空気少女の手引書   作:瀬木峰那

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第03話「もう一人のイレギュラー」

「話って何だよ? 暁美ほむら」

 

 暁美ほむらが部屋へ入ると、すぐに佐倉杏子が呼び出しの理由を尋ねる。

 

 放課後、彼女は市内の廃ビルへ魔法少女たちを呼び出していた。

 ほむらは巴マミと美樹さやかだけではなく、佐倉杏子にも自分の考えを伝えなければならないと思っていたのだ。

 

 以前、巴マミの魔法を利用してほむらは自分の魔法を二人に体験させたことがある。

 杏子に対しても同様の方法で、少しでも説得力を得た上で協力を依頼しようと彼女は考えていたのだ。

 

 一通りの説明を終えたほむらは、早速本題を切り出すべく話を続ける。

 

「だから佐倉杏子、あなたにも協力して欲しいの」

 

 だが、そんなほむらの言葉に対して返ってきたのは杏子の返事ではなかった。

 彼女が返答の言葉を選択するため、生まれた空白の時間。そこへ、不意にテレパシーが来る。

 

『その時間遡行、こちらも共には行けないものですかな?』

「誰っ!」

 

 この廃ビルは、少なくとも一年は人の手が入った形跡はなかった。

 さらに、盗み聞きをされないよう簡易的ではあるが、ほむらは魔法で警戒までしていたはずなのだ。

 相手が魔法少女であれ、インキュベーターであれ、ここまで来る前に察知出来る、はずだった。

 

 ほむらの言葉へ答えるように、暗がりから白藤の魔法少女が歩み出る。

 

 そしてその少女は、ほむらには見覚えがあった。

 淡く紫がかった白装束を纏った小柄な少女。彼女は、先日出会った入間すみれに似ていた。

 違うところがあるとすれば、顔つきと衣装の色が異なっていることだけだろう。

 

 ……言葉遣いは少々奇妙だが。

 

「あなた、入間すみれの姉か妹?」

「違いますよ…… こちらは小牧(こまき)藤乃(ふじの)と申します」

 

 そう言いながら、少女は変身を解く。

 

「お取り込み中のところ失礼いたします。盗み聞きをするつもりなど毛頭なかったのです」

「じゃあ、どんな理由があったと言うのかしら?」

 

 即座に、マミが問い詰める。

 

 年長者であり、後輩たちを守らなければならないと思っているからでもあるが。彼女は基本的に仲間と思った者には優しい。

 逆に言えば、仲間を傷つける可能性のある者に対しては、厳しい対応をすることもある。

 

 抑えてはいるが無言の圧力をかけてくるマミを気にせず、少女は再び口を開く。

 

「言い訳をすると、救済の女神よりお導きがあったのです」

「お前、ふざけてんのか!」

 

 顔だけは真面目におかしなことを言う少女へ、杏子が怒りを露にする。

 杏子は悪ぶってはいるが、本来の性質は善良だ。ここはふざける様な場面ではないし、自分たち魔法少女を揶揄するような発言に黙っているつもりもなかった。

 

 実際に、四人の少女たちには彼女がふざけている様にしか映らなかった。

 

「ふざけてなどおりませんよ」

 

 少女は真顔のまま返答すると、顔をほむらへ向けてテレパシーで言葉を続ける。

 

『黒髪の貴女ならば、ある程度は見当が付くのではないですかな?』

 

 その言葉にほむらは動揺したが、すぐに悟った。

 

 鹿目まどかが円環の理という現象の原因となる奇跡を祈ったのだろうとは彼女も考えていた。まどかが消えた理由としてではあるが。

 けれど、何らかの形で存在しているのなら、女神と呼ばれてもおかしくはない。

 その呼び方が過言ではないと思える程に、彼女は驚異的な素質を持っていたのだから。

 

 変化したほむらの表情を見て、少女は微笑みを浮かべた。

 

「女神にとって未知を創り出せるのは貴女だけだ。暁美ほむらさん。こちらには、救世主たる貴女を補佐させて頂きたい」

 

 跪くと自らの要求を告げた。

 そんな少女――小牧藤乃の態度に呆れつつも、ほむらは問いただす。

 

「まず、一つ聞いて良いかしら。私なら、あなたの言う救済の女神に心当たりがあると思ったのは、何故?」

 

