世界での魔法少女の末路、円環の理だ。

 鹿目まどかの示した異常なほどの素質、そして改変のタイミングを鑑みれば、この現象は彼女の願いが起こしているものである可能性が高い。

 そう気付くのは、難しいことではないだろう。

 

 そして、彼女が消えたこともその奇跡の副産物だとすれば――

 

「私の目的を達成するためには、きっと魔女を生み出すことになる。だから、あなたたちの目的とも合致すると思うのだけれど…… どうかしら?」

 

 実際には魔女の存在が必須だという根拠がある訳ではないが、それらの情報を提示するつもりは彼女にはない。

 情報の提示と非提示が取引において大きく影響することは、これまでの経験でよく理解しているからだ。

 

 ほむらの時間遡行は、厳密には時間を巻き戻すのではなく、時系列が過去にあたる並行世界へ渡る魔法だ。

 もし今回のように遡れる時間が短くなってしまっても、1秒でも遡れるならこの契約がなされていない並行世界へ渡ることが可能なはずだ。

 

 インキュベーターは並行世界を知ることが出来ない事は確認済みだ。もし世界が書き換わったとしても、彼らがそれを知ることは不可能である。

 つまり、実質的に彼女が成功しても失敗してもこの契約を履行する必要はない。

 故に、一方的に解消可能な契約となる。

 

「そうだね…… 仮定として、程度でいいなら協力するのもやぶさかではないよ」

 

 無論、彼らもそれらのことを理解している。

 だが事実上、インキュベーターの側にも特に不利益はない。

 しいて言うのならば、時間が無駄になる程度だ。

 

 ――彼らにとっては、ほんのわずかな時間と言える程度の年月だ。

 

「それで構わないわ、私の情報だけでは不十分だと思うから」

 

 契約は成立した。

 これで、彼女は更なる情報を彼らから引き出すことが出来ることだろう。

 改変されたこの世界で、暁美ほむらは初めて彼らインキュベーターと対等な立場で言葉を交わすことになる。

 

 文明の科学力に大きな隔たりがあるため、彼女には一部が抽象的に理解出来ただけだったが、魔法少女のシステムの根幹などについても聞きだすことが出来た。

 

     ◆

 

「早速で申し訳ないのだけど、私と付き合いのない魔法少女に取り次いでもらえないかしら?」

 

 数日後、その日の情報交換を終えたほむらは、インキュベーターにそう要求した。

 

 まどかを奪還するという目的のため、彼女はこれまで面識のなかった魔法少女とも接触を試みていた。

 しかし、その結果は芳しい物ではなく、避けられることも多かった。

 魔法少女という存在の性質上、仕方ない事ではあったが限界を感じていたのだ。

 

 魔法少女はソウルジェムの維持にグリーフキューブを必要とする存在だ。

 今の再構築された世界では魔女よりも数の多い魔獣がいるため、供給は多いが限られた資源である事に違いはない。

 そんな切実な事情もあって基本的に魔法少女は縄張り意識が強く、彼女たちは他の地域の魔法少女との接触は好まない傾向にある。

 

 そのため、すべての魔法少女に共通する契約者であるキュウべえに頼るしかなかったのだ。

 

「わかったよ。キミの目的に合致しそうな魔法少女はこの近くには二人しかいない、そのうち一人はすぐに見つけられるだろう。ただ、もうひとりは少し厄介だね……」

 

 そう言って目を細めると、何やら考え込むような仕草を見せる。

 インキュベーターがこのような反応を見せることは珍しい。

 

「どうかしたのかしら?」

「いや、なんでもないさ。今から行ってみようか」

 

 インキュベーターはいつも通りの調子に戻ると、走り始めた。

 ほむらもそれに続いて、彼の後を追う。

 30分ほど走ったところで立ち止まると、振り返って言った。

 

「少し待っていて欲しい。ボクの仲間が魔法少女を連れてくるよ」

 

 やがて、もう1体のインキュベーターが一人の少女を連れて現れる。

 黒髪を伸ばした小柄な、淡く青みがかった白装束の少女。年はほむらや仲間たちより、いくつか下だろう。

 彼女には魔法少女としては珍しくない人物に映った。

 

 連れてこられた魔法少女は、自分を認識したほむらの姿に一瞬驚いた様子を見せた。

 しかし、すぐに警戒の色を顔に浮かべると、隣のキュウべえに視線を向ける。

 インキュベーターと念話しているのだろう。

 

 ほむらはその様子を眺めながら、口を開く。

 

「はじめまして、私は暁美ほむら。突然で悪いのだけど、あなたと話をさせてもらいたいの」

 

 彼女がそう名乗ると、相手の魔法少女は戸惑いながらもそれに答えた。

 

「えっと、入間(いるま)すみれっす。お話は聞いてますけど…… 一体なんの話っすかね?」

 

 すみれと名乗った少女は、困惑を隠しきれない様子で質問する。

 当然の反応だ。ほむらも逆の立場であれば、同じ反応をするだろう。

 だが、相手側もインキュベーターの紹介で姿を見せてくれている以上、対話の余地はあるはずだ。

 

 そう判断して、彼女は語り始める。

 

「単刀直入に言うわ。あなたは、鹿目まどかを知っているかしら?」

 