 当然の疑問だ。

 彼女が動揺していなければ、少女の求めの言葉よりも先に口に出されていただろう問い。

 そんなやり取りがあったのかと驚きながら、事態について行けない二人も、その疑問には同意する様に頷いた。

 

「こちらは円環の理を既に経験済みですので。……まあ、私はほぼ全て持って行かれましたが」

 

 それを聞いた四人は驚愕の表情を浮かべ、絶句する。

 円環の理が魔法少女の末路であることは周知の事実だ。円環の理で消滅しない、などと言うことは考えられない。

 この言葉が真実であれば、これまでの魔法少女の常識は誤りだったことになる。

 

 結局、彼女の言った理由は相変わらずで、疑問への答えにはなっていなかったが……

 

「ふと導かれてここに来てみれば、こちらをここへ導いた救済の女神、鹿目まどか様の話をしているではありませんか!」

 

 本人としては、理由は話したというつもりか、藤乃は再び言い訳をはじめる。

 当事者であるほむらだけは、まどかとコンタクトを取った方法はともかく、ある程度の納得が出来た。

 

 だからこそ、一言言っておかなければならない。

 

「納得できない部分もあるけれど、分かったわ。とりあえず、あなたは私に協力してくれるということで良いのかしら?」

 

 藤乃は頷き、笑顔で肯定を示す。

 続けて、納得できていない様子の三人に向かって語りかける。

 

「安心してください。こちらはあなた方と対立する関係にはありませんよ。それに――失くした物があるのです。こちらは魔法少女のシステムを怨んでおりますので」

 

 後半は、言葉通り怒りの感情を露にしながら。

 そのまま黙り込んでしまった藤乃に困惑しつつ、ほむらはとりあえず本題であった話に戻る。

 動揺は残されたままで、冷静とはとても言えなかったが。

 

「えっと……佐倉さんには突然のお願いだったと思うから。返事はしばらく考えてからで構わないわ」

 

 一応は、今回の目的を果たしたほむらは、早速まどかの事を聞き出そうと藤乃へ振り返る。

 しかし、連絡先と見られるメモと微妙な空気を残して、既に白藤の少女は去っていた。

 

     ◆

 

 その後、魔法少女たちが解散した廃ビルには、暁美ほむらと佐倉杏子が残っていた。

 

「あなたに残ってもらったのは、二人には聞かせられない事を話すためよ」

 

 そう切り出したほむらは、杏子へ説明を始める。

 

 その内容は、前回のループでの出来事。今の世界で美樹さやかが辿るであろう未来予想図。

 6月16日の戦いで彼女が力尽き、円環の理によって消滅するという予測。

 そして、その時には助けて欲しいという願い。

 

 そこまでを話し終えると、彼女は改めて頭を下げた。

 

「話は分かったけどよ。あたしは、あいつがどうなるのかなんて知ったことないぜ?」

 

 全てを聞き終えた杏子は、逆に尋ねる。

 

 この時点では、佐倉杏子はまだ仲間ではない。

 むしろグリーフキューブを奪い合う敵同士なのだ。

 そんな相手に、仲間にも話せない事を話してまで協力を求めるというのは、杏子にはとても考えられなかった。

 今の彼女に美樹さやかを助ける義理はなかったし、その必要もないというのに。

 

「それでも、あなたは彼女を見捨てられないはずだもの」

 

 杏子の質問に、ほむらは答える。

 その言葉は、どこか確信めいたものを感じさせた。

 

 それは、一種の信頼感と呼べるものだったのかもしれない。

 幾度となく繰り返した中で、杏子とさやかの出会いを見てきた。その度に、彼女たちは憎まれ口を叩き合いながらも、友人と言える関係になっていたのだから。

 

「あたしは……」

 

 彼女は思わず言葉を詰まらせる。

 

 否定しようとしたものの、ほむらの言葉は正しかった。

 だからこそ、言い返そうとする言葉を呑み込み、沈黙してしまう。

 ほむらはそんな杏子を諭すように、ゆっくりと話しかける。

 

「いつかきっと。あの子が大切だと思える時が来るはずよ。だから、その時に守ってあげて」

 

 静かに語るほむらの声は、不思議と杏子の耳に響いていた。

 それが何故か心地よく感じ、少しだけ恥ずかしくなった。

 

 それを誤魔化す様に、杏子はぶっきらぼうに呟く。

 

「だったら、あんたが助ければいいじゃねぇか……」

 

 ほむらは首を横に振る。

 

 自分にはそんな資格はないと。

 幾度も繰り返した中で、何度も彼女たちを見捨ててきた自分には出来ないのだと。

 そんな悲痛な表情を浮かべている彼女を前にして、杏子はそれ以上何も言えずに口を閉じた。

 

 それから、二人はしばらく無言の時間を過ごす。

 ほむらの表情からは、何を考えているのか読み取ることは出来ない。

 ただ、何かを待っている様な、それでいて諦めてしまったような、複雑な表情を浮かべていた。

 

「……ったく。しゃーねーな」

 

 杏子は頭を掻きながら、立ち上がると言葉を続ける。

 

「気には留めておいてやるさ」

 

 そう告げながら、彼女はほむらに手を差し出す。

 その意味を理解したほむらは、安堵の笑みと共に彼女の手を取る。

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉を口にしながら、ほむらは微笑んだ。

 

     ◆

 

 その夜、暁美ほむらはインキュベーターを呼び出して、お互いの情報を交換していた。

 と言っても、今の彼女が提示できる情報は、既にほぼ渡し終えていたが――

 

「今日、小牧藤乃と名乗る魔法少女に会ったわ。少し変わった子だったのだけど……」

 

 ほむらは、新たに得た情報を整理する為にも、彼らに話を聞くことにした。

 しかし、彼らは特に驚く様子もなく、平然としている。

 彼らにとっては、藤乃の存在は想定内のようだった。

 

「彼女は、キミに紹介しようとしていたもう一人の魔法少女だよ。ボクらは彼女に嫌われているから、会えたのなら丁度良かった」

 

 そう言うと、キュウべえは彼女についての話を始める。

 

「彼女もキミと同様に、ボクたちにとってイレギュラーなんだ。本来なら、魔法少女ではない存在だからね」

 

 それを聞いたほむらは、一つの疑問を抱く。

 彼女自身が彼らにイレギュラー扱いされる事には慣れていたが、自分が魔法少女であることがイレギュラーなのだとは考えていなかったからだ。

 

 ――本来は魔法少女でないとは、一体どういうことなのか?

 

「それはどういう意味なのかしら?」

「そのままの意味さ。彼女は、キミと同じボクらと契約せずに魔法少女になった人間だよ」

 

 その言葉に、ほむらは驚愕した。

 

 毎回起点だった5月16日や、今回の6月2日の時点で魔法少女ではなかったのは覚えている。

 自分が契約したのはワルプルギスの夜が去った後、6月16日なのだから。

 彼女は自分がイレギュラーと言われるのは、繰り返しで不自然な知識を持った時間遡行者だからこそと考えていたのだ。

 

 それが、魔法少女の契約自体をしていない?

 

 ほむらも特に意識していなかった事だが、確かにループを開始してから契約はしていない。

 未来の魔法少女となった彼女が、過去の未契約の彼女を上書きしているのだ。

 それは言われてみれば当然のタイムパラドックスでしかない。

 

 彼女もその性質は理解していたが、無意識にそう言うものとして思考を放棄していたのだろう。

 ほむらの時間遡行は、()()()()()()()()暁美ほむらを上書きする形で並行世界へ渡る魔法だ。

 

 そのために、未契約で存在する魔法少女としてインキュベーターたちからはイレギュラーと認識されていたのだ。

 

「それなら、彼女も私と同じ時間遡行者なのかしら?」

 

 ほむらの問いかけに、インキュベーターは首を傾ける。

 

「さぁ? ボクらもキミに聞くまで、キミのイレギュラーが時間遡行によるものだと理解していなかったからね。初対面から彼女に嫌われていて、まともに話すことも出来なかったボクらは知りようがないよ」

 

 その言葉で、ほむらは思い出す。

 初めて彼女と会った時の会話で、非常に気になる部分があった事を。

 

「そう言えば、彼女は円環の理は経験済みだなんて言っていたけど、それについては何かわかるかしら?」

「ああ、その件に関しては分かるよ」

 

 ほむらの質問に対して、インキュベーターは即座に答える。

 

「円環の理が、力尽きた魔法少女の末路であることに間違いはない。彼女たちのソウルジェムは複数あって、そのいくつかが消滅している。紹介しようとしていた小牧藤乃と入間すみれは、キミら人類の個体としては同一人物なんだ」

 

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