 ほむらがそう切り出すと、すみれの顔色が変わった。

 何か心当たりがあるのか、彼女は慌てて取り繕うように答える。

 その表情には動揺がありありと浮かんでいた。

 

「し……知らないっすよ」

「えっ……」

 

 ほむらは思わず声が漏れた。

 返答自体は彼女が望んでいたものではなかったが、それが違う事はあまりにも態度として現れていたからだ。

 

 そんな彼女の様子を察したのか、すみれは続けて言う。

 

「本当に知らないんす! あたしは、魔法少女になったばかりだし、まどかちゃんのことなんて何も――!」

「落ち着いて、別にあなたのことを疑っているわけじゃないわ」

 

 必死な形相で言い募る彼女を宥めようと、ほむらは努めて冷静な口調で話しかける。

 どうにも彼女は、鹿目まどかと関わりを持っているようだ。

 だが、それを明かすつもりはないらしい。

 

「本当ですか……?」

「えぇ、嘘を言う理由がないでしょう?」

 

 ほむらがそう告げると、すみれは安堵したのか肩の力を抜いて小さく息をつく。

 

 その様子を見つめながら、ほむらは考える。

 ここで踏み込んでも良かったが、今の彼女がこれ以上の情報を出すとは思えない。

 それに、あまりやりすぎると折角知り合えた彼女に嫌われてしまうかもしれない。

 

 この世界ならワルプルギスの夜という破滅は訪れない。

 時間はまだある。焦る必要はないのだ。

 この場は退いて、友好的になってからまた改めて聞けばいい。

 

 それからは、当たり障りのない世間話をしばらく続けた。

 その後、再会を約束してほむらとキュウべえはその場から立ち去った。

 

     ◆

 

 魔法少女との交流を終えたほむら達は、帰路についていた。

 時刻はすでに深夜になっているため、空を見上げると星々が輝いている。

 

 ほむらは先程会った魔法少女について、彼らに尋ねていた。

 彼らインキュベーターは、全ての魔法少女と一度は顔を合わせているはずだ。知らないということは、基本的にはない。

 

「入間すみれという魔法少女は、一体何者なの? 友人やあなたたちにしか話していないまどかのことも、知っている様子だったわ」

 

 暗に不用意に情報を漏らしたのではないか、と言う問いを交えつつ尋ねる。

 しかし、インキュベーターは疑いの眼差しを気に留めることなく、淡々と答えていく。

 

「鹿目まどかの事を知っていた理由は、ボクらにも分からない。だけど、彼女たちとは複数回魔法少女の契約をしている。こういう魔法少女はたまに居るんだ」

「魔法少女の契約は、一人一回ではないの!?」

 

 魔法少女の契約は、すなわちソウルジェムとなる魂の抽出だ。だからこそ、願いを叶えるのも一つだけであるはずなのだから。

 その原則が実は嘘だったと言う話は、協力関係にあり情報交換をしている彼女も聞いてはいなかった。

 

 隠していたことは仕方ないのかも知れない。ほむらにも渡していない情報はある。

 だが、隠していた情報を既知の情報として提示するのは、受け取り様によっては信用をさせるつもりはないと宣言しているとも取れる。

 今の協力関係で前提としている、協力しているという建前を放棄したようにも見えるからだ。

 

 そんな、人間関係では必要とされる建前をほむらが気にしているのを無視して、キュウべえは答える。

 

「その原則は正しい。基本的には一人一回だけど、一つの体に魂が複数あることもあるからね」

「……私たちからすれば、イレギュラーだということは分かったわ。それなら、もう一つ聞きたいのだけれど、二つ魂を統合することは可能かしら?」

 

 彼らには感情がなかったことを思い出し、心の中でため息をつきながら、少女は思い付いたアイデアと共に浮かんだ疑問を投げかけた。

 

 人の魂を弄ぶ、悪魔の所業とも言えるインキュベーターの技術。

 それでも、彼女は鹿目まどかを救うと誓ったのだ。目的を達成するまで、模索を止めるつもりはなかった。

 

 魔法少女となる際のプロセスから、インキュベーターたちの科学力ならば魂を肉体から分離することが可能なことは証明されている。

 契約の際にソウルジェムが作成されるのは、本来は必須ではない。いわば()()()()だと言っていた。

 彼らが魂をソウルジェムとして取り出すのは、それほど難しいことではないのだろう。

 

 ならば、魂の統合などの操作すらも可能ではないだろうか、と。

 

 魔法少女の魂を“物質化”した物体であるソウルジェム、それと彼女の魔法を組み合わせるという発想。

 

「きちんと他人の魂との整合が取れるかは分からないけど、可能だよ」

 

 少女が予想した通り、彼らの技術で可能だという回答が得られた。

 他人ならともかく、()()()()ならば多少のほころびがあったとしても、印象の薄い記憶が曖昧になるのと大差はないだろう。ほむらはそう判断した。

 

 不定形である魂を“物質化”したからこそ、可能となる。彼女が他の魔法少女やインキュベーターに頼らないできたために、今まで選択肢としてすら思いつきもしなかったアイデア。

 それが実現可能であるかの、確認。

 

 そう、確認。

 この時の彼女には、そのアイデアを実行に移すつもりなど、全くなかった。

 

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